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面談

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「そうですね。レベルも申し分ありませんし、基礎体力もあります」

「……」

「問題ないでしょう」

「……ありがとう、ございます」


 紹介された兵士団長と副団長は、マリルが今まで面談をしてきた中で、一番高いステータスだった。そのことにマリルは感動している。やっとアリスに対して、相応の礼が出来ると思ったのだ。

 それとは裏腹に、フィリップとカイヤは重たい表情だ。それもそうだ、まだ彼らはアリス軍を信じていない。彼らは目の前にいる、人間の聖女・マリルですら疑っているのだ。

 マリルのことを他国の姫君だというのは理解しているが、アリスに力を貸している時点で敵も同然。信用に値しないのだ。


「荷物の準備ができ次第、また城へいらしてください」

「普段から遠征が多いので、準備は出来ています。今すぐにでも行けますよ」


 足元には小さな荷物がまとまっている。命令を受けた際に、すぐに動けるようにいつでも携帯しているのだ。おしゃれなぞに気を配る彼らではなく、必要最低限のものがその袋に入っているだけだ。

 それに慣れてしまった彼らにとって、大きな旅行かばんなどは必要ないものだった。


「まぁ、そうなのですね。ではルーシー様にお伝えします」


 マリルはそう言うと、机の上に乗っていた機器に手を伸ばす。フィリップは少し警戒をしつつも、彼女の動きを待った。

 マリルは与えられていた通信機器で、ルーシーへと連絡を取った。一言二言の会話だったが、ルーシーが部屋へとやってくるには十分だった。

 ルーシーが簡単な転移魔術で部屋へとやってくれば、まだその魔術に慣れないフィリップとカイヤは身構えている。


「やっほー。おまたせ」

「お二人をよろしくお願いします」

「おけまる~。ほいっ」


 だがこの程度の転移魔術で、驚いている場合ではない。ルーシーは間髪入れずに、〈転移門〉を生成したのだ。部屋に現れた門はドアのような小さなサイズだ。巨大な門も生成出来るが、マリルの部屋を破壊することになってしまう。

 フィリップとカイヤは、流石に門が生成されれば、身構えるどころではない。明らかに表情を変えていた。警戒の中に、驚きと恐怖が入り混じっている。

 ルーシーが危害を加えないということは理解できていても、やはり長年、体に染み付いた〝警戒する〟という習慣はそう簡単には拭えないのだ。


「さぁさぁ、とっとと入る!」

「あ、は、はい」

「失礼します……」


 ぎゅうぎゅうとルーシーに押されながら、フィリップとカイヤは門へと入っていく。

 当然だが送り出されるのは二人だけ。マリルは案内をするほど時間はないし、ルーシーはそんな事してやるほど優しくもない。一応彼女がやる仕事だってあるのだ。


「あーしはこっちでやることあっから、そっちにいるヤツの指示に従ってねー」


 その言葉に返事をする暇もなく。二人を門の先へと押し込めると、門は無慈悲に閉じられた。サッと消える門。それがあった場所を見つめつつ、周囲を見渡す。

 ここは玄関ホールであった。

 ふかふかとした絨毯に、広々と取られた空間。壁の塗りも上質で、まるで貴族の家にいるかのような感覚だ。だが妙に静まりかえっているのを見ると、本当に人が居ないのだと実感できる。


「ここは……」

「ようこそようこそ! 兵士団の方ですかのぉ?」

「!」

「な、なんだ?」


 声のする方へ向けば、小さな毛むくじゃらの何かが立っていた。白と青のふわふわとした毛に、草のベストのようなものを着ている。低身長なものの、少年――ではないのは確かだ。


「わしはドリンと申します。お二人の部屋に案内するぞい、ついてくるんじゃ」

「あ、あぁ……」


 呆気に取られながらも、ドリンの後をついていく。身長が低いせいであまり早いとはいえないが、それでも追い抜くわけにはいかずゆっくりと後ろを歩く。

 アリスが管理している時点で、魔族や魔物が入り乱れているのは覚悟していた。しかしドリンは、知っている魔族のどれにも該当しない。見たことのない種族だった。

 パルドウィンの雪山から連れてきたのだから当然なのだが、フィリップとカイヤはそれを知る由もない。


「お二人はどれくらい、魔術が扱えるのじゃ?」

「ほぼ使えない」

「ほっほっ。そりゃあ教え甲斐があるのぉ」


 〝教え甲斐〟と聞いて、彼も教壇に立つのだと気づいた。少なくともアリスが指名したという時点で、相当腕の立つものなのだと気を引き締めた。

 二人に言わせれば、ここは敵地である。一応学びに来ているとはいえども、あの新たな魔王が率いている時点で敵の陣地なのだ。


 警戒を怠らぬまま、ドリンについていけば――前方から見覚えのある男が。

 闇を飲み込むような、漆黒の魔術師ローブ。不気味さを醸し出すオッドアイ。あの戦争中に何度も見た、恐ろしい男――魔王・ヴァルデマル。


「あ、ドリン。やっと見つけたぞ」

「おぉ、ヴァルデマル殿。どうしたんじゃ?」


 ヴァルデマルはドリンの背後にいる二人に、気をかけることなく口を開いた。まるで眼中にないかのような反応だ。ドリンはアベスカとヴァルデマルとの間に何があったのか、それを聞かされていない。だから普通にヴァルデマルと会話を始める。


「……っ! 魔王!?」

「くっ……」


 そしてその後ろでは、ヴァルデマルを警戒した二人が戦闘態勢に入ろうとしている。念の為武器一式も持ってきていることもあって、すぐに剣を引き抜いた。今にでもヴァルデマルへ飛びかかりそうな勢いだ。

 ヴァルデマルはそれを見てため息を吐き、何も知らないドリンは困惑している。


「な、なんじゃあ?」

「気にするな。人間は魔族に馴染むのに、時間がかかるんだ。それより、居住区の監督はどこにいる?」


 ヴァルデマルはすぐに気を取り直して、ドリンへの会話を続ける。あちら側は警戒して臨戦態勢を取るだけで、攻撃してこないのは知っているのだ。圧倒的にレベル差があるのは、お互いによくわかっている。決死の覚悟で飛び込むほど、馬鹿な連中でもない。

 つまりヴァルデマルが仕掛けなければ、フィリップとカイヤは武器を持って警戒したままなのだ。


「バイルじゃの? どうかしたのか」

「アリス様が進捗を気にされていた。こまめに状況報告を上げているか?」

「あやつは案外、凝り性じゃからのう。集中したら忘れとるかもしれんわい。わしから言っておく」

「頼んだぞ。アリス様は寛大だが、エンプティ様は気が短いからな」


 ヴァルデマルがエンプティの名前を出せば、ドリンが一気に青ざめる。

 スノウズたちはこの場所に属する前、アリスの愛玩動物として魔王城に住んでいた。魔王城に住んでいて、アリスに可愛がられていれば――当然、あのスライム女と一度は出くわしたことがある。

 エンプティを知るものであれば、一度出会えば何が起きるか分かるだろう。特にアリスに気に入られて可愛がられている。そんな境遇が加わればなおさらだ。


「わ、分かっておるわい。わしらも怒られたことがあるしのう……ひぃ、恐ろしい恐ろしい。わしはバイルを探す。彼らを任せるぞい」

「は!? おい、ドリン!」


 こうしちゃおれん、とドリンは一目散に駆け出した。その場に案内中の二人を置き去りにして。取り残されたのは、臨戦態勢のフィリップとカイヤ。そして気まずい顔のヴァルデマルだ。


「……」

「……」

「……」


 ヴァルデマルが「ごほん!」と咳払いをすれば、警戒を解かないままの二人はビクリと怯えた。こんな至近距離で攻撃を浴びてしまえば、彼らとてひとたまりもないからだ。

 とはいえヴァルデマルには攻撃をするつもりはない。

 もしもアリスを始めとする幹部などの許可がないまま、戦闘行為に走った場合。ヴァルデマルの命がそこで尽きるのだ。


「自室に案内すると言っていたな。ついてこい」

「……」


 ヴァルデマルが歩き始めると、フィリップは剣を収めた。カイヤもそれに倣って剣を下ろす。渋々、と言った様子でヴァルデマルの後を追った。



 しばらくして、三人は部屋の前へとやって来ていた。

 部屋の中は、どれほどの人間を住ませるつもりなのか、というくらいに広い場所。各部屋が広々としているため、屋敷も広く、部屋に来るまでに数分もかかってしまった。


「一応隣部屋にしておいた。ここを好きに使うといい」

「……あぁ」


 普通ならばここで礼を言うところだろう。だが二人はそうしない。相手は魔王――元魔王だ。感謝など必要がないと思っているのだ。

 しかし、中に入れば二人は流石に声を上げざるを得なかった。〝学生の宿舎〟と称するには、有り得ないほどの広さだったからだ。玄関ホールもそうだったが、まるで貴族の一室だ。平民の部屋三個分は収まるのではないのか、というくらいに広い。

 キングサイズのベッド、巨大なクローゼット。本棚も多数。勉強するための机は一級品で、椅子や他の家具だって高級そうに見える。


 想像をかけ離れた部屋に、二人は固まって動かない。そんなことなど気にもせず、ヴァルデマルは淡々と話を続けた。


「食事処など、他の設備はまだ整っていない。もう住み始めるのは勝手だが、決められた時刻に、アベスカまでの門が開かれる予定になっている。食事や買い物があれば、その時間にホールへ来ると良い」


 そう言って渡すのは予定表だ。まだ確定ではないようで、雑な字で時刻表が記されている。今後人が増えていけば、またこの予定は変わるのだ。

 〈転移門〉を扱える存在は限られているため、そうポンポンと生成できない。そして限られた時間の中で何十何百と通せるわけもない。他にも仕事ややりたいことがある以上、ずっとそこにとどまれないのだ。

 だから時間を決める――もしくは、予約制にするなど。今後変わっていく。


「……お前は」

「あん?」

「お前はどう思っているんだ」

「はあ?」


 抽象的すぎる質問に、ヴァルデマルは頓狂な声を上げた。フィリップは、そんなことを気にもせず、話を続ける。


「あのアリスという女」

「おい、様をつけろ。死にたいのか?」

「聞いているんだ、答えろ」

「……はあ」


 ボリボリと頭をかいて、困ったように言葉を続けた。

 ヴァルデマルは今まで忙しさもあって、アリスに関して誰にも喋ったことがなかった。ヨナーシュと一緒になることがあっても、お互いに仕事を抱えていた。

 フィリベルトはまずそう言った会話をすることが出来ないため、論外だ。今なお殺されていないだけ、マシとも言えるほど。

 だからこうしてアリスに関する考えを打ち明けるのは、初めてだった。それがあの襲った街の兵士団長だ。なかなか笑えるのである。


「……あのお方は、世界の均衡を崩す方だ。周りを飲み込んで、全てを変えようとしている。凝り固まった価値観も、種族間の偏見でさえも」

「……」


 それはフィリップもよく分かっていることだ。最近のアベスカを見ていれば、馬鹿だってわかる。

 人間しかいなかった城下町は、今はホムンクルスでいっぱいだ。失った人間の穴を埋めるように、ホムンクルス達が走り回っている。

 人ができない仕事や、人手の足りない仕事。その他諸々。悔しいが、フィリップだってその便利さを痛感しているのだ。


「俺は強さと長い命を求めて魔人になった。死にたくないから、彼女に従っている節もある」

「……だろうな」

「大抵そうだろう。ライニール国王も命が惜しいから従っている。彼女がなし得ようとしていることは、お前達人間から考えれば外道かもしれないが……国民はアリス様についたことで、笑顔を取り戻した」


 ヴァルデマルはチラリと二人を見た。彼は誰かを指名して言ったわけじゃないが、フィリップとカイヤは図星をつかれたように黙り込んでいる。


「少なくとも、弱小国家であるアベスカを手助けしているのは、彼女だけだろう」

「それは……」

「お前が何を以って、この場で学ぼうと思っているのかは知らない。知りたくもない。ただし俺が言えるのは、彼女に従わずに裏切るものは死ぬ」


 アリスがまるで口癖のように言う――邪魔さえしなければ、という言葉。勇者側についたり、アリスの道を阻まなければ、命は保証される。それは脅迫でも冗談でも嘘でもない。事実だ。

 レベル200ともなれば、その辺の石ころと何ら変わらないということ。ただしその石ころの分際で、アリスの進路を阻むようならば。彼女はそれを排除するべく動くだけだ。


「それに俺は見てみたいんだ」

「……何を?」

「あのお方が、切り開く未来を。レベル200という、常識を覆す存在をな」

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