0:プロローグ――祭と声
男の子と女の子の成長物語が書ければいいなと思ってます。楽しんでいただければ幸いです。
私は、布団を跳ね飛ばす勢いで飛び起きた。ベッドの上から部屋を見渡そうとしたけれど薄暗くて見えない。カーテンを開けても変わる気配は無かった。太陽がまだ昇って少ししか立ってないようだ。当然かな。と私は思った。
ベッドから勢い良く飛び降りる。古びた木の床がきしむ。
暗闇の中で昨晩のうちに用意しておいた服を着込み、シャツの内側に入ってしまった栗色の紙を丁寧に外に出し、部屋の扉を開ける。階段を駆け下りて、最後の3段位は飛び降りて、そして――
「お母さん! 買い物! 今日買わなくちゃいけないもの教えて!」
バン! と凄い音を立てて台所の扉をあけて私はお母さんに聞いた。扉を開ける音か、私の声にびっくりした鳥たちが屋根から飛び立つ音が私の耳にまず入った。
お母さんは朝ごはんのかぼちゃのスープをかき混ぜながらあきれたような顔で微笑み、用意してあった紙を私に渡して、お金はあっちよとテーブルの上を指差す。見るとお金が入っている袋がパン籠の脇に置いてあった。
「毎日が生誕祭だったらいいんだけどねぇ。もう八歳なんだから、朝くらい毎日一人でおきれるようにしなさい」
「分かってるよ。でもさ、毎日が生誕祭だったら嫌だよ。一年に一回だからいいんじゃない」
私が袋を手にとって、開けっ放しになった台所の扉を出ようとしたとき、それもそうねと、お母さんが言ったのが聞こえた。
「ミレイナ。気をつけて行ってらっしゃい」
にっこりと笑って言われた言葉に、私も笑いながら行ってきますとかえし、扉をしめる。そして小さな玄関へと駆け、大きめに作った靴を履き、外に出た。
袖が眺めのシャツでよかったと思った。日が昇りきっていないから、若干肌寒い。だけど、それもほんの少しの間だった。
通りに沿うように中身をくりぬかれて、様々な大きさの穴があけられたかぼちゃが見渡す限り転がっていた。それを見た瞬間、寒さなどどこかに飛んでいってしまったかのように、胸がわくわくした。生誕祭の準備は万全らしい。と思うと、夜が楽しみで仕方が無かった。
夜になると、このかぼちゃ全てに蝋燭をいれ、火を灯すのだ。ずっと昔の神様の誕生日をお祝いする祭らしい。大きな誕生日ケーキだな、とずっと前から思っている。真っ暗な中に浮かぶ蝋燭の光は、私の大好きな星空をそのまま落としたかのようだ。
私は道に転がったかぼちゃを蹴飛ばさないよう気をつけながら石畳を渡り、向かいの家に向かっていき、そして扉をあけて挨拶をする。廊下の奥で返事がして暫くした後、真っ赤な髪の毛を腰まで伸ばし、優しげな微笑を浮かべた見慣れた女性が顔を出す。ロエのお母さんだ。
「おはよう。ミーナちゃん。こんな早くにどうしたの? この時間じゃまだ寒いでしょう? ほら、入って」
ありがとう。と私は促されるままに玄関に入る。因みにだが、ミーナと言うのは私の愛称。ロエが付けてくれたのだが、なんとなく気に入っていた。
「ロエと一緒に買い物に行こうって約束、してたんだけど……」
「ああそっか。だから明日は早く起こしてって言ってたのねぇ」
わかったわ。ちょっと待っててと後ろを向くと、ふわりをいいにおいがした。そしてその背中が廊下の突き当たりの部屋へと行くのを私はぼんやりとみていた。私の大きくなったらお母さんの次に、あんなふうになりたいと思っている人だ。本当にあこがれていた。
「ローウェル、ローウェル! ミーナちゃん来てるわよ。早く起きなさい」
ロエのお母さんが入っていった部屋から声が聞こえる。ローウェルと言うのは、ロエの本当の名前だ。いつからだったか覚えてないが、私たちはお互いの事をあだ名で呼び合っていた。更に、基本的に二人一緒で行動していたから、町の大人たちも私たちのことをミーナ、ロエと呼ぶのが当たり前になってる。
時計を持ってないから分からないが、3分くらい待っただろうか。母親似の赤毛で、更に色白の少年がのっそりと部屋から出てきた。――ロエだ。頭は寝癖だらけだし、普段は大きな赤目も。今は半分くらいに閉じられている。
「おはよう。大丈夫? 早く来すぎたかな?」
「大丈夫、うん。大丈夫。…………おはよう。顔、洗ってくるからもうちょっと待ってて」
あくびに混じりながら、笑おうとしてるのが簡単に分かってしまうのが面白い。私は思わずくすりと笑いながら、わかったよ。と返し、壁に寄りかかる。するとそこまで待ったという実感も無いうちに、ロエは顔を洗い終え玄関を出てきた。目はもうほとんど開いる。ただ、未だに寝癖は直っていないが。
「寝癖、直すからちょっとじっとしてて」
うん。とロエが言う前からロエの後頭部の寝癖をいじる。ロエは身長は私よりも低いし、何より大人しいのでこういったことはやりやすい。寝癖もすぐに目立たなくなった。
「んじゃ、いこいこ!」
ロエの手を引っ張って走り出す。ロエは多少バランスを崩したが、すぐに立て直してついてくる。後ろのほうからいってらっしゃいと聞こえた。ロエのお母さんの声だ。私たちは振り返って手を振り、また走り出す。
「んじゃ、行くよ! 広場まで!」
「うん」
私たちが早起きした理由は、もう広場についているはずだ。人一人を浮かすことが出来る大凧――ホロが、隣の島から船に乗って私たちの島へ来て、そのホロを使う船が来るまでの朝のうちだけ広場に飾られるされるのだ。何日か前、買い物に行ったときに大人たちが噂するのを聞いて、私たちは町の大人たちでにぎわう前に見に行こうと決めていた。…………ロエは寝坊したが。
「ミーナ! あの馬車!」
ロエ指差した先を走る馬車の荷車には何か大きなものが積まれている様に幌が被せられていた。間違いない。噂は本当だったのだ。行き先はわかっているのにもかかわらず、見失うのがなんとなく嫌で、私たちは駆け出していた。
せまい道の中で、うまくスピードを出すことができない馬車を追いかけて、私たちは走る。ひたすら走る。
広場までの距離は遠くない。あまり時間をかけず目の前の馬車は円形の広場の真ん中で止まった。広場の入り口で私は息は上がってなかったが、額に浮かんでいた汗を手の甲で拭う。日が上がりきっていないのでまだ涼しい。それを本当にありがたく思った。
馬車の中から人が降りてきて、荷車に被せられた幌を取り払いにかかる。私たちは馬車のそばまで駆け寄った。
「危ないから。ちょっと離れててくれるかな」
作業をしていた男の人の一人が、私たちに困ったように話しかける。くすんだ金髪の15、6才くらいの外見は、お兄ちゃんといったほうがしっくりとくる。
私たちが返事をして離れると、そのお兄ちゃんはにこりと笑いかけて作業に戻る。
作業終わり、私たちが見たものは、底が私たちの身長ほどもある楕円の円錐と、底についたプロペラ、簡素な風防がついた人が一人座れるほどの小さなコックピットとその下と上に取り付けられた二枚の蝋を塗られた布が張られた翼。上の翼は下の翼に比べて若干小ぶりで、むしろコックピットを覆い隠すための物にも見えた。対して下の翼は大きく、二層になっている。円錐の先端にも大振りな翼が二枚。その翼の各々からまた二枚の翼が垂直に伸びている。機体の下の陰になっている部分には、ワイヤーを取り付けるためのフックがついている。町の写真屋で見かけた写真どおりのホロの姿だ。私たちの身長からでは見ることができないが、コックピットの後ろには、乗客を乗せるための席を取り付けることもできる多目的のスペースを閉じる蓋がとめられているのだろう。それを見てる私の目はきっと輝いているだろう。ロエの目も光っていたのだから自分でもなんとなくだが想像はついた。
「空を飛ぶんだね。これで」
「うん。ミーナならきっと飛べる」
ロエは強く返事をする。
ロエは空を飛ぶつもりはない。ホロは大凧の名のとおり、船上からワイヤーで凧の様に引っ張り続けなければ離艦ができない。着艦するのにもワイヤーをつなげて引き戻さなければならない。だからホロはパイロットになる人間と、さらにもう一人船上でその作業を行うもの――サポーターがいなければならないのだ。ロエはそれになるのを夢にしていた。
「お嬢ちゃん、ホロ乗りになるのかい」
さっきのお兄ちゃんの声が頭上から振ってくる。荷車の上で座り込んで笑顔で話しかけられた。
「うん。私がパイロットで――」
「……僕がサポーターになるんです」
「そっか。がんばれな。母ちゃんにはちゃんといっとけよ? ホロに乗るんだったら船乗りだからなぁ……。俺も説得するのは大変だったさ」
苦笑しながらお兄ちゃんは話す。そういえばお母さんにはこの夢のことを言ってなかったのを思い出した。それにしてもびっくりした。お兄ちゃんも――
「お兄ちゃんホロ乗りなんだ!」
「ん? ああ。サポーターの見習いさ。わかるだろ? 空を飛ぶのは基本女の仕事だからなぁ」
ロエの瞳が輝く。当たり前だろう。パイロット志望の私ですら興奮が抑えきれてないのだから。
そのサポーター見習いのお兄ちゃんは、見張りのついでだといって、私たちにホロ乗りになるための過程を話してくれた。私もロエも食い入るように話に聞き入る。若干の人だかりができても気にしないでお兄ちゃんは、私とロエに話し続けてくれた。
どれくらい話しただろうか。ふと周りを見てみると、ホロの周りに集まっていた小さかった人だかりは大きくなっていた。結構な時間がたっていたようだ。
「やっば。買い物! ロエ! 急がないと!」
私に話しかけられて、ロエはこっち側に帰ってきたかのようにあたりを見回す。しまったと顔に書いてあるようだった。
「ん。話しすぎちゃったか。ごめんな」
「ううん。本当に楽しかった! ありがとう!」
「本当にありがとうざいます。ええと……」
「ん? ああ。ゼノンってんだ。ゼノでいい」
そういえば名前を聞くこともなく話し込んでいたのを思い出す。ロエがそれに答えるように私とロエ自身の自己紹介をすませてくれた。
「んじゃまたな。ロエにミーナ。こっちも楽しかったぜ」
私たちはもう一度お礼を言って駆け出す。気をつけてなー! と後ろからゼノの声が聞こたのを聞いて、私たちは振り返って手を振り、そしてまた駆け出した。
「急がなきゃ……」
「うん。でも話聞けて、本当によかったよね」
「あったりまえじゃない! んじゃ、いつもの場所で!」
「うん、分かった」
それだけのやり取りだけで私たちは、町の井戸での待ち合わせを約束して、二手に分かれた。流石に買い物の内容まで一緒な訳じゃないが、水を汲まなければならないのは一緒だ。さらに水は重いので最後にしたいことや、万が一落っこちたときに、すぐに大人を呼べるように二人で行くよう言われていたことなどもあって、私たちはいつもそこで待ち合わせをしていた。
「さてと、買い物買い物……」
一人つぶやいて、ゼノとの話で抜けかけた買い物の内容を思い出して、私はあちこちの店を回る。店の人と挨拶を含めた短い会話はしたが、祭で多くの人が買い物を後回しにしていたし、買う物の数自体も少なかったので、買い物はすぐに済んでしまった。でも――
「急がないと……! ロエが待ってる!」
ロエは買い物が早い。本当に早い。買い物に限らず、いつも私が待たせてしまう。一人で待つのが苦手な私へのロエなりの配慮なんだろうか。
急いで井戸に向かおうとしたそのとき――
『海の中の城――』
声が聞こえた。私たちと同じくらいの女の子の声が。
周りを見渡す。大人たちも不思議そうに周りを見渡している。日の光が目に入ってまぶしいと思った次の瞬間――
『1000年に渡る命
完璧なる金属と完璧なる暗闇
空に浮かぶ海
閉じ込められた少女
全ての人よ、その城を目指せ――
その城の名は――――』
続きが聞こえその声はやむ。はっとした。
目の前にあった太陽が今はない。周りを見渡すと大人たちはまったく同じ場所に立って、不思議そうな顔をしている。後ろを見ると太陽があった。夕日だ。
「やっば!」
ロエのことを真っ先に思い出して真っ青になった。ロエは私をおいて先に帰ったりしない。前に待ち合わせを忘れて私だけ帰ったことがあって大騒ぎになったことがあるのだ。私は走り出す。
『その城の名は――――アトランティス』
空からの声の最後の一言。アトランティスという名前が、私の耳にこびりついていた。