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地道な活動

 屋敷の中は、焼き菓子の匂いで充満していた。それだけでなく、コポコポとポットの湯が沸く音もしている。

 パタパタと厨房を走り回っているのは、細身で不健康そうな高身長の男。彼はヴァンパイア、ドゥプラ・マリュドスである。

 ヴァンパイアであるため、主食は血液である。だがそんな彼がどうして焼き菓子を焼いているかと問われれば、答えは来訪している少女――少年に理由があった。


 リーレイ。

 見目麗しい、少女のような少年のような機械人形。

 彼は我が物顔でドゥプラの館を占領し、定期的にやって来ては寛いでいる。人間の街にも拠点は持っているが、素の自分でいられるという逃げ場所であるこの屋敷に入り浸っているのだ。

 ドゥプラはそんな彼に逆らえるはずもなく、毎日せっせと彼に尽くしている。行動原理はもちろん、死にたくないから。


「えーっ! アリス様、戦争始めるのぉ!?」


 そんなリーレイは、客間の高級なソファーに寝転がっていた。

 屋敷中に響き渡る大声で、誰かと通信をしている。それが許されるのは、ドゥプラの屋敷が誰も寄り付かない森の中に立地しているからである。

 リーレイの通話している相手は、ベルだった。

 アリ=マイアの地から遠く離れ、リトヴェッタ帝国にやって来ているリーレイ。生まれてすぐに仲間と離されたゆえに、こういった通話でのやり取りが唯一の交友方法だった。


 リーレイへの情報通達も遅れが生じているため、戦争が決まって――ではなく、直前になってから連絡があった。

 リーレイとしては、仲間外れにされているような気もしなくはない。

 しかし、今ここに〝出張〟しているのは、愛するアリスの命令だ。文句を言えるはずもなく。


『うん。もう大盛りあがりだよ』

「え~~! 良いなぁ良いなぁ! 僕も一緒にたたかいたーい!」


 ジタバタと脚をばたつかせて、己のもどかしさを体現する。

 アリス達と戦いたいのもそうだが、勇者と対峙しているアリスをこの目に焼き付けたいというのもあった。

 〝生まれた〟ばかりで執り行われた、ベルとの腕試し。そこにて見せつけられた、アリスの絶対的な力。それを改めて心に刻みたかったのだ。


『ちょっとくらい良くない? こっち来れないのかな。ルーシーに、〈転移門〉を頼んでみる?』

「うっ……だめだめぇっ! 僕たちぃ、アリス様に怒られてばっかりになっちゃうよぉ」

『そ、それもそうだね……』


 特にベルは怒られる頻度が高い。

 この間も己を律して辞退したばかりなのに、そんな軽率な発言をする。


 リーレイとベルが会話を続けていると、カチャリと扉が開く。入ってきたのは、焼けたばかりのクッキーを持った、ドゥプラだった。

 ドゥプラはテーブルに菓子と紅茶を置くと、独り言を喋っているように見えるリーレイを不思議に思った。

 まさかリーレイが通信魔術なる方法で、アリ=マイアにいる友人と会話しているとは分かるまい。


「あ、あの、リーレイ殿……? 何を……?」

「ちょっと黙っててぇ、今お喋りしてるのぉ」

「も、申し訳ありません……」


 ドゥプラが口を挟めば、案の定リーレイは怒りを含んだ声で返答する。ドゥプラはそのまま深く追求することなどなく、すごすごと諦めた。

 そのままドゥプラは、申し訳なさそうにソファーへと腰掛けた。己の家だというのに、彼女がいる時間帯は寛ぐことすら許されないのだ。

 彼女の〝会話〟が終わるまで、ドゥプラはじっと待機している。


『誰?』

「帝国で捕まえたヴァンパイアぁ」

『へー! 面白そう、イケメン?』


 少し食い気味に聞いてくるベル。

 リーレイはドゥプラの方へと視線を向けた。そして、頭の上からつま先までジロジロと観察していく。

 正直に言えばリーレイの好みではない。しかしそれは、ベルの好みと一致するか。そう聞かれればNOなのだ。だからなんと答えるのがベストなのか分からなかった。

 百聞は一見に如かずというだけあって、ベルに来てもらい見てもらうのが一番だ。

 だが今はそれが可能ではない。どちらとも取れる、当たり障りない返答を用意することにした。


「んー……不健康そぉ」

『分かりづら! まぁいいや。多分この戦争が終わったら、そっち行くかもしれんし』

「え!」


 その言葉に、リーレイは一気に気分が上昇する。寝転がっていた彼は、体を起こして背筋も伸ばす。

 今まで一人で仕事をこなしてきたが、やっと仲間と何かを出来るのだ。


『あくまで〝かも〟だよ。パルドウィン制圧したら、アリス様はきっと次の国に手を出される』

「確かにぃ……」


 気分が持ち直したところで、ベルに釘を差されてしまう。

 確かに彼女の言うとおりだ。

 この戦争でパルドウィン王国を手に入れたとしても、残っている国はまだ三カ国もある。アリスが果たしてどの一国を引くかは、まだ決めていないのだ。

 糠喜びしてしまったことで、リーレイのテンションは徐々に下がっていく。


『元から根回ししてある帝国なら、行きやすいんじゃないかって思っただけ』

「じゃあじゃあ、僕もぉーっと頑張って情報集めるねぇ」

『そうするといいよ』


 リーレイはその後、数分ほどベルと会話を続けた。

 ベルもベルで、リーレイが一人で帝国にいることを心配していたのだ。だから時間の許す限り、通信をしてあげたのだった。




「アリス様をいつでもお迎え出来るように、しておかないとなぁ」


 通信魔術を切ったリーレイは、ボソリとそう呟いた。

 リーレイが終わるのを待機していたドゥプラは、そこでようやっと声を出した。


「あ、アリス様……。リーレイ殿の主が来られるのですか?」

「次は帝国かもしれないってぇ」


 そう聞くと、まだアリスの声を聞いてすらいないドゥプラは、ぶるぶると震え始める。リーレイにすら怯えている彼にとって、その上位とも言えるアリスは、想像すらできない恐ろしい存在なのだ。

 そんな彼は、今は必死にアリスに好かれる魔族になれるよう、努力している最中だ。


「うぅ……吾輩を殺さないよう、計らってくださいね……」

「料理作りを磨けばぁ、チャンスはあるかもねぇ」

「がっ、がんばります!」


 ドゥプラは己の価値を見出そうと、料理に手を出した。

 もとから一人の時間が長かった彼は、様々な書物を読み漁っていた。その知識の中で今回、役に立ったのは料理。アリスが趣味で食事をする、と聞いてからは取り憑かれたように菓子作りや家庭料理、本格的な高級料理などに挑んでいる。

 そしてその味見係となるのが、屋敷にやってきたリーレイである。

 ドゥプラも味見は可能だが、なにぶん主食が血であるためか判断に困るのだ。とはいえ、リーレイもリーレイで人ではないのだが。もっと言えば菓子を食べると、体の節々からこぼれ落ちてしまうため、味見は舐める程度だ。

 だがそれでも、ドゥプラの役には立っている。


 逃げ場所として利用させてもらっていること、そして何よりもドゥプラが昼間に出歩けないこと。

 それらもあって、リーレイはドゥプラへ料理本を買ってくることがある。

 彼はそれを一字一句逃すこと無く読み漁り、習得し、リーレイに披露する。いつかやってくる、アリス・ヴェル・トレラントをもてなすために。


 リーレイとしても、報酬という意味以上に、本屋に立ち寄ることで様々な情報を収集できる。

 冒険者組合に所属したというのに、未だに依頼が増えない彼。依頼を受けて各地へ渡り、様々な話を聞けるかと思っていたが――そうはいかない。

 結局、情報を集めるには、地道な努力が必要となった。

 帝国の多種多様な本屋や、雑貨屋、定食屋に服屋。噂話に真実、暴露話。暇さえあれば足を運んで、帝国についての情報をかき集めている。

 そのついでにドゥプラへの料理本(おみやげ)を買ってくるのだ。


「じゃあまた本買ってくるねぇ」

「お願いしますっ!」


 最近は少々、ドゥプラの料理のためにふらついているところもあるが、彼は彼なりに情報収集を続けているのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ドゥプラちょっと可愛いかもしれない笑
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