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プレゼント

戦闘前にちょっとだけ過去の話をば。

 それは勇者がやって来る、少し前のこと。

 幹部もそれぞれの役割を、アリスから言い渡されていた。シスター・ユータリスによる通達がやって来るまで、極力仕事を避けて、いつでも対応できるようにと計らわれた。

 アリスとて準備――が必要なわけはなく、常に体力値も魔力値も満タンかつ全ての戦闘知識を持っている彼女にとって、この期間はただの暇だ。

 いつものように、あてもなく城内をぶらついたり、書斎で寛いだりしていた。

 そんな時、エキドナはアリスを探し出して、声をかけていた。


「アリス様、アリス様……。今、お時間よろしいでしょうか……?」

「あぁ、エキドナ。どうしたの? いいよいいよ」

「ありがとうございます……」


 エキドナは申し訳なさそうに感謝を述べる。普段のエキドナがそうであるように、控えめな彼女のとおりだった。

 だがアリスは、なんだか違和感を覚えていた。

 自分から意見するように変わってきていたエキドナだったが、今回ばかりは様子がおかしい。まるで怒られるのを前提に言っているようにも見えたのだ。

 アリスはただ、じっとエキドナの言葉を待った。何を反論しようにも、まずは彼女の言葉を聞くべきだろうと。


「無礼と知ってのお願いです。どうかわたくしに、彼らを殺させないでいただきませんでしょうか……」

「えぇ? どうして?」

「良い手駒として、残しておくべきではないかと……」


 エキドナは尻すぼみになりながら喋る。彼女は今回敵対し、戦闘を担当するラストルグエフ夫妻を殺したくないのだと言う。

 アリスの記憶では、人間に対して友好的に作り出したのは、ルーシーだけだ。だからエキドナは、弱いものや人間に対して無関心のはずだった。

 彼女の中で何かが変化したのだろう。それは喜ばしいことではあるし、少しだけ寂しくもあった。


 とはいえ、エキドナの言うとおりだ。

 アリスの殺したい相手は、限定的にするならば〝オリヴァー〟〝アンゼルム〟〝コゼット〟そして手元にある〝ユリアナ〟のみだ。

 だからエキドナの言う、今後のための手駒というのは、賛同出来ることだった。

 何よりもこれからパルドウィンも統治していくに当たって、アリスだけではまだ国民は納得しないだろう。

 結局、力による恐怖政治になってしまう。

 だからオリヴァーの両親や、アンゼルムの親を手中に収めて、反抗できなくしておく。そして国民がアリスに従うよう、彼らに動いてもらうために。


「うーむむ……許可しがたいけど、まぁ一理あるね」

「パルドウィンは完全に、恐怖による支配となりますでしょう……。そんな国民の、心の拠り所が必要なのでは、ありませんか、ありませんか……」

「確かにそうだね。じゃあ、いいよ。生かして」


 それにこれからまた勇者が追加されるとなれば、人間の手駒はあるに越したことはない。

 だがエキドナが申し立てたのは、彼女自身の考えが変わってしまったからだ。

しかしパルドウィン王国という巨大な国家を相手に取るのだ。彼女の言い訳は、アリスにとっても不利にはならない。


 エキドナが無礼を承知で言ってきたのは、アリスがエキドナに対して〝プレゼント〟を与えていたから。それを用いて戦闘をしろ、とのことだった。

 だがそれを使っては、相手を殺してしまう。

 今回の計画では、エキドナは単独行動である。パラケルススも連れていれば、アリスからのプレゼントによって殺してしまうこともないだろう。

 ルーシーのように魔術に長けていれば、殺したくない人間を救うことだって可能だ。

 だがエキドナにはそういったスキルも、魔術もない。彼女が習得している全ては、防御に値を全て振ったもの。

 攻撃を受けて傷ついて、死にかけている誰かを助けるためではなく、そうなることを未然に防ぐためのスキルと魔術達だった。


「だけど私が許可をするのは、生きることだ。それは、どんな形でも。私が譲歩出来るのはそこまでだよ」

「生きること……えぇ、えぇ……。十分で御座います。慈悲深きアリス様、生命を残すことをお許しいただき、ありがとうございます……」


 エキドナを許したとは言え、勇者以外の人間をただ無事に帰国させるつもりなんてない。それこそ生ぬるい。

 エキドナがそれを望めば、この場で叱りつけるところだった。

 しかし彼女は、アリスの譲歩案を笑顔で受け入れた。人間を、無駄な命を奪いたくないという気持ちはあるものの、やはり元の考えはこちら側寄りなのだとホッとする。


 それに、勇者ではないとはいえ、あのオリヴァーを生んだ〝元英雄〟だ。以前会ったときも、相当なレベルを持っている人物だと分かった。

 だからただ何もしないで帰すだなんて難しい判断だ。

 アリスは幹部達に「いつ死ぬかわからない」と伝えたばかりだ。だからここで下手に〝優しさ〟を見せて、神々に失望されれば死期は近付くばかりだろう。


「そうだねぇ。二度と戦えないようにしてくれる? 父親の方は、両腕を使えなくして。母親は両目を潰して……魔術も制限かけよう」

「制限、でらっしゃいますか……。わたくしにはそういった魔術の覚えが……」

「ルーシーを呼んで、隷属契約を結ぶよう頼んで」

「はい……」


 間髪入れずにアリスは答える。幹部の誰がどんなことが出来るかだなんて、全て把握している。エキドナが言い訳のように訴えれば、それも知っていると言わんばかりに返答したのだ。

 ルーシーはパルドウィンの襲撃と同様に、今回もサポーターとして立ち回る。

 戦地は魔王城内とはいえ、各地に相手を散らして戦うのだ。常にそれらを監視し、管理する存在が必要となってくる。

 計画がきちんと遂行できるよう、迷い子は誘導する。魔王軍で負傷者などを見つけた場合は、すぐさまパラケルススなどに通せるよう気を配る。

 この作戦でのルーシーは、一段と忙しいのだ。


 それもあってか、アリスは少しだけ口調が厳しい。ルーシーに必要のなかった負担を強いることになるのだ。

 もちろんだが、幹部からすればアリスの命令は絶対。その程度の労働が増えたところで、文句の一つにもならない。

 文句を言うのならば、エキドナが人間に対して慈悲を見せるような、そんな提案をしたことへ文句を言うだろう。


「うん。エキドナがそう言ったんだから、きちんと管理してね。契約内容は任せるけど、こちらが有利になるようにね」

「承知致しました……」

「あぁ、そうだ。死なれたら困るんだっけ」


 アリスがエキドナへ与えた〝プレゼント〟。戦闘系のスキルや魔術を習得していない彼女を、補うための武器だ。

 エキドナがここに、恥と無礼を承知でやって来たのは、それから命を救えるアイテムを欲していたから。おこがましくもエキドナは、アリスへそれを求めてやって来た。


 アリスは魔術空間から、瓶を二本取り出した。

 その瓶をコツコツと叩けば、次第に半分ほど水で満たされる。アリスの膨大な魔力が全く減ることのない、生活魔術だ。中に入ったのは、ただの水だった。


「〈魔術付与〉、〈完全(パーフェクト・)解毒(デトックス)〉」


 キラキラと水が光り輝く。

 ただの水だった瓶の中身は、この一瞬で世界最高峰の解毒薬へと変化した。

 〈完全(パーフェクト・)解毒(デトックス)〉は、Xランク以外であればなんでも解毒できるという魔術。

 Xランク自体が同等のランクではないと対処出来ない、神の領域たる魔術であるがゆえに、このSランク解毒魔術は言う慣れば――解毒魔術で一番効果があるのだ。

 この水は、この瞬間で値段がつけられないほど、高価なものへと変化したのだ。


「はい、これ。回復スキルがあるわけじゃないから、死ぬ前に投与してね」

「ありがとうございます……」


 エキドナはその高価な水を、丁寧に受け取った。なくさぬよう、即座に己の魔術空間へとしまい込んで、再びアリスを見やる。

 アリスは険しい表情で考え込んでいた。

 ――やはり、無理を言ってしまったのだな。エキドナはそう自覚する。


「……うーん」

「あ、あの……やはり、ご不満でしょうか?」

「ん! エキドナ」

「は、はい……」


 どんな叱咤でも受け入れようと、ぎゅっと目を瞑る。いつも諭すように怒るアリスだったが、今回ばかりはその怒り方すら想像できない。

 体罰だろうか、それとも怒鳴られるのか。エキドナは様々な事を考えながら、アリスの次の言葉を待っていた。

 ――だが、そんな覚悟を持ったエキドナに降り掛かった言葉は、想定を遥かに上回る言葉だった。


「ラストルグエフだけじゃなくて、ヨース夫妻も隷属を結んでくれる?」

「はい?」

「私は最初、皆殺しにするつもりだった。それを折った。君のためにね。だったら、それ相応の責任を取ろうか」

「あ、あの?」


 エキドナに話の内容は見えなかった。

 まるで、ベルやルーシーの、訳の分からない話を聞かされているかのようだ。だがあの二人と比べてはっきりしているのは、どう考えても大層な話を持ちかけられているということ。

 いやいや、まさか。私なんかに、そんな話を言うわけがない――そう思いこんでいたエキドナへ、アリスの決定打が放たれる。


「パルドウィンは、エキドナに任せるよ」

「………………え?」


 理解したと同時に、思考が停止する。

 今の今まで、魔王城で雑務に追われていたエキドナ・ゴーゴン。誰かの影に隠れて、意見も言わず、静かに過ごしてきていた。そのはずだった。

 そんな彼女が初めて思い切って、反逆とも取れる提案をした。そして、その結果がこれだ。

 一国を、彼女が仕切る。アリスの代理として。


「えぇー!?」


 エキドナは、生まれて初めて大きな声を出したのだった。

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