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再訪

 ここは魔王城、玉座の間。

 ヴァルデマルが統治していた少し前は、常にここでヴァルデマルがふんぞり返っていた。しかし魔王が交代した今では、転移をするための部屋と変わってしまった。

 場所が広いことと、指定しやすい場所であること。その二点が相まって、アリスやルーシー、他の幹部からもよく使われている。

 そして現在も、〈転移門〉が構えられていた。門は既に開けられていて、中には別の街が見えている。街のはるか上空から見下ろすように広がる景色は、見るだけならば美しく圧巻だ。

 不自然に森が抉れているのを見れば、知っているものならばここがオベールだと分かるだろう。

先日のアリスの高ランク魔術によって破壊された森は、短い期間で修復されるはずもなく。その爪痕はまだ痛々しく残っている。

 アリスは門の前に立つと、隣にいるエキドナへと声をかけた。


「エキドナ、ここ、空だけど大丈夫?」

「勿論で御座います……」


 アリスは幹部を自分で〝設定〟したのだから、エキドナが空中も難なく活動できることを知っている。だがこの世界に来て一度も見たことがないし、あまり空中で何かをするということがなかった。だからあえて聞いたのだ。

 エキドナは柔らかく微笑むと、控えめに告げた。それを聞いてアリスも安心する。


「リーベは抱っこしてあげよう」

「わぁい!」


 リーベは空を飛ぶどころか、魔術すら使えない。魔力は彼の生命線なので、それを減らす行為は命を削る行為だからだ。周りもそれを受け入れているし、リーベも分かっている。そもそも学んでいないので使えない、ということもあった。

 アリスが両手を広げると、リーベはそこに抱きついた。小さなリーベを抱き上げて、片腕でキープする。見た目は少し若い女性だが、筋力は誰にも負けない。片腕で山も動かせるのではないかというくらいには、力があるのだ。

 だから十歳のリーベを抱きかかえるなんて芸当は、至極簡単なことなのである。


 アリスはリーベを抱き上げると、そのまま門へと入っていった。歩みだしたのは空中だったが、そのまま落ちていくことなどない。少し風のある空で、()()()()()。続いてエキドナも空へとやってくる。

 バタバタと衣服をはためかせる中、アリスはぼんやりと眼下にあるオベールを見つめていた。森は、あの当時のままだ。それを見れば、傷ついたパラケルススや弱っているユータリスを思い出す。

 ギリリと奥歯を噛み締めて、己の不甲斐なさや勇者に対する怒りを覚えた。二度とあってはいけない、失態であると言い聞かせるように。


「……」

「アリス様?」

「あ、ごめん。行こうか」

「ええ……そうですね……」


 エキドナに声をかけられれば、アリスはハッとする。全てを潰していきそうな怒りが込められた表情は、一瞬で消えていった。

 いつものおちゃらけた笑顔をエキドナに向ける。


「襲撃はエキドナに任せていいかな?」

「はい……」

「とはいえ、ひとりじゃ大変でしょ?」


 エキドナは戦闘に特化した幹部ではない。人間に比べればもちろん戦えるが、本人自身も戦闘に対していい思いはない。ルーシーほど人間に友好的――ではないが、誰かを傷つけることを嫌うのだ。

それもあって、今回の作戦では彼女一人に任せるのは難しいことだ。


「問題ありません……我が娘を使いますので……」

「そっか。でもヒュドラの方は気をつけてね」

「勿論で御座います。解毒の際にはアリス様の、お手を煩わせてしまいますから……しっかり言いつけますわ……」


 エキドナの部下であるキマイラとヒュドラ。彼女たちはエキドナの娘という〝設定〟であり、幹部の所持する部下のなかで最大の防御を誇る。

 エキドナの攻撃をカバーするという点においても、生み出された理由である。物理攻撃力も高い。機動力もそこそこ申し分ないため、素早く人間を狩り殺してくれることだろう。


「念の為、目的地に邪魔ものが居ないか見てこようか。〈そよ風の(ブリーズ・)踊り子(ダンサー)〉」


 アリスが魔術を唱えると、〈そよ風の(ブリーズ・)踊り子(ダンサー)〉が現れる。くノ一の姿を取っている少女は、命令を待っている。


「国内をざっと見て回って。パルドウィンに関わる人がいたら教えて」

『……』

「相変わらず無口だなぁ……」


 首肯すらせずに、〈そよ風の(ブリーズ・)踊り子(ダンサー)〉は瞬時に消えていく。無口なのは最初にこの魔術を使ったときからで、きっと仕様なんだろうなぁとアリスはぼんやりと思う。

 すると、腕に抱えていたリーベがアリスを見上げながら問いかける。彼にとっては何もかもが初めてだ。


「母上、いまのは?」

「魔術だよ」

「すばらしいです!」

「ありがとね〜」


 キラキラと目を輝かせて、純粋に称賛してくる。悪意も感じられず、アリスは素直に喜んだ。リーベの頭をなでてやれば、リーベも嬉しそうに微笑む。


 数分して〈そよ風の(ブリーズ・)踊り子(ダンサー)〉が戻ってくる。変わらず無表情のだんまりのままだったが、問題がなかったと受け取った。

 速度重視で選んだはいいが、意思疎通が出来ないのは些かよろしくない。次回使う際には、違う魔術にしようとそっと決めたのだった。


「それじゃ、行こうか。正門は……分からないな。このまま攻めよう」

「承知致しました……」


 ◇◆◇◆


「な、なんだ?」

「今……上から来なかったか?」


 ふわりと舞い降りたのは、少年を抱えた女と、蛇のようなドレスを纏った女性。見間違いかと思う民だったが、間違いではない。

 彼女たち――アリス・ヴェル・トレラントと、リーベ。そしてエキドナ・ゴーゴンは、オベール上空から降り立ったのだ。

 勇者と魔物との戦闘からしばらく経っていた。しかし、オベールは普段から魔物の襲撃が多い場所だ。だから国民は、彼女たちを見て心の中がざわつく。――おかしい、まずい、と。だがそれはもう遅い。


「ヒュドラ……キマイラ……」

「はい、お母様」

「はい! 母上! おはよう、おはよう!」


 エキドナが娘を二体召喚する。キマイラ、そして9つの頭を持つ蛇であるヒュドラだ。ヒュドラはアリスが警戒し、注意するほど危険な猛毒を有している。レベル150以下の生物は即死するような、厄介な能力だ。レベル151以上の生物に対しても有効で、3日と耐えられずに死ぬのだ。

 しかもその猛毒は、Aランクという高いランクの魔術であっても、後遺症が残る。それほどまでに強力であった。

だからアリスですら警戒するのだ。


「ヒュドラ……毒を用いた攻撃はしてはなりません、なりません……」

「了解、了解! ヒュドラは毒が無くても強い! それを見せます、見せます!」


 ケラケラと笑うのは、幼子のようだ。実際に、〝設定〟ではキマイラが長女であり、ヒュドラは次女だ。何よりも〝母〟であるエキドナに比べると、随分と無邪気だった。


「ちょっとヒュドラ……アリス様の土地となり捕虜となるのだから、あまり殺してはいけませんからね?」

「分かってる、分かってる! 姉上、行こう!」


 楽しそうにヒュドラはズルズルと這っていく。蛇の這う速度を思えば、相当に速い。走る人間なんて、すぐに追いつき殺せるだろう。その様子を見ながら、キマイラはため息をついた。

 我が妹ながら、あまりにも自由すぎると。そしてその管理をするのは、いつもキマイラだ。母であるエキドナに、迷惑をかけられないからである。


「キマイラ……」

「はい。ヒュドラのおもりはお任せ下さい」

「頼もしいです、頼もしいです……」


 キマイラもヒュドラに続いて街の中に消えていく。先にヒュドラが街を蹂躙し始めたため、既に阿鼻叫喚。そこらじゅうで悲鳴が響いていた。

 そこにキマイラ、それにエキドナも加われば、この街は地獄と化すだろう。当たり前だが、オベールを地獄に変えて制圧するために来たのだ。これが正解である。

 エキドナはアリスの方へと振り向くと、軽く会釈をした。


「それではアリス様、行って参ります」

「うん、気をつけてね~」


 ひらひらと手を振って、エキドナを見送る。

 エキドナが向かわずとも、既に街は惨状にまみれている。これを見て何も思わないのは、アリスになったからなのか。それとも、麻子としての元からあったものだったのか。

 それはもうアリスには分からないこと。


 抱きかかえているリーベが、モゾモゾと動いているのに気付いたアリスは、そっとその表情を見た。なんだかいたたまれない顔の少年は、ずっと抱きかかえられていることがあまりよく思わなくなってきたようだ。


「リーベ、降りる?」

「はい。母上に長い間〝くつう〟を強いるのはちょっと」

「重くないから大丈夫だけども」


 リーベをおろしてやると、目の前の地獄から抜け出てきた民がアリス達の元へと駆けてくる。その表情は狂気のそれで、手に持っているのは人を殺す意思を有していた。

 この付近にいた人間ならば、街が地獄へと変わった理由がなんだか分かるのだ。それを排除しようと、勇敢な一般市民が立ち向かって来ていた。


「悪魔め、殺してやる!」

「あいつも仲間だろ! やっちまえ!」

「うおぉお!」


 中にはオベールの兵士のような者達も混ざっている。各々が武器を手に取り、アリスとリーベを殺さんと走る。街を守るため、家族を、市民を守るために。普段から魔物に襲われやすいオベールは、こういったことに慣れているのだろう。

 だから何も考えず、相手の力量もまともに見ようとせずに突進してくる。それが自殺行為だとは知らずに。

 アリスたちはそれらから逃げようともせず、ただ突っ立って待っていた。鋭利な剣だろうが、畑作用の農具だろうが、木の棒だろうが。

 しかしアリスたちに向けられた剣や武器は、二人に到達することなどなかった。


 武器を持つ者達とアリス達の間に何かがあった。ぼよん、とありえない感触がしたのだ。


「……え?」

「なんだ?」


 市民や兵士の目の前には、巨大なきぐるみのようなものがあった。アリスほどの背丈がある、ファンシーで真っ赤なうさぎ。この世界にそぐわないデザインのものだ。

 まさにそれは、麻子の生きていた現代で見かけるタイプのデザインだ。テーマパークだったり、イベントだったり。そんなようなところで、風船を持っていたりする。

 あまりにも派手すぎる赤ではあるが、デザイン的にはそんなようなキグルミだ。

 だから市民たちも、拍子抜けしたのだ。


「なん――」


 なんだ、と最後まで発音出来なかったのは、男の顔が吹き飛んだからである。肉片も残すことのないまま、男の顔が抉れて消えた。

 そのままぐらりと倒れ込み、地面に落ちれば血に染まる。

 その様子を見て、他の者達は足を止めた。否、止めざるを得なかった。

 うさぎのきぐるみの手は、男の血で染まっていた。それに気付けば、今起こったことが何だったのか理解できるだろう。

 人間の目に止まらぬ速度で、拳が繰り出された。簡単に言えばそういうことだが、人間業ではないのは誰が見ても分かる上に、一言で済ませられることではなかった。


「ぎゃぁああ!」

「な、なんだぁ!?」

「助けてくれぇえ」


 そんな叫びを皮切りに、人々はうさぎのきぐるみに襲われていく。アリスたちの目の前は、一瞬にして血の海に変わって行く。人々が逃げんと足を動かすが、赤いうさぎはそれを追い、殺す。一撃必殺のその拳から逃れられることなどなく、一人残らず潰されている。

 肉片が飛び散り、地面も建物も返り血で染まっていった。そしてその様子を、アリスとリーベは何も驚くこと無く見ている。

 アリスはともかく、幼いリーベもだ。


「よかった。ちゃんと機能してるね」

「母上、これは?」

「ポーチにぬいぐるみがついてたでしょ?」


 リーベの着ている衣服はそのへんで売っているものと何ら変わりがない。しかし、アリスが幾つか魔術アイテムを渡していた。魔術が扱えないリーベのための措置だ。

 それに戦闘能力もないリーベにとって、己を守るすべも必要だった。常に誰かがこの少年についてあげられるわけではないのだから。

 アリスが与えたポーチは魔術空間の機能があるポーチだ。中にはリーベが読んでいる最中の本だったり、メモ帳やペンなど、様々なものが収納されている。

 そしてそれには、赤色のうさぎと青色の猫のストラップがついていた。リーベも初めはポーチの装飾品、付属品だと思っていた。

 しかしポーチから外れて、巨大化し、今目の前で戦闘に参加している。


 このぬいぐるみのストラップも、アリスの与えた魔術アイテムだった。これこそ、戦えないリーベのためのものだ。

 戦闘用の赤いうさぎ、防御用の青い猫。それぞれ自動で状況を判断し、瞬時に展開される。ぬいぐるみサイズから巨大化し、リーベを守るために各々で動くのだ。


「リーベは魔術も使えないし、戦えないから。私がいなかったときに、守ってくれる人が必要でしょ」

「あ、ありがとうございます!」


 アリスからそれを聞けば、リーベは甚く喜んだ。大好きなアリスから気にかけてもらえたのが、素直に嬉しいのだ。

 リーベはポーチを抱きしめて、ニコニコと満面の笑みを浮かべていた。その様子を、アリスも微笑ましく見ている。


「まぁ、ただし……」


 チラリ、と一瞥する。その先には死屍累々。戦闘用のうさぎが目の前の人間を全て殺していくせいで、血溜まりどころでは済まないほどに街が姿を変えていた。

 敵意や殺意を感じる限り動いて、殺し続けてしまうのだ。


「制御が難しい、かな……」

「ですね……」

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最近マジで寒いですね。

二度寝が捗って大変困っております。

正直自分は、春眠よりも秋冬のほうが暁を覚えません。ぬくぬく毛布最高。

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