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新たなる正義

本日3話更新します。

「実感、わかないわね……」

「市野を殴ってみたら。現実かどうかが、わかるんじゃないかな?」

「そうそう痛くて現実だーってな~――じゃねえ、なんで俺を殴るんだよ! 自分の頬つねりゃいーだろ!」


 ここはジョルネイダの王宮。

そこにいるのは、この国の様相とは似ても似つかない若い少年少女達。身を包む衣装はジョルネイダのラフな格好だったが、この国の平均的な顔立ちとは全く異なっている。

遠くにあるト・ナモミの住民の見た目に近いとも言えるだろう。黒髪、黒目。時々茶色。一般的な、アジア人――日本人の顔立ちである。


 ジョルネイダでは先日――多数の魔術師の魔力と命を引き換えに、三人の勇者達が召喚された。

三人とも全てが、あのパルドウィン王国勇者に匹敵する力を秘めていた。

 成功も見込めない儀式だったがゆえに、国は驚愕とともに喜び湧き上がった。

だが当の本人たちは、まだ混乱の中にいる。


「皆様が驚かれるのも無理はありません。我々はことを急ぎますが……まだもう少しだけお待ちください。明日以降に追って説明致しますので」


 オーレリアン・ボーリュー侯爵がそう宥める。

戦争は間近に迫っていたが、そこまで切羽詰まっているほど急ぎではない。

少しでも落ち着いてもらって、早く戦争に参加してもらいたい。それが彼らの願い。

 なんと言っても国側が、彼らに説明する準備が整っていなかったのだ。

大多数の魔術師を失ったことによって、ジョルネイダの忙しさには拍車が掛かっていた。

必要な魔術師は最低限残してあるとはいえども、本当に必要最低限のギリギリの人数だ。それだけで国や日常を回していくとなると、困難を極める。


「おい、そこのもの。彼らをもてなしてやれ」

「はっ。かしこまりました」

「ひぇー……」

「もう、どうしよう……。これから受験なのよ!?」

「いやいや、半藤サン……。受験なんてレベルじゃないからね。まずいる場所が日本じゃ――あ」

「きゅう……」


 少年が言い終える前に、少女がぱたりと倒れた。

元々真面目な性格故に、いろいろなことが起こりすぎてキャパシティオーバーを起こしたのである。


 それも仕方がない、とオーレリアンは更に使用人を呼んだ。

完全に気絶した少女を丁重に運びながら、客間から勇者たちが去っていった。





「っぷっはぁー! 美味ぇな!」


 異世界に来て、突然勇者と言われて、すぐさま順応している図太い精神を持った彼。

――市野 豊成(いちの とよなり)である。

帰宅途中に三人で、異世界召喚に巻き込まれてしまったうちの一人だ。

茶髪に黒目、万年半袖シャツを着ている風の子であり、ある種の問題児。

とはいえ彼の取り柄である〝元気さ〟のお陰で、誰にも憎まれずに今まで過ごしてきている。


「市野は常に元気だね」

「おうよ!」


 そんな豊成の親友である――宮松 健斗(みやまつ けんと)

文武両道で、さりげない気遣いが出来る所謂モテ男子。豊成の隣にいつもいるせいで、その気遣いが更に加速している。

それだけではなく、柔らかな黒い猫っ毛は愛らしい印象を持たせる。かと思えば切れ長の瞳はクールさを覚えていて、様々な方面から人気である。


「私は頭が痛いわよ……何なのよ……勇者とか、戦争って……」


 委員長――もとい、半藤 新菜(はんどう にいな)は、使用人から貰った氷嚢を額に当てながら会話に参加していた。

彼女も二人とよく会話する仲で、特に豊成に関しては校則違反や遅刻、マイペースから生み出される奇行云々によく悩まされていた。

 それだというのに、そんな男と異世界に飛ばされてしまったのである。

心配と不安と頭痛が加速する。


「まぁでも、俺達が戻れる方法ってあるのかな? 見つからない以上、こなすしかないんじゃない?」

「そ、そんなこと言ったって……」

「そう怒んなよ委員長! 俺ら金もなーんにもねぇんだぜ?」

「うぐっ……市野くんにド正論言われたら、もう私はどうしようもないわね……」


 こう言っているものの、新菜はもう既に覚悟は決まっていた。

どうせすぐには戻れないのだし、彼女は頼まれたら断れない質だ。特に困っている人には、すぐに手を差し伸べてしまう。

そんな性格が相まって、彼女はこうして委員長をやっているのだ。

 しかしながら戦争と聞いてしまえば、身構えてしまうのも致し方ない。学校で勉強しても、実際に出向いたり関わったりしたことがないのだ。


「そうなると私もお腹空いてきたわ……。ねえ、どれが美味しい?」

「んん? 全部うめぇよ?」


 三人の目の前には、大量の料理が並んでいた。

もてなしているのか、はたまた相手にする時間がないからと誤魔化しているのか。

豊成に至っては美味しい料理を大量に食べれて喜んでいるので、どちらにせよ計画は成功である。


 新菜も氷嚢を隅において、適当に口に運ぶ。

よくわからない肉料理だったが、冷めていたにも関わらず柔らかく舌鼓をうつ。

一度手を出してしまえば止まらず、パクパクとどんどん食べていく。


 元々三人は下校中に、異世界召喚に巻き込まれたのだ。

育ち盛り食べざかりの学生である彼らは、学業を終えての帰路で捕まってしまえばそれはもう空腹だろう。

 こちらへきてしばらく経過しているがゆえに、軽食は何度か口にしていた。しかし頭が混乱していて、十分に味を理解できていなかった。

とりあえず生命活動を維持するために、腹に詰め込んでいた――そんな感じで。

 恐怖と混乱で麻痺していた新菜は、その空腹を自覚してしまえば後は早かった。


「でも流石にすぐ戦場に、出されるわけじゃないわよね? 戦い方も、なんにも分からないんだし」

「そーなのかぁ?」

「だってあの偉い人だって、まだ戦争はすぐじゃない……って言ってたよ。市野はもう少し人の話を聞こうか」

「ダリー! めんどくさい話とか、眠くなるじゃん! 古文とか英語のセンセーの授業みてぇ」

「あなたはもっと、真面目に授業を受けるべきね……」


 新菜はもう食事の手を止めたというのに、それより前から食べていた豊成はパクパクとまだ食べ続けている。

そう言えば学校でも、遊んでいるか寝ているか食べているかくらいしか見ていないなぁ――と新菜も思った。

 手の焼ける問題児だったが、その明るさは誰もが好きだった。

不良かと思えば熱い正義を持っていて、誰かをいじめているのを絶対に許せない。それを止めに入れる実力も兼ね備えているのだから、比較的学園は平和だった。

 そういった点に関しては、新菜も彼を買っていた。


「ふわぁーあ、食ったら眠くなってきたぜ……」

「幼児なの、あなたは……」

「俺ここで昼寝するわ……おやすみ……」

「ちょ……。もう……」


 やりたいことをやるようにやる。それが豊成。

二人がけのソファにごろんと転がって、数秒で眠りに入ってしまった。

 授業中の居眠りによって極められた睡眠。たとえ委員長である新菜が、揺さぶっても起きない。各生徒から恐れられている、教師から怒鳴られても起きることなどない。

彼を起こすことが出来るのは、授業の終わりの鐘のみだ。


「半藤サン、よかったら一緒に部屋出ない? 歩き回るなとは言われてないし……ちょっとでも国のことを調べておこうよ」

「そうね。……宮松くんがいて、ほんっと助かるわ」

「あはは。そう言ってもらえて嬉しいよ」

「そうなると案内人を捕まえたいわね……」


 そう言いながら部屋から出れば、喧騒が聞こえてくる。

このあたりのエリアはゲストルームが固まっているせいで、バタバタと走り回る使用人達は見えないが、城の至るところでメイドや執事、大臣などなどがいる。

様々な人間が駆け回っているのだ。

 魔術師を大量に失ったことに加え、新たな戦力である勇者が召喚された。

それを受け入れる準備がまだ整っておらず、各地から物を仕入れたり、人を呼び入れたりと忙しいのだ。


「どうかされましたか?」

「!」


 廊下には、二人のメイドが立っていた。

オーレリアンが命じたように、もてなせ、ということだけあってずっと待機しているのだ。

三人が何かを望めばすぐに差し出せるように。


「えぇっと……」

「俺達、待ち時間を無駄にしたくなくて。この国の情勢などを知りたいので、見て回ろうと思ったんです」

「そ、そうなんです!」

「あぁ、なるほど! 私で良ければ、ご案内致しますよ」

「じゃあお願いします」


 部屋の前にはメイドが一人残り、もう片割れが二人の案内をすることになった。

恐らく新菜と健斗が戻るまでに、豊成が起床することなどないと思うが、念の為待機するということだった。


「どこからご説明しましょう……?」

「追って説明するから、って詳しく教えてもらってないわよね?」

「パルドウィン……と戦争する、くらいしか」

「でははじめから、お伝えすればよろしいでしょうか。そうですね……」


 メイドは拙い言葉ながらも、ポツポツと喋り始めた。

国の砂丘化、それによる居住可能地域の減少。毎年毎年行われる戦争で癒えない傷。

国民の精神は疲弊しきっていた。

 もはや神頼みである――勇者召喚。

魔術師の大量の命という犠牲を払って召喚された三人は、既に国では崇められ始めている。


「……それって、責任重大じゃ……」

「そうですよ。まだお若いあなた達に押し付けるには、大きすぎる責任です。でも、そんな年端も行かないあなた方にすがるほど、我々も限界だということなのです」

「……」

「恐らく明日説明を受けたあと、各人のステータスの確認をして、すぐにでも戦闘訓練に入ると思います」

「はい……」

「……どうか、国をお救いください」


 メイドは深々と頭を下げた。肩を震わせて静かに鼻をすすっている。

 長い期間戦争が頻発する国であれば、その出会う誰もが何かを抱えている。

二人はそこでようやっと気付いた。

 目の前にいるメイドも、何か深く暗い闇を抱えている。それをやっと救える勇者が現れた。

相手が若い少年少女だと分かっていようが、すがるしかない。このメイドも、ジョルネイダの国の人間であるということなのだ。


「やれるだけのことはやろう。ね、委員長?」

「……は、はい! って、宮松くんまでその呼び方はやめてよ!」

「……ありがとうございます。お二人共……」

「それじゃあ、案内も張り切って頼みます。えーっと、図書館とかはありますか?」

「はい! お任せください!」


 メイドは嬉々として、二人を王宮内の図書室へと連れて行った。

学校の図書室などとは比べ物にもならないほど広く、様々な文献でびっしりと埋まっている。

 廊下は酷くにぎやかだったが、室内はしんと静まり返っている。読書や調べ物に集中できるよう、構造にも注意されているのだろう。


「世界地図があると、よりわかりやすいと思います。お持ちしますね」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます! ……って、うわぁ……凄いわね……」


 健斗も新菜も本を読み漁るようなタイプではなかったが、流石にこの量を見せられると圧巻である。

一生かけても、読み終えられないだろう大量の本。紙の匂いが、更にその気持ちを高める。


 早速、新菜が適当な本を取り、ランダムなページを開く。

書かれているのは見たこともない文字ばかりだったが、新菜にはその文字がしっかりと理解できた。


「……み、宮松くんっ、コレ読めるんだけど……!」

「うわ、本当だ。〝パルドウィンにおける歴史〟……読めるね」

「メイドさんが地図を持ってくるまで、この辺見てましょう」

「そうしようか」


 ちょうど二人が立っていたのは、歴史書のあたりだ。

新菜が最初に取ったのはパルドウィン歴史。敵国について知っておく必要があるため、ジョルネイダ以外についての書物も多い。

 王宮の図書館だけあって、児童書や娯楽小説などは限りなく少ない。

しかし豊成と違って、二人はそれなりに勉強が出来る。だから歴史や情勢などを書かれた本で十分だった。

もちろん児童書などからも、国に関する知識が得られるだろうが……たかが知れている。


「魔術とかが書かれた本とかはないの?」

「誰もが手にできる場所に置くかな……?」

「それもそうね……」

「御二方、お待たせしました」


 大きな羊皮紙を抱えたメイドが戻ってくる。

新菜と健斗をテーブルの方へ連れて行くと、何人も掛けられる長いテーブルの上にその紙を置く。広げられたそれは、雑ではあるものの世界地図であった。

 メイドは各所に指をさしながら、丁寧に説明をしていく。


「ここが我が国、ジョルネイダ公国です。南に砂丘地帯があります。以前は、もっと少なかったのですが――今はもう半分まで及ぶほどです」

「どうして砂地が増えてるんですか?」


 新菜がそう質問すると、メイドは苦い顔をした。砂丘が侵食する理由は、解析されていない。

 魔術師によっては「砂が魔力を帯びていて、建物や植物を飲み込んでいるから」と言うものもいる。

しかし解明できていないのは、その砂地が危険であるからだ。

 相当腕の立つ人間がいなければ、砂に飲み込まれたり魔物に殺されたりしてしまう。方角も分からなくなり、無事に帰るのも困難になるほどだ。


「……申し訳ありません。現段階では、分かっていないのです」

「……ごめんなさい、聞いてしまって」

「いいえ。お気になさらず」

「じゃあここがパルドウィン王国?」


 健斗がジョルネイダの北に位置する国をトントンと叩く。

メイドもニッコリと笑って「そうです」と答えた。


 それから、メイドは二人にアリ=マイアという連合国の存在や、ジョルネイダ帝国、そして遠方にあるト・ナモミという国について簡単に説明をした。

だが地図上には、一つだけ陸地が残されている。


「……これって?」

「あぁ、それは永久の庭です」

「永久の庭?」

「ええ。誰もその最奥へ足を踏み入れたことのない、伝説の島。奥地には見たこともない金銀財宝が眠っているという伝承があるんです」

「宝の島ってことね……!」


 キラキラと目を輝かせた新菜に、メイドは釘を刺す。

その表情は真剣そのもの。メイドは新菜を案じて、厳しく言った。


「ニイナ様。永久の庭は大変危険です。数年ごとに戦争が起きていますが、その地に向かって戻ってきた人間はいません」

「え……?」

「宝という希望に満ち溢れた島ですが、その実は呪われた島とも言われています。島の宝に目がくらんでやって来た人間を倒しては、それを養分として吸い取っているのではないかという噂もあります」

「ひぇえ……」

「半藤サン。とりあえず俺達は、この国のために戦うことだけ考えよう。終わった後に探索とかすればいいじゃん」

「そ、そうね。その頃には強くなっているだろうし……」


 それから、長い昼寝から起きた豊成が呼びに来るまで、二人は図書館にこもって調べ物をしていた。

これから起こるであろう戦争、そして相手の国の勇者との対峙。

必要なのは腕っぷしだけではない。知識も、時として力となることを信じて。

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