人を捨てた者1
数日前。ジョルネイダ、砂丘の監獄――
ここは普通の監獄と違って、重罪人だったり、特に力の強いものを閉じ込めている。
都市とは遠く離れた場所に建てられたそれは、強固であり魔物からの攻撃をも防ぐ。
そして万が一、巧妙に抜け出せた罪人がいたとしても、あたり数キロは砂丘である。その過酷な環境では逃げることも難しく、砂のせいで東西南北の把握も困難。
逃げたところで結局、死が待っているのだ。
もちろん、そんなところに勤めている看守も同じようなものだ。
仕事に対して熱意を持っている人間であれば、喜ばしい仕事だろう。しかし大抵の人間はそうではない。
ある意味、左遷先とも言える。
砂丘の中にそびえ立つ牢獄で、重罪人を監視する毎日。首都は遠く娯楽も少ない。
あまり好まれない勤務地だ。
それゆえかここの看守は特に、罪人に対しての扱いが悪い。
日頃のストレスを発散するように、罪人だから雑な扱いをしていいと思っているかのように。
もちろん、ガラの悪い囚人達がそれを受けてただ黙っているわけがない。
抵抗する事もできるが、力を発揮出来ないように枷が施されている。魔術も上手く扱えなければ、体術も劣化させられる。
看守の良いように扱われるだけになってしまうのだ。
そしてここに収容されている一人、イザーク・ゲオルギーもそうである。
しかし、彼が看守に対して態度が悪いのは元よりだ。ここに収容された理由が〝大量虐殺〟だと聞けば、納得するだろう。
元々人間に対して非道を働いた結果、ここに収容されているのだ。
イザークはジョルネイダで魔術を行使し、大量殺人を行った。
欲望のままに街を血の海へと変えた彼は、国の魔術師との戦闘の末に捕縛されてしまった。
流石に魔術の長ける彼であっても、手練の国直属の魔術師相手では、分が悪かったようだ。
さて、そんな殺戮を愛する彼が、ただで収容されるだろうか。
答えはNOである。
「公国……愚かな弱者共……。この俺様をここに幽閉しておくとは、馬鹿な人間だ……クククッ……」
ボソボソと呟きながら、独房で作業する男。彼こそが、イザーク・ゲオルギーである。
夜も更けてあたりはシンと静まり返り、独房を照らすのは微かな月明かりのみ。
「おい、囚人。いつまで喋っている。もう夜だ、とっとと眠――なっ!?」
いつまで経っても寝る気配がない上に、物音がする独房へ看守がやってくる。
あの大殺戮があったというのに、比較的大人しい囚人だと思っていた。
しかし今目の前に広がる光景を見てしまえば、そんな事ただの〝猫かぶり〟だと分かってしまった。
イザークの独房には、彼の血液で描かれた魔術式。それが大量にあった。
誰がどう考えてもこの状況は芳しくない。イザークの性格を考えれば、描かれている魔術も危険なものであると即座に理解できる。
「何をしている! 囚人!」
「アーッハッハッハッハ! 馬鹿者が! お前は、いいや――この場にいる全ての看守と囚人は、俺様の儀式の贄となるのだ!」
「やめろぉお!!」
イザークは入念に準備をしてきた魔術――〝魔人化魔術〟を発動させた。
儀式に必要な〝己の血液で描いた術式〟も、〝大量の人間の血肉〟も、準備が出来ている。
魔術が発動されれば、あたりを禍々しい光が包み込んだ。
看守も、他の囚人も全て飲み込んでいく。砂漠に逃げることすら叶わず、夜の眠りの深い時間を狙っての発動。
これらは全て、イザークの魔人化のための贄。
魔人となり、人間では到底叶うことのない圧倒的な力を手に入れる。そしてその力があれば、強固なこの監獄から抜け出すことも容易。
そしてそれと同時に、血肉と殺戮に飢えた彼が大量の人を殺せる。
この儀式はイザークにとって、メリットしかないことであった。
「ッフ、ハハハハッ! 間抜けな人間風情が! 思い知ったか、これがイザーク様の実力だァア!!」
イザークがそう吠えているが、監獄ではもう一人も生存者はいない。
イザークのために、贄として死んでいったから当然である。
だからこの言葉は誰かに向けたわけではない。強いて言うのならば、世界に向けてだ。
これからイザークが踏み躙るであろう世界。制圧して支配するであろう世界に。
イザークは監獄を飛び出た。
人間の頃はびくともしなかった格子も壁も、いとも簡単に破壊できた。まるで細い枝をへし折るように、簡単に。
己のステータスが全体的に向上していることを、実感できる。
そのまま監獄へ振り向いて、魔術を放つ。今の時点で知っている最大級の魔術だった。
人間時では連発が困難で、最悪の手段として残していたものだ。
「おぉ……! 素晴らしいな! フハハハッ!」
放たれた魔術は、一瞬で監獄を破壊した。生まれた瓦礫と、体内の残った魔力量を知れば感動する。
一発撃つので精一杯だった破壊魔術は、魔人化した今であれば数発は撃てるだろう。
明らかに変化しているステータスに感動しながら、イザークは監獄を後にした。
砂丘を走っている間も、その魔人化による恩恵を実感していた。
足を取られて走るのも困難である砂漠。そこを数十分と駆け回っているはずなのに、体力の消耗が少ないのだ。
魔力やそれを操る技術だけでなく、体力面でのステータスも向上しているのだ。
イザークはそのままあてもなく、砂丘を走っていた。
疲れなど感じなかったが、どうにもやることがない。つまらなくなるというもの。走りながらこれからどうしようか、と考えていく。
「そうだ……俺様の国を作れば良いのではないか……? 天才だな! よし、そうしよう!」
運がいいのか悪いのか。そんな結論を出したイザークの目の前には、砂丘に住まうサンドドラゴンがいた。
夜中も夜中で眠りについているサンドドラゴンは、イザークの存在に気づかない。
もちろん自己中心的なイザークが、睡眠など鑑みるわけもない。
「〈炎嵐〉」
イザークが魔術を唱えれば、炎を纏った嵐が眠っているサンドドラゴンを襲った。
轟音とともにサンドドラゴンのねぐらは破壊されていき、ドラゴンたちの悲鳴が夜の砂漠にこだまする。
運良く逃げ切れたドラゴンや、襲われるがまま死んでいくドラゴンたち。
しかしながら大切な〝戦力〟の逃亡を許すはずがなく、イザークは逃すまいと次々と魔術を繰り出していく。
砂漠に住まうこのサンドドラゴンは、元々飛行能力もたいして高くはない。
だから頑張って逃れても数百メートル。魔人化したイザークにとって、追いつくには容易な距離だ。
「お願いです、やめてください! 何でもするので、殺さないでくださぁい!」
サンドドラゴンは魔物の中でも、比較的レベルが高いほうだ。知恵もあることから、人間と会話することだって可能である。
飛行能力が優れていないことで、冒険者に素材や金策として狩り殺されることも多々あった。そんな時は、情に訴える……ではないが、交渉を試みたりもするのだ。
涙ながらにすがれば、イザークはニヤリと笑った。
その一言を待っていたからだ。
「この俺様が直々に魔術を付与してやる。だから光栄に思え。貴様らには隣国まで俺様を乗せて飛ぶ、という名誉ある権利を与えよう」
「うぅ……」
言ったからには断れない。暴君の権化とも言えるイザークを乗せて、サンドドラゴンにとっては遥か遠くの土地まで行くことになってしまった。
しかもこんな夜の真っ最中に。
宣言通りイザークはサンドドラゴンに、強化の魔術を幾つか付与した。
あれだけの攻撃魔術を何度も繰り出せた彼なのだから、強化魔術もお手の物。イザークに恐れつつも、その実力を見てサンドドラゴンは心のなかで感心した。
「で、では行きますよ……」
「俺様を落としたら……分かってるよな?」
「ヒッ、はい! 分かりました! 安全に、はい。安全にですよね」
サンドドラゴンはイザークを乗せると、夜空に飛び立った。
街を破壊するにあたって、攻撃隊も必要だと考えたイザークは他のドラゴンにも魔術を付与した。
イザークを乗せたドラゴンが先頭を飛び、その後を他のドラゴン達がついていく。
恐ろしいから従っているというのもあるが、普段は数メートルから数十メートルしか飛翔出来ない彼らにとっては、貴重な経験でもあった。
しかしそれを口に出せばイザークが調子に乗る。出会って数分程度の仲だったが、サンドドラゴン達はそれを理解していた。
魔術により能力が上がっているサンドドラゴンのおかげで、幅広い河川があろうとも、隣国の島国はすぐに見えた。
ウレタ、そしてエッカルト。そこは宗教の名前を連合名に組み込んだ、イザーク曰く「モノ好きな国」の二つ。
そしてウレタとエッカルトは、そんな中でも島国として成り立っている二国だ。
「ハハッ、あれがウレタ……エッカルトか。矮小な国だな。しかし俺様の最初の帝国を生み出すには、ちょうどいいサイズだ! クククッ……」
「うぅ……」
そんな二国を見下ろしながら、イザークは不敵に微笑む。
イザークを乗せているサンドドラゴンは、異様に機嫌のいい彼を見て居心地が悪そうにしている。
後しばらくで、ウレタ上空へと辿り着くだろう。
つまりイザークによる攻撃の開始である。
「ウレタに着いたら、街や人を蹴散らせ。功績を挙げたものには、褒美とはいかないが、生きることを許そう。ただし失敗を重ねたものは――ふむ、サンドドラゴンの肉は美味いか?」
「せせせ、せ、精一杯頑張りますぅう!!!」
高慢なキャラと言えば「俺様」ですよね。
一人は追加したかったんです。
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