見学
「うわぁあ!」
キラキラと目を輝かせているのは、リーベである。
――ここは、ウレタ。現在、絶賛改築や増築、建築作業が進行中。魔術連合国の一つだ。リーベは付き添いにディオンを付けて、連合国を見て回っていた。
「みてみて、ディオン! すごいですね!」
「えぇ、確かにこれはすごい。ですが、これからもっと凄くなると思いますよ」
「ほんとに? じゃあまた来よう?」
「はははっ、俺で良ければ。いつでもお付き合いします」
街並みはまだ不格好で、破壊された跡は綺麗に片付いているものの、人が居ないことで閑散としている。所々建物が立ち並んでいるが、窓や扉から見える中身は空っぽだ。家具やインテリア、内装がまだまだ未完成。外見だけとりあえず作っただけである。
リーベはキョロキョロと周りを見ながら、街を探索している。
「母上の像とか建てないのかな?」
「いい考えですね。アリス様は崇拝されるべき御方です」
「ディオンも、そうおもうの?」
「ええ。アリス様は俺の大切な母を、苦痛から救ってくださいました。俺だけじゃなくて、ダークエルフの国では崇拝対象ですよ」
「そうなんだ……!」
アリスの偉大な功績を聞けば、まるで自分が褒めて貰っているかのような感覚に陥った。照れたように微笑んで、その喜びを示している。
そんな二人に一つの影が近寄る。魔術師のローブを着た青年――ヴァルデマルだった。彼はウレタ・エッカルトと魔王城を行き来しており、軍の中でも更に忙しい人物だろう。
ユータリスが生まれたことによって、魔王城での仕事も片付き始めていたが、新たに魔術連合国の管理がやって来た。細々とした魔王城の仕事を行いつつ、大掛かりな魔術連合国での仕事に取り掛かっている。
現在は新たな国として設立したこの場所を整備するほうが、重要事項だ。何よりもやることが格段に増えた。
そして先述した通り、ユータリスの存在によって、ヴァルデマルの知識が不要となったお陰で、連合国の優先度が上がった。これといった期間が設けられていないとはいえ、教育を開始するのは早いに越したことはない。
魔族を借り出したり、パラケルススにホムンクルス作成を頼んだり。人員を投入しているものの、やはり街を作り出すというのは、すぐに終わることではなかった。
「よくいらっしゃいました、リーベ様」
「ヴァルデマル!」
「まだ何もありませんが、是非見て回ってください」
彼の言う通り、本当に何もない。先日ようやっと、ここで勉学や実践に励む者達の宿舎が出来たばかり。移り住む人員も、まだ選びきれていないこともあって進みが遅いのだ。
何よりも、学ぶ施設が完成していない。学者気質で凝り性なスノウズが納得していないせいで、施設の中身がよく定まっていないのだ。完璧な施設が生まれると思えば喜ばしいが、これからハインツやエンプティに急かされれば、たまったものじゃない。
リーベはそんなことをいざ知らず。先程思いついた〝アリス像〟について、楽しそうに口にする。
「はい! あの! 母上の像とか、建ててはどうかと思うのです!」
「像、でらっしゃいますか……」
「母上は素晴らしい方ですから、ここで訓練や勉学に励まれる方も、是非知っておくべきでしょう!?」
ふむ、とヴァルデマルも反応する。確かに今までアリスが行ってきたことは、歪んだヴァルデマルさえも忠誠心を高めるには十分すぎるほどだ。これからアリスが向かう未来を、一緒に見ていきたいと思っているヴァルデマルとしては、名案でもある。
しかしここですぐに返事を出来ないのは、まだまだ必要な建物が準備中だからだ。
アリスの像となれば優先度は格段に高いとは言え、そもそも勉強に励む施設が存在しないとなれば、まず像を見に来る人間すらいないということ。
であれば、ここはとりあえず、予定を組み直すしかない。
「確かに……分かりました。詳しく予定を組みます」
「やったぁ! ねぇねぇ、ディオン、きいた?」
「はい。嬉しい限りですね」
そう言って喜ぶ二人を他所に、ヴァルデマルは気を引き締めていた。――アリスの像ともなれば、単純なものとはいかない。他のどんな像にも負けず劣らずのものを用意せねばならない。
アリスの子息からの頼みでもあることから、この依頼は相当な困難を極める。結果によっては、ヴァルデマルが死にかねない。
だが死を避けるというよりかは、己の忠誠心を見せつけて、アリスがヴァルデマルへ高い評価をするチャンスだ。
(巨大で立派な像でなければ……! スノウズと調整をして、仕上げなければならないな……)
こうして、ウレタ・エッカルト改造計画の中に〝アリス像建設〟が組み込まれたのだが、本人はそれを知らないのである。
「おい、ヴァルデマル」
「なんだ」
そんな思考を張り巡らせているヴァルデマルへ、ディオンは話しかけた。ヴァルデマルは一旦考えるのをやめて、ディオンへと顔を向ける。
「案内は頼めるか? 俺らで回ってもいいけどよ、未完成なら出来てるとこだけ教えてくれよ」
「構わない。――リーベ様、俺もご一緒してよろしいですか?」
「いいですよ。じゃあ、おねがいします。ディオン!」
「お任せを」
リーベが言えば、ディオンはリーベを抱きかかえた。これならば高い目線で見られる上に、リーベは疲れを生じない。
ディオンも嫌な顔をしないのは、アリスの子息であるからだ。立場的には養子であれど、尊敬するべきアリスの子供だ。まるで自分を足のように扱われたとしても、それを受け入れるくらいには。
「まず前提として、ウレタとエッカルトでやることが変わります」
「へぇ~」
「ウレタでは学問を、エッカルトでは実践を取り入れます」
移動をしながら、ヴァルデマルが説明を始めていく。
この島国は、二カ国に分かれている。それを利用して、学術部門と実践部門で学べるものを変えるのだ。これらは元あった国を参考にして選んだわけではない。そもそも元あった国は、イザークによって滅ぼされてしまったため、参考にもならない。
適当に選び、それを元に作り変えているのだ。
「ふぅん。〝こうし〟は決まっているのですか?」
「えぇ。今のところは、学術部門はスノウズ。実践では俺とイザークを」
知識が豊富なスノウズであれば、立派な教師となり得る。それとは異なり、実戦経験が多いイザークとヴァルデマルは、戦い方を教えるほうが向いていた。
きっとイザークとヴァルデマルの二人を知る人間が初めて訪れれば、驚くだろう。あの暴君とも言える二人が、丁寧に人に魔術を教えているのが見られるのだ。
丸くなったといえば聞こえがいいだろうが、実際はアリスによって角を削られたとも言える。
「ルーシーは?」
「ルーシー様は特別講師ですね。〝本業〟もありますから、あまり教壇には立たないほうがいいかと思います」
「まぁ……確かに、そうですね」
もちろん本業とは勇者殺しだ。そのために生み出されたといっても過言ではないのだから。勇者に挑む未来の寄り道として、この魔術連合国があるのだ。
……などと説明を続けていれば、三人は街へと到着していた。
ブラウンやオレンジの屋根に、白い壁。優しい色味の街並みだ。建物は殆ど出来上がっているように見えた。
まだ水の吹き上がらない、中途半端な噴水。それに反して地面のタイルはしっかりと敷き詰められている。いびつながら、ところどころ完成しているのだろう。
「わぁー! すごい。ディオン、おろして! 見てきます!」
「はいはい」
ディオンがリーベを下ろすと、はしゃぐ彼は駆け回っていく。転ばぬよう心配しながら目線だけで追う。ディオンもディオンで、ヴァルデマルの言っているよりも出来上がっている街並みに感動していた。
「なんだ、結構出来てんじゃねぇか。何がダメなんだよ?」
「街は外観のみ出来ている。中身は何もないハリボテだ。それに従業員も雇えていないからな」
「従業員だぁ?」
意外な単語に、ディオンは抜けた声を出す。彼女はてっきり、この場所には〝教師〟と〝生徒〟だけが詰めるものだと思っていたのだ。
アリスとルーシーには〈転移門〉という、常識で考えれば有り得ない魔術がある。教師も生徒も、いつでも国に帰れるのだと考えていた。
だから思ったよりも施設があることに、驚いていたのだ。
「ウレタとエッカルトには、それぞれ色々な施設を作ることになっていてな」
「へー、どんな?」
「例えばウレタならば、喫茶店だな。勉強をしながら、飲食できる場所があればいいとアリス様が仰っていた」
「ほー。小洒落てんなぁ」
ウレタには飲食施設が豊富に取り揃えられる予定であるし、実践部門であるエッカルトには武器屋などが並ぶ予定だ。遠方から学びに来ている学生達が不便にならないよう、趣向を凝らしていくのだ。
今後は様々な意見を取り入れて、それらの施設を更に強化していく。
それに今出したのはアリスの前世の知識をひっくるめただけの、最低限の案だ。実際にここで学んでいる者達が、それらを喜ぶかは別。現地の人間から情報や意見を得ることによって、それらはさらに洗練されていくのだ。
「それに一般市民の住む場所も、だな」
「はぁ?」
「一応形式上は学術都市や訓練場となっているが、一般市民も住まわせるつもりらしい」
「……それって、まさか」
「魔族も同様だ。アリス様が支配する場所に、人も魔もないようだ」
「……ははっ。すげーな、あの御方は!」
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最近は寒暖差がすごいですね。朝夕もそうですが、物凄く気温の高い日や低い日が週に入り混じっていて困惑します。
風邪をひきやすいので、みなさまお気をつけくださいませ。