蛇と家族
投稿忘れてました!
すみません!
一方、魔王城・廊下――
シンと静まり返るその場所は、アリス達には馴染みの深い場所。長く広く暗い空間が続き、様々な部屋へと繋がっている。
日々拡張される魔王城は、三日も不在であれば造りが変わっているとも言われるほどだ。
そんな場所に転移させられていたのは、勇者一行だった。
「どこだ……ここ?」
オリヴァーはそう声を上げる。
一緒に居たのは、仲間であるコゼットとアンゼルムだった。二人が一緒に転移させられただけでも、オリヴァーにとっては心強いことだった。
しかしそれすらも、アリスによって仕組まれたことだということは、彼らは知る由もない。
「わ、わかんない……」
「クソ、完全に向こうの好き勝手にされているな……。父上と母上が見当たらない」
「引き離された、か……」
オリヴァーの疑問に、コゼットが不安そうに返答する。アンゼルムもその場所を知ること無く、不快感を顕にしていた。
ただ、彼らが分かるのは、異常なほどの瘴気にまみれた場所。肌をかすめる空気が、勇者である彼らを歓迎していないのがよくわかった。
そのことから、この場所は魔王城だと推測――確信出来た。
三人はその場でじっとしているわけにもいかず、廊下を歩き始めた。
どこに向かえばいいのかもわからず、とにかく前に進み続ける。
城内は瘴気のせいか日が当たらず、昼間なのに薄暗かった。心なしか肌寒く感じるのは、本当に温度が低いからなのか。それとも、恐ろしさからくる悪寒なのか。
久方ぶりに訪れたはずの魔王城だったが、あの頃とは全く雰囲気が違った。魔王を生かして見逃すという判断が出来た、あの頃とは。
オリヴァー達は、点在する明かりを頼りに歩き進む。
城内は恐ろしいくらいに静かで、誰も、何も居ないのかと思わせる。
「ね、ねぇ、アンゼルム。探知の魔術を使ったら……?」
「無理だ。少し使ってみたが、余りにも広すぎる。魔術で拡張してあるらしい」
「そうなんだ……」
この中で一番レベルの低いコゼットは、明らかに怯えている。とっとと終わらせたいという気持ちを隠そうともせず、早く敵を見つけたいがために提案をした。
アンゼルムの言う通り、彼の技術ではこの広さでの探知魔術は不可能だった。底が見えない闇のように、この城はどこまで続くのかが分からない。
まだ会敵していない以上、闇雲に魔術を使用して、無駄な魔力を消費するのは得策ではない。
恐怖に怯えているコゼットとて、アンゼルムの言い分も分かる。しゅん、と不安そうな表情を作りながらも、それ以上踏み込むことはなかった。
三人の足音だけが響く廊下だったが、オリヴァーがピクリと反応する。――角に、誰かが居たのだ。
二人の動きを阻むように手を出して、これ以上行かないようにと制止する。
「待って、気配がある」
「!」
オリヴァーは武器を取り出した。それに続いて、アンゼルムも魔術の準備をする。コゼットも弓矢を取り出して、恐ろしさを紛らわすように目を凝らした。
言われてみれば、強い気配だ――アンゼルムもそれに気付く。最寄りの廊下の角に、二つ存在する。
「……気を抜くなよ」
「分かっている」
三人は目配せをして、一気に飛び出した。そしてそこにいた人物に、目を丸くする。
「と、父さん……母さん!?」
「あら、オリヴァー……?」
「よう!」
「なんで……」
角にいたのは、オリヴァーの両親。ヴァジムとマリーナだった。
張り詰めていた緊張の糸は、そこで一気に解れていく。それと同時に、安心もやってきた。
オリヴァーは勇者と崇められ認められるほどではあったが、やはり長い間〝英雄〟として活躍してきた経験には勝てないときもある。だから両親が一緒だと分かったこの瞬間、オリヴァーの中にあった不安が和らいだのだ。
それはもちろん、オリヴァーだけではない。アンゼルムもコゼットも、表情は落ち着いていく。
「たまたま近くに転移したのでしょうか?」
「よ、かったぁ……!」
「ひとまず、戦力が獲得できたのはいいことよ。固まって動きましょう」
「うん」
「はい!」
マリーナが三人にそう告げた時だった。コツリ、と彼ら以外に誰も居ないはずのこの空間で、ヒールの音がする。
それは隠しようがなく――というよりは、まるで聞かせるかのように高らかに響かせていた。
追い打ちをかけるかのように、ヒールの音の主は声を出した。
「いいえ、いいえ……。それは、許されません……」
「「!」」
音と声がなければ、五人は気付かなかった。気配すら、分からなかった。
その女――エキドナ・ゴーゴンは、いつの間にかそこに立っていたのだ。
ヒールと声を聞いて、やっと存在に気付く。そして彼女自身を視認したオリヴァー達は、解いていた緊張の糸を再び張り巡らせた。
各々は武器を取り、構える。いつでも魔術を発動できるよう、体の中の魔力の流れをつかむ。
五人全員が臨戦態勢に入ると、エキドナは少し困惑した表情を見せた。
「その……勇者様方は、我が主であるアリス様がお待ちですので……。どうか、このまま先にお進みくださいませ……」
彼女はただ、親切心とアリスのためにそう言った。任された仕事は、オリヴァー達の相手ではなく、その両親の相手だから。
オリヴァーらは、アリスが待ちに待ったメインディッシュ。この戦争においてその一行に手を付けるのは、御法度というもの。裏切りに等しい行いだ。
だからエキドナにとって、今放った言葉は嫌味でも皮肉でもなんでもない。己の相手は、ラストルグエフ夫婦のみで、オリヴァー達ではない。そう言いたかった。
だが言われた側はそうは受け取れない。まるで余裕があるように受け取れたのだ。
事実、アリスの魔王軍とパルドウィン王国軍とでは、一人一人の戦力差は明らかだ。エキドナは彼女の設定上、ただの〝お節介〟の一つだったが、オリヴァー達には嫌味にも取れてしまった。
「なっ……!? 俺達も戦う! 馬鹿を言うな、魔族め!」
「そ、そうだよ!」
「……チッ、随分と自信があるんだな」
オリヴァー、コゼット、アンゼルムは、そう反論する。
オリヴァーは仲間意識の高さを見せて、怯えていたコゼットも、これには少し不服そうだった。アンゼルムは明らかに怒りを含んだ表情を見せている。
「……姉ちゃん一人で、俺らにかなうってことか」
「舐められたものね。これでも英雄なんだけど、私達」
それに対して、ラストルグエフ夫妻は冷静だった。若いせいで頭に血が上りやすい三人と違って、目の前に立っている女の、不気味なほどの余裕を真摯に捉えている。
この場に一人で立たされる女。部下も何も率いず、たった一人でそこにいる。
ヴァジムとマリーナが、宿泊を許した魔王を見抜けなかったように、この女の実力が測れない。
オロオロやオドオドとしているものの、逃げる様子も、決死の覚悟も見受けられなかった。相当の実力者であることは、想像に容易い。
何よりも、年老いても元英雄。
そんな二人を、たった一人で相手すると言うのだ。いくら控えめな様子だとしても、真に受けられなかった。
エキドナは動くことがなかった。手を出すことも、威圧することもない。ただずっと待っている。
それは、オリヴァー達がこの場からいなくなるのを待っているのだ。
それが戦闘開始の合図でもあった。
「……ここは先にいけ、オリヴァー」
「で、でも父さん――」
「ユリアナちゃんをしっかり見つけて、魔王を倒して戻ってきなさい」
「……母さん」
きっと、オリヴァー達が行かなければ、この女は動かない。そしてオリヴァーとアンゼルム、コゼット以外を通すこともない。
だから不本意ながらも、魔王の計画通り、せっかく合流した仲間を二分するしかなかった。
オリヴァーもなんとなく分かっていたのだろう。表情は酷く辛そうだったが、その瞳の奥には覚悟があった。ヴァジムはそれを見ると、フッと微笑んだ。
父親のときに見せる、優しい笑顔だった。
昔から優秀なオリヴァーだったが、やはり父親にはかなわない。そっと大きく温かいもので包み込んで、いつだってオリヴァーを守ってくれるのだ。
「そしたら一杯やろう。未成年でも、そんな日くらいは許されるさ」
「………………わかった」
オリヴァーは振り向くこともなかった。コゼットとアンゼルムを連れて、人間の目では見えない超高速で走り出す。
城の中に風を生み、その超高速に耐えられず、ガラスや床が悲鳴を上げている。エキドナの横を、そのまま抜けて廊下の奥へと消えていった。
エキドナはそれを視認していたが、追うことはなかった。彼女の与えられた仕事は、目の前にいるラストルグエフ夫婦の処理。
「涙ぐましい親子愛ですわね……素晴らしいですわ、素晴らしいですわ……」
「ヘッ、なにが素晴らしいだよ……」
「気味の悪い魔族ね……」
「そんな……思ったことを伝えたまでなのですが……お気を悪くされたようでしたら、申し訳御座いません……」
魔物がなんと言おうと、ヴァジム達にとって気に障るだけだ。エキドナが謝罪を述べていても、それを受け入れることすらしない。
ヴァジムとマリーナは、まだ動こうとしないエキドナを見据えた。そして二人の情報を交換し始める。
エキドナは、二人にとって見たことがない魔物だ。人間……には見えるが、ただの人ではないのは確かである。
「マリーナ。お前の知識にあの女はあるか?」
「いいえ、ないわ。見たこともない魔物よ……」
「だよな……」
経験の長い二人でも、エキドナ・ゴーゴンの情報はない。どちらかが知っている情報でもあれば、この戦闘は少しでも楽に運ぶはずだった。
そんな思いも、見事に打ち砕かれる。
初めて出会う敵と本気で戦わなくてはならない。それはまだ、彼らが英雄になる前の、懐かしい新人時代以来のことだ。
「戦いは……苦手なのですが……あの御方の御命令ですので……」
そう言うと、エキドナは魔術空間から巨大な鎌を取り出した。大鎌は漆黒に塗られており、持ち手部分はキラキラと鱗のような模様が輝いている。
その鱗が施された柄は、蛇のような印象を与えている。エキドナの緑色のドレスと相まって、恐ろしさと同時に、美しさと妖艶さも醸し出している。
――この名を劇薬の大鎌。
これは戦闘系の魔術やスキルを有していないエキドナへの、アリスからのプレゼントだ。
名前の通り、この劇薬の大鎌には毒が付与されている。それも生ぬるいものではない。
初撃で半分ほど体力を削るのだ。その一撃で受けた毒が体に回れば、徐々に体力が奪われていく。そしてその解毒方法は、高いランクの魔術でなくては後遺症が残ってしまうほど。
アリスがこれを与えたのは、必ず仕留めてほしかったから。だから容赦も慈悲もないステータスの、この武器を与えたのだ。
「……あれはまずいわね」
「どうした?」
「毒が付与されているわ。さすがの体力バカのあなたでも、当たったら一溜りもないかも」
「おいおい……」
マリーナは、エキドナが取り出した劇薬の大鎌を、急いでステータスを確認する。詳細はわからなくとも、己にとっていい状況ではないのは瞬時に把握できた。
大魔術師であるマリーナの表情が曇れば、ヴァジムも同じく暗くなる。
「ヴァジム。時間を稼いでくれる?」
「あん?」
「あの女に〝あの魔術〟を撃ち込む」
マリーナの瞳は、覚悟を決めた瞳だった。ヴァジムも〝あの魔術〟と聞いて、驚愕する。それは、術者自身に相当の負担を必要とする魔術だった。
――〈嘆き、愛の女神〉。マリーナの有する魔術で、もっとも強大な威力を持つ魔術だ。
時間と、大量の魔力――だけではなく、体力値すら必要とする魔術。決死の覚悟でなければ発動できないが、それに見合った効果が得られる。
美しい名前とは裏腹に、その力は恐ろしいものだ。低レベルは即死、高レベルの相手でも最大で六割もの体力値を削ることが出来る。
その強力さの代償として発動に酷く時間がかかり、体力値もほとんど奪われる。ゆえにたった一人で戦う際には、絶対に使うことがないものだった。
「……馬鹿言え。そんなことしたら……」
「このままだと世界が終わるの! 今どうこう言ってる場合じゃないわ!」
「…………分かった。出来るだけ稼ぐから」
「お願いね」
マリーナの覚悟を受け取ったヴァジムが、やることは一つ。彼女のために、できるだけ注意を引いて、時間を稼ぐことだ。
持ってきていた巨大な剣を取り出す。普通の人間であれば、持ち上げることも困難なほどであるその大剣は、ヴァジムが昔から使い慣れたものだ。
この剣で幾つもの任務をこなし、様々な魔物や魔族と対峙してきた。マリーナを除けば、これが彼の長年連れ添ってきた相棒だろう。
マリーナが魔術の展開準備に取り掛かるのを見ると、ヴァジムは大剣を強く握った。
両足に力を込めて、弾丸のごとく瞬時に飛び出していく。常人であれば消えたと思わせるスピードだった。
「うぉおおお!」
「宜しくお願い致します……」
元英雄と化け物との戦いが、始まった。