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ダークエルフの国1

「じゃあ行こうか」

「? どこへ?」

「君の国」

「……そう、ですね」


 ディオンが少々嫌な顔をしていた。

アリスの強さは理解していたから、そんなものを招きたくなかったのだろう。

 即死の毒物を食べたというのに、スパイス程度で片付けるような強者。どう考えても自国において、良いことよりも悪いことを引き寄せるだろう。


 だがディオンにはそれを断る権利はない。ダークエルフが――何と言っても己の身内が、その毒を仕込むよう命令したのだから。


「弟くんは逃げているかな?」

「俺らにはそういった手段がねぇ」

「逃げられないってこと?」

「あぁ、いや。失礼。通信を行う手段が無ぇってこと」

「そうなの」


 さながらアベスカのようだ。

アリスの予想している以上に、通信魔術というのは高度な技術なのかもしれない――と感じた。

 とはいえそんな魔術であっても、幹部レベル最下位であるシスター・ユータリスですら習得している魔術だ。


(うーん。一応仲間にしたから、通信が出来ないと困るなぁ……。そういったアイテムでもあげればいいかな)

「アリス様、誰か供回りをお付けください」

「ん、じゃあベル」

「はいはーい!」


 他国、しかも一度も侵入したことのない地となれば、危険がある可能性が発生する。

つまりアリス一人では、幹部も許可を出さないだろう。

 エンプティが供回りをつけるように言えば、アリスは悩むこと無くベルを指定した。

その様子にエンプティは驚いている。


「えっ、私は? あのっ! あ、アリス様!?」

「行ってきまーす、エンプティ」

「アリス様ぁ……そんなぁ……」


 ガックリと項垂れるエンプティをよそに、アリスはベルを連れてディオンへと歩み寄る。

そのまま手を上げると、ガシリとディオンの頭部をつかんだ。

さすがのディオンも、突然こんなことをされては不快に思ったようで、態度を隠さずにいた。


「は? おい」

「国を浮かべて〜」

「…………」


 ディオンは言われるがまま脳裏に城を浮かべる。父がよくいる玉座の空間だ。

出発前はまだ母親であるオネルヴァも体調が良かったため、そこに一緒にいるかもしれない。そう考えて思い浮かべた。


「オッケー。玉座の間か……まあいいか」


 ぱちん、と指を鳴らす。

するとダイニングルームに、巨大な門が現れた。アリスの愛用する魔術の一つ〈転移門〉である。


「何だこれ……」

「〈転移門〉だよ、知らない?」

「聞いたことないです……」


 元々魔術もたいして発展していないダークエルフの国であったため、魔術はおろか、高ランク魔術である〈転移門〉なんてもっと知らないだろう。


「これは見たことある場所に行けるんだ」

「見たことないでしょう」

「今見せてもらったよ」

「……あれ、頭の中を覗いたのか」

「そういう事」


 余りに低いレベルだと、吐き気や頭痛を伴うこともあるのだが――やはりディオンのような高レベルとなると、それらにも耐性があるようだ。

アリスとしてもこれから国を案内してもらうのに、体調不良になられても困る。

 もしもなった場合は即座に治癒魔術を付与する予定だったので、その分の魔力が浮いたわけだった。


「お先にどうぞ。私が先に行くと攻撃されかねないから」

「分かった」

「良さそうだったら呼んでね。私も行く」

「あぁ」


 ディオンが門を臆せず通る。扉の奥は本当に城の玉座の空間だった。

 突如として出現した謎の門に驚いたのか、武器を持った兵士達が警戒していた。

父であり王であるグレーゴーアと、ディオンの母であり国の母でもあるオネルヴァが守られるように、その奥へ佇んでいる。

 〈転移門〉に警戒していたものの、中から現れたのがディオンであることから、その警戒網は解かれた。


「ディオン……!? 何故、そしてこれは……」

「父上。それに母上もお揃いで。ちょうどよかった」


 そう言いつつも、ディオンは周囲を確認する。

こういった場にヨルクがいることは滅多にないが、今回もその通りヨルクは見当たらない。

 魔王城に派遣した料理人との連絡手段がないため、もし逃げるとしたらディオンの帰還を知ってからだろう。

だから少なくとも、まだ城にはいるはずなのだ。


「これは何なのだ、ディオン……」

「これは魔王陛下が作った〈転移門〉というものです。好きな場所へすぐ行ける能力――いや、魔術か?」

「しかし――何故、送り返された?」


 グレーゴーアがヒヤヒヤとしている。

先日ディオンに、新たな魔王の機嫌取りを頼んだ際には、ハイエルフも同行するという話は無かった。

 しかし予定を詰めていけば、ハイエルフも参加するということになった。

 あのプライドの高い、他者を認めぬハイエルフですら怯える存在。

そんな絶対的存在がディオンを送り返した、となれば一大事だ。


「それなのですが、俺を貶めようとしている者が居たらしくて」

「何!?」

「魔王陛下に毒を盛ろうとした。不幸中の幸いなのか、彼女には毒物は一切効かなかったが――我々、ダークエルフ部族には泥を塗った形になりますね」


 部屋に居た誰もが沈黙する。

ディオンが粗相をしたわけではないが、誰かが命令をしてダークエルフの評価を地に落とそうとしているわけだ。


「……部族を危険に晒したのならば、その原因を取り除かねばならん」

「ディオン。目星は付いているのですか?」

「ええ、母上。今ここに居ない存在です」

「まさか、そんな……」

「……ヨルクか?」


 母のオネルヴァが絶望し、父のグレーゴーアが頭を抱えた。

いつかは何か大きなことをしでかすと思っていたが、それは国にとって良いことであると思っていた。

いや、そう思いたかった。

 だが実際、今ヨルクがやったのは国の崩壊を導く暗殺。

魔王には効かなかったのが良い点だ――と言いたいが逆に生きているせいで、ダークエルフ(こちら)が責任をアリス本人から求められることとなった。


「本人が直接実行したわけではありませんが、命令された実行犯がそう吐きました。真偽は分からずとも、問うてみる価値はあるかと」

「……では、魔王陛下がここに来られるということだな」

「あぁ。俺の返事を待っています。門のすぐそばで待っていらっしゃる」

「そうか。ではお呼びしろ。……おいお前、城中の兵士にヨルクを探すよう伝えてこい」

「はっ!」


 ディオンが再び門をくぐり、中の安全を伝える。

それに従ってアリスとベルが〈転移門〉を通って、スライネン王国へと初めて足を踏み入れた。


「邪魔するぞ。……お?」

「正しい姿勢ですね、アリス様」


 その場に居た一同が、跪いてその敬意を示している。敵意がないこと、これ以上の失態をおかさないこと。少しでもそれを心がけるしかない。

 全員が全員、それなりにレベルの高い熟練した戦士だったためか、アリスを見てすぐにその強さを理解した。

ディオンも国においては相当な強者として君臨していたが、それが赤子と思えるほどにアリスは強い。


「紹介する。こちらが父であり国王のグレーゴーア、横にいるのが母のオネルヴァです」

「うん、うん? お母さんは調子が悪いの?」

「先程も言った通り、アリス様の料理に入っていた黒い呪縛のせいだ」

「そうみたいだねー。どれどれ」

「!」


 戦士や兵士の間をぬって、オネルヴァへと近付いていくアリス。

オネルヴァの目の前で立ち止まると、アリスはその手をオネルヴァへとかざした。

 母親に対して何かを行おうとしている魔王を見て、固まる戦士達とグレーゴーア。

唯一ディオンだけが飛び出した――最悪の事態が脳裏に浮かんだからだ。


(何してんだ、この女は! まさか母を、殺――)

「〈全治全能(ヒール・ザ・ワールド)〉」


 きらきらとオネルヴァを光が包み込む。

痩せこけていた体や頬が、どんどんふっくらとし始めた。顔色も明るさを取り戻し、誰がどう見ても病弱だったオネルヴァではなかった。

 瞳も輝いて、死の淵に立った絶望した母はもういなかった。


「え……?」

「あら? これ……」


 〈全治全能(ヒール・ザ・ワールド)〉。

――Sランク魔術であり、治癒系では最高ランクとも言われる。その名の通りこの世の全ての傷、病、呪いを治すことが出来る。

ただし、Xランクの魔術による傷などには対応していない。Xランクという伝説級の高ランク魔術は、全てが同ランクではないと打ち消し不可能なのだ。


 それはさておき、〈全治全能(ヒール・ザ・ワールド)〉によって、オネルヴァを蝕んでいた毒素は完全に消え去った。

今まで誰もがすべての力で試し、出来なかった治療。

 それを、アリスという女は、たったの一瞬で済ませてしまったのだ。


「毒の影響でレベルも低いな。肉体も衰弱している。まずは軽い運動から始めれば、レベルは上がると思うぞ」

「い、いやいや……お前……何を、した……?」


 オネルヴァが治療されたのは分かっていた。だが、ディオンは思考が追いついていなかった。

アリスはディオンの問いに対して、にっこりと微笑んだのだった。

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