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魔王アリスは、正義の味方を殺したい。 前編  作者: ボヌ無音
第三章 幕間 それぞれの思い
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笑うもの

 パルドウィン、国境付近――

ジョルネイダとの国境付近であるこの場所は、山にも近く比較的冷え込む地域だ。

 川幅が最も狭くなるこの場所では、毎年のように戦争が行われる。

そして今もその戦争の為に、パルドウィン側では多数の兵士や騎士、そして勇者一行が集まっていた。


 まだ本格的な開戦宣言をなされておらず、お互いに睨み合っている状況である。

とは言え今年はジョルネイダ公国に、勇者の召喚があった。パルドウィンの兵士達はより一層、気を引き締めている。


「本当に父さん達が前線でいいの?」

「何度も言っただろう、オリヴァー」


 今回の戦争では、オリヴァーの両親であるヴァジムとマリーナが、前線に立つこととなった。そしてその補佐として、アンゼルムの両親が騎士団を率いて向かう。

 前線にて戦闘中、相手の動向を探りつつ――勇者が出てくるようならば、後方にいるオリヴァー達と交代する算段だ。


 オリヴァー達も後方で待機しているだけではなく、後ろから出来る支援を行いつつ、前方を監視するという流れになっている。

特にマイラを失った今となっては、そういった役割は必要とされるだろう。

 最初にこの作戦を立てたときに、マイラに触れたことであの事件を思い出した。

オリヴァー達は救えなかった仲間を思い出して悔み、未知なる邪悪に対しての怒りをつのらせた。


「なぁに、気にすんなって! 大丈夫だよ!」

「馬鹿ねぇ、ヴァジム。オリヴァーは私達が鈍ってるから、気にしてるのよ?」

「ちっ、違うよ母さん! ちゃんと心配なんだって!」


 そんな事で笑い合っていれば、ジョルネイダから開戦を告げる笛が鳴り響く。

笑顔だった一同も、その瞬間にすぐさま気を引き締めた。


 対岸にいたジョルネイダの兵士達は、ゾロゾロと国境へと向かっている。

騎士団の先頭にいるヨース夫婦も動き出したのを見ると、ヴァジムとマリーナも元いた場所に戻ることにした。


「それじゃ、行ってくる」

「うん。気をつけて」


 ヴァジム達が前線に追いつく頃には、もう既に戦闘が開始していた。寒い川の中、両国の兵士達が剣を交えている。

魔術が飛び交い、矢が風を切って抜けていく。魔術師が防いで、盾役が囮となりカバーする。

 毎年いつもと変わらない光景だった。




「ねえ、オリヴァー」

「うん?」


 オリヴァーの側にやってきたのは、コゼットだった。

マイラの一件以降彼女はあまり元気はなく、それを知ってかアンゼルムもからかうことをしない。

 それにもしもまた同じようなことがあったとき、次に危ういとされるのはコゼットだ。彼女はマイラに次いでレベルが低く、言い換えれば今のパーティーで一番弱いのは彼女だった。

 勿論コゼットが落ち込んでいるのは、自身が死ぬかもしれないという不安だけではなく、マイラがいなくなってしまったという喪失感からもある。


「なんだか、ジョルネイダ……少なくない?」

「……確かに。聞いていたよりも、兵士の数が少ない」

「まさか勇者がいるからと手を抜いているのか?」

「そんなはずは……」


 コゼットに言われて、改めて戦況を見る。

先程まで互角であろう戦いは、たったこの数分で大幅に変化していた。

 パルドウィンの兵士達は、ジョルネイダの土地にまで及んでいたのだ。公国の兵士達は乗り上げてくる兵士達を止められぬまま、その勢いと数に押されている。


 もとより人口が、減少傾向にあるジョルネイダだ。連れてくる兵士も少なかった。

しかし、そう言われてしまえば余計に少ないように見えた。

 オリヴァーとて何度も戦争に参加しているわけではない。だがここまですぐに決着が着くものだろうか。


「あれではまるで虐殺じゃないか……」

「やめろ、アンゼルム……」

「……失礼」


 自らの生活園を守るための戦いだ。たとえ虐殺に見えたとしても、これは正しい戦いなのだ。

 とはいえオリヴァーも、あながち間違いではないと思った。

実際に前線で戦いっているものはどう見えているかは置いても、後方から冷静に見れているオリヴァー達にとっては虐殺も同然。

 たいして抵抗も出来ていない兵士達を、パルドウィンの熟練した騎士達が殺していく。

兵士も少ないこともそうだが、それをサポートする魔術師達も圧倒的に少なかった。


 アリ=マイアのように魔術に関して遅れている国ならばまだしも、ジョルネイダはそんな国でもない。

レベルの高い魔術師がいたはずなのだ。

 敵国である以上あまり情報は流れてこなかったが、それでも戦争時の話題を聞けばその技術の一部を知れた。

だからこの戦争に参加している魔術師の人数が、今まで聞いてきた話とは全く違うのだ。


「魔術師も少ないね」

「やはり変だな」

「あ、み、見て……。オリヴァーくんのお父様が……」

「うわっ、恥ずかしい……」


 一人だけ前線を抜けて突っ切って行ったヴァジムは、敵陣に完全に乗り込んでいる。

ここまで微かに聞こえてくるような雄叫びを上げながら、たった一人で敵陣を制圧し始めているのだ。

 やはりオリヴァーの父であり、英雄と呼ばれた伝説の冒険者である。

恥ずかしいくらいに目立つ行動で、後々オリヴァーとマリーナから酷く説教を受けるなどとも知らない彼は、力のあるがまま暴れているのだった。


「アンゼルム、大丈夫そうですね」

「! 母上、どうされました?」


 前線にいたはずのアンゼルムの母・ノエリアが、後方へと戻ってきていた。

彼女は元々作戦を練って指揮を出すタイプ。戻ってくるのも無理はないだろう。

 とはいえ戦争中だというのに、焦る様子も気迫も何もない。仕事もしていない、家にいるときのノエリアだった。


「前方はもう大丈夫、とブライアンが言うから来たのです。あと、伝えたい事もありまして」

「伝えたい事、でらっしゃいますか」

「ええ――実はヴァジム様が言うには、勇者がいないらしいんです」


 ノエリアの言葉に、一同は驚愕した。

その勇者のためだけに、オリヴァー達や昔の英雄達を召集したというのに。

その勇者が、不在だというのだ。


「えぇえぇえ!? 本当ですか!? 父さんの妄言とかじゃなくって!?」

「ノエリア様、どーいうことですか!?」

「そ、それなら、私たちが呼ばれた意味が……」


 ヴァジムに対するオリヴァーの辛辣発言は置いといて、コゼットもユリアナも驚きながら問いかける。

 これには流石の軍師たる、ノエリアですら分からない。

使える戦力があるのならば、投入するのが当然のこと。しかも兵士に割ける人員が少ないのであれば尚更だろう。

数を補えないのであれば、質でカバーするしかない。

 だがその質――勇者すらいない戦争だったのだ。


「別の真意があるのかもしれません。警戒するに越したことはない……けれど、まぁあれを見たら、もうどうでもいい事なのでしょうね」


 チラリ、とノエリアが戦況を確認する。

敵地に乗り込んでいたヴァジムが、雄叫びを上げながら敵陣の国旗を振り回している。

 ジョルネイダの兵士は完全に撤退し、残ったのは兵士達の死体だけだった。

あの様子から見れば完全に、制圧を終えたということだろう。

 いつもよりも遥かに時間が短い戦争だった。


「あれは……マリーナに怒られますね。でしょう、オリヴァー」

「はい……」


 パルドウィンの騎士や兵士達は、ヴァジムの強さを間近で見れたことにより興奮していた。だからヴァジムの雄叫びなど気にならなかった。

 しかしマリーナとオリヴァーはそうではない。

オリヴァーは酷く恥ずかしい思いをして、同じく恥かしく思うマリーナは「どうやってあの低脳ゴリラを教育しようか」と画策していたのであった。




 ジョルネイダに勝利したと言えど、王国兵士の犠牲が無かった訳では無い。

相手もそれなりに経験や鍛錬を積み重ねた兵士。

 少ない人数ではあれども、確実に道連れを生んでいた。オリヴァー達はそんな戦死者達を、運び出す作業を行っていた。


「大したことないな」

「勇者不在だったっけ?」

「兵士も少なかったように感じたな」


 兵士達は口々にそう零している。後方でオリヴァー達が異変を感じていたことも、冷静になった今では彼らも分かってきたのだろう。

中には毎年の戦争に参加して、生き残ってきている者だっている。だから前回や前々回などの戦争と比べて、余りにも呆気ない結末に驚いているのだ。

 オリヴァー達もそんな会話を耳にしながら、黙々と作業を進める。

特にずっと後方で支援すら不要だったことから、オリヴァーらは働いていないも同然。それだというのに、若い者達が命を落とした。

ここは真摯に取り組むのが、情理というものだ。


「マイラ様がいなくても大丈夫だったなぁ」


 一人の兵士が、亡くなった仲間を連れ出しながらそうつぶやいた。その言葉は勇者達の耳に、確実に届いていた。

 ギロリと殺意を持った視線が、兵士を射抜く。

聞かれた事に気づいた彼は、焦りながら謝罪した。


「す、すいません!」

「……言葉に気をつけろ」


 言っても良いことと悪いことがある。これは後者だった。

マイラを失った傷と代償は、未だにオリヴァー達の心を蝕んでいる。

 サポーターという意味でも、大切な仲間という意味でも。


「フンッ。余りにもぬるい戦争のせいで、兵士達の気が緩んでいるみたいだな」

「……そうだね。今のは流石に酷すぎるよ」

「こうなったら……。アタシらの強化訓練も兼ねて、しごいてやろーじゃん!」

「さ、賛成です!」


 一人の兵士の失言で、パルドウィン兵が訓練地獄を見ることを、誰も知らない。

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実を言うと今月入ってから1話も仕上げられてないんですね。もう半分すぎてるだろ…。

4章からは週3に落ち込むかもしれません…。

こんなに映画にハマるとは思わなくて…。言い訳ですね……。

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