リーレイ、下僕を作る1
「まずはリーレイ様、冒険者登録ありがとうございます! まずは〝一ツ星ランク〟からの開始ですね」
「ランクがあるんだぁ」
「はい! 一回でも依頼を受注して成功させれば、次回の査定にて昇格出来ます!」
ニコニコと喋る受付嬢に対して、リーレイは冷ややかな視線を送っていた。
女性の話がつまらないとか、冒険者の説明が面倒だとかそういう理由ではない。
「……それって、僕ぅ昇格出来るわけぇ?」
「………………………………あ」
ふとした疑問を口に出せば、しまったとばかりに受付嬢は顔を青くしていく。
依頼主すら全く来ないこの状況で、ランクを上げるために依頼を受けるというのは不可能に近い。
システムを恨むべきか、帝国兵の優秀さを恨むべきか。
「で、でも、一応仕事がないわけではありません。ただ……レベルが高すぎて、大抵の方は諦めてしまわれるんです」
「どういうことぉ?」
「えぇっと……」
彼女の言う通り、このリトヴェッタ帝国の冒険者組合には、依頼が皆無なわけではない。
常に出し続けているものの、誰も依頼を引き受けてくれないものがあるのだ。
それはこの帝国に長らく、悪影響を及ぼしていることも絡んできている。
――帝国はここ数年、とある流行り病に蝕まれていた。
名を〝失血病〟という、伝染病である。
しかしここで言う〝伝染病〟というのは、帝国がお触れをだしたことだ。世間一般で噂となっているのは、病などという括りではなかった。
失血病は、その名の通り血液を失う病だ。
そうはいっても見ただけでは感染しているかどうかまでは分からず、気付けば国の至る所で血液が全て失われた状態の死体が見つかっているのだ。
その死体を検視すると、体のどこかに小さな穴が二つ並んでいるのだという。
国民はそれを見て、伝説上の生き物であるヴァンパイアの仕業だと推測し始めた。
そのせいで国は一気に混乱に陥ったのだ。
リトヴェッタ帝国は国民を落ち着かせるために、現在見つかっている不審死は失血病という流行り病であると発表した。
しかし時すでに遅し。風のうわさというものは素早いもので、帝国がお触れを出そうともみながヴァンパイアだと信じて疑わなかった。
「ヴァンパイア~?」
「はい。そんなわけでして、ヴァンパイアが潜むと言われる古い館があります。そこの調査と、出くわした場合の討伐依頼がありまし――」
「面白そぉ! 受けるよぉ」
「えぇ!? ですが危険なんですよ!? 相手のレベルも分かりませんし、どんなことがあるか……。組合は責任も負いませんし……」
「大丈夫! 僕ってぇ、強いからぁ!」
「そ、そうですか……」
ハッキリ言って信じていない様子の受付嬢だったが、リーレイが強いことは事実なので仕方がない。
これ以上何を言っても折れそうにないリーレイを見た彼女は、リーレイの希望通り依頼を受注してもらうことにした。
(アリス様が来るまでに、そんなめんどくさいこと処理しておかなくちゃ!)
リーレイとしてはそんな感じで張り切っていた。
全てはアリスのため。これを成功させれば、アリスから沢山褒めてもらえるかもしれない。――そんな心意気で。
受付嬢は地図を取り出して、館のあるとされる場所にマークを付ける。
リーレイはそれを受け取ると早速組合を飛び出した。
目的地は、帝国にある三つの山のうちの一つ・カスペル山脈の付近であった。
亜人地区とされる森林のかかる場所に、その屋敷はひっそりと佇んでいるらしい。
目的地には首都からは北に移動するだけではなく、東にも長距離移動が必要となる。
そもそもリトヴェッタ帝国自体が、世界最大の領土を持つ国家だけあって、その移動距離は計り知れない。
「あれかぁ」
――と、言うのも普通の人間であれば、の話である。
幹部ナンバー2の速度を誇る彼ならば、その程度の距離いともたやすく済んでしまうのだ。
組合を出て約数十分。目的地の館がほぼ目の前に来ていた。
地図が大雑把であることと、途中休憩を何度か挟んだことで、これほどまでに時間を要してしまった。
あたりは大量の木々で埋め尽くされ、まるでその館を隠すように沢山の木が立ち並んでいた。
館が目視できる距離まで来てからは、最高速度など出さずに徒歩で向かっている。
高い樹木が並ぶこの場所は、昼間であろうと暗かった。木漏れ日すらない地上では、薄暗い不気味な雰囲気が漂っている。
この異様さも相まって、きっとあの館は恐れられているのだ。
遠くから見ているだけでも、手入れの行き届いていない様子がよく分かった。
ツタが壁面を覆い、所々亀裂が見られる。塗装も剥がれ落ちたそのさまは、なんとも不格好。
時々バサバサとカラスや鳥たちが飛び立てば、ホラー映画さながらの雰囲気を醸し出している。
勿論どんな雰囲気であろうとも、リーレイが恐ろしくなる要因にはなり得ない。
それを証明するように、彼の歩は止まることなどない。
「えっと、不必要な戦闘は避ける……だよね」
アリスが言いたかったのは〝そもそも厄介事に顔を突っ込むな〟ということだが、港でブルー家の跡取り娘を助けたことでそれは破綻していた。
ゆえにリーレイがあの命令をどれだけ曲解しようとも、もうどうでもよいということなのである。
「こーんにちはーぁ!」
バン、と森の中で響きそうなほど大きな音を立てて、館の扉を開けた。
すぐ入ると玄関ホールだ。目の前には両階段があり、上質な絨毯が敷き詰められている。
絵画が壁にかかっているものの、布がかけられてそれを見れないようにしてあった。
陰湿な外観とは違い、中はリーレイの想像よりも整頓されていた。もっと蜘蛛の巣やほこりだらけを想定していたため、綺麗に掃除が行き届いている室内に驚いたのだ。
綺麗とは言えど、人の気配はない。
リーレイの響く声に返事もなく、シンとした空間が広がるだけだ。
リーレイもリーレイで、ただずっと入り口で待っているわけではない。
気配がなくともこの場所に何かがあるのは分かっていた。
誰もいないのに綺麗に保たれている部屋など、ありもしないのだ。化け物でも幽霊でも何でもいいが、とにかくここには何かがいるということ。
「〈パペット・マスター〉」
『キヒヒヒッ!』
『フフフ……』
『オォ……アァアウ……』
〈パペット・マスター〉を使用して召喚したのは、このスキルで召喚可能な三体全てだ。
港でも召喚したガンマンとショーガールに加えて、あの時は出さなかったマイティーというパペットも召喚している。
マイティーは他の二体と違って、少し大きめだった。
頭にネジが刺さっているのが特徴とも言える。
巨大な体を利用したパワータイプなのだが、頭脳は遥かに低い。単純な命令ではないと遂行出来ないのだ。
「この館に何かがいるから、連れてきてくれるぅ?」
三体はそれぞれ頷くと、すぐさま中へと走っていった。
ガンマンが銃を構えて奥へと消えて、それに続くようにショーガールが軽やかに走っていく。マイティーはオロオロとしつつも、最寄りの部屋から探索を開始した。
リーレイは両階段の一番下に座り込むと、吉報を持ってくるであろう三体を待った。
彼自身が直接出向くのもいいだろうが、既にここに来るまでに長い道のりを走っていた。疲れなどしないが、これ以上動くのは面倒だったのである。
(とは言ってもぉ暇だなぁ。待ち時間でアリス様に連絡でも取ろうかなぁ)
などと悠長なことを言っている場合ではなかった。
ひたり、と何かが歩み寄る気配があったのだ。パペット達がそれを見逃したというわけでなければ、パペット達よりも強い何かがいるということ。
暇だな、などと思っていたリーレイは一気に気を引き締めた。
「誰ぇ? 出てこないと相応のことをするよぉ」
返事はない。暗い屋敷の中でリーレイの言葉がこだまするだけだ。
リーレイは魔術空間からヘアピンを取り出した。くるくるヒュンヒュンと風を切りながら、器用に手の上で遊んでいる。
返事はないが、気配が消えた様子もない。死角から見ているのか、それともリーレイでも感知出来ない透明化魔術を用いているのか。
「しょーがないなぁ。まぁどこかで僕を見てるならぁ、これでおびき寄せるしかないよねぇ。〈僕を……〉――」
「ちょ、ま、待て! い、いや、待ってください!」
〈僕を抱きしめておくれ〉を発動しようとしたリーレイに向かって、誰かが叫んだ。
スキルの発動によりリーレイの頭髪と瞳は既に赤く変化していたが、声を聞いたリーレイがすぐさまスキルをキャンセルした。
いつも通りの彼に戻ると、周囲を見渡して声の発生源を探している。
「最初の時点で出てくればいいのにぃ。で、どこにいるわけぇ? 出てこないならスキルで引っ張り出すよぉ」
「出ます! 出ていきますから!」
ギィと開いた部屋のドアから出てきたのは、なんとも不健康そうな男であった。
目の下にはクマがあり、青白い肌、サラリとした長い黒髪ストレートヘア。そして瞳は血のように赤い色をしていた。
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最近アホほど金が吹き飛んでいます。
どうしてでしょうね……。