摘発2
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イレギュラーな時間帯に失礼します。
城の広場には、城下町に住んでいる国民が集められていた。
戦争で大多数を失ったアベスカにとっての、数少ない国民達だ。
みながよく分からずこの場に集められていた。理由も分からないまま集まったのは、〝パラケルススとルーシー〟の名前が出されたからだろう。
今となっては国王であるライニール・ニークヴィスト六世という存在よりも、魔王軍から派遣された二人の方が国民の中での信頼が厚い。
ただ王の座に居座って威張り散らし、豪遊するだけのワガママ国王と比べれば差は歴然だろう。
最早狂信に近い何かを、国民達は魔王軍達――もとい、パラケルススとルーシーに抱いていたのだ。
そんな中、国王であるライニールは、眼下に集まる国民をただ見ていた。
その表情には焦りと怯え、様々な負の感情が見られる。だが果たしてそれは〝罪を暴かれること〟に対してなのだろうか。
ライニールはわがままであるが、行き過ぎたほどの馬鹿ではない。自分が国民から信用を失っていることは、薄々と気付いていた。
だがアベスカの民は魔王戦争で疲れ切って、信頼が無くなれどデモを起こしたりする力も何も無い。
だから甘えていた節があった。
だが今はどうだろう。
アベスカはアリスという、圧倒的強者によって支配されている。それは国民だけではなく、国民を管理して国を回していく大臣や、もちろんこのライニール国王ですら掌握されていた。
「………………」
まだ宣言がなされていない。
謝罪を始める、と部下の誰かが場を取り仕切り始めるだろう。そしてタイミングの良い時に、ライニールが謝罪をする。
大抵の流れはそうだ。
国民が集まってしばらく経過したが、誰も動きを見せようとしない。
現在国を仕切っているパラケルススとルーシー・フェルを待っているのだ。
(死ぬよりはマシだ。あの悪魔どもに辱められ、悪事をあばかれたほうがまだ……まだ……きっとそうだ……)
短いはずの待ち時間で、ライニールは自分にそう言い聞かせた。
国民に散々罵られようと、信頼が地の底まで失墜しようと、生かしてもらえるだけ十分だと。
きっとこの謝罪を行わなければ、あの悪魔はライニールを殺すだろう。いや、死んだほうがマシだと思えるくらいの、非道なことをするかもしれない。
ライニールも王として様々なことを見てきたし、経験してきた。
だがそれも全て、あの化け物に出会ったときに忘れてしまうほどの衝撃だった。
見たことのない魔術で一瞬にして城を破壊し、そして何事も無かったかのように戻したあの化け物女。
しかも彼女の言い分では「散歩がてら寄ってみたら、侵略出来そうだったからしてみた」のような口ぶりだったのだから、もう言葉を失うしかあるまい。
そして認識などする時間を与えぬ瞬速で、兵士を殺したその部下。
誰がそんな集団に逆らえると言うのだろう。
城の広場に群れている国民達はざわついていた。
一体これから何が始まるのだろうと。
中にはなんとなく察している人間も居た。ライニールがコソコソとやっていたことを、知っている人間だっていたのだ。
少しでも裏組織に関わりがあれば、多少は見聞きするのだろう。
集められた人間達は、「きっと癒着の件だろう」と噂している者達も居る。
当然だが知らない人間だっている。純粋に王を信じている者、信じておらずとも単純に知らない者。
たとえこの場にいる者がどんな人間であろうと、殆どの国民がこの召集を受けて城に詰めていたのは確かだ。
バルコニーに、一人の男が立つ。
大抵の人間ならば知っている人物――ライニールの側近であり秘書のマグヌス・ヘダーである。
マグヌスがこの場に出てきたということは、部屋にパラケルススとルーシーの二人がやってきたと言うことである。
マグヌスはバルコニーに立つと、すぐさま民に向けて声を張り上げた。
「集まってもらったのは他でもない、現在の国について民であるみなに――言わねばならぬことがあるからである!」
マグヌスの前座が始まると、後ろで待機していたライニールは静かに諦めた。
そもそもあの化け物達にバレてしまった時点で、諦めるしか選択肢は残されていないのだ。
しかし今の今まで、つい先程まで。希望はあるかもしれないと思っていたのだ。微塵もない希望を、祈っていたのだ。
だがそれも、もうない。
(あぁ……もう逃げられん)
民達はマグヌスの話を聞きながら口々に言う。――よく顔を出せたものだ、どうせ癒着の話だろう、子供ですら知っているぞ――そんな言葉が下々の民の中で飛び交う。
その口ぶりからは、ライニールに対する敬意が見られない。元々無かった信頼が更に落ちたのだ。
国民の声が届かなくとも、ライニールですら国民らの考えが手に取るように分かった。既に限界の近かった彼は、これから信頼を戻そうだなんて考えることもなかった。
ただこの苦痛が終わってほしいとだけ考えていた。
「この国は今、アリス様という――」
「どいてー!」
「回りくどいのは面倒ですぞ」
「ちょ、あのっ……」
マグヌスを押しのけて出てきたのは、今や国中の誰もが知っているあの二人だった。パラケルススとルーシー・フェルの二人である。
バルコニーからマグヌスが消え、不健康そうな科学者の様相の錬金術師と、この世界では誰も知らない女子高生の格好をした少女が立つ。
不満ばかり漏らしていたバルコニーの下からは、歓声が上がる。
「あはは! みんな来てくれてありがとー! 大事な話するから、ちゃんと聞くしー!」
「はあ、全く……」
楽しそうにルーシーが笑顔で手を振っていた。まるでアイドル気分だ。
横に立つパラケルススは、呆れながらその様子を見ている。とは言えそれを咎めないのは彼なりの優しさだろう。
実際、今この信頼と国民の笑顔があるのは、全てが全てパラケルススの〝治療〟のおかげではない。
ルーシーの国民達とのやり取りがあったこそだ。それはパラケルススの能力や技術では、どうにもならないこと。
パラケルススはホムンクルスを作ることと、その他錬金術、魔術の開発に勤しむことしか出来ない。
そもそも人間に対する考えが、ルーシーよりも遥かに悪い。人間はゴミだと思っているし、今の仕事もアリスの命令がなければ、全く必要のないことだと思っている。
人間なんて、ケアしなければならないなど面倒だ。ケアすることに時間を割くほどならば、壊れるまで錬金術や魔術の実験台にしたいほどだった。
だがそうしないのは、アリスが望まないから。
するなと命令されているということもあるが、自分を作ったアリスが悲しむならば絶対にしない。
そして、今している人間のケアのおかげで、アリスを信仰する人間が増えるのであれば。もっと貢献して仕事に励むべきだとも思っている。
「もう知ってる人間もいるでしょうな」
「ルーシー・フェルと~、パラケルススだよー!」
それはアイドルさながら、キラキラと弾ける笑顔で自己紹介すると、国民もコンサートやライブの観客さながらの歓喜の声を上げる。
その声にルーシーはまた調子に乗りながら手を振っていた。
「おぉお! パラケルスス先生だ!」
「パラケルスス様!」
「ルーシー様!」
歓声も落ち着いたところで、パラケルススが話を切り出した。
さすがのルーシーも、真面目なトーンで喋りだしたパラケルススをよそに、はしゃいでいられない。アイドルのような笑顔をやめて、手を振るのもやめた。
「我々はとある方の命令で、この国の管理を任された者です」
先ほどとは打って変わって真剣な話に切り替わったことにより、国民達も静かに話を聞き始める。
マグヌスの時にはあれだけザワザワと騒いでいたのに、まるで図書館のようにしんとした空間が生まれていた。城にはパラケルススの声と風の音、鳥の鳴き声くらいしか響いていない。
病んでいた彼らを癒やした恩人、パラケルススの話を取りこぼさないようにと、誰もが真面目に話を聞いていた。
閲覧頂きありがとうございます。
幕間なげーなーと思ってしまったので、もういっそのこと吐き出すことにしました。




