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魔王軍vs王国軍1

 魔王城近郊、森の中――


「なんだよあれ、おかしいだろうが!」


 王国軍の男は、訴えるようにそう叫んだ。

 死にたくない一心で剣を振るっているが、全く魔王軍に歯がたたないのは目に見えていた。自分の持つ剣は綻びを見せ始めている。

 一緒に戦地に立っていたはずの仲間はどんどんと死んでいった。

 ぐにゃりと不思議な足の感触がしたと思えば、それは何だと説明する必要もない。血の匂いが辺りに充満しているこの戦場で、地面に転がっているのは仲間の死体だけ。

なるべく下を見ないように、男はがむしゃらに剣を振り続ける。死にたくないからだ。


「魔物のくせになんで統率が取れてるんだよ!」

「黙って剣を振れ、死にたいのなら――ぐあっ!」


 男の隣にいた兵士が、たったの一瞬でぐちゃりとただの肉塊へと変わった。殴打武器で容赦なく殴られた男は、反撃も出来ないまま倒れ込んだ。

 ピクピクと微かに動く肉塊を見てしまった男は、瞬時にパニックに陥った。

 見ないようにしていた地面も、それによって目に入る。一緒にやって来ていた仲間たちが、ただの肉片になって転がっているのを、見てしまった。


 それだけではない。アドレナリンによって麻痺していた全ての感覚が、この一瞬で戻って来たのだ。

 血の匂いも、土の匂いも、吐き気がするような戦場の雰囲気も、全て彼に注がれていく。


「あ、う、あ……うわあああああ!」


 男は耐えきれず、武器を持ったまま森の中へと走り出した。王国軍が進んでいる方とは、逆の方へと駆け出していく。

 なにかに躓いて転んでしまおうとも、泥を払うこと無くそのまま走り続けた。

 この場所がどこかなんて、分からない。母国でもない、遠いアリ=マイアの土地。そして魔王軍の管轄領。逃げる場所なんて、もっと分かるはずがない。

 けれど男は、あの戦場から遠ざかりたかった。ただひたすら逃げたかった。

 瘴気に満ちたこの空間で、苦しさを覚え始める。国から支給された耐性のつくアイテムの、効力が切れてきているのだろう。

 その苦しささえも、気にせずに走り続けている。


 ――走り続けている、はずだった。

 突然、目の前の景色が変わったのだ。何もない森の中を走っていたはずなのに、目の前に再び戦場が現れている。

 地獄と言うならば、これを指すのだろうなと言うばかりの、惨たらしい景色が。

 彼は間違いなく、戦場に立っていた。


「…………え?」


 自分は確かに森の中を走って逃げていたはず。男はそう思った。

 だが目の前に広がっているのは、あの地獄の景色。

 ぼんやりと突っ立っている男に向けて、兵士の一人が声を上げた。その兵士は運がいいらしく、この地獄の中でもまだ生き残っている。


「どこに行っていた! 目の前の敵を倒せ!」

「え? なん……?」

「どうした!?」

「い、いえ……」


 混乱の中、男は命令を断れなかった。手には剣を持っていたこともあったので、そのまま命令に応じて、また戦場へ戻る。

 モヤモヤとした感情を抱えながら、剣を振っている。

 意識が戦場に向かない彼は、後方のまだ楽な場所であることを利用して、周りを観察しながら戦っていた。


 周囲にいる兵士が減ったと思えば、また増えている。視界の端に彼と同様で逃げている兵士も見えた。

 だがしばらくすれば、それらもここへ戻ってきている。

 森の中に兵士が逃げて消え、突如として戦地へ戻される。それを繰り返していた。


「な、ど……どういうことだ……!?」


 一介の兵士には、それを理解するというのは難しいことだった。


 ◆


 後方で指揮をしているハインツの横に、一人分が通れるサイズの〈転移門〉が生成される。そしてそこを通り抜けてきたのは、ルーシーだった。

 ルーシーは転移するとすぐに、ハインツの隣に座り心地の良さそうな椅子を生み出した。そこへ荒々しくドカリと体を預けた。


「はーっ、疲れるし!」

「すまんッッ!」

「1ミリも思ってないっしょ!?」

「思っているがッ!」

「え〜、だってスキル使ってないじゃん」


 ハインツは戦闘が開始されてから、まだ一度もスキルを使用していない。もともと人間に比べて、魔族はステータス的に有利を取れるということもある。

 だから問題なく見物をしていたのだ。何もしなくとも、優勢なのは誰が見てもよく分かること。

 ハインツは大きな指揮はしようとせず、後方から見守っているだけだった。


 そしてルーシーはといえば、逃げている兵士を拾っては元に戻すという作業を行っていた。


「ハインツがそうやってるから、逃げる暇を与えてるワケ」

「ほう!」

「それにぃ、あーしこれから、エキドナに会わなきゃなんだケド」


 ルーシーが戻ってきたのは、これからこの場からいなくなるからである。それを報告するために、一旦立ち寄ったのだ。

 魔王城近郊の瘴気が漂う森の中で、兵士達が無事に生きて帰れない。とはいえルーシーがいなくなることで、逃亡兵はそのまま野放しとなる。

 アリスが「交渉材料として、ある程度残すように」と言っていた手前、森の中に野放しにするわけにもいかない。

 もちろん、魔王軍の中には森に精通した魔族もいるため、索敵には困らないだろう。手間が発生するという点で考えたら、放置するのは良い案では無い。


「それは聞いていないぞ!」

「言ってねーし。んなワケで、あーしは途中で消えるから。〝取りこぼし〟はそっちで処理しろって感じ」

「では出し惜しみはしないでおこう!」


 ハインツが少しだけ前に出る。その様子に気付いたのは誰もおらず、各々が対峙している人間相手に集中していた。

 ハインツもそれを分かっていたのか、それとも彼のいつも通りのやり方なのか。

 深く息を吸い込んで、特に大きな声量で叫んだ。


「聞け、アリス様の元に集う者達よッッッ!!!」


 その森の空気がビリビリと振動している。ハインツの普段からの声量もそうだが、ドラゴンだから成し得る声の大きさなのだ。

 まるでドラゴンがブレスを吐くように、彼の大きすぎる声は戦場に響き渡った。

 真横にいたルーシーは、酷く嫌そうに顔を歪めている。

 ルーシーはハインツのことを、同じ幹部として嫌ってはいない。しかし彼女の性格上、暑苦しいハインツの性格は、あまり好きでは無いのだ。

 しかも予告無く大声を出されては、更に不快だろう。


「訓練の成果を見せる時だッッ!! 我がスキルをッ、その身に宿すッッッ!!!」

「おおぉおぉ!!!!」


 魔王軍の中から歓声が上がる。やっと訓練の成果を発揮する場が出来たのだ。

 実戦でこのスキルを用いるのは初めてだ。誰もがその期待ゆえに、心の底から喜んでいる。

 一方でその意味が分からない人間達は、突然声を大きくして喜びを表している魔族達に、困惑を隠せないでいた。

 ハインツはそんな人間達に気を配ることなどなく、彼の所有するスキルを発動させた。


「〈龍の鼓舞(ドラゴンズ・ボイス)〉ッッッッ!!!」


 そのスキルは、魔王軍全体に付与された。

 〈龍の鼓舞(ドラゴンズ・ボイス)〉は仲間の戦闘力を大幅に上げるもの。そして微量ながらも、防御力も上昇する。

 以前、マイラとの戦闘でも少しだけ使ったことがあった。その際は、付与した人間が低レベルであったため、解除したあとに耐えきれず死亡してしまった。

 だが今回は違う。スキルに耐えられるよう、訓練を積み重ねてきた魔族達だ。少なくとも、一度のスキル使用では死亡することはない。

 スキルの力を存分に発揮し、戦争に大いに貢献してくれることだろう。


「さあッ、見せてくれッッ!」

「うぉおおぉお!」

「ハインツ様と、アリス様のためぇえぇ!!!」


 士気が高まるだけではない。その効果ははっきりと表れていた。

 ウルフマン達がその爪で引き裂けば、体が真っ二つになる。ゴブリン達が殴打武器で殴りつければ、人の形すら保っていない。

 誰もがたった一撃で完全に仕留めていった。それも、反撃すら許さずに。

 もともと有利に運んでいた戦闘だったが、相手に防御すら不可能にしている。

 逃げようとするものもいるが、逃げる前に狩り殺されている。もはや戦争というよりかは、虐殺だった。


 ルーシーはそれらを見ながら、「はぁ」と嘆息した。自分がいなくても問題ないであろうという安心と、苦手な暑苦しい連中の奮闘具合を見た呆れだ。

 彼女は〈転移門〉を生成すると、座っていた椅子から立ち上がる。立ち上がると同時に、ルーシーが生み出した椅子はしゅわりと消えた。


「あーあ、むさ苦しいっつの。だいじょぶそ〜だし、あーしはそろそろ行くね」

「あぁ!!」

「あと〜、あの指揮官の二人は生かしといて」

「!? わかった!」


 返事を聞くと、ルーシーは〈転移門〉の奥へと消えていった。

 ハインツは一瞥すること無く、戦場を見守り続ける。ルーシーにああ言われた以上、後方に構えている夫妻が死なぬよう、じっと見つめていた。

いつもありがとうございます。

完結まであと八話くらいです。

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