顔合わせ
エッカルト・ウレタ魔術連合国、仮施設――
今後この国を取り仕切るための一時的な組織機関として、仮の住居が建設された。とは言っても、ルーシーが簡単に小屋を生み出して、ヴァルデマルが内装を付け加えただけだ。
それでもこの世界の平均的な価値観からすれば、立派な建物だった。
現在この小屋には、投入されるべき人員が全て揃っていた。
連合国を率いる代表者である、ルーシー・フェル。そして彼女を補佐するのは、ウレタの姫君であり聖女のマリル・キャロル・ウレタ。他にも、イザーク・ゲオルギー、スノウズの四名、そして今回はたまたま時間が空いていたヴァルデマルも会している。
「ルーシー様。この設備であれば、いちから魔術師育成も難しくはありません」
「そっか~! そいじゃあ、各自で作業に励むっきゃないね!」
ウレタもエッカルトも、イザークによって滅ぼされてしまった。だから彼らは、イチから作り始める必要があった。アリスとも一緒に考えた〝街〟の設計図は、この島国を作り変えるには十分だ。
まだ他の住居も確立していない状況であるため、早急に人を呼び込んで教育を進めることは叶わない。現段階では、魔術連合国を任された面々で、その土地を整備するのが精一杯だ。
「それでマーちゃん。連れてくる国民はリストアップした?」
「い、いえ。まだです。聖女といいましても、他国と比べると遥かに弱いので……。実際にお会いして、触れてみないと分からないのです」
「いーよいーよ。別に急いでないし」
「申し訳ございません……」
マリルはアリ=マイアには珍しく、魔術の知識と聖女としての教えがある。そのため、魔術連合国で勉学に励める人材を探す役割を担っていた。つまりこのメンバーの中で忙しいのはマリルである。
ルーシーが頭脳的な部分が抜けていることで、国を回す仕事は全てマリルに任されている。人を選ぶというところも、マリル頼りだ。
もちろんスノウズでも同じ役割が果たせるだろうが、魔族である彼らと人間との価値観は違う。そう考えれば、人間であるマリルが抜擢されてしまうのである。
「あーしらは施設建てて、待ってっから」
「はい」
「アリス様も言ってたけど、無理矢理連れてくるのはダメね」
「それはもちろんです」
〝借りている〟という言い訳から、〝支配する〟と変わったアベスカ。言い方を変えていても、アリスの中では恐怖政治を行うつもりもなかった。
魔術の勉強や訓練となれば、必然的に怪我や――最悪、死者を伴う。そんな危険な場所に向かえだなんて、命令出来るはずがない。
――と、言うのがアリスの見解だ。
アベスカの国民はそうか、と問われれば違うのだ。彼らは既にアリスに対して心酔しており、己の命を捧げんばかりに信仰している。もはやアベスカにはアリ=マイア教などない。
アリスが新事業を開始したと聞けば、我こそはと誰もが立候補するだろう。
「希望者の中からー、適正者を選んできてほしいんだし」
「承知致しました」
ルーシーはそう言うと、間髪入れずに〈転移門〉が生成され、マリルはその中へと消えていく。アベスカの人間は少ないが、一人で面談をするには多すぎる。立候補が多いこともあって、マリルはまだアベスカでの仕事が山積みなのだ。
マリルがこの場を去ると、未だに待機している者達へ向き直った。命令を待つ彼らは顔を強張らせている。アリスの力を見た者達ならば、ここでの粗相がどんな結末を生むのか分かっているからだ。
「そいじゃ、暇な期間はあーしの勉強会にしよっかな」
「え?」
「みんな持ってる魔術見して」
「……はい?」
ルーシーの言った言葉が信じられなかった。
――魔術というものは、そう簡単に習得出来るものではない。習得できる方法は、センスや所持しているスキルによって、また人それぞれだ。
だが基本的には、体内の魔力や攻撃力、適性。そして魔術書を読んだりと、一朝一夕では完成できないのだ。ある時は血の滲むような努力を経て手に入れ、またある時は魔術書を読み漁り知識を得て体得する。
何にせよ、ただ見て覚える事ができるのは、不可能に近いことだった。
「展開してくれれば覚えるし」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ここでやっと口を挟んだ。〝他人を敬う〟という行為を覚えた、イザークであった。
彼の顔には困惑と焦り、そして汗が滲んでいる。
混乱して質問を出したイザークを見て、事情を知るヴァルデマルは苦笑いしていた。彼も最初は同じような気持ちに陥ったものだ。
「んー? どしたの?」
「み、見て覚えるって……冗談ですか?」
「あっはは、おもしろーい」
けらけらとルーシーが笑う。いつものような陽気な彼女だったが、付き合いの長いヴァルデマルはそれだけではないと分かっていた。つられて愛想笑いをするイザークやスノウズ達だったが、徐々にルーシーの雰囲気が変わっていくのに気づく。
ピリピリと周囲の空気が肌を刺激する。ルーシーから溢れ出している膨大な魔力が、空気に影響を及ぼしているのだ。感情が高ぶった時によく起こる現象だったが、大抵が怒りを帯びているときだ。
「なんそれ。あーしのこと、馬鹿にしてんの?」
「ひ、いえ……」
過去にはあれだけ威張り散らしていたイザークでさえも、ルーシーの怒りを目の前にしてしまえば縮こまってしまった。
この場の中で一番冷静なのは、ヴァルデマルだった。スノウズやイザークと比べれば、遥かに長い間アリス率いる魔王軍に従っている。以前のヴァルデマルであれば、怯えているイザーク達を見て嘲笑っていただろう。だがもうそんな愚かな行為はしない。
勇者と出会ってプライドから何から全てが打ち砕かれた、ヴァルデマル。そして傷心したところに、アリスというもっとありえない化け物と出会った。
初めこそ〝死にたくない〟と考えてがむしゃらに忠義を尽くしていたが、今となってはアリスが切り開く未来を見てみたいと思っている。自身がそのための力になれるのだとしたら、積極的に力を貸さねば、と考えを改めていた。
「ルーシー様、あまり虐めてやらないでくださいよ」
「あっははは、ごめ~ん。ヴァルくんは見たことあるから、分かるよね」
「ええ」
「み、見たこと……?」
魔王城を制圧した本当に初期の頃だ。ルーシーは魔術をより多く仕入れるために、ヴァルデマルから多数の魔術を盗んだ。ヨナーシュからも仕入れていたこともあった。ヴァルデマルにとって、今では〝よくあること〟だ。
「あーしのスキルでねー、魔術を見たら覚えられんの!」
用いるスキル〈感応知覚・源〉は、魔術を覚えるためのスキルではない。しかし、そういう使い方も出来るのだ。むしろ使用頻度からすれば、魔術を覚えることにしか使っていない。
それもそうだろう。〈感応知覚・源〉の本来の能力であるステータス閲覧は、あまり必要がないからだ。大抵の人間や魔族は、ルーシーに比べて遥かに弱い。
いちいちステータスを覗き込んで、入念に作戦を練る必要がないのだ。
「は……」
「イザーク、疑問や質問は捨てろ。これは真実だ。実際俺も魔術を見られ、更に上位のものとして記憶なさっている」
「そんな……」
イザークは酷く絶望していた。彼の中の常識が全て無に還ったのだ、当然だろう。イザークは、今まで自分が魔術にどれだけの自信をもっていただろうか。少なくとも、自分を〝俺様〟と呼び、魔人化を成功させたことでそれはより強まったはずだ。
だがそんな出来事も、アリスやルーシーの目の前では雑魚同然。その辺の石と変わりない扱いを受ける。
アリスはこの世界においての全ての魔術の知識がある。ルーシーはそこまで知識がなくとも、見れば一瞬にして記憶できるのだ。
今までの己の厚かましさを恥じるなどというレベルではない。
「あーしはアリス様みたいに、全部知ってるわけじゃないからさー。こうして記憶しなきゃなわけ!」
「は、はは……」
嬉々として言うルーシーは、真面目な少女だと思えるだろう。勉強に励む偉い少女だと。だがその方法を知れば、誰もがイザークのように言葉を失うのだ。
「スノウズ? だっけ。あんた達もよろしくね!」
「は、はい……」
イザーク同様、黙りこくってしまっていたスノウズたち。返事をするので精一杯だった。
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