笑うもの
パルドウィン、国境付近――
ジョルネイダとの国境付近であるこの場所は、山にも近く比較的冷え込む地域だ。
川幅が最も狭くなるこの場所では、毎年のように戦争が行われる。
そして今もその戦争の為に、パルドウィン側では多数の兵士や騎士、そして勇者一行が集まっていた。
まだ本格的な開戦宣言をなされておらず、お互いに睨み合っている状況である。
とは言え今年はジョルネイダ公国に、勇者の召喚があった。パルドウィンの兵士達はより一層、気を引き締めている。
「本当に父さん達が前線でいいの?」
「何度も言っただろう、オリヴァー」
今回の戦争では、オリヴァーの両親であるヴァジムとマリーナが、前線に立つこととなった。そしてその補佐として、アンゼルムの両親が騎士団を率いて向かう。
前線にて戦闘中、相手の動向を探りつつ――勇者が出てくるようならば、後方にいるオリヴァー達と交代する算段だ。
オリヴァー達も後方で待機しているだけではなく、後ろから出来る支援を行いつつ、前方を監視するという流れになっている。
特にマイラを失った今となっては、そういった役割は必要とされるだろう。
最初にこの作戦を立てたときに、マイラに触れたことであの事件を思い出した。
オリヴァー達は救えなかった仲間を思い出して悔み、未知なる邪悪に対しての怒りをつのらせた。
「なぁに、気にすんなって! 大丈夫だよ!」
「馬鹿ねぇ、ヴァジム。オリヴァーは私達が鈍ってるから、気にしてるのよ?」
「ちっ、違うよ母さん! ちゃんと心配なんだって!」
そんな事で笑い合っていれば、ジョルネイダから開戦を告げる笛が鳴り響く。
笑顔だった一同も、その瞬間にすぐさま気を引き締めた。
対岸にいたジョルネイダの兵士達は、ゾロゾロと国境へと向かっている。
騎士団の先頭にいるヨース夫婦も動き出したのを見ると、ヴァジムとマリーナも元いた場所に戻ることにした。
「それじゃ、行ってくる」
「うん。気をつけて」
ヴァジム達が前線に追いつく頃には、もう既に戦闘が開始していた。寒い川の中、両国の兵士達が剣を交えている。
魔術が飛び交い、矢が風を切って抜けていく。魔術師が防いで、盾役が囮となりカバーする。
毎年いつもと変わらない光景だった。
「ねえ、オリヴァー」
「うん?」
オリヴァーの側にやってきたのは、コゼットだった。
マイラの一件以降彼女はあまり元気はなく、それを知ってかアンゼルムもからかうことをしない。
それにもしもまた同じようなことがあったとき、次に危ういとされるのはコゼットだ。彼女はマイラに次いでレベルが低く、言い換えれば今のパーティーで一番弱いのは彼女だった。
勿論コゼットが落ち込んでいるのは、自身が死ぬかもしれないという不安だけではなく、マイラがいなくなってしまったという喪失感からもある。
「なんだか、ジョルネイダ……少なくない?」
「……確かに。聞いていたよりも、兵士の数が少ない」
「まさか勇者がいるからと手を抜いているのか?」
「そんなはずは……」
コゼットに言われて、改めて戦況を見る。
先程まで互角であろう戦いは、たったこの数分で大幅に変化していた。
パルドウィンの兵士達は、ジョルネイダの土地にまで及んでいたのだ。公国の兵士達は乗り上げてくる兵士達を止められぬまま、その勢いと数に押されている。
もとより人口が、減少傾向にあるジョルネイダだ。連れてくる兵士も少なかった。
しかし、そう言われてしまえば余計に少ないように見えた。
オリヴァーとて何度も戦争に参加しているわけではない。だがここまですぐに決着が着くものだろうか。
「あれではまるで虐殺じゃないか……」
「やめろ、アンゼルム……」
「……失礼」
自らの生活園を守るための戦いだ。たとえ虐殺に見えたとしても、これは正しい戦いなのだ。
とはいえオリヴァーも、あながち間違いではないと思った。
実際に前線で戦いっているものはどう見えているかは置いても、後方から冷静に見れているオリヴァー達にとっては虐殺も同然。
たいして抵抗も出来ていない兵士達を、パルドウィンの熟練した騎士達が殺していく。
兵士も少ないこともそうだが、それをサポートする魔術師達も圧倒的に少なかった。
アリ=マイアのように魔術に関して遅れている国ならばまだしも、ジョルネイダはそんな国でもない。
レベルの高い魔術師がいたはずなのだ。
敵国である以上あまり情報は流れてこなかったが、それでも戦争時の話題を聞けばその技術の一部を知れた。
だからこの戦争に参加している魔術師の人数が、今まで聞いてきた話とは全く違うのだ。
「魔術師も少ないね」
「やはり変だな」
「あ、み、見て……。オリヴァーくんのお父様が……」
「うわっ、恥ずかしい……」
一人だけ前線を抜けて突っ切って行ったヴァジムは、敵陣に完全に乗り込んでいる。
ここまで微かに聞こえてくるような雄叫びを上げながら、たった一人で敵陣を制圧し始めているのだ。
やはりオリヴァーの父であり、英雄と呼ばれた伝説の冒険者である。
恥ずかしいくらいに目立つ行動で、後々オリヴァーとマリーナから酷く説教を受けるなどとも知らない彼は、力のあるがまま暴れているのだった。
「アンゼルム、大丈夫そうですね」
「! 母上、どうされました?」
前線にいたはずのアンゼルムの母・ノエリアが、後方へと戻ってきていた。
彼女は元々作戦を練って指揮を出すタイプ。戻ってくるのも無理はないだろう。
とはいえ戦争中だというのに、焦る様子も気迫も何もない。仕事もしていない、家にいるときのノエリアだった。
「前方はもう大丈夫、とブライアンが言うから来たのです。あと、伝えたい事もありまして」
「伝えたい事、でらっしゃいますか」
「ええ――実はヴァジム様が言うには、勇者がいないらしいんです」
ノエリアの言葉に、一同は驚愕した。
その勇者のためだけに、オリヴァー達や昔の英雄達を召集したというのに。
その勇者が、不在だというのだ。
「えぇえぇえ!? 本当ですか!? 父さんの妄言とかじゃなくって!?」
「ノエリア様、どーいうことですか!?」
「そ、それなら、私たちが呼ばれた意味が……」
ヴァジムに対するオリヴァーの辛辣発言は置いといて、コゼットもユリアナも驚きながら問いかける。
これには流石の軍師たる、ノエリアですら分からない。
使える戦力があるのならば、投入するのが当然のこと。しかも兵士に割ける人員が少ないのであれば尚更だろう。
数を補えないのであれば、質でカバーするしかない。
だがその質――勇者すらいない戦争だったのだ。
「別の真意があるのかもしれません。警戒するに越したことはない……けれど、まぁあれを見たら、もうどうでもいい事なのでしょうね」
チラリ、とノエリアが戦況を確認する。
敵地に乗り込んでいたヴァジムが、雄叫びを上げながら敵陣の国旗を振り回している。
ジョルネイダの兵士は完全に撤退し、残ったのは兵士達の死体だけだった。
あの様子から見れば完全に、制圧を終えたということだろう。
いつもよりも遥かに時間が短い戦争だった。
「あれは……マリーナに怒られますね。でしょう、オリヴァー」
「はい……」
パルドウィンの騎士や兵士達は、ヴァジムの強さを間近で見れたことにより興奮していた。だからヴァジムの雄叫びなど気にならなかった。
しかしマリーナとオリヴァーはそうではない。
オリヴァーは酷く恥ずかしい思いをして、同じく恥かしく思うマリーナは「どうやってあの低脳ゴリラを教育しようか」と画策していたのであった。
ジョルネイダに勝利したと言えど、王国兵士の犠牲が無かった訳では無い。
相手もそれなりに経験や鍛錬を積み重ねた兵士。
少ない人数ではあれども、確実に道連れを生んでいた。オリヴァー達はそんな戦死者達を、運び出す作業を行っていた。
「大したことないな」
「勇者不在だったっけ?」
「兵士も少なかったように感じたな」
兵士達は口々にそう零している。後方でオリヴァー達が異変を感じていたことも、冷静になった今では彼らも分かってきたのだろう。
中には毎年の戦争に参加して、生き残ってきている者だっている。だから前回や前々回などの戦争と比べて、余りにも呆気ない結末に驚いているのだ。
オリヴァー達もそんな会話を耳にしながら、黙々と作業を進める。
特にずっと後方で支援すら不要だったことから、オリヴァーらは働いていないも同然。それだというのに、若い者達が命を落とした。
ここは真摯に取り組むのが、情理というものだ。
「マイラ様がいなくても大丈夫だったなぁ」
一人の兵士が、亡くなった仲間を連れ出しながらそうつぶやいた。その言葉は勇者達の耳に、確実に届いていた。
ギロリと殺意を持った視線が、兵士を射抜く。
聞かれた事に気づいた彼は、焦りながら謝罪した。
「す、すいません!」
「……言葉に気をつけろ」
言っても良いことと悪いことがある。これは後者だった。
マイラを失った傷と代償は、未だにオリヴァー達の心を蝕んでいる。
サポーターという意味でも、大切な仲間という意味でも。
「フンッ。余りにもぬるい戦争のせいで、兵士達の気が緩んでいるみたいだな」
「……そうだね。今のは流石に酷すぎるよ」
「こうなったら……。アタシらの強化訓練も兼ねて、しごいてやろーじゃん!」
「さ、賛成です!」
一人の兵士の失言で、パルドウィン兵が訓練地獄を見ることを、誰も知らない。
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実を言うと今月入ってから1話も仕上げられてないんですね。もう半分すぎてるだろ…。
4章からは週3に落ち込むかもしれません…。
こんなに映画にハマるとは思わなくて…。言い訳ですね……。