20話
薄暗い部屋。時間の感覚まったく感じられず、すすきはこれからどうなるのだろうと不安に暮れる。間宮に連れてこられたのは郊外にある古びたラブホテルだった。
すすきは後ろ手にされ親指を結束バンドで縛られ、口も塞がれていた。どうにかしようと指を捩ってもバンドが肉にギリギリと食い込んで痛む。見かけよりも拘束力が強いようだ。ベッドに転がされているが今のところは他に危害を加えられず、間宮も他に誰か呼ぶ様子はなかった。ひとまず警戒するのは目の前の相手だけでよさそうだ。もしかしたら異変に気付いてホテルの人が警察を呼んでくれるかもしれない。
「ねえすすきさん。この世で無敵の人ってどんなのだと思う?」
口を塞がれているのだから答えられるわけがない。すすきが睨むように見れば、間宮は喉の奥でくつくつと笑った。
「腕力があるとか銃火器の扱いがうまいとか、そういうのじゃないんだよね。すごい訓練受けた人とかも違う」
持ってきたボディバッグの中身を漁ると、中から取り出したのは大ぶりのナイフだった。
「答えはね、何にも持ってない人。何もかも取り上げられた人」
見せつけるように弄ぶと、それをテーブルの上に置いてくるりと背を向ける。間宮は楽しそうに話しているが、すすきには頭がいっぱいでまったく耳に入ってこない。
「失うものが何もないって本当に無敵だよ。いや、ちょっと違うな。失うことが決まっているからどうでもいいやってのが正しい」
縛られた腕、塞がれた口。閉じられた部屋にはずっと間宮がいる。スマホは道路に捨てられて連絡手段はない。……いや、フロントに繋がる電話がどこかにあるのでは? 目線を動かしてそれを探していると、突然頬を掴まれた。
「俺ね、この前ヒトを殺したんだ」
眼前に間宮の顔があった。思わず息が止まる。真っ直ぐに視線を向け、脳に刻み込むように言葉を吐く。
「警察が無能じゃなきゃたぶんもうすぐ捕まる。そしたらどうなる? まあ死刑にはならないにしても、懲役が何年、あるいは何十年と課せられるよ。そしたらさ、今まで俺が積み上げてきた交友とか学歴とか、ぜーんぶ無駄になるの。出所したところで、やれ過去に殺人を犯しました服役何年でした、こんな俺ですがこれから頑張ります。……無理だろこんなの」
間宮の気迫。すすきの目には恐怖で涙が滲んできた。力強く掴まれた顎は決して逸らすことを許さず、苛烈な言葉が脳をがんがん揺らす。
「もうさ、どのみち無くなるんだったら、とことんやっちゃおうって思うよね。人間ひとり殺したんだ。それがもうひとり増えたってなんにも変わらない」
殺される。
誘拐された時点でろくな扱いはされないと思っていたけれど、実際に突きつけられると恐ろしくてたまらない。
「……ふ……うっ」
塞がれた口からは情けない声が漏れて、涙が頬を伝う。間宮はそれを指先で優しくぬぐい、キスをするかのように唇を押し付けた。
「怖いのを耐えてるんだ。えらいね」
そう言ってすすきの頭を撫でる。優しい声は余計に恐怖をあおり、彼が何を考えているのか、次にどういう行動をするのか全く予想がつかない。震える奥歯がかちかちと音をだした。
「俺さ、もう結婚とかできないだろうから、捕まるまでその真似事したいんだよね」
俺が旦那さんできみが奥さん。間宮はそう言ってすすきをベッドに押し倒した。自由な足で腹を思いきり蹴飛ばそうかと脳裏にチラついたけれど、怖くてできなかった。もし激昂してナイフで切られたら、拳で殴られたら、無理に体を暴かれたら。そんな恐ろしい想像がすすきの体を縛り付ける。
「こういうとこって頼めば料理とかも来るでしょ? トイレも風呂もベッドもある。しばらくはふたりで過ごせるんじゃないかな。で、そのうち異変に気付いた人間が通報して、俺たちは警察に取り囲まれる。俺は観念してすすきさんを殺し、そして捕まる」
間宮がすすきの髪を乱暴に掴みあげた。
「んっ!!」
「かわいくて可哀想なすすきさん。大事にするからね。殺す時も出来るだけ早く死ねるようにしてあげる」
そう言った間宮はまるで愛おしそうに口付けをした。布で塞がれているすすきの口に何度も唇を重ねていく。掴まれた髪の痛さに涙がぽろぽろと出て、小さく嗚咽を漏らしているとようやく間宮が髪を離した。
すすきの隣に寝転ぶと、彼女を横向きにころんと向けて抱き枕にするように腕と足を絡めた。
「俺、好きな人がいたんだよね。その人が困ってたから助けたいと思ったんだ。気付いたら殺人までやっちゃってて、好きな人は感謝はしてくれても好意は向けてくれなかった。まあそうだよね。殺人犯だもん。彼女は別の人に夢中になったよ」
間宮が耳元で囁く。怖くて怖くてしょうがない。どうしてそんなに簡単に人を殺したなんて言えるんだろう。間宮は壊れている。人として制御しなければいけない部分が、どうにもならないくらいに壊れている。
「そしたらさあ、彼女が好きになった人には恋人がいたんだ。諦めてくれたらよかったんだけど、それも無理そうでね。だからまた俺が助けてあげようと思ったの。もうひとりくらい殺す時間はあるだろうし」
すすきはそこでようやく気付いた。間宮が言っているのは鹿見佳奈と葛葉葵、そして自分。間宮は佳奈が好きで彼女のために殺人をした。彼女にとって邪魔な人間を排除するのが間宮の目的で……だから次の標的は自分なんだ。
(助けて葵さん……助けて……!)
届くわけがないと思っても願わずにいられない。この状況がいつまで続くのか、考えるだけで絶望感が襲う。郊外のホテルに監禁されているなんて誰がわかるというのだろう。まして、犯人が間宮だなんて。
ふあ、とあくびが聞こえてきた。
「……ちょっと寝る。逃げようとしたらナイフで太ももぶっ刺すから、そのつもりで」
夢なら覚めてほしい。むなしい希望だと知りながら、すすきはぎゅっと目をつぶった。




