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勝算3

「ぐっ、う、ぅううわあぁあああぁ! 〈上級・治癒(ハイ・ヒール)〉、〈上級・解毒(ハイ・デトックス)〉!」


 マリーナはムキになって魔術を発動した。どちらも優秀な魔術だったが、エキドナの劇薬の大鎌(ポイズン・サイズ)の毒効果を消せるはずがない。

 マリーナが発動したものがBランクと聞けば、人間の世界では高ランク魔術だろう。習得している人間すら滅多にいない、選ばれた魔術。

 だが彼らの目の前にいるのは、人間ではない。世界のレベルの概念のその上を行く存在。


 マリーナの魔術により、ヴァジムの傷はそこそこ癒えていった。だが完治には至らない。

 ステータスを閲覧すれば、回復量よりも、体力値が減っていく量のほうが多いことに気づけるだろう。マリーナはそれすら確認することができず、ただがむしゃらに魔術を付与する。

 解毒も出来ぬまま、体力も満足に回復させられぬまま、両腕も失ったまま。ヴァジムも、起き上がらないまま。


「な、なんでよ、どうして! 〈上級・解毒(ハイ・デトックス)〉! 〈上級・(ハイ・)〉――う、ヴ、ゲホッ、ぅえっ」

「も……いい、やめろ……」


 マリーナの魔力は尽きかけてきていた。

 〈嘆き、愛の女神(クライ・ヴィーナス)〉の発動により、魔力は半分ほどまで減っていた。それに続いて高ランク魔術を続けて展開しているのだ、当然のことだろう。

 ヴァジムもそれを分かっていた。

 幾ら大魔術師と呼ばれたマリーナが奮闘しようとも、己の命が助からないことを。


 死ぬ間際に慈悲深い表情を見せたヴァジムを見て、マリーナは子供のように涙を流し始めた。顔がどれだけ見にくく崩れようとも、愛する夫のために魔術を展開し続けている。

 体の中に少しだけ残っている魔力を、無理矢理使って体調に支障がではじめる。

 咳き込み始めたマリーナは、その咳に血液が混ざり始めてきていた。

 命を削ってまで、ヴァジムを助けようとしているのだ。


「あぁ……魔力を過度に消費して、お辛いでしょうね……。大丈夫です……。すぐにそんな事は忘れますから……」


 これを受けてしまえば、マリーナは瀕死では済まされない。

 パルドウィン王国きっての大魔術師、マリーナ・ラストルグエフの人生が、終了してしまうのだ。

 かと言ってそんな彼女が、無抵抗のまま受け入れるわけがない。枯渇した魔力を必死にやりくりして、どうにか助かろうと足掻く。


「うっ、〈上級・(ハイ・)〉――げほっ、おぇ……う……」

「もう魔術は使えないのでしょう……無理に振るわずともよいのです……」


 上位の防御魔術を展開しようとしたが、魔力がうまく扱えない。いつもならば瞬時に展開出来たはずなのに、魔術は発動すること無く終わる。

 ひゅうひゅうと呼吸をして、視界もはっきりとしなくなってきた。めまいにも似た気持ち悪さが彼女を襲って、座っているだけなのに気分が悪い。

 ぼやけてきた視界の中、ヴァジムが映る。

 動けないヴァジムのその横を、コツコツと音を立てて緑の美しいドレスが近付いてくる。そのヒールの音は、まるで死刑をカウントダウンしているかのように感じられた。


「マリー……ナ……にげ……ろ……」

「な、にを……! 血反吐を吐いてでも、こいつと……相打ちにでもなれば……〈煌きの連矢(シャイン・アローズ)〉……ッ!」


 最期の時まで抵抗をやめようとしない。

 マリーナが発動した〈煌きの連矢(シャイン・アローズ)〉は、本来の彼女の能力ならば、豪雨とも言えるほどの矢を浴びせることが出来た。

 だが今発動したのは、勢いのない矢が数本飛んでいっただけ。小型の魔獣や、弱い人間相手であれば勝てただろうが、目の前にいるのはレベル200のエキドナ・ゴーゴンだ。

 エキドナは矢を避けることなどせず、ただ受け入れた。レベルの低い魔術は、彼女に傷一つ与えることがない。


「うぅ、ぐ……」

「申し訳ありません、申し訳ありません……」


 マリーナにはもう何も残されていなかった。

 横たわるヴァジムを助けられず、エキドナを止める手立てもない。静かに歩いてくる死神を、ただただ受け入れることしか出来なかった。


 エキドナは、マリーナの目の前に立っていた。

 彼女の表情は、今までにないほど悲観に満ちている。――相手がもっと強かったのならば、ここまで自分も苦しまなかったのだろうか、などと考えていた。

 エキドナは首を振って、目の前の仕事を完遂しようと頭を切り替える。

 エキドナは大鎌を高く掲げた。ギラリと輝くその毒の鎌には、まだうっすらとヴァジムの血液が乗っている。

 ヒュンと風を切って、エキドナは鎌を振るった。





「よっすよーっす、エキドナ、どーよ?」


 軽快な声でやって来たのは、ルーシーだ。エキドナの仕事が終わった頃に、顔を出す算段となっていた。

 今回もルーシーは開幕以降、裏方に回っていた。だが、その仕事量は多い。アリスが定めた場所から人間たちが出ないよう、駆け回っては転移を繰り返しているのだ。

 転移の出来ないパラケルススに代わって、治療を行うことだってあった。


 ルーシーが到着した頃には、ヴァジムとマリーナの解毒は完了していた。

 アリスから事前に受け取っていた解毒剤で、彼らの体内を蝕んでいた毒素は完全に消え去っている。

 そこに転がっているのは、気絶している夫妻だ。


 ヴァジムは両腕を失い、マリーナに至っては両目を切り裂かれていた。扱いが難しいであろう大鎌で、器用に両目を潰されているのだ。

 毒素は緩和されているものの、切られた両目は機能しないだろう。

 今は気絶しているが、起き上がっても彼女の前に広がるのは闇だけだ。


「あぁ、ちょうどよかったです……」

「おまたーって、うわっ! エキドナ、どこがちょうどいいわけ!? えーっと、〈全治(ヒール・ザ)〉……」

「あ、お待ち下さい……。両腕と両目はこのままで……構いません……」


 ルーシーが二人の状況を見ると、急いで治療魔術を付与しようとしていた。

 エキドナからは「殺したくない」という話を聞いていたため、瀕死である二人を見て驚いたのだ。だが逆に、エキドナはそんなルーシーを止めた。


「え? そーなの?」

「はい……アリス様との取り決めでして……」

「おけまる。じゃあ傷塞いで~、止血だけね」

「ありがとうございます……」


 アリスは生かすことを許したが、今まで通りの生活を許可したわけじゃない。二度と立ち上がれぬよう、二度と剣を触れぬようにしろと言った。

 だからエキドナはヴァジムの両腕を断ち、マリーナの両目を奪った。二度とアリスに楯突かないようにするために。

 これはアリスの出来る限りの譲歩であり、慈悲だった。


 ルーシーは二人の傷を治すことはやめて、止血だけを済ませた。簡易的な処置はしてあったものの、医療の技術も知識もないエキドナが施した程度だ。このまま放っておけば、死んでしまうだろう。

 魔術を付与すると、ヴァジムの腕は止血されて傷が塞がった。腕が生えてくることなどなく、切り落とされたまま。

 マリーナの瞳も同じで、傷が塞がったが傷跡は残っている。この後起きたところで、視力は回復していないはずだ。


「それじゃ、隷属契約だったっけ。内容は決めた?」

「はい……。〝アリス率いる魔王軍との非敵対・非戦闘〟……〝上官はエキドナ・ゴーゴン〟……これくらいでしょうか……」

「えー、甘くない? アリス様へ絶対なる忠誠! とかいらない?」

「敵対して攻撃をしなければ……よろしいのでは……」


 ルーシーは人間に対しても別け隔てなく接する幹部だが、人間に対して優しさや慈悲があるわけではない。偏見がないだけで、彼女の中心はアリスただ一人。

 エキドナのように弱者を労るという考えにはならないのだ。

 だから今回も、エキドナが施す契約に不満を見せていた。アリスの計画を邪魔した以上、アリスの敵である勇者の親である以上、そんなぬるい契約でいいのかと。


「ほんっと優しいねー、エキドナ」

「……優しい、でしょうか……」


 カンの鈍いルーシーは、エキドナが心変わりしたのは分からない。変わらぬまま、ただエキドナが優しいだけだと思っている。

 ルーシーに〝優しい〟と言われ、エキドナはモヤモヤとした、すっきりしない感情で埋め尽くされた。言葉にたとえるならば、罪悪感に近い。

 まるでルーシーを騙しているかのように感じたのだ。

 真実を知れば、戦争の前のルーシーのように怒るだけではすまないだろう。温厚であるルーシーですら、エンプティのように怒り狂うかもしれない。

 エキドナも己の思いが、反逆にも似たなにかだと薄々気付いていた。けれど、彼女はアリスを裏切りたいわけじゃない。

 生まれてくる知らない感情を、エキドナはうまく消化出来ずにいるのだ。


「あーしも他に呼ばれるかもだし! ちゃっちゃと済ませるよ」

「あっ、はい……。お願い致します……」


 ルーシーは杖を取り出して、ラストルグエフ夫妻とエキドナの隷属契約を進めていった――。

エキドナ対ラストルグエフ夫妻戦終了です。

魔王軍と王国軍の戦闘を少しだけ挟んで、アリスとの決着です。もう少しお付き合いくださいませ~。

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