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歓迎の炎2

 遠くから見ていたオリヴァーも、真横ですぐにコゼットの治癒にあたろうとしたアンゼルムも、理解が追いつかなかった。

 一秒にも満たない炎は、コゼットの命を簡単に奪っていった。


 アンゼルムはふらふらと覚束ない足取りで、倒れている彼女に近付いた。そんな数秒程度で命が奪われていいのだろうか、と思いながら。

 まだ死んでいると納得できていないアンゼルムは、治療にあたろうとしていた。治癒するにあたって、ステータスを閲覧しようとしたり、状況を把握しようとしたりしている。

 酷く混乱しているアンゼルムは、霊薬を落とし、アイテムをボロボロとポーチから溢れさせたり。普段のアンゼルムらしくない行動を取っていた。


「な……なにをしたぁあぁあ!」


 混乱しているアンゼルムとは違い、オリヴァーは怒りを強く見せていた。その衝撃で力が更に上がったのか、先程とは比べ物にならないスピードで、アリスに向かってくる。

 剣に炎と雷を付与すると、躊躇いなくアリスに切りかかった。頭を狙い、首を狙う。

 切るだけではなく、顔面に向けて突き立てようともしている。


 アリスはそれら全てを受けること無く回避していた。機動力ですら最大値に達している彼女にすれば、この程度のことを避けるのは造作もない。

 アリスがひらひらと簡単に避けていれば、オリヴァーの怒りは更に増していく。


「――コゼット、コゼット! 目を覚ましてくれ!」

「アンゼルム! そのまま彼女を診ていて!」


 焦るアンゼルムの声が耳に届いて、オリヴァーはコゼットとアンゼルムを見やる。オリヴァーの視界には、必死に魔術をかけているアンゼルムが映った。

 献身的に魔術を付与しているが、コゼットはピクリともしない。あの軽快で明るい少女は、静かで何も言わない。

そこには死体が転がっているだけ。

 赤子の手をひねるどころではない。道端の蟻を踏むが如く、人間の命を奪った。オリヴァーは目の前の魔王を、絶対に許さないと誓う。


「何をしたって……それは殺したんだよ。魔王らしくな」

「貴様ぁあぁあ!! よくも……!」


 言語にされてしまえば、もう我慢が出来なかった。

 オリヴァーが両手を広げると、彼の後ろに大量の光の羽根が生成される。

 背後に大量に生まれた光の羽根達は、オリヴァーを神々しいものへと見せていた。美しさを持っているものの、威力は桁違いだ。掠めただけで、上級悪魔すら簡単に消し去ってしまうほどの威力を持っていた。

 本来の魔物との戦いであれば、数本生み出せば上々だ。だが今回生み出されていたのは、数えるのも困難なほど多くある羽根。

 アリスに対する憎悪と殺意が簡単に汲み取れた。


「わぁ、さすがに……。エンプティ、こっちに来て」

「はい」


 オリヴァーの怒りの矛先はアリスに向いているが、ここまで大量の〝弾〟を放たれてしまえば、後ろに待機しているエンプティはひとたまりもない。

 豪雨のようにこの空間内に降り注げば、さすがのエンプティも避けられないだろう。

 アリス一人ならば耐えられるが、エンプティはそういうスキルも魔術も習得していない。下手に食らってしまえば、彼女はここで死んでしまうのだ。


 エンプティはアリスにピトリとくっつくと、少し嬉しそうに微笑んだ。守ってもらえること、アリスに密着できること。それらが嬉しいのだ。


「消えろ、魔王ォーッ!!」

「〈守護の(プレッジ・オブ・)誓約(ガーディアン)〉、〈スライム生成〉」


 オリヴァーが光の羽根を発射すると同時に、アリスはスキルを発動した。

 目も開けられないほどの光の中、彼女達は無事に立っている。光はすぐに消える気配がなく、オリヴァー達の姿すら見えそうにない。


 もちろん、それ同様に光の中の様子も、オリヴァー達には見えていない。

 今この光の中には、アリスとエンプティ、そしてアリスの生成したスライムが立っていた。

 スライムはアリスに酷く似ていて、幹部でなければ絶対にアリスだと確信できるだろう。だが幹部達は、アリスの気配も魔力も、何もかもを知っている。

 だから目の前にこのアリス・スライムが立ったときに、自分達の親を真似た不届き者だと認識する。

 特にエンプティに至っては、同じ性質(スライム)であった。それを喜びたいのだが、至高であるアリスが自分と同等であることに違和感を覚える。複雑なのだ。


「あの、アリス様。スライムを作って一体何を……?」

「向こう側にいる、魔術師少年と遊んでくるよ。スライムは囮」

「まぁ♡」

「私は今のうちに移動するよ。スライムから回復を受けたら離れてね」

「畏まりました♡」


 アリスはいまだ消えぬ光を利用して、その場を離れた。エンプティにも視認できない速度は、彼女の持てる全ての速度で移動したことを示している。

 せっかく囮を生み出したのだ。簡単に本体が見つかってしまっては、つまらないこと。だからアリスは高速で移動をした。


 エンプティを包んでいた光の羽根は少しずつ収束しつつあり、盾役であるアリスが消えたあとのエンプティでも、耐えきれる程度に弱体化していた。

 エンプティは幹部の中でも体力値は高いほうなので、弱まってきたこの魔術であれば耐えられたのだ。

 魔術の効果が完全に消え去ると、アリス・スライムはエンプティにスキルを付与する。


「〈無上なる(インヴィンシブル)復活(・リカバリー)〉」

「ありがとうございます、……アリス様」

「無理に呼ばずとも結構ですよ、別物(スライム)ですから。範囲攻撃以外は、自分で回避可能ですか?」

「えぇ、もちろんよ」

「よろしくお願いします、エンプティ」


 エンプティは治療スキルを受けると、すぐにその場をあとにした。

 囮役、偽物のアリスとて、その戦闘を邪魔するわけにはいかない。邪魔にならない距離まで引けば、再び観戦に徹する。


 一方、オリヴァー達は。あのオリヴァーの強大な魔術を受けてなお、その場に立っていた魔王を見て、驚愕していた。

 最終手段――は言い過ぎだが、それでもオリヴァーの持てる切り札の一つ。これでどんな魔物や化け物、魔族、なんでも倒してきた。

 光が終わった場所には、何も残らないはずだった。誰かが生き残って、しかも五体満足で立っているだなんてありえないこと。


「な……オリヴァーのあの魔術を受けて、生きている……?」

「一体どんなトリックを……!」

「トリックじゃない、スキルだ」

「嘘を言うな!」

「ふふ、理解出来ないとは……可哀想に」


 困惑しているオリヴァー達に、純粋な答えを伝えてあげればこうだ。二人はアリス――アリス・スライムの言うことを信じようともしない。

 目の前にある事実が嘘ではないと物語っているのに、オリヴァーとアンゼルムの頭は、それを拒絶している。己の理解できる限界を超えたのだ。


 せめてこれ以上の追撃を許さないと、オリヴァーは再び飛び出す。

 勇者の戦いにも耐えられるように設計された剣は、まだ刃こぼれする様子は見られない。それに少し安心しながら、アリス・スライムに向けて剣を振るう。

 焦りと混乱が混ざった剣技は、アリスが避けるには簡単すぎるほどだった。仲間を一人失ったことで、冷静さを欠いている。

 アリス・スライムは子供をあやすように、ただいなしているだけ。攻撃する素振りを見せなければ、オリヴァーはまた焦る。

 遊ばれているのだと理解したオリヴァーは、どんどん動きが悪くなっていく。


 オリヴァーが焦れば焦るほど、アリス・スライムにとって有利になる。

 スキル〈スライム生成〉は、作成できるスライムの上限レベルが設定されている。そのため、通常の状態のオリヴァーと戦えば、すぐに撃破されてしまうだろう。

 こうして彼を煽り、焦らせて、冷静さを失わせることで、多少なりとも互角に戦えるようになるのだ。


「アンゼルム! コゼットは!?」

「い、今やっている!」


 一瞬にして殺された仲間が気になるようで、戦いの最中、オリヴァーはアンゼルムに声をかける。そんな余裕なんてないはずなのに、コゼットの状態が心配なのだ。


「余裕だな。私を相手しながら、仲間を気遣うなんて」

「うるさいッ!」

「おっと」


 怒りに任せた剣戟は、今までの中で一番速いものであった。風を切り、空気の音が耳を裂くような感覚。

 流石にこればかりは、直撃してしまえばアリス・スライムはひとたまりもない。床を蹴って、軽やかなステップで移動する。

 当たらなかったことを自慢するかのように、アリス・スライムは不敵に微笑んだ。

 オリヴァーはそれを見て、更に怒りを強くするのだった。

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い致します。


あと5話です!

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