調和1
アベスカ、王城――
「――と、言うわけでして。魔族をお貸し出し頂けないか、と住民から希望が上がっております……」
「ふーん」
ダラダラと汗をかきながら、何度も目を泳がせてアリスの機嫌を伺っているのは、ベルグラーノ・センディノである。
彼は財務及び商業を担当する大臣なのだが、普段は国民からの農業に関しての相談も受けている。
魔王軍がアリスの統治下に入ったことにより、落ち着きを見せた。
それにより国民は手放して諦めていた城下町外の畑を、再び使おうという元気を見せている。
そうはいっても、戦争に寄って人員が圧倒的に減ってしまった。
長いこと放っておいたせいで、畑も荒れ放題。いちからやり始めることと変わりない状況だ。
だからより一層人員の確保が重要になる。
畑仕事をしていれば、城下町に戻ってくる時間も惜しむこともあるだろう。
そうなれば建物の修繕にも人を割かねばならない。
人、人、人。何をやってもアベスカに足りないものだった。
だがある日、住民の一人がこんな意見を上げた。
〝アリス様から、魔族を借りれないだろうか〟――と。
普通の人間が聞けば、正気を失ったと受け取れるだろう。しかし、このアベスカは既に正気などない。
ホムンクルスという魔物と共生しており、アベスカを統べるのは魔族である。
そしてそんな魔族を敬愛し、慕っている国民だ。誰もその意見を否定するはずがない。
(街中に配備しているホムンクルス達は、日常生活向けだ。畑仕事などの体力作業には不向き。パラケルススが調子の悪い今、対応できるホムンクルスをきちんと作れるのは私だけか……)
もちろん強いホムンクルスであれば、畑仕事なども難なくこなせるだろう。
しかし十分な強さを持っている個体となれば、生成に時間もかかる。何よりもある一定のレベル以上を作成するには、素材となるものが必要なのだ。
アリスが有するスキルは、パラケルススと同等のもの。上位互換などではないので、同じく素材を必要とする。
そんな素材をホイホイと用意出来るわけもない。そうした手間を考えるのであれば、ホムンクルスを新たに数匹生み出すよりも、既に存在している別の魔族を貸し出すほうがいい。
「分かった。構わない。いつまでなどの希望はあるか」
「そ、そんな! トレラント様ともあろう方に、日付の指定などできましょうか!」
「……そういうつまらない世辞はやめろ。最早アベスカは私の土地でもある。民が困るのであれば、それに手を差し伸べるまで。……で、いつまでだ?」
「……早いに越したことはありません。民は一日でも早い復帰を願っております。今日明日にでも出かけたい、という者すらおります」
絶望に浸っていた期間が長かったからか、活気が満ち溢れて力が有り余っているのだろう。
今にでも出ていって、働きたいという国民が多くを占めていた。
「そうか。では今、用意しよう」
「い、今で御座いますか!?」
「何か?」
「いえ……」
ベルグラーノは魔術の知識もなければ、スキルに関係のない生活を送ってきた。
防衛及び軍の最高指揮官たるルーラントとは違い、戦にも秀でておらず知識も乏しい。
アリスに対しての認識も、人ならざる化け物。逆らってはいけない存在とくらいにしかない。
あの巨大な虫を従える少女が強いのだから、その上に立つ存在はもっと危ないのだろう――くらいの。
アリスがどれだけ規格外なのかも把握出来ていないのだ。
「ヴァルデマル」
『――はい!』
「アベスカに魔族を貸し出したいんだけど。力仕事を任せられるような種族がいい。おすすめある?」
『え!? 分かりました……、そうですね。今手が空いているのは、ウルフマンでしょうか?』
「えぇー……」
ウルフマンと言えば、少し前に魔王城に乗り込んできた種族だ。
四つの部族からなる獣人の部族で、現在はアリスの制圧のもとで従っているものの、襲撃を企てたという意味ではあまり好ましい種族ではなかった。
もちろんアリスの支配下にいる以上、命令には絶対だろう。
しかしアリスの目の届かない場所で、そんな荒っぽい種族を貸し出せるかと言えば些か不安が残る。
『お気に召しませんか……?』
「アベスカは私の土地だから、その土地の国民を傷つけるような魔族は貸したくないな」
『でしたら、ウルフマンでも中立や保守的な立場の部族を、差し出せばいいのではありませんか?』
「うん?」
ヴァルデマルが言いたかったのは、ウルフマンの中でも戦いをあまり好まないタイプがいるということだ。
そしてそれらを使えば、アリスの心配しているようないざこざが起きにくいはずなのだ。
そこでふと、アリスは思い出した。
先日アリスに料理を差し入れてくれた種族・エルフ。エルフの中でも、ハーフエルフだ。
元々人の血が入っているということで、エルフの三部族から毛嫌いされていた。今はアリスの命令で、表ではマトモに接しているようだが……長い間染み付いた〝嫌悪〟はそうそう簡単になくならない。
であれば、今このタイミングで人側に引き込むのはどうだろうか。
アベスカの人間は魔物魔族に対して、警戒心や偏見がほとんどなくなっている。
例え部族の恥だとしても、同じ飯を囲めば仲間として見てくれるはずだ。
何よりも信頼しきっているアリスの推薦があれば、その者達を断るはずもない。
「ふーむ、そうだねぇ。じゃあその戦いを好まない部族の代表をすぐ呼べる? 城にいたっけ?」
『すぐにでもお呼びします!』
「ありがとう。あともう一つ。ディオンは近くにいる?」
『先程見かけましたが……何かお伝えしますか?』
「うん。玉座の間で待つよう言っといて」
『承知致しました。それでは一旦失礼します』
ヴァルデマルとの通信がプツリと切れる。
暫く経過した頃に通信をかければ、頼み事も終わっているだろう。
会話を終えて再びベルグラーノの方を見やれば、まだ青々とした表情の男がいた。
未だにヴァルデマルの名前には怯えるらしい。
「今日私が城に帰るまでに用意する。それで構わないだろう」
「あ、ありがとうございます!」
体がちぎれるのではないのか、というくらいに激しいお辞儀を繰り返す。
ヴァルデマルの名前の方がまだ強いといえど、アリスもアリスでまた、畏怖される存在なのだ。
「進展があったら呼ぶ、とりあえず下がっていい」
「ははっ!」
ベルグラーノは見たことも無い速さで部屋を出ていく。早くこの場から消え去りたいという気持ちが激しく現れている。
アリスもそれを咎めることなく、やっと一人になれたことをホッとした。
彼女自身、幹部も連れずに一人で重役と話をするのは得意ではない。
アベスカに対する安全度は、もはや幹部の中では保証されたものらしく、今回は誰も付き添うことがなかった。
それが良いのか悪いのか。
何を言っても怯えてくれるだけ、威厳がまだ存在すると捉えることにした。
「さてと……」
ベルグラーノが去っていくと、アリスはすぐに〈転移門〉を展開する。
転移先の設定は、もちろん玉座の間だ。
門を通ればすぐに見慣れた部屋が見えた。そして、ポツンと立っているダークエルフも。
タイミングが良かったのか、ヴァルデマルはすぐにディオンと出会えたらしい。
「アリス様。今日も――」
「あー、いいよいいよ」
ディオンはアリスを見つけると、すぐに跪こうと身をかがめた。
そういう堅苦しいのを彼女に望んでいないアリスは、面倒そうに断る。
何よりもアベスカの人間に、すぐに用意すると告げたこともある。そういったやり取りをしている場合ではないのだ。
アリスはすぐに本題に移った。
0705追記.
誤字報告ありがとうございます。
頂いたものをよんだところ、語弊があるような文章だったみたいなので修正しました。
誤字多い上に、読みづらい文で大変申し訳ない……。
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感想・誤字訂正もいつでもお待ちしております。
四章突入です、よろしくお願いします。
週3に落ちますが、なるべく毎日投稿に戻れるよう頑張ります。
別の作業と並行するのであまり進まないとは思いますが……。