表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/188

上陸4

「あいつ、あれ、あいつら――まさか、どうして……?」


 アリスは油断していたというよりは、来るはずがないと過信していた。偶然というものを舐め切っていた。

そもそも王国から遠いアベスカで、得られる情報が乏しすぎるせいだ。

 勇者が王国の中のなんの組織に所属していて、何処を出入りしているのかをよく調べていなかった。

元々見学や視察もかねているとはいえ、本命と対峙する予定などなかったから完全に失念していたのだ。


「まぁ! オリヴァー様! 丁度いいところに!」

「あ、ちょっ……」

「どうしたの? 新しい依頼?」

「くそっ……」


 アリスの制止も間に合わず、受付嬢は勇者に声をかけた。苦虫を噛み潰したような顔のアリスは、そのまま勇者一行を迎えざるを得なかった。

 横にいるガブリエラはまだ状況を理解出来ていないらしく、狼狽える主人を見て焦っている。

この時ばかりは弱く知識も何も無い、サキュバスの少女を羨んだアリス。

そして当のアリスは、胃をキリキリと痛めている。


(事前対策もしていない……。この国に来る時点で覚悟するべきだった。やっぱり前世での考えの甘さが残っている……)


 勇者はアリスらを一瞥すると、柔らかい笑顔を向けた。

とりあえず気付かれてはいないようだ、と安心する。だがこの後の流れはどう考えても不味かった。

 アリスから視線を外すと、自身を呼んだ受付嬢へと向き直る。

 若いながらもそこに見えるは、歴戦の勇士。様々な死線をくぐって来ただろう男の表情が、一瞬垣間見える。

 アリスはこの年端もいかない少年が、勇者であるのは本当なのだと痛感させられた。


「この人達は? 見ない人だね」

「はい。アベスカ……アリ=マイアからご旅行だそうで。どうにも危険地帯を見て回りたいそうなんです」

「へぇー」


 ジロジロと上から下まで確認するように見つめられる。

ここで魔術を用いて、勇者の考えを探るのも策のひとつだろう。だが相手は低レベルの村民などではなく、アリスとレベル差が一つしか変わらない。

何よりも勇者というステータスは、その魔術を見破る可能性が存在するのだ。

 勘づいてステータスを見るスキルや魔術を使われないことを祈るしかない。


「ア、ハハ……」

「…………」


 誤魔化すように笑ってみる。

それなりに可愛い女に化けているので、そんじょそこらの野郎であれば惚れてしまうかもしれない。

 だが勇者の引き連れる美人美少女を見てしまえば、化けてるアリスなどただの村娘レベル。

愛想がいいと思われるだろうが、それ止まりである。

つまるところ、色仕掛けなどは効かないのだ。


「女性なのに怖くないんですか?」

「……せ、戦争を、経験しているので」

「だったら余計にトラウマとかありませんか?」

「従軍……していたので、立ち向かっていた側ですから……」

「そうなんですかー、ふーん……。すごいですね」


 それなりに大変そうなステータス経験を並べてみたが、勇者から返ってきたのは素っ気ない相槌。

アリスを信用していないからこそ出た雑さなのだが。

もしも仮に、本当に目の前の女性が従軍して魔王軍と戦っていたのであれば、とてつもない失礼である。

 それでいて勇者なのだがら、この世は狂っているのだ。

疑うよりも先に、聞いた話を飲み込んで善人として振る舞うべきなのである。

民が望む通りの聖人君子ならば。


(何がトラウマだ、糞餓鬼……。アベスカの人間は全体がトラウマだらけというのに、よくそんな簡単にこぼせるな。流石は勇者様)


 世界を救えば一つの国などどうでも良いのか。

アリスはその言葉が頭に浮かんだ瞬間、唇を噛みそうになった。

ぐっと堪えて笑顔を保つ。


「彼はオリヴァー・ラストルグエフ様と言いまして、なんと勇者様なのです。冒険者組合に登録はしてませんが、五ツ星冒険者並の力をお持ちなんですよ! 普段も特別に仕事を受けて下さってるんです」

「それで、そちらの女性は? そちらの女性も軍に?」


 受付嬢が勇者オリヴァーの説明を、嬉しそうにしている。その様子を腹の中では苛立ちながら、アリスは聞いていた。

そしてオリヴァーから出てきた質問に対して、更に苛立ちを加速させる。

 この男はどこまで失礼なのだ、と。

何の権限があってそこまで根掘り葉掘り聞いてくるのだ、と腹を立てた。

 詮索されたくないという思いから来ている苛立ちだったが、先程の無礼な態度も相まって余計に頭にきていた。

 もしも本当に従軍していた人間だというのならば、魔王を残して帰国した勇者を恨んでいるはずなのだ。

その無責任さに少しは反省してほしいというもの。


「…………何故そこまで聞くんですか? 冒険者と依頼主はそこまで個人情報を伝えないと、契約が出来ないんですか?」

「こわいですぅ……」


 ガブリエラは空気を読んでアリスに隠れるように抱きついた。

ある種の娼婦のような魔物だ。こういう場は慣れているだろうし、上手くふるまえるのだ。

 元より魔物という時点で、勇者には好印象などない。

アリスが嫌がる素振りを見せれば、それに全力で乗っかったまでである。


「……あっ、そのー……すみません。そんなつもりじゃ……」

(ムカつく奴だな……。個人情報うるさい現代(せかい)から来てるくせに……。転生だけあって、この世界に馴染みすぎてるってこと?)

「あんたさっきから何? 金持ってるんだか知らないけど、オリヴァーは勇者だよ? 失礼じゃない?」

「ちょ、ちょっと、コゼット、やめなよ……」

「ユリアナもなんか言ってやりなよ! 彼氏がバカにされてるんだよ?」

「かっ、かれっ…………あぅ……」

「はー、初心なんだから……」


 勇者一行がわちゃわちゃと会話を始めた事により、アリスは冷静さを取り戻した。

言われていることは、幹部が聞いたらただじゃ置かない無礼極まりない言葉ばかりだった。

しかし今はそれに構っている状況ではない。この場所を戦場に変える気はさらさら無いからだ。


(……あぶない、私も落ち着こう……。ここで売り言葉に買い言葉じゃ、下手すりゃ戦闘――最終決戦になりかねない。いかんいかん)


 それに冷静に考えれば、敵の戦力を間近で見れる千載一遇のチャンスだ。

魔王城が復活したことが公になれば、否が応でも対峙することとなる。

 ヴァルデマルではなく、統治しているのはアリスだと知られるのも時間の問題だろう。

 だったらこのチャンス、利用する他あるまい。


「いいえ。こちらこそ大人げない対応で申し訳無かったです。私達は二人だけの家族でして、触れられたくない話題も多いんです」

「……っ! そう、ですよね。すみません」

「いいんです。それに――皆様さえよければ、我々の滞在期間中は是非雇われてみませんか?」

「え?」

「お金はお支払いします。道中の宿代も食費もお土産代も出しましょう」

「そんな、いいんですか?」

「お詫びですよ」


 再びニコリと微笑んでみせた。

日本仕込みの愛想笑いは完璧だ。異世界だろうと通用してみせる。

 それは無いぞと言わんばかりに、1人の少年が前に出た。

顔には疑問があると貼り付けてあるように、口から出たのはまだ彼女を疑っているという言葉だった。


「つかぬことを聞くが、何故そこまで金銭に困っていないんだ? さっきもスタッフが言った通り、僕達は五ツ星冒険者並に金を取るぞ」

「こちらの書類をご覧下さい。国王に認められて旅行に来ました。戦争にて功績を収めた報酬です。生き残りは数少ないですから、こうして贅沢が認められたんです」

「…………それは、その、申し訳ない」

「いいえ」


 もう反論してくるなよ、と言う意味も込めてアリスは徹底的に嘘を塗り固めた。

もし万が一この事をアベスカの人間に問われたとしても、アリスの実態を知っている以上口裏を合わせるだろう。

 今は二人の幹部が駐在しているのだ。

もしも裏切ったなどと分かってしまえば――未来は決まっている。


「それで? その子の名前は?」

「…………」

「ほら、聞かれてるよ」

「……ガブリエラ」

「ガブリエラちゃん! かっわいぃいいぃ!!♡♡あたし、コゼット! よろしくねぇ~♡」

「………わー、ヨロシクオネガイシマース」

(ガブリエラのことは気に入ったようなけど、さっき私を貶した女だ……。そもそも男じゃない時点で、ガブリエラとは合わなそうだな)


 普段は愛想を振り撒いていたガブリエラが、必死に耐えながら対応している。

心底嫌なのだろう、棒読みで喋っているのがバレバレだ。

 オリヴァー達は「コゼットのウザさが引き起こした」と思い込んでいた。


 ガブリエラに対しても不審に思われていないようだ。

魔物だと気付けばすぐに行動を起こしてくるだろう。しかしながら何の反応もない。

 最初にアリスが付与した、足を隠す魔術がしっかりと通用しているのだ。

これから一緒に旅していくにあたって、一番重要なことだった。


「宿を取りたいのですが、おすすめはありますか? 船旅で疲れたので、休息と計画がてら」

「あ、はい。ではご案内しますよ。僕の顔は知れ渡ってますし、勇者割で安く取りましょう」

「ふふ。それはありがとうございます」

いつもありがとうございます。

本日はオマケ(次話)つきです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ