21話
あれから一時間くらいは経っただろうか。間宮は起きる様子もなく、静かに眠っている。すすきを固く抱かれたままで身動きがとれない。
静かな空間にトクトクと心臓の音が耳につく。どうしたらこの状況から逃げ出せるだろう。この部屋から出られたところで追いつかれる。まずは間宮をどうにかしないと。でもどうやって。いくつか考えが浮かんでも、とても現実的ではなかった。
「んー」
間宮が小さくうめき、すすきを抱きしめる腕に力がこもる。その時首すじに息がかかった。生理的に肌があわ立ち、ぴくりと肩が跳ねる。
ひとつ欠伸をもらすと、呑気な声が聞こえてくる。
「なんかいいね。結婚したらこんな感じなのかな」
——間宮が目覚めた。その事実に緊張感が走る。強い恐怖心が再びかま首をもたげ、心臓がまたドクドクと強く脈打ちはじめた。
「俺ってつくづくラッキーだと思うんだ。前回もけっこうその場しのぎでやったんだけど、案外足がつかなくてさ。今日すすきさんを連れ出せたのもすごいラッキーだったなぁって」
大きな手がすすきの腹を撫でる。甘やかすような手つきだが、どうしても恐怖が拭いされない。間宮はすすきを殺すのだ。仮初めの優しさを与えられたところで心を開けるわけがない。
拒否するように首を振ると、露出した首すじに強く噛みつかれた。
「——ッ!!」
あまりの痛みに目を見開く。歯を立てられた場所がじんじんと痛み熱を持つ。間宮はその噛み跡を舌でなぞった。
「拒否権なんかあるわけないじゃん。……いい子にしてなよ。優しくしてあげるから。ね、奥さん?」
手が腹から胸へと移動するとやわやわと指を動かす。怖くて気持ち悪くて、すすきは強く目をつぶった。
(違う違う違う、あなたの奥さんじゃない)
大人しくしていた方が痛い思いをしなくていいのかもしれない。だけど、本当にこのままでいいのか。心も体も蹂躙されていいのか。
(わたしは、葵さんの……!)
振りかぶって間宮の顔へ勢いよく頭をぶつけた。うめく間宮の腕を振りほどいてベッドから転げ落ちる。両腕を縛られているのでイモムシのように這いずることしかできないが、それでもどうにか体勢を整えて立ち上がった。間宮を睨んだまま壁まで下がる。でも外へと繋がる扉までは遠い。
「ふーん、そんなことするの。ちょっと躾が必要かな」
反撃に出たというのに間宮はいたって普通で、そのにこやかな顔が逆に怖い。ゆっくりとした動作でベッドから立ち上がると、テーブルに置いたナイフを掴んだ。
(どのみち生かすつもりはないんだ。だったら、最後まで抵抗する。私と葵さんの……気持ちを守らなきゃ)
震える膝に喝を入れながら、壁伝いに扉の方へ少しずつ近づいた。状況は絶対的に不利。どう足掻いても間宮の手からは逃れられないだろう。すぐに捕まって手酷く痛めつけられるかもしれない。それでも無抵抗なままではいたくなかった。
緊張の睨みあいが続く。だがふいに部屋にある内線が鳴り響いた。電話は扉のすぐ近くにあったようだ。間宮はナイフを固く握ったまま電話とすすきを交互に見た後、電話をとりに歩いていった。
結果的に扉の前に陣取ることになり、すすきはぐっと奥歯を噛みしめた。いったいどうしたら。その時、ひらりと白いものが視界に入った。ひらひらと舞ってすすきの周りを飛び回る。
(白い、蝶……?)
いったいどこから入ったのだろう。でもこの白い蝶のことは知っている。葵が見せてくれる不思議な蝶だ。
(葵さん)
その時、間宮が電話を終えて受話器を置いた。はっとして視線を戻すと間宮がナイフを弄びながら一歩一歩近づいて来ている。反射的に後ずさるが、そこには壁しかなく、これ以上距離をあけることはできなかった。
白い蝶が間宮の目の前にひらりと出た。怪訝にする間宮。すると蝶が光り、紐状に形を変えたかと思うとたちまちその体を拘束した。
「なんだっ!?」
間宮が驚いていると突然入り口の扉が開いた。鍵を外から開けたらしい。入ってきたのはスーツ姿の男が二人。間宮を拘束していた光は長くは保たず、スーツの男が近づくと同時に消え去った。しかしそれだけの時間があれば充分だったようで、男は間宮の右手を蹴り上げ、ナイフを床へと落としてしまう。
「飯島、彼女を外へ」
床に倒して間宮の腕をひねり上げるまで早技のようだった。飯島と呼ばれた厳つい男はすすきを見つけると「こちらへ」と外へ促す。何が起こっているかよくわからないが、扉を出る瞬間、間宮の手首に手錠がかけられるのが見えた。
間宮を捕まえた男。
ちらりとだったが神谷のように思えた。
そして扉を出てすぐに、葵の姿が目に飛び込んだ。




