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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ネグセはここにいる

作者: 水辺ほとり

朝日でゆるやかに目覚めると、薄れる意識の中で強烈な痛みと寒さが襲ってきて、叫び出しそうになった。喉がかひゅかひゅと死にかけた音を立てた。死ぬ。おれは、ここで、ひとりで死ぬのか。死。死にたくない。

一緒にきた友人たち、折り合いのよくない実家の家族の顔、実家に残してきたエロ系のデータが詰まったHD。死ねない。でももうだめかもしれない。ひとりはいやだ。とても寂しくて苦しい。痛い痛い痛い痛い。寒い。暖かい物と痛みのない身体が欲しい。寒い。眠い……。ダメだ、寝たら死ぬ、死ぬ。死にたくない。眠い。死にたくないんだ。

恐ろしいまどろみから救ってくれたのは、鳥の鳴き声だった。ちよちよと高い声が近くから聞こえてくる。その辺に止まっているのかと思い目を開けてみると、まん丸い目がこちらを覗き込んでいて驚いた。頭の辺りがボサボサとした、まだ幼い山鳥が俺を覗き込んでいるのだった。興味津々といった顔で、囀り、俺の周りばかりをウロウロとしている。観察すると、少し気が紛れて、痛みも少しずつ引いていった。

首、腕、足、腰の順番で少しずつ動かす。左腕以外は打身や打撲ですんでいるようだ。長い長いため息をついた。久しぶりに息がちゃんとできた心地がした。

吹雪の中で、様子を見ようと細くテントを開けたせいで、突き上げてくる風に耐えきれずテントごと吹き飛ばされたようだった。破壊されぐちゃぐちゃになったテントを見るに、だが。

登山予定だったポイントからはおそらくだいぶ逸れており、ここからの行き帰りはわからない。しかし、体が動く、と希望を持った俺は、救援を呼ぶためにケータイの電波が入るところまで歩くことを決めたのだった。

何はともあれ、起き上がれる程に回復したら、まずすることは食事だった。空腹は登山の敵だ。携帯食料を食べた。ついてきた山鳥は、俺の膝にこぼれた食べカスを一生懸命つついている。しっしっ!とやっても一時的に離れるだけで、また食べにきた。つつきおえると、山鳥は近くで丸くなって寝始めた。ここで寝るのかよ、と思いながら、死の恐怖と孤独感に襲われていた頃より、随分気が楽になっていた。


ーーー


寝て起きて、まだそこに山鳥はいた。

「変なやつ。でもお前からしたら俺の方が変か」

痛みも収まって、パニックもなくなり、不安も少し減った。辺りは快晴。青空の下、きらきらする白雪の上を歩き出した。山鳥は後ろをひょこひょこをついてくる。

分かってはいたが、歩けど歩けど全然電波は入る場所に着かない。今日もまた野宿になりそうだった。携帯食料をボソボソと食べ出すと、興味深そうに眺めてくる。今食べているものをつつこうとしてくるので、邪魔だしこれでも食べておけよ、と千切った携帯食料を撒こうとした。と、山鳥は手ずからそれを食べてしまった。

「えっ」手ずから食べるのか、警戒とかしないのかよ。きょとんとした顔でこちらを見てくる山鳥に呆れて笑った。

助かったら、山鳥に生態観測用のタグか何か付けて、またここに登る時、会ったらわかるようにできたらいいなと思った。仮の名前も考えないと。目が丸いからマルがいいかな、クロも捨てがたい。あぁ、でも、あの山鳥一番の特徴はあのボサボサ頭だ。ボサボサじゃ名前としてはかわいそうだな。きっと大人になったら、なくなってしまうだろうけど。寝癖みたいで印象的だったから、それを名前にしよう。かくして、山鳥の名前はネグセに決めた。


ーーーー


何日も良い天気が続いたが、雪は全く解けず、大事に食べていた食料も底がつきた。

相変わらずぽてぽてとネグセはついてくる。

「太ったか?」と話しかけると、ネグセは高い声でちよちよちよと鳴いた。冬毛で太って見えるだけだ、と怒っているのかもしれなかった。アフレコをしながら可笑しくて笑った。

火をつけて、雪を溶かしてお湯にすれば体は暖まるが、食料はもう尽きている。燦々と太陽は照って、喉は乾き、腹は減った。

いよいよ、電波が入る場所に行くことは諦めて、なるべく目立つだろう場所で過ごすことにした。

毎日を、眠るか、ネグセと遊ぶか、持ち物の中で何か食べれるものがないか探すことに費やした。

ネグセを右手に乗せて、思い切り手を振ると頭の上に飛び移るのが面白く、何度も遊んだが、疲れるのでそれも段々しなくなっていった。

何日も出来る限り動かずにいると寒くて、寝袋の上にネグセをのせて、ほかほかと暖をとった。まどろみの中で、包み込むようにネグセに触れると、柔らかな中にも骨を感じる感触がした。そう、まるで、大きな生肉に触れたような……。自分で、はっとする。これだけ気持ちを明るくしてくれていたネグセに、自分は、食欲を感じたのか。

確かに、空腹は限界に近かった。リュックをひっくり返して持ち物をさらい、食べれそうなものは何でも食べた。さっきは、メモ帳をちぎってガムのように噛みしだき、ハンドクリームを舐めた。この世の地獄のような味がしたが、何も食べれないよりはよかった。人間は水分がある限りそれなりの期間死なないらしいと聞く。だが、それは死ぬほどの空腹と戦いながら、なのだ。知らなかった。

絶望的な気持ちを強烈な眠気が塗り潰す。ウトウトと断続的に襲う眠りの中で、夢を見た。

お腹がへこみそうな空腹の中で、テーブルには異常な量のご馳走が乗っていた。しあわせな誕生日だった。幼い頃に見た、穏やかな顔の家族がこちらへ微笑んでいた。俺は真っ先に、好物のフライドチキンへ手を伸ばし、かぶりついた。


ーー


幸福な夢は最悪の目覚めになった。空腹。圧倒的な空腹が脳の中を埋め尽くす。

胸の上にはネグセがうずくまっており、なるほど悪夢を見る重さだった。

きゅるりとまんまるい目が憎たらしい。


たっぷり寝たはずなのに、再び眠気に襲われた。耐えられない眠気の隙間で思考する。とても寒い。もしかして寝たら死ぬんじゃないか。死にたくない、死にたくない、死にたくない。もし死ぬならお腹いっぱいになって死にたい。

頭の中に、さっき夢で見たフライドチキンがよぎって、目覚めた。もう、胸の上にいるネグセをじっと見つめてしまった。

一緒に遊んでくれた。なんとなく下山した後も時々様子を見に行ける気がしていた。でも、今、俺はこいつを鶏として見ている。

上体を起こすと、胸からひざの上に降りて、ネグセは丸くなっている。ネグセの両翼を、いつも通り両手で柔らかく包み込む。気持ち悪そうに身じろぎしながら、ネグセはやっぱりまん丸い目でこちらを見つめている。こちらを信じ切った顔。こいつは遊んでくれたじゃないか。これだけの日数、寄り添ってくれたじゃないか。いつかまた会いたいと思ったし、また会うんじゃなかったのか。だから、だから、本当はこんなことしたくない。

鼻の奥がつんとして、冷気で余計に痛みを増す。

目が逸らせない。お腹が減った。もっと親に会いに行けばよかった。死にたくない、死にたくない……。

ごめん、本当にごめん、とつぶやいて、吸い込まれるように、両手をネグセの首元に添える。俺は両手に力を込めた。ぎゅっとつぶった両目から大粒の涙がぼたり、ぼたりと落ちた。瞬く間にそれは凍り、白く幾何学的な美しさが光を受けて輝いた。

ーー

「いただきます」と言うと、また涙がこぼれた。

それでも体は正直で、焼けた肉とその香りを目の前に、口の中から唾液があふれてくる。

かぶり付くとじゅわりと脂が口へ溢れ出し、やや硬い肉もよく噛みしめることで旨味が出てくる。

ーーーこんなにうまいものは、初めてだ。

ものすごい勢いで貪り食い終わった。骨を前にしばらく放心したあと、俺は「ご馳走様でした」と呟いた。いのちを、いただきました、ご馳走様でした。

俺は流れる涙をそのままに、冷たくすんだ空へ叫び声を上げた。悲痛な声は白い山々へこだました。



静寂を取り戻した銀世界に、遠くからヘリコプターのプロペラの音が響いてきた。

夜中に衝動でポテチを食った時に書きました。

殺人と姦淫が向いてる、と言われたので頑張ります。

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