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婚約破棄から始まるTS物語 ~性別が違うなんて聞いてないけど、バカな男の告白にはもう騙されません~


「ごめん、婚約を破棄してくれ」


 病室の上で横たわる私に彼はそういった。

髪は抜け落ち、肌はぼろぼろ、点滴を常に受け続ける私に彼はそういった。

彼の隣には、私と対照的な煌びやかな女性がニヤニヤと下卑な笑い顔をで私を見下している。



─────────────────


「末期がん?」

私が余命宣告を受けたのは、一年ほど前


「そう、ですか」

そこで私の人生は突然終わりを告げられた。


「いいことなんて何もなかったなー」


 中学生のとき、クラスの声の大きな女が私をいじめた。

彼女の好きな男の子が私の告白してきたからだ。

それが原因で私はいじめにあっていた。

しかもその男もいじめに加担した。「調子に乗ったお前が悪いんだ」と。


 高校生のとき、やっと解放されると思ったらまた同じことが起きた。

彼女もまた、私のことが気に食わなかったのだろう。

教室の端でいつも本を読んで静かに過ごしていただけなのに。


 大学生のとき、彼に出会った。

またかと思ったが、彼の猛烈なアプローチに私は根負けし付き合うこととなった。


 私たちは愛を育みそして、そのまま婚約、来年には結婚だった。

やっと私も幸せを手に入れた。幸せな家庭を作ろう。

この人は今までの男とは違う。私を幸せにしてくれる人だ。


 そう思っていた矢先にこれだ。髪は抜け落ち、肌はぼろぼろ。

彼が綺麗と言ってくれた私は見る影もなく、日々体重が落ち、頬はこける。


 そんなとき愛する彼は支えてくれると思っていた。

でもそれは物語の中だけの話。

見舞いには、徐々に来なくなり、連絡も少なくなる。


「さみしいな」


 このまま一人で死んでいくのか。

そう思っていた時彼から久しぶりに会いたいと連絡があった。


 何も考えずに舞い上がった私は、久しぶりに化粧をした。

少しでも綺麗な状態を見せたかった。

まだ元気だよ。と彼に伝えたかった。

もしかしたらぎゅっとしてくれるかもしれない。

彼とは久しく触れ合っていなかったから。


 そう思っていたのに…


「ごめん、婚約を破棄してくれ」


 彼が伝えたのは、私への拒絶。横にいる女性と付き合うことになったと。

なんでわざわざ連れてくるのかと思ったが、誠意を見せなければと思ったらしい。

その勘違いの正義を振りかざした彼は、さも自分はやれることはやったとでも言わん顔で彼は、私との婚約を破棄した。


やり切ったという顔で彼が病室を出た後、その煌びやかな女性は私に告げた。


「中学以来ね。いい気味だわ。調子に乗った泥棒にはお似合いの最後ね」


彼女は、中学のころ私をいじめていた女性だった。


「ガンになってくれてありがとう。私は幸せになるから、惨めに一人で死んでちょうだい」


そういって彼女は病室を後にした。

遠くで愛していたはずの彼の楽しそうな声が聞こえる。

 

 「うっうっ」

 悔しい、悔しい。嗚咽を漏らしながら私は一人泣いた。

なんであんな女が幸せになって、私は死ななければならないのか。

ずっと耐えてきた。青春だって捨てて、いやあいつに奪われたのに。


 やっと手に入れたと思った幸せは、こんなにも簡単に手から滑り落ちるのか。

男なんて信用しない。あいつらがいるから私は不幸になったんだ。

あいつらが勝手に私に惚れて、勝手に私を振り回す。


 もし、もしも次が、次があるのなら。

私はもっと自由に生きよう。

バカな男の告白なんかに騙されない。


そうだ、()()()()()()()()()()。そうすればきっと自由になれる。


行き場のない悔しさを抱えながら、儚い夢を抱えながら彼女は静かに息を引き取った。




─────────────────


 彼女は目を覚ます。

今のは、間違いなく私だった。私の前世の記憶だった。

今日は16歳になる誕生日の日、目覚めた私は前世の記憶を思い出す。


 転生した?いや、これは憑依? でも本当に?

16歳までの記憶は、確かにある。

しかしそれに加えて前世の20年間もの記憶も間違いなくある。


 ありがとう神様。私の願いを叶えてくれたんですね。

もう一度人生をやり直させてもらえる。私はただそれだけがうれしかった。


ブルッ

「と、とりあえずトイレに」

私は、尿意を催していた、今後のことはそれから考えよう。


 トイレに向かい、服を脱ぐ。

そしてそこで私は、気づいた。16年間の記憶を。

あまりの自然さに意識していなかった。


 

 「あ、私、体は()だったわ」



これは、男の体に転生もとい憑依してしまった、女の物語。

彼女は幸せになれるのか? 

彼は幸せになれるのか?


心と体に違う性別、それでも彼女はうれしかった。

幸せになろう! 今度こそ!

自由に生きよう! 今度こそ!

性別なんてどうでもいい! 私には、この強く逞しい肉体があるのだから!



─────────────────



「おーい、セシル! まき割り手伝っておくれ~」


 父の声が聞こえる。

転生後の名前はセシル・ローレライ、転生前は、御剣 夏香(ミツルギ ナツカ)

この世界では、ローレライ男爵家の跡取りだ。


 そこは、まるで小説の中に入ったような貴族社会。

どうせなら公爵令嬢に転生させてくれよ。とセシルは思ったが転生させてもらっただけで感謝しかないのでこれ以上は望むまい。


 そんな男爵の跡取りの私が、なぜまき割りを?

そんなの決まっているでしょう。貧乏だからよ。


 男爵なんて名ばかりで、国からの援助は少額。

なのに貴族の付き合いでお金はどんどん減っていく。

その辺の商人のほうがよっぱどいい生活を送っているだろう。


 「ふぅ、終わったわ」


 「ありがとう、セシル。今日から学校なのにすまないね」


 「いいのよ。じゃあ私支度するから」


 「なんか話し方が女っぽいな…」


 「べ、別にそんなことねぇし! 俺は男だし!」


 焦りながらもセシルは、準備を始める。

鏡を見ると、前世の私の顔があった。

前世のときから中世的な顔とはよく言われたが、まさかそのまま男として転生するとは。

全然女でも行けるな。

そんなことを思いながら初めての登校に向かう。


「ここが、私が通う学校か」


 セシルは門の前に立つ。

そして一歩を踏み出した、期待に胸を膨らませて。

もう胸はないのだが。


 国立ベルサイユ学園

どこか既視感を覚えるその学園に、セシルは足を踏み入れる。

この夢のような世界でどんな学園生活が待っているんだろう。



「ほーら、死ねよ」


「くせーんだよ、デブ女」


「近づかないでくれますか? 病気が移ります」


 セシルのそんな夢は一瞬で砕け散った。

教室に入ると、見慣れた光景。いわゆる『いじめ』が起きていた。

虐められているのは、少し太った女の子


「殿下どうぞ」


「う、うむ。そうか。わかった」


 一際偉そうにふんぞり返るその男に、取り巻きの一人が卵を渡していた。

金髪なイケメン、まるで白馬の王子様。でもその実態は、


「や、やめて」


か弱い女の子に卵を投げるゲスな男だった。


「さすがでございます。殿下、まだまだご用意しておりますのでどうぞどうぞ」


「う、うむ、もういいのではないか?」


「いえいえ、ここで殿下の威厳を示しておかなければ。ささ! どうぞ」


「そ、そういうものか」


そういってその王子は、卵を投げつけた。

何度も何度も。


「きったなーい」


「早く出て行ってくれませんこと?」


「邪魔なんですけどあなたおっきくて、教室が狭く感じますの」


「「あはは!」」


「これで最後でございます。どうぞ殿下、思いっきり」


「そ、そうか。これで最後なんだな」


そして卵が、その女の子へ当たる。

と思ったらその寸前で、一人の男が間に入って卵を受けた。


「「はぁ?」」


 あー私何やってんだろう。

セシルは体が動いてしまった。

なぜ? と言われればいじめを受ける彼女が過去の私に重なったから。

誰にも助けてもらえなかった過去の私に重なったから。


「あなた正気?」


「あぁ、正気だよ。嫌いなんだよ。お前らみたいに他人の痛みがわかんねー奴らが」


特に。


「お前みたいなやつがなぁ!!」


そういってセシルはキャッチした卵を思いっきりそのイケメンへ投げつけた。


「へぇ?」

 見事額に命中し、王子はそのまま後ろに倒れた。

そのまま机にぶつかり気を失う。


「で、殿下!!」


取り巻き立ちが倒れたそいつ周りに集まっていき、そのまま運んで行った。


「大丈夫?」


「えぇ、ありがとう。でも大丈夫」

そういってその女性は、そのまま部屋を出ていった。


 余計な事しちゃったかな。

これがきっかけでよりいじめが増したりしないといいけど。


 そんなセシルの心配は杞憂のものだった。

なぜなら翌日からいじめの対象は、セシルになったからだ。

助けたはずの女も私を助けるなんてことはなかった。


 自由に生きようと思っていたのに、まさかこの世界でもいじめにあうとは思ってもみなかった。

そう思いながらセシルは逃げる。

やつらから、そして、卵から。


 うーん、これからどうしようか。ビリビリに破かれた制服を見ながらセシルは考えていた。

授業で、着替える必要があったため制服をおいていったんだが、見事ビリビリにされた。


 新調しても同じことが起きるだろう。私の家は貧乏で余裕はない。

そう思ったセシルに稲妻走る。悪魔的発想。


そうだ、変装(女装)しよう。


 先生たちだけには事情を話して辻褄を合わせてもらう。

いじめを黙認するんだ、それぐらい黙認してもらわなければ。

これならまさか私が通っているとは思わないだろう。

性別まで変えるんだ。さすがにわからないはず。


「あいつ最近みねーな」


「やめたんじゃない?」


「正義は勝つ!」


「「あはは」」


 こいつら適当なこと言いやがって。

そんなことを思いながら、私は端っこで静かに授業を受けている。

女性用の服を着て、学園に通うことになった。

こいつら、クラスメイトのこと全く気にしないのね。

気づかれる気がしない。


 少し、観察していてわかったことがある。

あのイケメンは王子らしい。しかもバカだ。

あの時は気づかなかったが、取り巻きの言う通りに動いているだけ。


 これからあいつをバカ王子と呼ぼう。

取り巻きも、それをよくしてか、バカ王子を意のままに操り自分たちの敵を排除している。


 そしてよくわからないが、最近あのバカ王子とよく目が合う。

私は観察しているからそうとはいえ、なんでこんなに目が合うんだ?

合うたびにすぐに目をそらす。

と思ったらバカ王子が私の前まで来た。


「よ、余の取り巻きの一人にいれてやろう! 光栄に思え!」


「は?」


 このバカ王子は何を言っているんだ? 取り巻き?

もしかして私を手籠めにしたいのか? 俺男ですけど。

まぁ今は女の格好しているが。


「余の、そうだな。お世話係に任命する。常に余の傍にいれるのだ。光栄だろう?」


 いえ、全く。とは思ったがさすがに行ったらまた目をつけられそうだ。

ここは丁重にお断りしなくては。


「殿下? その女はなんですの?」


 そんな話をしていると、一人の金髪縦ロール、これぞ令嬢というような女が入ってきた。

眉間には皺をよせ、なぜか私を睨んでいる。


「シェリル! いや違うのだ、これはだな。とにかく違うのだ。」


「そこにいる女が、殿下を誘惑したのですか?」


 あ、やばい。この流れを私は知っている。

その金髪縦ロール令嬢の顔は、私を中学の頃いじめ、そして旦那になるはずの男を奪っていった、あの女の顔にそっくりだった。


 翌日、私の嫌な予感は当たってしまった。

あの女の仕業だろう。卵を投げられる私をみてクスクスと笑っている。

彼女は公爵令嬢 シェリル・マックイーン、あのバカ王子の婚約者らしい。


「泥棒さん、汚いので早くでていってくれませんこと?」


 前世でも、異世界でも、男でも、女でも。

どうしても私をいじめに合わせたいのね。どうなってるの? 呪われてるんだわ、この魂は!

セシルはそんな悪態をつきながら、シェリルから、そして卵から逃げる。


隠れてあいつらをやり過ごそうとしたときだった。


「すまない。大丈夫か?」


 そのバカ王子は、私の前に現れて手を差し伸べてきた。

多分シェリルが仕組んだことなんだ。と私に謝る。


「ええ、そうね。今回のいじめはそうでしょうね」


 このバカは、暗に自分は悪くないと私に告げていた。

今回は確かにこいつは悪くはないかもしれない。でも…


「でも、前回は、あんたのせいよ」


 セシルは、カツラを脱いで、バカ王子に素顔を見せる。

といっても長い髪が短くなっただけだが。


「お、お前は、あのときの! 剛腕の卵投げ!」


 なんだ剛腕の卵投げって。失礼な。

私はただお前の顔めがけて全力で卵を投げただけだが?


「私は、セシル、セシル・ローレライ。男爵家の跡取り息子です。あなたにいじめを受けている女性をかばったね。その結果いじめの標的は私になりましたが」


「あ、あれは周りが勝手にしたことで!」


「あなたに非はないと?」


 そういうとバカ王子は黙ってしまった。

そして、ゆっくり口を開いたかというと。


「い、いや。ある。結局流されるまま行動している余が悪い」

 

 あれ?案外素直に認めた?


「余の周りには、ああいう輩しかおらん。正直余は、あんなことしたくはないのだが、次期国王として威厳をと思うと断れず…」


「威厳? 威厳のためにいじめをしていたとでも?」


「…」


 黙ってしまった。いつも取り巻きにおだてられ言い出せないのだろう。

今までずっとやってきたこともある。

ヘタレといえばそれまでだが。


「じゃあ変わりましょう。ここから、まだ間に合います」


「余が、変わる?」


「ええ、いじめなど威厳になりません、それよりもいじめをいさめる賢王のほうが民からの信頼も厚くなると思いますが」


「そ、そうか?」


「ええ、きっと」


「な、ならセシル! 余の、余の付き人となってくれまいか!? お前のようなものが横で諫めるてくれるととても助かる!」


これでいじめがなくなるのなら、まぁいいか。


「ええ、いいでしょう。手始めに明日私へのいじめを諫めることができればね」


「う、うむ。任せておけ」


 全然信用できないな。とセシルは思ったが、それでもやると言っているんだ。

少し様子を見てみよう。


 そして、翌日。いつものように登校する。

女装はやめたら?と思ったが、男性用の制服はびりびりに破かれたままだったの忘れていた。

この服だって、教員に話して余っているものをもらったものだ。


 教室に入ると、いつものように卵が投げつけられる。卵好きだなお前ら。

なんなの? 常にストックしてるの? 結構高いんだよ?卵って。


「や、やめるのだ!」


バカ王子が前へでた。


「今後このセシルは、よ、余の付き人となる! いままでのような行いはやめよ!」


おぉーちゃんといえた。


「お言葉ですが、殿下。シェリル嬢が黙っておられないかと」


 取り巻きAがバカ王子に、進言する。折れるなよ? わかってるよな。

なぜかこちらに助けを求める顔押しているが助けるのはお前だよ?


「うっ、ではほどほどにするように」


はぁ? こいつ折れやがった。


「…わかりました。殿下」


 取り巻き達は驚いた顔で、バカ王子を見ながら下がっていく。

一応は、バカ王子は止めたので、さすがに目の前でやるのはよくないと思ったのか。

私の安泰は守られた。よくやったバカ王子! 正直殴ってやろうかと思ったが、とりあえずほめて遣わす。


 それからというもの特に何も起きない。

もう男の服で登校してもいいのだが、そもそも私心は女だし、今更いろいろ言われるのも面倒なのでそのままだ。


「セ、セシル。余とお茶しに行かぬか?」


「いいですよ」


 なんでいちいち真っ赤になって誘うんだ。付き人なんだから堂々と誘え。

とはいえ、あれからバカ王子は少しだけ変わった。


 いじめはもちろん、正義ではないと思った行いにはちょっとだけ反論するようになった。

とはいえ強く言われればいつも折れてしまうのだが。


 セシルは少しだけ、ほんの少しだけバカ王子を見直していた。

少しずつだけど変わろうとしているこの人を。

素直に自分の非を認めて見つめなおすこの人を。



─────────────────


 余はどうしたのだろう。

あの日からセシルが気になって仕方がない。

彼女、いや、彼は男なのだ。まさか恋というわけではあるまい。


 そもそも卵を投げて投げ返されたときからだ。

かっこいいと思った。余もあんな行為ができるようになりたいと。

友達になりたいと。

周りに流されてばかりの余とは、正反対。きっとああいうものが王になるべきなのだ。

余の傍にああいうものがいてほしいと。


 しかしそこから彼は来なくなった。

謝ろうと思っていたのに彼はこなくなってしまった。

変わりに、彼に似た女性がくるようになったのだが、これがとても可愛い。


 自分から声をかけるのは、少し恥ずかしいが余に声をかけられて喜ばぬ女はいなかった。

よし、彼女を余の世話係に任命しよう。

そうすればきっと仲良くなれる。


 結果としては、これが彼女を不幸にするだけだった。

余の婚約者のシェリルは美しいのだが、正直苦手だ。

貴族らしいといえばそうなのだが、邪魔なものを排除するその気性の粗さはあまり好ましくない。

もともと、そういった性格だったのだが、つい最近突然凶暴性が増したように思える。

余に近づく女はすべて排除すると。そういった態度を毅然としてとっている。


 そんな彼女が、あの場面を見てしまったのならこうなることは予想できたのに、余は自分のことばかり考えて彼女を不幸にしてしまった。

謝ろう。それぐらいしか余にはできないのだから。




─────────────────



「はい、バカ王子。お茶です」


「その呼び方なんとかならんのか? 傷つくぞ」


 二人きりのときセシルは私をバカと呼ぶ。

自覚はあるので、何も言えない。私はバカな傀儡の王子だ。


「では何と呼べば? バカ殿下?」


「バカは消えないのか…セ、セシルなら、名前で呼んでもかまわんぞ?」


「お名前なんでしたっけ?」


「え? 知らないの? ほんとに?」


「ふふ、冗談ですよ。さすがに知らないわけないじゃないですか。念のため教えてください」


え? ほんとに知ってる? 嘘じゃないよね? なんで目を合わせない?

王子は、疑ったが本当に知らなかったときとても傷つくので、信じることにした。


「アダム・ドラパルトだ」


アダム…

なんかすごい名前だな。まぁ異世界だしそんなものか。


「じゃあ、たまにアダムって呼びますね、バカ王子」


「たまになの!?」


 そんな会話をしながら王子は思う。心地いいと。

セシルとの会話は心地よかった。

いつも回りは、余のことを見ない。見るのはこの国の王子としての余のみ。

しかしセシルはどうだ。不敬罪にすらなりかねない発言をまっすぐぶつけてくる。

それが、余にはたまらなく心地よかった。



 ずっと、こんな時間が続けばいいのに。

心からそう思うほど、セシルという時間は楽しかった。

それに、やっぱりドキドキもする。

いつも女の格好をしているからなのか、それに心なしかいい匂いもする。

でもセシルは、男。

 

 男と男の間に恋などありえない。

生物としての本能上ありえるはずがないのだ。

ならばこの気持ちはなんなのか。アダムには、わからなかった。


 この世界には、同性愛という概念はない。

正確には、法によって抹殺されている。

それは生物としての禁忌

口に出すだけで迫害の対象とされる絶対のルール。


 それでも…、それでもこの気持ちに名前をつけてほしい。

この名もない胸の高鳴りに。



─────────────────


「気に食わない」

 

「どうされたのですか? シェリル様」


「殿下の傍をうろちょろしているセシルとかいう女が気に食わないのよ」


 まるで中学の頃、私から好きな人を奪ったあの泥棒のようなあの女が。

あの女が死ぬというから盛大に笑ってやろう。大切なものを奪ってやろう。そう思って近づいてやっと達成した矢先だった。


 病院をでて高らかに笑っていると、トラックにひかれた。

なんて不幸なんだ私は、と思ったらまさかまさかの、転生?していた。


 そこは、大好きな中世ヨーロッパのような世界で、しかも公爵令嬢! 王子と婚約までして勝ち組決定と思ったのに…

あの女がまた私を邪魔する。

顔が似ているだけだろうが、あの顔を見ると腹が立つ。


「だれかあの女にお灸をすえてくれるものはいないかな? そうね例えば強姦とか」


 シャリルはわかっていた。

こういうだけで勝手に周りが動いてくれる。だって私は権力者。

この国は私の思うがままなのですもの。

あーなんてイージーな世界。


 

─────────────────



「パーティーですか?」


「うむ、余の誕生日パーティーが明日開かれるのでな。そこに出てほしい」


「私ドレスなんてもってませんよ?」


「なら余が用意しよう!」


 パーティーか。

これでも私は女だ。

何の因果か来世の私は男で、そして前世の記憶を思い出した。

とはいえどちらかというと女という意識が強い。

だからパーティーに憧れはある、生前はアニメや小説の中だけと思っていたあの煌びやかな世界に。


「ふふ、じゃあ可愛いのを期待していますね」

私はついうれしくなって、満面の笑みでバカ王子に微笑んでしまった。


「あ、ああ! もちろんだとも! もちろんだとも!!! これでもかと宝石をちりばめたこの国一のドレスを用意しよう!」


アダムは、その笑顔の期待に絶対に応えたいと鼻息を荒くする。


「いえ、普通のにしてください。そんなに目立ちたくないので」


「そ、そうか…」


 ちょっと、しゅんっとなるバカ王子を少し可愛いと思ってしまうのは仕方ないだろう。

この人としばらく一緒に過ごして、セシルはこの素直で、ヘタレで、そしてバカな王子を好ましく思っていた。

 

 なんて心が綺麗で、染まりやすい人なんだと。

簡単に騙されてしまいそうなこの人をセシルはバカと揶揄するがそれでも狡猾な人間より何倍も好ましい。素直にそう思っていた。



─────────────────



そして、パーティ当日 朝


「セシル! どうだ! このドレス!」


 バカ王子が広げたそのドレスは、まるで夜空のように黒く、そしてきらめく星々をイメージしてか、キラキラと綺麗な宝石が散りばめられていた。


「綺麗…」


 思わずこぼれたその声に満足してか、アダムは大きくガッツポーズをする。


「そうだろ! セシルをイメージして私が考えて作らせたのだ! きっと似合うと思って」


 なんだろう、この可愛い生き物は、まるで撫でてほしいと言わんばかりに頭を近づけてくる。尻尾があるならすごい勢いで振ってそうだ。

それを見たセシルは無意識に、頭をなでてしまう。


 バカ王子は、真っ赤になって下を向いた。さっきまでの尻尾はどこにいった?

その恥ずかしがる姿を見て不覚にもちょっとキュンとしてしまった。


「と、とりあえずその服を着て今夜会場まで来てくれ!」


そういって、彼はすごい勢いで走って行ってしまった。


「ふふ、楽しみ」

スキップしながらセシルは、ゆっくりと帰路につく。


─────────────────


 どんな会場なのかしら。

煌びやかなドレスを着て、セシルは会場に向かいながら想像を膨らませる。

やっぱり宮殿みたいなところなのかしら。


 王宮には足を踏み入れたことはない。

でもきっと綺麗に違いない。そしておいしい料理とダンス。

私ダンスなんて踊れないけど。


 自然と歩く足が早まる。

月が照らす暗い夜道を王宮に向かって進んでいく。

この角を曲がればすぐだわ。


「こんばんわ、お嬢さん」


「え?」


そこには筋肉質な覆面男達が3人で、待ってましたと言わんばかりに待機していた。


「ごめんねー恨みがあるわけじゃないけどね」


そういって男達は、私を捕まえて無理やり暗がりに連れ込んだ。


「兄ちゃん。俺から! 俺から!」


「あわてるな弟よ。まずは兄ちゃんからだ。こういうのはすべて兄からと相場が決まっているんだよ」


「えー! 兄ちゃんの後いっつも意識ないから楽しくなーい」


 犯される? え? 私襲われてるの?

混乱する頭で理解しようとするが、初めての経験に焦ることしかできない。

だ、誰か助けて。

動かない。男の体とはいえ、線の細いセシルではこの屈強な男達になすすべがない。


「だ、だれか!!」


最後の言葉を振り絞り、助けを呼ぶ。


「ここは、誰もきませんよっと」


アダムにもらって綺麗なドレスは、ビリビリに破かれた。


「さぁ、御開帳…お、お前! まさか男!?」


男が驚いた声を上げたと思ったら、直後横にすっ飛んで行った。

飛び蹴り?


「無事か! セシル!」


「バカ王子…」


「時間になっても来ないと思って、迎えにいったら声が聞こえてな」


そして、アダムは、その男達の方へ向く。


「なんだ、てめぇ! やっちまえ!」


 まずい。バカ王子じゃあんな屈強な奴らには…

そんなセシルの心配は杞憂に終わる。

 

 数秒後には、アダムの周りに全員倒れることになった。

アダムは強かった、こと戦闘においてはまさに王子だった。


「命までは取らない。しかし誰に命令されたかは聞かせてもらおう」


「だ、誰が話すか」


アダムは、一人の髪をつかんで持ち上げる。


「3人もいるんだ。一人ずつ腕を切り落としていってもいいんだぞ?」


 普段の呆けた顔からは、想像できないほどドスの利いた声で男達を脅す。

静かなその声には、確かに怒りの感情が混じっている。


「ひっ! しゃべります」


それをみたセシルは思った。


「かっこいい…」


 ギャップ萌えなのだろうか、いつも犬みたいに尻尾を振っていた彼は、悪漢どもを簡単に蹴散らし、そして私のために心から怒ってくれていた。

これに心動かされない女はいないだろう。私は体が男だけど、心は女なのだから。





「やはりシェリルの取り巻きか、すまなかったセシル」


「いいですよ。あなたは何も悪くないのだから」


「しかし…」


 そういって彼は、私のドレスを見る。

ビリビリに破かれたその服を。


「楽しみだったんですけどね。これではさすがに…」


「こ、これを着るがいいセシル!」


 彼は、シャツを脱いで私に渡す。


「王宮に戻れば服がある! とりあえず今はそれを着て王宮に戻ろう」


「ふふ、ありがとうございます」

私がそう言って笑うと、彼も笑う。



 私たちは、そのまま王宮へと向かった。


──────────────────


「なんですって?」


「本当なんです! シェリル様! 私の子飼いのものからの報告によると、あの女実は、女じゃなくて男なんです! 女装していたんです!」


「本当でしょうね?」


 もしそうなら、女と偽って殿下の周りにいたのだ。

王族に、嘘をついてた。それだけで追及すれば、首をはねることすら可能。


 これは面白くなった。

別に男なら放っておけばいいかと一瞬おもったが、あの顔を公開処刑にできると思うと胸が躍る。

 泣きわめきながら許しを請う姿を盛大に笑って首をはねてやろう。

そうすれば私の留飲も少しは下がるというものだ。


「見つけなさい。きっとこのパーティーに来ているわ。そして私の前まで連れてくるのです」


 きっと楽しいパーティになるわ。

シェリルは、下卑た笑顔を浮かべる。

その顔には公爵令嬢としての気品などかけらも残っていなかった。



──────────────────


「セシルはここで待っていてくれ。着替えになるものを用意させる」


 そういって、彼は王宮に入っていった。

私は、この裏庭で待機している。

一人は少し心細いけど、この格好のまま王宮に入るわけにもいかないので仕方ない。


「見つけましたわ」


「え?」


 そういうと、私は袋をかぶせられ誘拐された。

解放されたと思って、目を開けるとそこはパーティーの会場だった。


 そして私はダンスをするであろう、広場に座らされていた。

周りからはそのぼろぼろの服からか、好奇の視線にさらされる。


「シェリルよ、その者は?」


 そう発現したのは、この国の王だろう。

でなければ王冠などつけて、この場で一番偉そうな椅子に座っていない。


「陛下! このものは、アダム殿下を惑わす変態です。この格好をご覧ください。敗れているとはいえ女物のドレスを着ています。しかし実態は」


そういって私の破れかけたドレスはさらに破かれ上半身があらわになる。


「男でございます。ですがこのものは女と偽ってアダム殿下を誘惑していたのでございます」


会場がざわめく。


「違うのです! 陛下 これは! んっーーー!」

私は縄を口にくわえさせられしゃべることができなくなる。


「黙りなさい。下賤なものが口を開くんじゃない」


王はその様子を見てため息を放つ。


「はー。シェリルがそういうのなら、そうなのだろう。衛兵ここに」


「はっ!」


「そのものを地下牢につなげ。まったく、息子にも困ったものだ。あれはいつも簡単に騙される。今回もそうなのだろう。いつも支えてくれて、本当にありがとう、シェリルよ」


「もったいなきお言葉です、陛下」


「いつかわしに反抗するぐらいの気概をみせてほしいものだがなぁ…」


そうして衛兵が、セシルを地下牢へ連れて行こうとしたときだった。


「待て! そのものを離せ!」


「殿下! ご無事でしたか。殿下を謀っていたこの者は、私が正体を暴いておきました。卑劣な変質者です。男のくせに、女の格好をして殿下に近づいていたのですから」


「いや、それは…」


「それとも殿下は男とわかっていたのですか? なのに女装させてそばに置かれようとされたと?」


「うっ」


「では、この者は打ち首としますね」


 衛兵たちが、セシルをつれていこうとする。


「…待て」

アダムは、いつもならそのままなすがままだったのだろうが、今回は違う。


「そうだ、私はセシルを男と知っていて、そばに置いた」


「まさか男が好きと言われるわけではありませんよね? この国の王になろうという方が」


「ありえんぞ? アダムよ。男同士など、そんなもの人間としてあってはならん」

王とシェリルがまさかそんなことはないよな? とアダムに圧をかける。


「父上、私は今まで傀儡でした。言われるがまま。なすがまま。そこに私の意志などなかった。でも彼が変えてくれたのです。私を」


「何を変えたと?」


「嘘偽りなく生きるということ! 自分の心に嘘をつかずに生きるということをです!」


「な、なにをいいだすのですか! 殿下! いけません!」


アダムは一歩前にでる。

そして大きな声で思いを伝える。

ここにいる全員に聞こえるように!


「私は彼を男を愛してしまっている! 彼が男だとはわかっています。それでも…、それでも私は彼にそばにいてほしい。そしてずっと彼のそばに私はいたい! たとえ禁忌だとしても、法を破ることになろうとも! この心に嘘は付けない!」


「な、何を言っておるのだ! アダム! そんなことありえない。あってはならないことなのだぞ。男と男の愛などあってはならない!」


「では父上! この胸に燃える気持ちはなんだというのです。彼と一緒にいると高鳴るこの胸の鼓動がなんだというのです! この感情をなんと呼べばいいのですか!」


「本気…なのか、アダムよ」


「たとえ彼となら国外通報ですら受け入れるつもりです」


王は、そこでしばらく考え込んでいた。

思い出すのは、昔の記憶。

──────────────────

*

「父上! 私は、セバスを愛してしまいました。男と男にも愛は生まれるのです! どうか、どうかお許しください」


「ありえぬ、そんなもの。セバスの首をはねろ。その愚息もしばらく牢屋につないでおけ」


「そんな…父上…、わかりました。二度と二度と言いません。どうか命だけは…」

*

──────────────────


「ふ、血は争えぬ…か」


「父上?」


「いけません、陛下! 法を破られるというのですか!」


「ならば、法が間違っているのかもしれぬな。私が蓋をした気持ちを。二度と開かぬと思っていた気持ちを開くのがまさか、アダムお前とは」


「父上…」


「認めよう。迫害を、追及を恐れぬ愚かな息子の最初のわがままを」


「そして認めよう。かつての自分を、もう一度」


そこで王は立ち上がった。


「ここにこの国の国王として! 我が名において認めることとする! 同性愛を! 息子がはじめて反抗したのだ。喜ばしいことだ」


 王は優しく微笑んだ。

その表情には、成長した我が子への喜びと、蓋をしたはずの自分の気持ちへの贖罪

あのとき、あれほど憎んだ父と、同じ道はたどりたくないという気持ち。


「ありがとう! 父上!」


「シェリルよ! 今言ったとおりだ。私はセシルを愛している。お前との婚約は破棄させてもらう! そしてお前の悪行も追及させてもらうからな!」


シェリルは目を丸くして、へたりこむ。


「そしてセシルよ、今言ったとおりだ。私は君を愛している。私と婚約してくれるか?」


 そういって、座り込む私にバカ王子は、手を差し伸べる。

いきなりの告白で、困惑していた。

でも、答えは決まっている。彼がそういうなら私の答えは…


「いやですけど?」


「え?」


「いや、いきなり婚約とか嫌ですけど」


「「え?」」


会場に疑問符が蔓延する。

まさかこれで断られるとは思っていなかった王子も何が起きているかわかっていない。


「会ってまだ一月ほどですよ?なぜ、婚約できるのでしょう。だからバカ王子なんです」


「な!? バカ王子…」


「だから…、今は」

そういってセシルは、王子の手をつかむ。


「友達ぐらいにはなってあげます。付き人から昇格ですね」


「あ、あぁ! そうだな。もう少しお互いを知るべきだ! ゆっくりと共に!」


 それを見て王は笑う。

息子のこの先の道は険しいものだろう。でも愛するものと一緒ならきっと…


「ははは! よし、音楽隊! 歌だ! 踊れ!」


 会場に音楽が鳴り響く。陽気な音楽。

今にも踊りだしてしまいそうな。


「よいのか? その敗れた服のままで?」


「いいんですよ。だって私は()ですから」


「そうであるな」


 二人は笑い合う。

ボロボロのセシルと、ヘタレなバカ王子。

ぎこちないダンスではあったが、この場でもっとも楽しい笑顔をお互いに向けていたのは、間違いなくこの二人だった。



 この日この世界に、同性愛が認められた。

王族が認めたのだ、反論できるものはいない。


 国は今まで押し殺していたホンモノの気持ちに溢れる。

ならこの気持ちをなんと呼ぼうか? ホンモノの気持ちを生物の枠を超えたこの気持ちをなんと呼ぼうか? ()()ノの気持ち…


 だから、彼らをホモと呼ぼう。

この勇者たちを、ホモと呼ぼう。


 ホンモノの愛を伝えた者達を、拒絶される恐怖をのり超えた勇者たちをホモと呼ぼう。

ホモを認める国として、アダムは、まれにみる賢王として、世界中に名をとどろかせる。


 自分に正直に生きる正義の王として。

その心は民たちにも伝播し、王国はより一層栄えることとなった。


─────────────────


「なぁセシルよ。まだ余と婚約してくれないのか?」


「もしかしてまだバカなんですか? ()()


 満面の笑みでセシルは微笑む。

その意図を理解して王子もまた、微笑み、二人は手を取り合う。


 私は、()()な男の告白には騙されない。

自分に正直に生きよう。自由に生きよう。

私にはこの強く逞しい肉体があるのだから!


ちょっと一風かわった婚約破棄です。

はじめて恋愛ものを書きましたがとても難しいですね。


楽しめた方は、評価していただけると嬉しいです。

では、作者のかずーたでした!


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