表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/188

影を追う

 出来る限りのスピードを出して、オリヴァー達は走っていた。どこに向かうべきかも分からず、ただひたすら長く広く――暗い廊下を走っている。

 追手がないことを見ると、両親がうまく足止めしているのだと考える。

 しかし彼らにもスタミナは存在する。長い間、同じペースで走っていられるわけがない。一番スタミナのない、コゼットが疲れたことで三人は足を止めた。

 どれくらい走っていたかは分からない。

 ただがむしゃらに、勇者たるオリヴァーが逃げという道を選ばざるを得なかったのは確かだ。

 これではあのとき見逃した、魔王に顔向けすら出来ない愚かさだ。


「……はぁ、はぁ……ここまでくれば……」

「せ、戦闘音も、……聞こえ、ないね……」

「僕の両親の姿も気配もない。どれだけ広いんだ、ここは……」


 ゼェハァと深呼吸をする。息を整えながら、今まで走ってきたところを思い出していた。

 途中でアンゼルムの両親にすら会わず、どこかで戦いが起こっている様子も確認できない。

 王国軍の声も姿もなければ、アリス率いる魔王軍を見ることすらなかった。本当にここには、オリヴァー達しかいないのではと思わせるほど、静かな場所だ。

 転移させられたのは、一部の人間なのではないかと思わせるほどだ。

 だがその静けさは、穏やかな気持ちになる静けさではない。体が震えて、背筋が凍るような不気味さを醸し出す静寂だった。


 そんな中。コツン、と靴音が響き渡った。

 先程のことを思い出せば、もしかしたらあの緑の女が追いかけてきたのでは――と嫌な予感が過る。


「ねえ、オリヴァー!」


 だがコゼットが見つけたのは、あの女とは別の人影。背格好こそ似ていたが、少し身長が低く、身を包む衣装も黒が多い。

 先程の蛇のような様相の女とは、違うようにも思えた。

 女はオリヴァー達を一瞥することなどなく、ゆっくりと動いて廊下の角を曲がった。

 この魔王城の中を自由に歩き回れる存在など、魔王軍の仲間に違いない。そう判断した三人は、お互いに顔を見合わせると深く頷いた。


「あぁ、見たよ……! きっと魔王軍だ」

「行こう、追うんだ」

「うん!」


 三人はその場を飛び出した。女が曲がっていた角に向かって走り、女に続いていく。

 つい先程曲がったばかりの女は、既に遠方にいて、再び廊下を曲がる。その間もオリヴァー達を一瞥すらせず、ただ先を行くだけ。

 その姿が見えるか見えないかというぎりぎりのところで、彼女はまた別の角を曲がっていく。


 廊下には三人の走る足音と、女のゆったりとしたヒールの音が響いている。

 オリヴァー達がどれだけ走って追おうとも、女は先を行くばかりで捕まりやしない。あまりの追いつけなさに、段々とそのヒールの高らかな音が苛立ちを誘う。


「くそ……弄ばれてるな!」

「……やっぱり?」


 一度二度ならばまだしも、それが何回も重なれば分かってしまう。

 ただの偶然ではない。まるで誘導しているみたいに、弄ばれているのだ。

 オリヴァー達もそれを分かっていた。だが先を行く女は、何もない城で唯一の手がかりだ。悔しいが彼女についていくしかなかった。


「二人はあの女を見たことがある!?」

「いや……僕は知らない」

「あたしも見たことないよ……」


 三人は己の記憶の中に、誘導している女がいるかを確認する。

 彼らを導いている女は、黒いドレスを纏っていた。派手な装飾こそなく、シンプルであるものの、女の美しさを際立てている。

 異様なほど静かで不気味なこの城に、よくマッチしているようにも見えた。

 毛先にかけて緑に変わっていくその髪色は、一度見れば忘れられないだろう。

 だから三人は、己の知識の中にあの女がいないことがすぐにわかった。


 記憶にある魔族といえば、ついさっき、ラストルグエフ夫妻とともに置いてきた女だ。彼女は都市でユリアナを誘拐した事件の際、アンゼルムとコゼットが対峙した魔族だった。

 ぼんやりと覚えていた記憶の中に、あのような女がいたことをアンゼルムは思い出す。


「強いて言うなら、先程、英雄様と対峙していた魔族が……恐らく、首都を襲ったときに戦った相手だ」

「! そうだね! あの霧の――あ、ごめん……」

「……いや、いいんだ」


 それは誰にとってもいい記憶ではない。大切な仲間であるユリアナを奪われた記憶。

 為す術もないまま、相手に逃走を許してしまった。

 オリヴァーはそんな思い出を掘り起こした二人を、責める気などない。あの頃はユリアナを奪われ、怒り狂っていたが、現在は冷静だ。

 世界をかけた戦いに身をおいている以上、理性的でありたかった。オリヴァーにとってユリアナは全てではあるものの、それ以上に彼の背中にはこの世界の命運がかかっている。


 それにオリヴァー自身も、首都での襲撃時に何も出来なかった。勇者たる彼が相手を追い詰められぬまま、ユリアナを追うことも出来ずにいた。

 だから二人ばかりを責めるというのは、あまりにも自己中心的すぎるのだ。


 そんな会話をしていると、追跡していた女はある部屋に入り込んだ。三人はそれを見逃すことはなく、お互いに顔を見る。


「おい、オリヴァー! 見たか!?」

「うん。あの部屋に入っていったね」

「……てことは」


 この部屋には、なにかがあるのだ。

 ゴクリ、と誰かがつばを飲む音が響く。

 それもそのはず。この部屋から、尋常ではないほどの力が溢れている。それも、恐ろしいほどの気配だった。先程の魔族・エキドナなんて、ただの前座だと思わせるほどの強さ。

 先日、森の中で出迎えたあの魔王と、違うのではないかと錯覚させる。きっとあのときは加減をしていたのだな、と痛感してきた。


 オリヴァーは本当に彼女を倒せるのか、と不安に陥る。

 だがここで挫けていては、諦めていてはいけない。無事にユリアナを取り戻して、再びパルドウィン王国の地を踏まねばならない。


「……ひしひしと感じるよ。禍々しさを」

「魔王、か」


 三人はしっかりとした足取りで、扉の前に立った。恐ろしさはあったが、それ以上に勇者の仲間という使命感によって地に足をつけていた。

 目の前にあるその重厚な扉は、以前の魔王戦争の際に見たことがあった。

 魔王の命乞いによって情けなく終わった、前回の戦争。

 あのときとは、気持ちが違っていた。圧勝を収めてこの場所まで辿り着き、体力も何もかも余裕があった。部下の魔物達を蹴散らして、呆気ないなと寂しさすら覚えていたほどだ。


 だが今はどうだろう。

 扉に手をかけることすら、覚悟の必要なことになっていた。同じ部屋のはずなのに、全く違って見えていた。


「……ここは、玉座の間か」

「そういえば前代の魔王のときにも見たな」

「魔王城なんだって、よく分かるね……」


 何よりもあの時と違うのは、人数が減っていたこと。あのときはパーティーの五人が全て、揃っていたのだ。

 今となってはそれも叶わない。パーティー随一のヒーラーであったマイラは、プロパガンダの際に死んでしまった。オリヴァーの愛する魔術師であるユリアナも、魔王によって誘拐されてしまっていた。

 それも全て、この部屋の中にいる女がやったこと。

 これ以上、悪行を許してはならない――オリヴァーはそう心に決める。部屋の中にいるこの城の主を倒し、再び明るい未来を照らすべきだと。


「行こう」


 オリヴァーの言葉を聞いて、アンゼルムとコゼットは頷き返す。三人はようやく来るところまで来たのだ。

 オリヴァーは扉に手をかけた。扉はギィと重い音を立てて、ゆっくりと開かれていく。

 この先にいるのは、悪魔か。この後に起こるのは、地獄なのか。それは誰にも分からなかった。

オリヴァー編の完結までかけました(おせーよ)

現在続編のジョルネイダの勇者の方を書いております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ