勝算1
ガンガンと響き渡るのは、ヴァジムとエキドナが戦う音。ヴァジムはその培った技術と経験で、的確にエキドナの急所を狙っている。
エキドナは大した反撃もできず、防御に徹している。
それどころか、防御すらうまく出来ていない。
相手は腐っても人間。でも、英雄と呼ばれていた男。その攻撃速度に追いつけないのか、時々攻撃を取りこぼして食らってしまっている。
エキドナのドレスを引き裂き、レースの手袋を切り裂いて、肉を、骨を砕く。ヴァジムの攻撃の通りでは、そうなってもおかしくはない。
だがエキドナは苦しむ様子も、肉が切り裂かれる様子もない。
攻撃があたったところで、顔色一つかえず、ただただ事務的に攻撃をさばけるだけさばいている。
これにはヴァジムも異様に感じた。当たっている感覚はある。だが、血も出なければ攻撃が通った様子もないのだ。
「おいおい! どうなってんだ? 全然攻撃が通らねぇぞ!」
「それは……わたくしが物理攻撃を……通さないからで御座います……」
「はぁ?!」
あまりの異質さにヴァジムが声を上げれば、エキドナは至極簡単に答えを教えた。
エンプティなどであれば、「こんなことすら分からなかった低能の人間に、そこまで教えてあげる義理なんてないわ」と言うに違いない。
だがエキドナは、申し訳なさそうに説明をする。
「〈完全なる肉体〉……物理攻撃に対する完璧な耐性です……。魔術が付与されていましたら、多少は通しま……あっ、これは言っていいことなのでしょうか、なのでしょうか……」
オロオロと説明をすれば、ヴァジムの表情が変わっていった。
次元が違う化け物。理解するには容易かった。
そして何よりも悔しかったのは、己の全てを否定されたことだ。ヴァジムは魔術を用いての戦闘ではなく、剣などでの物理攻撃がメインだ。
だからこの時間稼ぎにおいて、彼は意味をなさない。
「チッ、化け物め……!」
ヴァジムはそう言いながら、ポケットから小さな瓶を取り出した。それを己の大剣に振りかけると、剣が淡く赤色に輝き出す。
以前、こういった状況に陥ったことがある。その際にマリーナから、応急措置として霊薬を貰ったのだ。
短時間ではあるものの、一時的に剣へ魔術攻撃を付与するというもの。
マリーナという、パルドウィン王国を誇る魔術師が生み出したアイテムだ。外れな訳がない。
ヴァジムはそれを思い出していた。持ってきていたのは念のため、何かあったときのためだったが、役に立つとは思わなかったのだ。
しかし悲しいかな、その程度でエキドナに攻撃が通用しようとも、彼女はスキルの影響で毎秒体力を四割回復し続けている。
ヴァジムがそれでカバーできないほど、手早く、強大な攻撃を繰り出せれば別の話だ。
だがそれは、限りなく不可能に近いだろう。
(くそっ……!)
ヴァジムはエキドナとの戦闘を行いつつ、魔術の準備をしているマリーナを見た。
マリーナはヴァジムとエキドナの戦闘に視線すら送らず、魔術を展開する用意にだけ集中している。終わる様子はまだまだ見受けられないのを確認すると、すぐに意識をエキドナの方へと移す。
運良く、エキドナはそちらへ向かおうとしていない。足止めが成功しているのだと、ヴァジムは思っていた。
それどころかヴァジムの一挙一動に、感動すらしているほどだ。
「まぁ、まぁ……すごいですわ。今の液体を振りかけたら、攻撃が通るようになりましたわ……」
「ハッ! 腹の立つ化け物だ!」
エキドナの言う通り、ヴァジムの攻撃は先ほどとは打って変わって、エキドナの肉を切り裂いていっている。これだけ聞けば、戦闘はヴァジム達の有利に運んでいるように見えるだろう。
だが先述の通り、エキドナは毎秒ありえないほどの速度で回復をし続けている。
ヴァジムが攻撃すると同時に、その傷は癒えていくのだ。
それを見ているヴァジムにとって、エキドナの純粋な称賛はただの皮肉にしか聞こえない。
「一体そちらは、何だったのでしょう?」
「教えるかよ、化け物!」
「そうですか……。やはりアリ=マイア程度の知識では、限界があるということですね……」
(アリ=マイアの知識……!? もしかして、こいつらもうアリ=マイアを手の内に……)
エキドナの言葉を聞いて、ヴァジムは余計に力が入る。この女――もとい、魔王軍をこのまま放っておけば、もっと被害が拡大する。
既にアリ=マイアは手中にあるような言い草に、ヴァジムは気を引き締めた。なんとしてもこの女を倒し、先行しているオリヴァーたちに追いつかなければと。
ヴァジムの振るった大剣は、的確にエキドナの首を狙った。彼と対等に渡り合えている割には、細くて白い首を。
歴戦の勇士であるヴァジムのその剣は、速度を保ちながらエキドナの首に到達した。
しかしそのままズバリと切れることなど無く、それどころか弾かれたのだ。金属のような硬い音が響いて、反動で大剣が遠くへ。
間違いなくあたったというのに、その部分は肉で間違いないのに。魔術を付与したのにも関わらず、攻撃は通らなかった。
何もかもが想定外。うまくいかないことが多すぎて、ヴァジムの表情は歪む。苦虫を噛み潰したような顔を見せて、その不快感を顕にした。
だがここで諦めることは許されない。愛する妻が、命を削ってまで魔術を繰り出そうとしている。
こちらに注意を向けるよう、同じ場所を何度も何度も攻撃する。
「素晴らしい剣戟です……。巨大な剣を振るっているのに……当たる場所は同じ、同じ……。感動ですわ……」
「……ッ」
エキドナは純粋に称賛の言葉を述べていた。ヴァジムにとっては皮肉でしかない。
英雄と呼ばれ、伝説を築き上げてきた。勇者の子供を成して、世界平和へ貢献してきたつもりだった。
だがそれも圧倒的な力の前では、全てが打ち砕かれるのだと知らされる。
何よりも今の戦闘において、攻撃しているのはヴァジムだけだ。
エキドナは一切手出しをせず、いなして避けるか、敢えて当たりに行くかのどちらかだ。マリーナが恐れていた毒鎌で、攻撃してくることすらない。
宝の持ち腐れとも言うくらいに、ただそれを持っているだけだった。
(とことん馬鹿にしやがって……)
そんな異常な武器を持っていながらも、使わない。ヴァジムはそれに値しないのだと、嘲笑われているようだった。
こんな経験は、もう殆どないことだった。だから不快でしかない。
「ヴァジム!」
「!」
ヴァジムが不愉快さを感じている時だった。愛するマリーナの声が響き渡る。
怒りに支配され始めていたヴァジムの頭は、そこでスッと冴え渡った。――魔術の準備が終わったのだ。
目の前の余裕綽々な女を、ギャフンと言わせる番が来たのだと。
「どいて、撃つわッ!」
「……あぁ!」
マリーナを一瞥すれば、魔術式が煌々と光り輝く中、妻であるマリーナがたたずんでいるのが見えた。何重にも及ぶその魔術式は、強大な魔術と裏腹に美しさを感じさせる。
彼女の表情は既に苦しそうで、発動条件である体力値を大幅に削ったことがよく分かる。ヴァジムもそんな彼女をそのままにしておけず、瞬時に場所を開けた。
ヴァジムが移動したことにより、マリーナとエキドナは、向かい合う形となった。
エキドナは魔術に詳しくはない。それは彼女が、どんな魔術であっても生き残れる自信があるから。
だからマリーナが、何を発動しようとしているかもサッパリ分からなかった。だが逃げようともしなかった。
ヴァジムがその場をどいたのにも関わらず、エキドナは動こうとしない。まるで、展開される魔術を待っているかのように、止まっているのだ。
「まぁ、なんでしょうか、なんでしょうか……」
「息吹の春、潮風の夏、豊作の秋、別れの冬。生命を訪れる全てに、愛の女神による嘆きと、憂い、そして慈悲を与えん――味わいなさい、化け物! 〈嘆き、愛の女神〉――!!!」
まばゆい光が、その場所――エキドナを包み込んでいった。
もうすぐ年末年始ですね。
ここまで続くとは思いませんでした。
現代に来たアリスたちによるホリデースペシャルでも書こうかなーと思っているんですが、実現するかどうか……。