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若き王と新しき王1

「呆気ないねぇ」


 オベールの制圧は、半日も経たずに完了した。

 アリス率いる奇襲チームは、数名。しかもメインで攻撃をしていたのは、二人――二匹だ。それに勝てないほどには、弱いということだろう。

 今回発生した死者は三割ほどだが、元々オベールの人口が減っていたこともあり、さらに少なくなったように感じた。しかし襲撃によって非常に狭くなった街は、各々の治療や生存確認で忙しくなっている。

 なお、トレラント教を信仰していた人々は、優遇されることとなった。あの事件以前に、ユータリスとパラケルススが布教に成功した数少ない人達だ。あの〝死者の代替品を創る〟という、悪魔的な布教方法だったとしても、それを受け入れてついてきたあたり、アリスの実物を見ても驚きはしなかった。


「ユータリスを呼ぼう。見た事のある人がいれば、ピックアップしてもらお」


 巻き込まれて死んでしまった人間もいるかもしれないが、それを探し出してどうにかする気にはならない。運がなかったと思って終わりだ。

 しかしまだ生きているのであれば、このアリスの力を持って全力で正常へと戻す。それがトレラント教の現人神たるアリスの考えだ。


「母上、その……」

「ん? はいはい」


 思案中のアリスに対して、リーベが控えめに声をかける。アリスの考えを邪魔するようなことはしたくなかったのだろう。しかしリーベにとっては死活問題だった。彼女を呼び止めたのは、空腹を伴ったからである。

 アリスは手を差し出す。リーベはアリスの手を取って、そこに口を付けた。貴族が夫人に対して、手の甲にキスをするような形だった。

 じわじわとアリスの中の魔力が奪われていく。空腹と言っても、初めて目覚めた時ほどの飢餓状態ではない。だからアリスが奪われる魔力も少なかった。

 とはいえ、常人では考えられないくらいの魔力を消費したのだが。


「ありがとうございます」

「大量に持ってかなきゃ、いつでもしていいよ」

「はいっ!」


 アリスに許されたことが嬉しくて、リーベは大きな声で返事をする。このあたりはまだまだ子供だった。大好きなアリスに認められる、評価されることが彼にとってとても喜ばしいことなのだ。


 アリスは未だに魔力を吸っているリーベを横目に、〈転移門〉を生成する。場所は魔王城だ。そして開かれた門の奥には、シスター・ユータリスが見えていた。


「あら、アリス様。お早いですね。ご帰宅でしょうか?」

「ううん、ユータリス。おいで」

「……はい」


 あの簡易な会議の時、ユータリスも話を聞いていたわけで。この場所がオベールだと言うのは、よく分かっていた。だから彼女は顔をしかめたし、即答すべき返事を躊躇った。

 しかし幹部たるもの、アリスの命令は絶対。ましてやレベルが低いユータリスには、断るなどという選択肢は有り得ないのだ。

 ユータリスは重い足を動かし、〈転移門〉を使ってオベールへと入る。


「オベールで布教活動をしたでしょ? 相手の顔を覚えているかな?」

「はい。記憶力には自信があります」

「良かった。死んでたら困るけど……ざっくり見て回って、信者がいないか見てきてくれるかな? あぁ、あと新しく勧誘してもいいよ」

「お任せ下さい」


 ユータリスは頭を下げると、すたすたと去っていく。生存者――トレラント教の信者を探して。

 ――ユータリスも仕事をするにあたって、そろそろ踏ん切りをつけねばならない。エンプティではないが、あの失態を挽回するような何かをするべきである。

 アリスはその為にこの場を設けたのではないが、少なくともオベールに幹部の中で詳しいのはパラケルススとシスター・ユータリスだ。だから呼んだのだ。本来やるはずだった仕事を、全うさせるために。


「母上」

「どした?」

「ぼくが言うことではないとおもうのですが、力による〝きょーふせいじ〟は……」


 時折二人の耳には、キマイラの足音とヒュドラの這いずる音が聞こえる。これは監視のために二匹が動き回っているからだ。大量の人間を失い、もはや反撃すらできない民だったが、それをさらに押さえつけるように二匹が見張っている。

 一般人からすれば、相当恐ろしい化け物だろう。目の前で友人知人、家族が屠られていくさまをみていれば尚更だ。だから横を通る度に、誰もが怯え、震えている。圧倒的な力の差も見せつけられれば、戦う気力すら奪われる。


「いいことはないだろうね~。でも、まぁこれは――」


 ――これは憂さ晴らしで、やつあたりだ。

 〝あの件〟――パラケルスス達のマイラとの対峙に関して、国民は悪くはない。少なくともアリスの知る限りでは、悪いという覚えはない。あの時に人混みのせいでパラケルスス達が上手く立ち回れなかったとか、そういう類の話は彼女の耳まで届かなかった。だからアリスは知らない。

 だが、そんなことを知らずとも、オベールという土地で、愛する我が子が傷つけられた事実は変わりない。


「彼らもまた、あの二人を苦しめた原因だから」

「そう、なのですね……」


 反応の悪いリーベを見て、アリスは「はて」と首を傾げた。


「あれ? 知らないっけ?」

「〝ちしき〟には、そのことはありませんでした」


 リーベはさらに見識を広げようと日々、本を読み、幹部に聞いてまわり、様々な場所を訪れている。だがそうやって得た知識はほんの僅かだ。今彼の中にあるほとんどの知識は、アリスが植え付けたもの。

 今まで起きた出来事や、アリスが必要と感じていた常識などは、全てアリス伝いで頭にインプットされている。されている――はずなのだ。


(無意識的に、教えるのを避けちゃったのかな……)


 パラケルススが負傷した事件に関して、リーベの頭の中に記憶として埋め込まれていなかった。

 アリスにとっては、この世界に降り立って一番と言えるほど腹立たしい出来事だった。そして、初めて勇者の仲間の一人を殺したのもそうだ。

 アリスも割り切っていたつもりだった。パラケルススもユータリスも死なずに無事に終えられたということで、全て納得していたつもりだった。パラケルススが徐々に回復して行くのを見ていただ、怒りも落ち着いていた。そう思っていた。

 しかし、心はまだまだ人のままのようだった。愛するパラケルススとユータリスに起こった悲劇の記憶に、蓋をしていたのだ。


 アリスはひと呼吸置くと、リーベに微笑んだ。まだ弱い自分を改めて見つめ、尚且つ自分がこれ程までに〝創った子供たち〟を大切に思っていたのだなと痛感したからだ。

 化け物になっていく自分が恐ろしいとは感じないし、相変わらず正義の味方は殺すべき存在だと分かっている。それでも、大切な存在を思える程度の心が残っていたことに、感動したのだ。


「パラケルススとユータリスが、オベールでね――」

「あの……アリス様……、この国の王を発見致しました……」


 アリスが話し出そうとした時に、コツリとヒールの音を響かせて美女――エキドナが近付く。リーベに話してやりたいが、王との会話が先だ。今後のオベールの身の振り方に関して、決めておく必要があるのだ。


「おっと。この話はまた今度ね、リーベ」

「はい!」






 アリスがエキドナに連れられてやって来た場所は、簡易的なテントを張った避難所のような場所だった。

 中には簡素なベッドが用意されており、体調の優れないものや負傷者が寝かされている。なけなしの材料で炊き出しも行っているらしく、時々食べ物の匂いが鼻をくすぐる。美味しそうな匂いとは言えないが、今この状況では、空腹を満たせれば十分なのだ。

 数箇所にテントが張ってあるが、どの場所も意気消沈していて生きる希望を感じられない。特にアリスが横を通れば、その恐怖で震え上がっている。


 アリスとてこれから取って食うなんてことはないし、彼らを殺すつもりはない。だから必要以上にビクビクされるのは、彼女としては煩わしい。口に出せば味方が手を出しかねないので、ただ黙って我慢をする。

 とはいえここに居るのはアリス過激派のエンプティなどではなく、エキドナである。

 心配をする必要がないのだが、如何せんエキドナの娘であるヒュドラは、よく言えば天真爛漫。悪く言えば単刀直入。アリスが気分を害したと知れば、すぐに殺しかねない。

 だから黙っているのが、今の場合はベストな判断となるのだ。


「アリス・ヴェル・トレラント様で御座います……」

「そちら側の各人の紹介は不要だ。率直に聞こう。王は誰だ?」


 エキドナは真っ直ぐ、王のいるテントへと向かう。入室の声をかけるなどなく、真っ先にアリスが到着したことを告げた。アリスも挨拶などせず、今用事のある男を探した。


「ぼ、ぼく――いえっ、私だ!」

「……うん? ふむ、そうか」


 そう言って現れたのは、この世界における成人したてくらいの幼い子供だった。まだ二十歳にすらなっていない、幼い顔立ちだ。王と言うには若すぎるくらいだろう。

 しかしその点に関して、アリスは疑問を抱かなかった。アリスの中の常識は、現代で得たものだ。

 ここは異世界。そう言った〝有り得ない〟も有り得る場所なのだ。だから、なんの違和感もなくすんなりと受け入れた。

 何よりも一番初めに出会った人間の王であり、よく会う王・ライニールも、親を殺して若い頃にあの座を手に入れたのである。だからこの国・オベールにおいても、そういうものだろうと思ったのだ。


「えーヴェル……殿? 彼はレイモンド・ジュール国王陛下で御座います。魔物に襲われて亡くなられたご両親に代わられて、この国を守りし長であります」

「そうなのか」


 結局親が居なくなってしまったから、という理由だった。しかしライニールと違うのは、王になるべき素質があるかないかである。

 国民に批判されど、自由すぎるその生き様であれど、ライニールは民の上に君臨するべき素質を持っていた。上手く国を回せるかは別として、だ。

 だが目の前の〝子供〟はどうだろう。オドオドとした態度は、まだ親に守られるべき対象だ。

 そしてそんな幼い王を補佐するべく横に佇む彼は、アイザック・マッコーラム。侯爵の地位を得ているアイザックは、レイモンドの側近であり大臣でもあり親代わりでもある。


「母上」

「どうした~?」

「この方、だめです」


 ――少なくとも、見た目は。

 リーベの瞳に映されていたのは、アイザックが抱く本心。他人の心を読むという魔眼を有するリーベには、ただの人間の腹の中などこじ開けるのは容易い。

 アイザックがどれだけ黒い未来計画を練っていようが、アリスに対して失礼なことを考えていようが筒抜けなのだ。全てを見れるわけではないが、たった二言しか表示されない魔眼であっても、アイザックが何かを企んでいるのは見え見えだった。

 アリスもそれを知っているから、リーベを否定することなく耳を傾けた。


「ほう、リーベ。なんだって?」

「は? 待ってください。こ、この子供を信じるのですか?」


 アリスは困惑しているアイザックを一瞥したが、その問いに答えることはなかった。代わりにリーベに話を促すことで、アイザックに対する答えとした。もちろん、リーベを信じるという意味で。

 ――リーベの目には、【狡猾】【不快】の二言が見えていた。

 そんな言葉が見えたこの状況でアリスに伝えないのは、それこそ反逆行為である。何よりも大好きな母であるアリスに対し、そんな不敬な念を抱いている対象など、リーベにとって許されない。

 リーベにとってアリスを崇拝しない、愛さない、尊敬しない存在など必要がない。新たな世界を見せてくれた全て。そんなアリスを、全人類全種族が敬うべきだと考えているのだから。


「母上を〝ごふかい〟に思っています。騙す気です」

「そうなんだ」


 アリスがパチリと指を鳴らすと、一瞬にしてアイザックが縛り上げられる。どこからともなくツタが彼の体を這い、ぎゅうぎゅうと身動きが取れぬように。

 突然のことと、滅多に見ない魔術を浴びせられたことに、アイザックは驚愕した。何よりもまさか自分がこんなことになろうとは、思っていなかった。


「なっ!? 何を! 私は国王に長い間仕えし、アイザック・マッコーラム侯爵だぞ!」

「知らん。私が統治する現在では、その爵位は機能しない。それに心を読むリーベの魔眼が、お前の考えを伝えているのだ」

「なっ……化け物が!」


 とうとうアイザックは取り繕うのをやめ、アリスに対してそう叫んだ。アリスは驚いたように瞬きをする。

 一般人からすれば、リーベとて立派な〝化け物〟だというのがやっと分かったからだ。アリスや幹部の中では、〝勇者の子〟ということが理解出来ていた。それは、彼女らが人ではないことと、そんな人外に比べればアリスがリーベに施したオプションは、人間じみているからだ。

 魔術も使えなければ、戦闘も出来ない。魔眼という可愛らしいオプションがあれど、ただの人間だ。人間にしては、魔王城の瘴気に耐えうる頑丈さがあるが――それは勇者の血筋なのだろうと解釈していた。

 兎にも角にも、アリスの中ではまだリーベは人間だった。だから改めて気付かされたことで、こうして驚いたのだ。


「ふむ……私はそうだが、このリーベは――まぁいい。私が不愉快であることに変わりはない。ユータリスの拷問にかけて、今までの罪を洗いざらい吐き出させるつもりだったが……」

「このまま、ころしてもいいかもしれませんね!」


 キラキラと瞳が輝いているリーベ。こう言った人の道を逸れた発言のせいで、また人間から化け物扱いされるのだ。そして幹部たちからは「素晴らしい考えだ」と称賛される。

 何よりもリーベの発言が、生きるために必死に生み出した言葉ではなく、純粋に心からそう思って放たれたものだ。最初は疑っていた幹部たちも、それを見ればリーベを認めざるをえない。――アリスの養子に、相応しい存在であると。

 アイザックもリーベの発言を受けて、顔が明らかに怯えだした。

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スイートポテトのマックシェイクを飲んだのですが、あまりにも甘すぎてコーヒーを用意しておいた自分を褒めました。

甘いものは得意なはずだったんですがね……。強すぎました。

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