転移、ご対面
「な、何だこれは!」
誰もがそう声をあげた。
勇者一行を乗せた王国の船たちは、まばゆい光に包まれていた。一隻残らずすべての船が、謎の光に覆われていたのだ。
乗組員達も、王国兵士も、オリヴァーも、誰もが混乱している。
一体どこから仕掛けられているのか。術者も見えなければ、魔術の展開した様子もわからない。そしてオリヴァーも大魔術師であるマリーナでさえも、その魔術を知り得なかった。
だから対策のしようがなかった。回避をしたくとも、魔術を知らない以上何も出来ることはない。
「攻撃されているのか!?」
「わかりません!」
「くそっ、全員戦いに備えろ!」
わけも分からずに武器を構える。兵士の中にいる魔術師も、キョロキョロと見渡すだけで何も理解出来ていないのだ。
中には怯え始めるものも出てくる。得体のしれない魔術に、突然かかってしまった。
攻撃を受けているのかも分からず、勇者と元英雄も何も対処していない。あぁ、こんな船の上であっけなく死ぬのだと、覚悟を決めていた。
「……仕掛けてきたのか」
そう呟くのは、ヴァジムだ。
船の上が混乱に包まれるなか、彼は腕を組んで仁王立ちしている。歴戦の猛者だけあって、肝が据わっているのだろう。
魔術を理解できなくても、ここで死ぬことはないと勘が言っているのだ。
だが宣戦布告をされたときのように、今回も魔王側から仕掛けてきたのには変わりはない。
先手を打てなかったことに、ヴァジムは酷く顔をしかめている。
全てが魔王軍のペースで動いているようで、彼としては不服なのだろう。
「そうだね、父さん。そういうことになる」
「お前が恐れるほどの魔王か。気を引き締めないとな」
「……うん」
そんな会話をしていると、船を包んでいた光は、目を開けていられないほどに大きく輝きを持った。
*
「……くっ」
「なんだ、ここは……?」
「おい、船は!?」
次の瞬間、まだ光に当てられて視界が白くぼやけていた彼らは、転移の魔術で移動をさせられていた。
今の今まで船に乗っていたはず。だが彼らが立っているのは、知らない森の中だった。
兵士達は混乱しつつも、状況を確認しようと周りを見渡す。
この場所に転移させられていたのは、王国軍の兵士全て。そして力のある魔術師や騎士など数名。
周りを見渡せば、勇者たちが一緒に転移してきていないことに気づく。もっとも希望があるといえる彼らがいなければ、相手にする化け物によっては、絶望の結末が待っている。
「ま、まて、勇者様達は……!?」
「本当だ、オリヴァー様がいない!」
「落ち着け!」
ビリビリと響き渡る大声。その声の主は、ブライアン・ヨースその人だった。普段は穏やかな彼だが、この緊張感の漂う戦場では一変する。
騎士団を率いるに相応しい人物へと変わるのだ。
ブライアンの声を聞けば、ざわめいていた兵士達は沈黙する。不安だった心も、多少は落ち着いたようだ。
それもそうだろう、一緒にこの場に転移してきたのは、あのヨース夫婦だった。
「まずは状況把握からだ。この場所を知るものは?」
返ってくるのは何もない。ここを知る人間は、だれもいないということだ。一同は黙り込んでしまった。
ブライアンもそれを分かっていた。
禍々しい雰囲気、辺りに充満している瘴気。前回の魔王戦争の際にここまで来たことはなかったが、ここが魔王城近郊だと分かるには十分すぎる情報だった。
「……だろうな。この瘴気の様子からして、きっと魔王城付近に違いない」
「となると、先程の光は転移の魔術でしょう」
「そのようだ。ノエリアの知識には……」
「……ないわ」
二人の知識に、先程魔王軍に使われた魔術は、存在しない。騎士団として部下を率いて、魔術師としてその知識と魔術を振るってきた。
けれども、そんな彼らも知り得ない魔術。
あんな膨大で巨大で、王国から来ていた全てを飲み込んだ恐ろしいものを、二人は知らなかった。
それはいうなれば、王国の全ての知識を持ってしても、解明できないということだ。
ブライアンはその事実に震えながらも、これから始まる戦闘に覚悟を決める。
「既に戦いは始まっているのだな……。よし。みな、固まれ! 気を抜くな!」
「いつでも展開できるようにしてください!」
ブライアンはノエリアと共に、部下に指示を出した。
ここはもう既に敵の領域。いつどこから、攻撃が降り注ぐかも分からない。
それに、アイテムなどで補完しているとはいえ、いつまで兵士達がこの強い瘴気の中耐えきれるのか。その問題もあった。
相手の好き勝手にされている上に、時間にも縛りがある。長期戦はより不利となるのだ。
「――良い判断だッッッ!!!」
突如としてこの場所に、先程のブライアンの声を遥かに上回る声が響いている。空気が振動し、地面が揺れる。木々がザワザワと音を立てて、とまっていた鳥達は一斉に飛び出した。
何もかもを揺らすその怒号は、その場に居た誰もが驚愕していた。
そして何よりも、誰もその声を――その声の主を知らなかった。
「!!」
声の方へ振り向けば、そこにいたのは巨大な男。身長もさることながら、筋骨隆々の体格はあのヴァジムが並んでも引けを取らないだろう。
黒と灰色が基調の容姿は、地味な色ながらも、彼の人柄がそれらを払拭させる。
まるでそこに巨大な龍でもいるかのように、錯覚させるのだ。凡人であろうとも、彼からひしひしと伝わるオーラは、そのように感じ取れた。
それはもちろん、〝まるで龍のように〟という言葉が、ただの比喩ではないのだ。
人の姿になっているものの、彼はれっきとした竜人である。
彼こそが、アリス率いる魔王軍の幹部が一人。ハインツ・ユルゲン・ウッフェルマン。
「……ッ!」
ヨース夫婦が驚いたのも無理はない。ハインツの後ろには、大量の魔獣や魔族が並んでいたのだ。
秩序もあり、統率も取れている。ハインツの指揮を待ちつつも、勝手に飛び出そうとしていない。
しっかりと訓練された者達なのだと、一瞬で理解が出来た。
それはまるで、王国軍にも似た兵力。指揮官と、大量の兵士。
ブライアンは完全に〝こちら側〟の戦力を理解し、戦う場所に配置されたのだと分かった。
いくつも上手を行く魔王軍には、もはや驚きという感情より恐怖が勝る。果たしてどれほど、こちらの戦力を知っているのか。
「貴様はヨース一族の現当主だなッ!?」
「……魔物に名乗る名などない! 行くぞ、お前達!」
「そうか、それは残念だ! ではこちらも――行けッッ!」
ハインツが叫ぶと、ずっと待機していた魔物達が一斉に飛び出した。
彼らは口々に「ハインツ様のために!」「アリス様のため!」と声を荒らげている。
ブライアンが過去に聞いた話では、前代の魔王は統率が十分に取れていなかった。だが今はどうだろう。
誰かのために命を張って、魔物達はいきいきとしている。恐怖による支配というよりかは、仲間意識に近かった。
たかが魔物。それだというのに、まるで人間にも近い団結力。
統率が取れているのは分かったが、ブライアンにはどうしてソレが可能なのか、理解が出来なかった。
大勢の人間の兵士と、魔物達が激しい音をあげてぶつかり合う。魔術が飛び交い、剣が引き裂く。
盾役が守りながら気を引きながら、アタッカーが攻める。
――それは、魔王軍も同じだった。
長い年月をかけて、ブライアンは兵士達を育成してきたはずだった。
けれど、人間という種族はとても弱い。
人を捨てて高みを得るために、魔人となってしまう人々に同意をする気はないが、この場において人間が遥かに弱いのは即座に証明された。
パルドウィン王国は、ただの一般兵士にも武器の配布を惜しまなかった。しかも安物の壊れやすいものではなく、貴族や上官が纏うような鎧に武器、魔術師にはアイテムを授けた。
それは、あの勇者が焦って常識も忘れるほど急いで訴えてきたことが、大きい。
だからこの場において、誰もがパルドウィンきっての戦士だった。
だが森の中に響いているのは、その武器が呆気なく砕け散っていく音だけだ。
「ふむッ! 魔族というだけあって、やはり少しは有利だな! まだスキルの付与は必要が無さそうだッ」
アリス戦はもう少し先です。