調査、不在
「それでは、よろしくお願いします」
「はい!」
「いってきまーす」
豊成、新菜、健斗の三人は、少数の兵士を連れて砂丘に建てられた監獄へと向かうことになった。
レベルが高いとは言え、彼らはまだ戦闘もままならない。いきなり実践ではあるものの、道中で魔物を狩りながら目的地へ行くのだ。
監獄までの道のり程度であれば、迷わずに着ければ大して強い魔物はいない。
兵士達の案内と護衛がいるのならば、ちょうどいい練習相手になるだろう。
そして流石に砂丘を徒歩で行くわけにはいかず、ラクダに似た動物に乗っていくこととなった。
「おい、見ろよ! ホンモノの剣だぜ!」
「ちょっと、ふざけないで! 危ないでしょ」
「つっまんねーなー。これから使うことになんだぜ?」
「そ、それはそうだけど……」
豊成に正論を言われてしまい、新菜は黙り込んだ。
彼女はまだ戦闘を行うということに関して、覚悟が出来ていないのだ。豊成のように、全てが楽しく見えているのとは違う。
何度寝て起きて、夢ではないと実感したことだろう。そのたびに現世を思い出して、辛くなる。
珍しく落ち込んでいる新菜を見て、豊成も驚いた。
「ま、まぁ俺が守るから!」
「んなっ……! 市野くんには期待してないから!」
「はぁあ!?」
「またやってるよ……いいけどね」
いつもの調子を取り戻した新菜が、豊成に対して吠えている。その様子を見ながら、健斗がため息をついた。呆れと安心が含まれていた。
健斗とて、新菜らしくない――しおれている様は見ていて心配だった。
だから健斗は、こうしてまた元気に言い合っているのを見ると、ホッとするのだ。
そんな安心も束の間、彼らは早速魔物に囲まれた。
彼らを囲むのは、狼にも似た種族だった。グルル、と威嚇してこれ以上進ませまいとしている。
砂漠に適した茶色の毛皮に、見えるのは鋭い牙だ。
「きゃ!? こ、こいつらは!?」
「デザート・ランですね……。砂丘に適応した狼の一種です。さほど強くはありませんから……」
「っしゃー! やっと戦えるのか!」
「ちょっ、市野くん!」
豊成はそう言うと騎乗動物から飛び降りて、足場の悪い砂地だというのに元気よく駆けていく。
流石の新菜もこの状況で止めに入れるほど強くなく、そろそろと降りながら砂丘へと降り立った。
豊成は与えられていた武器を引き抜くと、何も考えずにデザート・ランの集団の中へと突っ込んでいく。
デザート・ランもただ待っているだけではなく、その持てる限りの牙や爪などの武器を利用して豊成に応戦した。
「オラァ! 楽勝だぜ!」
兵士の言う通りデザート・ランは大して強くなかった。戦闘経験なんてない豊成ですら、バタバタと倒している。
もっと驚きなのは、豊成が普段使わない剣術をマスターしていることだ。それは兵士達も驚いていて、華麗な剣さばきを見ては感嘆している。
「ね、ねぇ、市野くんってあんなに殺陣とか出来たっけ……?」
「京都の修学旅行で遊んでるのは見たことあるけど……絶対違うと思うよ」
「じゃあ何で!?」
「イチノ様のスキルじゃありませんかね?」
兵士が新菜と健斗に声をかけた。二人が分からないというのに話を続けていても、堂々巡りだからだ。
三人はまだこの世界の知識を教わっている最中で、スキルや魔術、剣術に関しても何も知らない。
だからすぐにそんな意見が出てこなかったのだ。
「戻ったら鑑定してもらうべきですね。以前のイチノ様と違うようなら、きっとスキルによる恩恵です」
「そ、そうなんですね……」
色んなものがあるのね……と頭がパンクしそうな新菜。
元々こういうことには疎く、漫画もアニメもあまり見ない人間だ。クラスメイトが盛り上がっているのを、横目で見るくらい。
スキル、と言われて意味を鑑みれば何となく理解出来る。きっとその人に何かの力をさずけるものなのか、と。
そうぼんやり考えていると、隣にいた健斗が突然叫んだ。
いつもはクールで冷静な彼らしからぬ大声だった。
「ちょ、市野! 危ない!」
「あっ!」
その声に新菜も豊成の方へ視線をやる。その先には、デザート・ランに背後から襲われている豊成が映る。
いつもの様に調子に乗っている豊成だから、と特段大きな心配はしていなかった。
だからこんなにも明らかに攻撃を受けていると分かると、一気に恐ろしくなるのだ。
しかし噛み付こうと飛びついたデザート・ランは、「キャイン!」と情けない声を上げて弾かれた。
一体何が起こったのか、遠くから見ていた新菜達には分からなかった。
しかし豊成はなんの気にもせず、その弾かれたデザート・ランをまた切っていく。
「ど、どういう事……?」
「まさかあれもスキルなんですか?」
「申し訳ありません、ミヤマツ様……。分かりかねます……」
兵士の知識では限界があるようで、突然弾かれたデザート・ランに困惑している。
こればかりは本当に、帰った時に鑑定をしてもらわねば分からない。
どちらにせよ今後国のために戦うのであれば、必要不可欠な知識に変わりはない。
数分と続いた戦闘は、最終的にデザート・ランが逃亡するという形で終わりを告げた。
随分と運動した豊成は、清々しい笑顔を見せながら戻ってくる。
「だ、大丈夫!? 市野くん!」
「市野、怪我は?」
「あん? どーしたんだよ委員長、ミヤまで……。かすり傷ぐらいだぜ! いや〜、楽しかったな!」
楽しそうに笑うのは、いつもの豊成だ。新菜と健斗は、彼に振り回されてため息を吐いた。
「ねぇ、さっき噛まれそうになってたわよね!? 何で無事なわけ!?」
「なんだよ、お前ら見えてなかったの? なんかよー、俺の周りを白いのがふわぁっとなってさ。ガードしてくれたっていうか」
「まさかそれもスキル……?」
「本当に戻ったら鑑定、だね」
「そうね……」
兎にも角にも、豊成が無事であったことで一同は再び前進することにした。
道のりはまだ長い。テオフィルの屋敷を出てから、さほど経過していないのだ。
普段は気温も適切に調節している屋敷にいたため、砂丘の環境は過酷だった。
時々吹き荒れる嵐は全身を打ち付け、煌々とした太陽が彼らを照らしている。
それに適応した衣服を借りているとはいえ、普段こんな環境に住んでいるわけではない。
三人はジョルネイダの兵士よりも疲れているようすだった。
「……あのー、どれくらいで着くんですか?」
「数十分ですかね」
「え!? だって、結構遠いって……」
「途中で転移魔術を組み込んだ施設があるのです。そこから目的地付近へ転移します」
「へ、へー」
新菜はそんな事を聞きながら、渡された飲み物を取り出した。
太陽が照ってるせいで、酷く喉が渇くのだ。
兵士は慣れているようで、平気な顔をしている。
しかしながらそんな事を知らない新菜は、一人だけ水分補給をするのを申し訳なく思った。
豊成は別の兵士と、楽しそうにずっと喋っている。
元々元気が有り余っている彼だ。この程度どうってことないのだろう。
「このまま徒歩で向かえば、時間がかかるどころか――到達出来ない可能性だってありますから」
「ゲホッ、そんなにですか!?」
「砂丘は右も左も分かりませんからね」
「あー……」
驚きのあまり吹き出した水を拭きながら、新菜は想像する。
このままずっと砂丘を彷徨う恐ろしさ。水分も限られていて、魔術も何も知らないのに置き去りにされたら。
そう考えるとゾッとすした新菜は、水筒を丁寧にしまうのだった。
「でもその施設も壊されてる可能性って、ないのかな?」
「!」
「そうでした……」
「そうなったら終わりね……」
健斗がそういえば、一同は焦り出す。
脱獄を成功させたイザークなる魔術師が、そこまで目ざとくなければよいのだが……とみんなが考える。
そんな不安を吹き飛ばすように、問題の施設が見えてくる。
兵士たちの記憶通りの綺麗な状態だ。囚人はどうやら、そこまで気付かなかったらしい。
「あ! あれです!」
施設、と言うだけあって少しばかり大きな建物だった。砂丘に馴染むようなクリーム色をした二階建ての屋敷である。
入口が2箇所存在し、人間用と馬車用の二つだ。
一同は外に乗ってた動物を繋げて、人間用の入口から中に入る。
中はテオフィルの屋敷同様、空調管理が行き届いていた。
大して時間は経過していなかったが、三人には久々のオアシスに感じた。
入った先は事務所のような割と小さめの部屋で、二人の兵士が待機していた。
本日はこの施設を使うという約束もない。予定のない客を見れば、その兵士たちは驚いている。
「テオフィル様のとこの奴らか。どうした?」
「その異国人は……?」
「彼らは最近召喚された勇者様方だ。監獄の調査へ行く」
「あぁ……。転移の準備をするよ。」
勇者、と聞いているのに兵士の反応は薄い。それどころか、兵士はデスクから立ち上がると、ノロノロと準備を始めた。
監獄が破壊されたことにより、仕事が無くなってしまったのだ。それ故に元気も失ったのだろう。
新たな監獄を作られればこの施設も残るだろうが、今の余裕のないジョルネイダを考えれば遠い未来の話だ。
つまるところ二人は別の仕事を当てられる――もしくは解雇となるのだ。
それを考えれば、彼らがやる気を失うのも無理はない。彼らにも生活と未来がかかっているのだから。
「あぁ、そうそう。念の為、転移先は監獄ではないんです」
「え? それって囚人は知ってるんですか?」
「いえ。普段徒歩では行きませんから」
企業秘密のようなものだ。監獄の場所を特定させないために、様々な工夫が凝らされている。
外が見えない馬車に乗せたり、目隠しや耳栓などをしたり。
監獄の場所だけではなく、この施設を経由することも悟られないようにしているのだ。
もっとも、今回を除いて監獄は逃げるだなんて難しい構造になっている。
ジョルネイダでも指折りの熟練した魔術師が協力した場所だ。本当に今回のようなこのはイレギュラーなのであった。
「待たせたな、移動してくれ」
「助かる」
転移の準備が整ったようで、施設の兵士が声をかけてくる。
兵士について行き部屋を移動すれば、巨大な空間に出た。天井が数メートルと高く、窓や他の扉も見当たらない。
それだというのに室内は淡い光を放っている。それは床に刻まれた魔術陣のせいだろう。
部屋の床には巨大な魔術の式が描かれていた。というより、彫られていたのだ。
そしてぼんやりとした光を帯びているのだ。
「スッゲー! なんだこれ!」
「これは転移の魔術です。ここに魔力を流すことによって、発動するんです」
「でもそれじゃ、沢山の魔力が必要……ですよね?」
「正解です、新菜さん!」
ニッコリと兵士が微笑む。その言い方はまるで学校の教師のようで、新菜も得意げに笑った。
この施設には魔力がストックされている。定期的に魔術師がやって来ては、装置に魔力を与えていくのだ。
それは国の魔術師だったり、依頼を受けた冒険者だったりと様々だ。しかし施設が滞りなく回るよう、誰かが気にかけているのは間違いない。
術式の上に立つと、淡い光は徐々に強くなっていく。光は全員の体を包み込んで、しばらくすると消えてしまった。
転移先では無事にみなが転移を成功させていた。
こちらの施設も破壊されることなく、同じく疲弊している兵士が出迎えた。
施設の職員は昼夜の交代制を取ってるので、今いる彼らだけではなく後数名は絶望している兵士がいるということなのだ。
「あ、あはは、お疲れ様でーす……」
「オツトメご苦労さまです!」
「市野、ソレは意味が違うと思うよ」
苦笑いしながら新菜が挨拶し、豊成が続ける。それに対して健斗が突っ込みを入れたが、勤務地的にある意味そうとも言えた。
急ぎの用事であるため、手続きや世間話も手早く済ませて施設の外に出る。
あいも変わらず一面は砂だらけだったが、兵士達は疑問を抱いていた。
「おかしいですね。ここから見えるはず――」
「見えてますよ? 瓦礫がそこに……」
「いやねーだろ」
「半藤サン……どこ?」
「え? 何で見えてないの?」
監獄は比較的高さのある建築物だった。だから距離が少しあろうとも、今いる施設からなのであれば目視出来たのだ。
しかし破壊されたことによって、それは叶わなくなった。砂により小高い丘が幾つも出来ているせいで、瓦礫となり本来の高さを失った監獄は余計に見つけづらかった。
そんななか、新菜が遠くに建物らしきものを見つけた。
皆が見つけられなかったというのに、なぜか彼女だけが気付けたのだ。
「あ! あれですね……」
しばらく歩けば兵士も、豊成と健斗も監獄を目視出来た。
とは言っても、建物は建物ではなかった。
ボロボロに崩れ去った瓦礫の山。頑丈に作り出したその監獄の成れの果て。
元々の建物を知らない三人も、あまりに酷い有様を見て言葉を失っている。とは言えここでぼーっと突っ立っているだけでは、調査など出来るはずもない。
「一応調べてみてから、報告を上げましょうか……」
「生存者もいるかもしれないですからね……!」
一同は瓦礫を調べ始めた……。
◇◆◇◆
数時間後、テオフィルの屋敷――
勇者たちが上げた報告を聞いて、オーレリアンもテオフィルも頭を抱えていた。
結論から言うと、生存者はゼロ。
多数いた凶悪犯罪の囚人も、それらを監視してきた看守も、雑務を行っていた兵士も誰もがいなくなっていた。
魔人化魔術の知識があれば、それも当然とも言えるだろう。
しかしテオフィル達からしたら、微かな希望があった。誰かしら生きていて、完全な絶望を避けてくれると。
だがその希望も粉々に砕かれた。
「他の囚人が逃げなかっただけ、幸いと捉えるべきか……」
「あの監獄はジョルネイダの魔術師による、技術の結晶ですから……。惜しいものをなくしました」
「くそ……。勇者殿には引き続き、周囲の調査を進めてもらえ」
「はい」
あの周囲の調査を行うとなれば、直前に迫っている戦争に関してが問題となる。
元々勇者は、パルドウィン王国の戦力に対抗するために召喚されたのだ。国内の問題解決に時間を割いてしまえば、戦争に向かうための訓練の時間が取れない。
「戦争の方はどうするのですか」
「勇者殿が出払ってしまっている、仕方がない。我らのみで戦争を行おう」
「となると、今年も敗北ですか」
「……言うな、オーレリアン」
そういえば、自分の好きな映画原作のゲーム映像を見たんですが、期待以上でしたね。
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