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第四話:死合いと断罪

「こ、この郷騎士風情が……! よもや、あの試合一つで実力ではこの私に勝っているなどと、思い上がっているのでは、な、なかろうな!」


 顔を真っ赤にして、上騎士、ミクダ八世は手にした名剣を上段に構えた。


「フンッ! 勝てるから戦うのではない。勝たねばならないから戦う! それが騎士ってもんだろ!」


 覚悟を決めた郷騎士、ラースは名も無き量産品の剣を中段に構えた。


 突如、街中で起こった私闘。

 謎の自称商人の美女、シェリーを薄汚い魔の手にかけようとした領主の息子ミクダ八世と、それを止めようとする郷騎士ラースの、常識と現実に立ち向かう無謀な挑戦なのだ。


「……ヌゥ」

「………………」


 お互いに、真剣を抜いたまま動けない。

 どちらも、わかっているのだ。目の前の相手の腕前は決して侮れるものではなく、迂闊に攻め入ることはできないと。


 真剣を抜いた姿を見て、巻き添えを恐れたギャラリーはほとんどが逃げ出してしまい、今ここにいるのは僅かに残った物好きを除けば、全部で八人。

 当事者であるラースとミクダ八世。そして、突然の事にどうしたものかと焦り顔を浮かべているフランクと、ある意味当事者のシェリーとワン爺。

 後は、おろおろとラースとミクダ八世を見ているミクダの連れの上騎士三人だけである。

 観客がいない、死合い。それは、昨日の御前試合の茶番劇とは何もかも違うものなのだった。


「お、おい」

「わかった」


 ミクダの手下の上騎士が、一人走り去っていった。どうやら、他の仲間を呼びに行ったらしい。

 一方、ラースにそんな仲間はいない。呼べば助けてくれるかもしれない、上騎士への鬱憤が溜まりに溜まっている郷騎士ならば何人もいるが、彼らを巻き込むわけにはいかない以上ラースは孤軍奮闘を覚悟しているのだ。


(……時間は敵か。ならば!)


 このままにらみ合いをしていれば、いずれは大勢の上騎士が駆けつけてくる。

 そうなれば、どんな事情があれ郷騎士であるラースが一方的に悪者にされるのはわかりきっていることだ。

 故に、ラースはせめてもの一太刀を、ミクダ八世の首だけは取ってからでなければ死んでも死にきれない。どんな啖呵をきろうとも、ミクダ八世がいる限りシェリーに理不尽な悪意が降り注ぐことは間違いないのだから。


「――キエィ!」


 初手はラースより、喉元を狙った突き。ミクダ八世の身につける鎧は、ラース達郷騎士の鎧とは性能が違う。

 まともに斬っても刃の方がへし折れるのは明白であり、ならば狙うべきは急所のみだ。


「グッ!」


 その初撃を、ミクダ八世は辛うじて剣で受ける。

 太平の世に権力者として生きてきたミクダ八世にとっては、本物の殺気が込められた剣を受けることなど初めてのことだ。その動きは固く、試合で見せていた躍動感が感じられない。

 あの、反撃を恐れない勇敢な剣は見る影もない。郷騎士相手はもちろん、上騎士が相手でもミクダ八世を超える権力の持ち主などおらず、勝利など譲られて当然のものでしか無かった。

 初めから勝ちが決まっている勝負しかしてこなかった男にとって、真剣勝負など恐怖以外の何物でも無い。

 武道の要素、心技体が何故この順番で並んでいるか。それは、勇気こそがもっとも重要な力であり、怯えた心ではどんな技も力も意味をなさないからなのだ。


「く、この、郷騎士ふぜ――」

「真剣勝負に、上騎士も郷騎士もあるか!」


 まるで試合のときとは真逆の戦い。

 試合のときに比べて装備で圧倒的に勝っているはずなのに、攻めているのはラースで守っているのはミクダ八世であった。

 しかも、試合の時にラースが見せたような見切りによる防御ではなく、防具の性能に頼り切った守りだ。もし二人の武具が同格であれば、とっくに勝負はついていることだろう。


「く、クソッ!?」


 ミクダ八世の剣の腕は、決して悪くない。ラースであっても技量だけを比べ合えば、10回中4回は負けるだろう。

 しかし、真剣を持ってお互いに命を取り合うとなれば――ラースは、今のミクダ相手ならば100回戦って100回勝てる自信があるのだった。


「ハァッ!!」

「う、ぎゃ!?」


 上段からの切り下ろしをあえて剣で受けさせた後、下段蹴りを繰り出す。相手の意識を上に向けさせてから下を攻める連続攻撃だ。

 足を払われたミクダ八世は、無様な悲鳴を上げて転がった。こうなると、鎧を着けていることが弱点になってしまう。重くて俊敏には立ち上がれないのだ。


「終わりだ!」


 ラースは躊躇なく、倒れたミクダ八世の首に剣を突き立てようとした。

 しかし、その前に首筋に嫌な予感が迫り、その場から大きく飛び退いたのだった。


「く、クソッ! 逃げやがって!」

「……一対一の決闘……じゃなかったな」


 先ほどまでラースがいた場所には、一人の上騎士が剣を振り抜いた体勢で固まっていた。

 何のことはない。さっきまで何もできずに見ていたミクダ八世の手下である上騎士が、不意打ちを仕掛けてきたというだけだ。


「ひ、卑怯な! 騎士が一対一の戦いに横やりを入れるのですか!」


 たまらず、見ていたシェリーが糾弾の声をあげた。

 しかし、それは些か甘い考えだ。


「卑怯……というのは、少し違いますよ、シェリーさん。……試合ならともかく、実戦では卑怯も何もないんですから」


 ラースは、理想の騎士になるためにも卑怯な真似はしないと心に誓っている。しかし、その誓いを他人にまで求めるのもまた卑怯なことだ。

 勝つためならば何でもやる。それは当然のことであり、数で勝るのだから数で攻めるのは極当たり前のこと。一対一の戦いだから、などというのは平和ボケしていると言われても文句は言えないだろう。


「ふ、フハハッ! どうやら、郷騎士にも少しは知恵というものがあったらしい。そうだ! 人を従えるのもまた力! ここからは集団戦としようじゃないか」


 倒れていたミクダ八世は手下の手を借りて立ち上がり、残っていた二人の上騎士と併せて三本の剣をラースに向けた。

 これで、数の差は絶望的。ラース達郷騎士は確かに一流の腕を持っているが、上騎士とて素人ではない。二人までなら勝ち目はあるが、三人となると絶望的だ。

 それを理解しているミクダ八世も心の余裕を取り戻し、数の不利以上に劣勢となったのは間違いない。


「……集団戦ってことは、俺も参加していいんだよな?」

「……フランク」


 すると、先ほどまでは見ているばかりだったフランクが、いつもどおりのヘラヘラとした笑みを浮かべながらも剣を抜いてラースの隣に立った。

 これから冗談でも言いそうな軽い雰囲気だが、その目にはラースと同じ覚悟の光が宿っている。フランクもまた、命を捨てる覚悟を決めているのだ。

 友のため。ただそれだけのために。


「なっ! き、貴様までこの私に剣を向けるというのか!?」

「ああ。見てわかんない? 上騎士って目が悪いの?」

「ぬぅぅ……重ね重ねの侮辱! もはや絶対に許さん!」


 少し落ち着いたミクダ八世だったが、また茹でたタコのように真っ赤になって怒りだした。

 そんな敵から目を離すことはないが、それでもラースは呆れたようにフランクに話しかけるのだった。


「いいのか? そんなことして」

「それ、お前が言う?」

「……家族にも迷惑がかかるぞ?」

「なーに。口先が武器って連中だ。俺が心配何てしても『自分のことは自分で守る!』って殴られるのがオチだね」

「……今なら、まだ間に合うかも知れないぞ? あっちに協力して俺を斬る、とかな」

「ヘヘヘ……ま、それも考えないわけじゃないけど、そんな方法で拾った命なんざぁよ……」


 フランクは、ヘラヘラとした笑いを引っ込めた。


「価値がねえ。価値がねえもんを後生大事に持っていても、つまらねぇ。それが答えでいいか?」

「……上等!」


 覚悟を決めた郷騎士二人。対して、数で勝りながらも気迫で負けている、上騎士三人。

 それを認めたくないのか、ミクダ八世は必死に叫び声をあげた。


「貴様ら! いい加減にせよ! この私を誰だと思っておるか!?」

「……薄汚いくず野郎」

「騎士の恥さらし、だな」


 必死の怒声も、覚悟を決めた騎士には何の効果も無い。

 本来ならば平伏して当然の郷騎士は、もはやミクダ八世の怒りに全く恐怖を感じておらず、その殺意にミクダ八世は更に恐怖を感じてしまったのだった。


「最初で最後の、騎士らしいお仕事(たたかい)だ。命散らすには相応しい……ってか?」

「美しき姫君を守るために、か。確かに騎士の本懐かもな。まるで物語だ」

「大騎士物語にも確かあったよな? お姫様を守るためにっての。シェリーさんはお姫様って言われても納得の美人さんだ、夢が一つ叶って良かったな?」

「フフ……違いない。最後の最後で、一つ憧れに近づけそうだ」


 ラースとフランクは、共に笑った。

 そう、二人の運命は何も変わってはいない。戦う前から結末は同じ……という点では、今までと何も変わってはいないのだ。

 ここで勝とうが負けようが、結局罪人として処刑される運命には変わりは無い。戦う前から負けることが前提であった茶番劇と、結局は変わらないのかもしれない。

 それでも、今まで感じてた束縛を、鬱屈を吹き飛ばせるこの一瞬に、二人は確かな栄光を感じていたのだった。


「さあ、やるか!」

「おう!」


 ラースとフランクは、持てる全力を発揮して駆けた。


「雑魚は俺が引き受けてやるよ!」

「助かる!」


 フランクは、お付きの上騎士二人に斬りかかる。

 横やりへの不安を無くしたラースが狙うは、大将ミクダ八世の首一つ。命すら捨てた一本の矢となって迫る二振りの剣に、上騎士達は――


「ひ、ひぃ!」

「嫌だ! 死にたくな――!」


 ――剣をまともに振ることすらできないまま、あっさりと切り伏せられる。

 辛うじてミクダ八世だけはかすり傷で何とか逃れたが、お付きの二人は深々と斬られ、地に倒れ伏した。

 致命傷ではないが、もう当分剣を握ることはできないだろう。


「お、おい! 貴様ら、わ、私を守れ! く、くそぉ……!」


 仲間を失い、窮地に陥ったミクダ八世は――ヤケクソになってラースへと斬りかかってくる。

 そこに、騎士としての技の冴えも力強さもない。ただ怖いから振ったというだけの剣を――


「――甘いッ!」


 ラースは、強打にて弾き飛ばした。

 死を覚悟した、死線をも超えた一撃。その気迫に、全てにおいて勝っていたはずのミクダ八世は耐えられず、剣を弾かれた上に尻餅をついてしまったのだ。

 その無防備な首に、ラースは剣を突きつける。試合の時とは真逆の結果となり、ここに勝敗は決したのだ。

 最も大きな違いは、ラースの手にあるのが真剣であることだが。


 だが……


「――ッ!」

「クソ、誰だ!」


 ラースは、突きつけた剣でミクダ八世の首を刎ねることはできなかった。

 遠くから放たれた矢が、ラース達の動きを牽制したのだ。


「そこまでだ。我が息子への暴虐……許すわけにはいかぬなぁ」

「ち、父上……!」


 文字通り、紙一重の命であったミクダ八世は、尻餅をついた姿勢で涙目になりながらも勝利を確信した笑みを浮かべた。

 ミクダ八世を救ったのは、現領主ミクダ七世が率いてきたミクダ騎士団だった。全てが上騎士であり、ラース達のような若手と違い、長年ミクダ七世に忠誠を誓って――あるいはごますりをしてきたベテランだ。

 もうまともに鍛錬などしてないのだろう権力の犬であるが、その数は10を超えている。いくら腕が上でも、ラース達は所詮人間の域をでない以上、数で圧倒的に劣っては勝ち目など無い。

 現れた敵の援軍は、とてもラースとフランクの二人だけで太刀打ちできる相手ではなかった。


「ヘヘ……時間切れ、ってか?」

「……最後まで、足掻くのみだ」


 ミクダ七世が、郷騎士の言葉など聞くはずがない。

 自分達はそこにいるか弱い女性を守っただけだ――など、口にするのも無駄な話だ。上騎士の、ミクダ貴族の価値観において、成り上がりの郷騎士風情が自分達の逆らうだけで万死に値するのだから。

 ならば、最後まで意地を見せようと剣を握ったが――


「お待ちください!」

「んあ?」


 しかし、そうは思わない人間がこの場にいた。


「この方々は、私を守ってくださっただけです!」


 この一連の争いの起点――被害者の、シェリーだ。


「なんだ、貴様?」

「私のことなどどうでもよろしい! そんなことよりも、そこのミクダ八世(上騎士)は私の御爺様に暴力を振るい、私にも暴行……あるいは、誘拐を示唆する発言をしました。彼ら二人は私をその暴虐から守ってくれたのです」

「……フン」


 被害者の訴え、虐げられたものの正当な主張。

 ……そんな正しさ(もの)が認められるのならば、この世に差別も不幸もない。


「これは私の……領主たる私の息子だ。高貴な血筋に見初められたことを光栄に思うべきなのだよ、お嬢さん。それを拒否するどころか、あまつさえ剣を向けるなど……!」


 穏やかな口調を装っているが、ミクダ七世の顔は怒りに満ちていた。

 権力とは、絶対だ。下等な者が上位の者に逆らうことを許せば、権力はたちまち力を失う。

 そこに一般的な正義や理想、道徳など関係はない。貴族(じぶん)庶民(その他)が従う。それが彼が守るべき世界であり、理想なのだ。


「それにしても、その方、みすぼらしい格好の割には中々の上玉ではないか? この謝罪をするというのならば、私の寝所に招いてやってもよいぞ?」

「この、ゲスが……! そのようなこと、許されると思っているのですか!」

「当然だ。私は貴族。平民など、どうしようとも自由なのだよ。それが権力なのだ……一つ学習できたかね、お嬢さん?」


 故に、シェリーの叫びなど、ミクダ七世には届かない。

 欲しいと言えば何でも手に入る。逆らうことなど許さない。それさえ歪めない限り、ここは彼らの楽園なのだから。


「ま、待っていただきたい父上。この女は、この私を侮辱したのです。罰を与えるのならば、是非この私に……」

「うん? まあ、気持ちはわかるが……さて、どうするかな? いくら息子でも、これはちと譲るのは惜しいのぉ……どうだ? ここは一つ、そこの郷騎士共の拷問と処刑をお前に任せるということで手をうたんか?」


 そのまま、ミクダ親子は醜い欲望を隠しもしないで話し合った。

 既に、彼らの中でこの場の勝利は決まっているのだ。後は、戦利品であるシェリーと、郷騎士二人の首をどうするかだけ。

 勝ちの決まった勝負。そう、これはもはやいつものことなのだ。


「……待ちなさい、ミクダ七世」

「あ?」


 そんな貴族達に、待ったをかける男がいた。

 シェリーの祖父であり、深めの帽子を被った男……ワン爺だ。


「貴公に問う。今の発言は本心からのものか?」

「無礼な爺だな。何者だ貴様は?」

「貴族であるならば、平民などどうしても自由。何をしても許される……いったい、誰の許しを得てそのようなことを口にしている?」

「無知無学とはこのことよ。我ら貴族の特権は、畏れ多くも陛下により与えられたるもの! 私に逆らうのは陛下に逆らうことと知れぃ! この私を誰と心得ているか!」


 ミクダ七世の心からの言葉に、息子の八世はうんうんと頷いている。

 そんな二人の権力者を見て――ワン爺は、ニヤリと笑った。


「陛下とは、この国の国王、ワンドルフ・アルゴル九世のことかね?」

「いかにも。その方ら、理解したなら今すぐ跪いて慈悲を請うが良い。もしかしたら私の気がかわ――」

「――この、愚か者が!!」


 一喝。ワン爺は、べらべらと自分の優位性を語るミクダ親子を怒鳴った。

 突然のことに二人の貴族は一瞬止まるが――次の瞬間、二つの怒りが爆発する。


「ぶ、無礼者! 貴様のような小汚い爺が、この私になんという口のきき方だ!」

「そのとおりだ! 不敬罪……この場でその細首、たたき落としてくれるわ!」


 ミクダ八世は、先ほど弾き落とされた剣の代わりに騎士団の剣を引ったくり、ワン爺に向けた。

 だが、ワン爺は怯まない。真剣を向けられてなお恐怖を感じさせないまま、余裕の態度でボロボロの帽子を取るのだった。


「ミクダ七世……私を知らぬとは、よもや言わぬな?」

「なに……ファビ!?」


 帽子を取ったワン爺の顔を訝しげに見たミクダ七世は、直後全身を震えさせながら訳のわからない叫びを上げた。

 そんな父に、ミクダ八世は何事かと振り向くも……その直後、当のミクダ七世(父親)の手で頭を地に下げさせられたのだった。


「ぢ、父上!? な、何を!?」

「お、愚か者! このお方を……お前らもだ! さっさと礼を取らんか!!」


 自ら膝を突き、息子を土下座させ、更に率いてきた騎士団にも目の前の老人に礼を取るように命じたミクダ七世。


 その行動を見ていたラースとフランクは、共に頬をヒクヒクと痙攣させながら、同じ()()()()()を思い浮かべていたのだった。


「な、なあラース君? あの陰湿根暗貴族(ミクダ七世)があんな、あんな感じになる原因、心当たりある?」

「さ、さあな。俺には全くわからないともフランク君。うん、俺は何も知らない」


 この二人はこの二人で、思い当たった結論に汗をダラダラと流しながら、剣を構えた姿勢で硬直していた。

 この街で最高の権力を持ち、それ故に誰に対しても頭など下げる必要の無い、街の支配者。そんな男が跪かねばならない例外など、たったの一つしか無い。


「へ、へへへ陛下! その、ご、ご心配しておりましたぞ! 急に行方がわからなくなるので、我が騎士を総動員して探しておりまして……」


 ――国王ワンドルフ。その人しか、あり得ない。


「今更ご機嫌とりかね? ……ふむ、まずは心配をかけてしまったことを謝るとしよう。私は視察に出向く際、いつもこのように一介の民に化けることにしているのだよ。国王を接待する技術だけ一流では領主として相応しいとは言えんのでね」


 その言葉で、ラース達は現実逃避もできなくなった。そして、同時に悟った。

 朝の喧騒――ワン爺、いやワンドルフ陛下と出会う前に感じた喧騒……あれは、恐らく上騎士達が姿をくらませた陛下を探している音だったのだと。

 何故そんな大事件の情報が仮にも騎士であるラース達のところに来なかったのかと言えば、陛下の緊急事態に手柄を立てるべきは上騎士であると、恐らくはそんな理由だ。ミクダ八世がこんな場所をうろついていたのも、陛下探索のためだったのだと全てが繋がってしまったのだった。


「加えて、主君に何かがあったとき、一体どのような対応を見せるのかも気にかかるところだ。……民の目線で街を観察し、君たちの支配者としての器を見せてもらった。結果は、言うまでも無いね?」

「そ、それはその、どのような……」

「我が名を騙り、民に理不尽な苦しみを与えるなど言語道断! まして、将来有望な若者の未来をつまらんプライドで邪魔するような息子を諫めるどころか、増長するなど持って他である! 貴様、貴族としての誇りはないのか!」


 その怒号に、別に怒られているわけではないラースとフランクまで背筋を伸ばし、今更ながらと跪いて礼を示した。上騎士相手にやるような形ばかりのものではなく、本気の騎士の礼である。

 国王陛下を前に護衛でもない騎士が抜剣したまま直立など、許されるはずがないのだから。


「ぬ、ぬぅぅ……」

「私は貴族に、私利私欲で法を無視しても良い特権など与えた覚えはないぞ? 貴族たる者、民の手本となるべし。それが理想であるはずなのだがね……ミクダ領の支配者よ。貴様の権力、どうやら貴様には相応しくないものだったようだな?」

「そ、そんな……」

「加えて、ミクダ八世よ」

「へ? は、はひ!?」


 状況がようやく飲み込めてきたのか、顔を真っ青にしているミクダ八世にワンドルフ陛下は声をかけた。


「貴様は婦女暴行、誘拐、殺人未遂の現行犯というところか。お前の罪は、この私がこの目でしかとみた。加えて、騎士ラースや騎士フランク達への理不尽な態度……どうやら、騎士を束ねる者としても不足しているようだな?」

「い、いえ! そんな、そんなことは……」

「言い訳無用! 大人しく裁きの庭に出向くか? それとも……騎士らしく、この場で自刃するか?」

「そ、そんな、待って! 待って……!」


 権力は、絶対だ。それは当然、ミクダ親子にも該当する。

 ミクダ親子の権力など、全く通用しない天上人。国王陛下その人の怒りに触れてしまっては、もはや彼らの権力など張り子の虎に等しい。


「なに、貴様は私だけではなく、私の孫娘にまで手を上げようとしたのだ。遠慮は一切せぬが故、安心するが良い。騎士としての最後を、貴族の特権などで穢すような真似はしないとも」

「孫……ということは、もしかして……」

「言わないでくれ」


 殺意満々の陛下の言葉から、ラース達は更に胃が痛くなるワードを拾い上げてしまった。


「ここにおる、シェルフィー・アルゴルに貴様は何をすると言ったのか、今一度口に出してみよ、ん?」

(王女様じゃねぇか! どうすんの? ねえどうすんの!?)

(わからん! が、俺たちは既に死を覚悟した身だろう! もう何も怖いものなど無いのだ!)

(それただのヤケクソ!)


 王の裁きを受けている横で、小声で怒鳴り合うという無駄に器用な技を使いつつラース達は砂になりそうになっていた。

 そりゃそうだろう。さっきまで一緒にいて、気安い態度を取っていた相手が国王陛下と王女様その人だったのである。

 ミクダ親子ではないが、なんだかもう今すぐ腹かっさばくくらいのことはしないといけないのではないかという気分になっていたのだった。


「ぬぅぅ……! えぇい! もはやこれまでだ! お前達! この爺を斬り捨てよ!」


 国王の印象を最悪まで落としてしまったことを悟ったミクダ七世は、突如立ち上がり血迷った。

 お付きの上騎士達も、その命令に従っていいのかとお互いに顔を見合わせている。騎士は主君に忠義を尽くすものだが、この国の頂点たる国王こそが最も忠誠を誓うべき対象であることは違いないのだから。


「ほう?」


 ミクダ七世の乱心を、ワンドルフ陛下は一先ず黙って見ていた。


「何を迷うておるか! 本物の陛下が、こんなところでこんな庶民共の衣服を纏うはずがない! あれは陛下を騙る不届きな偽物なのだぁ!!」


 口から唾をまき散らし、必死に騒ぐミクダ七世。

 正気を失っているようにも見えるが、もう彼にはこれしかないのだ。目の前の老人をただの老人として殺し、陛下には行方不明になってもらう道しか。


 その叫びを聞き、上騎士達は皆剣を抜いてワンドルフ陛下と、シェリー……シェルフィー王女に向ける。

 彼らもまた、ミクダ親子の下でお零れを貰っていた立場。もしミクダ親子が権力を悪用したのが公のものとなれば、彼らもまた連座で首が落ちる立場であり、心はミクダ七世と同じなのだ。


「いかん!」

「陛下、お下がりください!」


 危険な匂いを感じさせた上騎士達と陛下の間に、ラース達が割って入る。

 何だかよくわからない急展開であるが、騎士としてやるべきことは変わらない。罪のない民を守るという戦いから、大主君である国王陛下と姫君を守るという騎士の誉れとでもいうべき戦いに変わっただけ。

 ならば、死ぬまで抗うことに一切の躊躇など無い。


「フフ……やはり、君たちは良き騎士だ。将来が楽しみだよ」

「この――余裕を見せていられるのも今のうちだ! 証人となる民衆共も、全員殺せ!!」


 まだ、この場には無関係の民も少数ながら残っている。彼らが生きているのはミクダ親子にとって不都合以外の何物でも無いため、纏めて消してしまおうとするのは合理的な考えだろう。

 だが、それはかなり難しいことだ。


「ほう? やれるものならやってみるがよい」

「ぬぅ、やれい!」

「チィ!」

「陛下! お逃げください! 見物人も、速く逃げろ!」


 上騎士達は、剣を振りかぶって一斉に襲いかかってきた。

 ラースとフランクは、一秒でも長く時間を稼ごうと身体を張ってその剣を止めようとするが――


「そこまでだ」

「陛下には指一本触れさせん!」


 ――上騎士達は、あっさりとその動きを止めてしまった。

 突然の理不尽に襲われただけのか弱い町民によって、剣を奪われ足をへし折られ、あっさりと制圧されてしまったのだ。


「な、なあ……?」


 あまりにも予想外の結果に、ミクダ七世、八世ともに唖然と大口を開けて固まってしまう。

 それはもちろんラース達も同じなのだが……ラースとフランクは、この町民達の見事な動きを見て、ピンと来るものがあるのだった。


「も、もしかして、この人たち……」

「いかにも。彼らは王族近衛騎士団。言うまでも無いとは思うが、私が単独で行動するはずがないだろう? ちゃんと影から護衛をつけておったのだよ」


 驚くラース達に、ワンドルフ陛下はお茶目にウインクした。

 その瞬間、全身の力が抜けたラースとフランクはへなへなと座り込み、脱力してしまうのだった。


「フフフ……君たちの騎士としての心、確かに見せてもらったよ。……さて、ミクダよ」


 勇敢な若者に笑みを浮かべたワンドルフ陛下は、既に自らの手勢によって完全に制圧されたミクダ親子を冷たい眼で見た。


「これで、王族への反逆も追加だ。もはや、永久に日の光を見ることは無いと知れ」

「そ、そんな……」

「思えば、この領に来てから不快なことばかりだったよ。接待を受けてみれば見るに堪えない茶番……実力の無い権力者による有望な平民イジメを見せられ、市井に下りてみれば禄に仕事をしない上騎士ばかり……お前には、心より失望した」

「お、お待ちを! お待ちを陛下ぁぁぁっ!!」


 哀れな叫び声を上げるミクダ七世に、もはやワンドルフ陛下は一瞥すら送ることはない。

 王族近衛騎士の手で猿ぐつわを噛まされ、罪人として連行される。そのまま親子揃って王都へと連行され、この領内の調査が徹底的に行われることとなる。そうなれば、後は今まで行ってきた汚職を含めてその罪を白日の下に晒されるのを待つのみだ。

 その後の、かつて権力の高みにいた親子がどうなるかは、もはや想像に難くない……。





 ――そして、数日後。


「……来ちゃったな」

「まさか、この目で見る日が来るとは思わなかった」


 ミクダ領事件の発端となった若き郷騎士二人は、生まれ故郷を離れ――王都へと、その象徴たる王城へと招かれることになるのだった。

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[良い点] >そこまでだ  から、 >私の寝所に招いてやってもよいぞ  となり、 >この私を誰と心得ているか  ときて、 >ファビ!?  からの、 >もはやこれまでだ!  そして、 >お待ちを陛下ぁぁ…
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