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第二話:警備任務と二人組

「はぁ……お前らしくもなかったな」

「すまん」


 御前試合の翌日、ラースはフランクと共に治安維持活動の一環として、帯剣しての警備を行っていた。

 それだけならば普段の仕事の光景なのだが、二人の顔は暗かった。


 理由は、ラースが御前試合でよりにもよって領主の息子、ミクダ八世に恥をかかせてしまったことだ。

 と言っても、よほどの使い手でなければそれを理解することはない一瞬の出来事であったが、当のミクダ八世がそれを理解しているのだから慰めにはならない。

 いったいどんな嫌がらせがあるのかと、気分が暗くなるのも仕方が無いだろう。

 その上、二人が警備している場所がその暗さに拍車をかけていた。


「こんな貧民街のゴミ捨て場と陛下のお命に何の関係があるんだ?」

「……公の眼が届きにくい場所だ。もし陛下のお命を狙う不届き者がいれば、ここを根城に使ってもおかしくはない」

「にしたって、ゴミ捨て場はないだろ、ゴミ捨て場は……ここで一夜明かせってか?」


 フランクの愚痴は止まらない。

 そう、二人が上騎士より命じられた警備担当の場所は、街の中で最も不衛生な貧民街の更に最底辺……ゴミ捨て場であった。

 明らかに人が留まるには都合の悪い場所であり、匂いだけで吐き気がしてくるような不快地帯だ。

 国王陛下が訪ねてきているということで、郷騎士は町中に配備され寝ずの警戒をするよう命じられている。御前試合から休み無く過酷な警備任務をやらされているわけだが……この二人に至っては、どう考えても騎士が二人並んで警備する必要などない場所なのだ。


 明らかに、嫌がらせであった。その犯人は、証拠はないがミクダ八世に違いあるまい。


「……喋ると気分が悪くならないか?」

「なる。なるけど黙っていても気分が悪くなる」


 何の意味もなく、悪臭の中に突っ立っていろと命じられているも同じ状況。

 ラースもフランクも、精神的にかなり疲れているのであった。


「……本当にすまない」

「いいよ、もう。一緒に騎士になって以来一緒にやって来たんだ。いつもは俺のぽかに付き合ってもらっているんだし、偶にはいいさ」


 フランクは、本来何も問題を起こしていないのに巻き込まれた形だ。

 そのことに罪悪感を覚えるラースだが、フランクはそんな謝罪は不要だと笑い飛ばす。いつもの借りを返しているだけだと。


「……しっかし、それにしても上騎士ってのは本当に根性ひん曲がっていやがるよな。郷騎士(おれら)には寒空の下寝ずの警備で、自分達はお城の中で陛下の守りってお題目でぬくぬくベッドの中だろ?」

「……聞かれたら大変だぞ」

「こんなところで上騎士に告げ口しようと頑張ってる仕事熱心な根暗がいるならな」


 どれだけ不満であっても、これは正式な任務。ならば拒否権などないので、愚痴りながらもただひたすら悪臭に耐える時間だけが過ぎていくのだった。


 ――そのまま、数時間が経過した。

 日が昇り始め周辺が明るくなってきた時刻に、二人の耳に時間に見合わない喧騒が聞こえてきた。まだ町民の半分は夢の中だろうに、大勢の怒鳴り声が聞こえてくるのだ。


「なんだ? こんな朝っぱらから喧嘩か?」

「さあ……?」


 すっかり鼻が潰れて悪臭も感じなくなっていたころ、二人は揃って首を傾げた。

 何か問題が起きたのだろうかと、普段ならば駆けつけるところ。しかし『持ち場の放棄』は、例え警備する意味が無くとも許されない命令違反。二人は確認しに行くこともできず、ただただ想像を膨らませるだけであった。


 そんなとき――


「ここなら大丈夫か……んん? 何しておるんじゃ、おぬしら?」

「え……?」

「爺さんこそ、何してんだこんなところで? ゴミ出しか?」


 ゴミ捨て場に、一人の老人が現れた。見るからに貧しいと主張しているようなボロを纏い、穴だらけの帽子を深く被っているその姿はどう見ても浮浪者。貧民街の住民ならば何もおかしくはないのだが、それにしても速い動き出しだと思う二人だった。


「んー、おお! ここはゴミ捨て場か」

「知らなかったのか? まさか、迷子?」


 フランクは老人の元に歩み寄り、事情を聞こうとする。

 困っている町民の手助けをする。それもまた、治安維持を任務とする騎士の役目なのだ。

 人当たりの良いフランクは特に町民から慕われており、このように困っている人を見れば声をかけるのはもはや日常の一部となっているのであった。


「別に迷子では、いや迷子……うん? うん、迷子じゃな」


 老人は一瞬否定しようとしたように見えたが、急に自分は迷子だと認めた。

 いい年して迷子扱いされたくないが、実際迷子だから意地を張っても仕方が無い――というところだろうかと後ろで聞いていたラースは一人で納得しつつ、フランクに場を任せることにした。


「家の場所は?」

「あー、いや。家はない」

「家無し? そのへんの公園にでも寝泊まりしているって事か?」


 ミクダ領は裕福な領土であるが、その富は上流階級の人間がほとんど持って行ってしまっている。

 それでも町民のほとんどは屋根の下で寝泊まりするくらいのことはできるのだが、やはり家すら持てないという人間も大勢いるのだ。

 老人もその類いなのかと思ったフランクだったが、老人は首を振って否定するのだった。


「いやいや、ワシらはこの街の人間じゃないんじゃよ。ちょっと、仕事でな」

「仕事? 外の人とは珍しい……商人か?」


 この国において、産まれた領の外に出るというのは一苦労であった。

 領民は、産まれた領に所属するのが当たり前。いわば、領民の一人一人は領主の財産という扱いであり、許可無く領土の外に出れば脱領という重罪に当たる。一人一人が労働力で生産力なのだから、それが勝手にいなくなっては困るということだ。

 そのため、特権を持つ貴族か、或いは国中を渡り歩く商人か、はたまたその護衛を務める騎士や傭兵に旅してなんぼの旅芸人など、特殊な職業の人間以外は故郷を出るということはなく、生涯を故郷で過ごすのが当たり前なのだ。

 もちろん、領同士の関係が良好な場合に限り、経済活動の一環として短期間限定であらば裕福な一般人にも許可は下りるが、期日を超えても帰還しなければ罪人扱いにされるくらいには厳しい管理がなされている。

 当然、自称商人に許可は下りない。きちんと法的な手続きを乗り越えるにはそれ相応の金か権力者とのコネが必須であり、もし不法脱領してきたのでなければこの老人はそれなりの権力者とコネを持つ人間ということになるのだ。


 なお、ミクダ領では郷騎士に自由移動の権利はない。任務のため一時的な許可が出ることはあるが、そうでもなければ生涯ミクダ領のため戦うことを半ば義務とされている。

 特に、郷騎士はその手の規制が一般人以上に厳しく、任務以外ではいかなる理由があれ領の境界線を越えることは許されていない。軍事機密などの重要情報が漏洩する恐れがあるからだ。

 ……郷騎士の身分で、そんな重要情報を持っているとは思えないが。


「商人、そう商人じゃ。しかし旅の間にすっかりと汚れてしまっての。服もボロボロになってしもうたし」

「ふーん……で、なんでその行商人がこんな貧民街のゴミ捨て場に? 観光地としてはあんまり相応しいとは思わないけど」

「……ご老人。私からも一つ聞きたい。先ほどワシ()と言いましたが、連れがいらっしゃるので? 行商人となればそれなりの人数がいると思いますが、お仲間は?」


 後ろで聞いていたラースも、老人との会話に参加する。

 他領の人間――そう聞かされては、騎士として力が入ってしまうのも無理は無い。

 今は、国王陛下が同じ街にいるという非常事態なのだ。そんな時によそ者が怪しい場所で怪しい素振りを見せているとなれば、警戒しない方がおかしい。


「あー、まあそれなりにおるよ。今はちとはぐれてしまって……一緒にいるのはこの娘だけじゃが」

「娘?」

「おーい、出ておいで」


 老人の呼びかけに応じて、物陰から一人の若い娘が現れた。

 老人と同じく衣服はみすぼらしいものだが、その美貌は若い独身男二人の眼を奪って放さない。

 下町の可愛い子――などという次元ではない。お貴族様のご令嬢でもまず勝負にすらならない整った顔立ちの娘が、この貧民街のゴミ捨て場というもっとも相応しくない場所に現れたのだ。


「……初めまして」


 娘は、悪臭に顔を顰めている様子だった。ラース達も気持ちはよくわかる。

 しかし、そんな状態でもなお美しいのだから、美人とは得だとついつい思ってしまった。


「これはワシの孫娘のシェリー。あ、ちなみワシはワン爺と呼んでくれ」

「ワン爺? それと、シェリーさん……いやー、お美しいお嬢さんですね! シェリーさんも商売で?」

「うむ。シェリーの奴も、商人として一緒に連れてきておる。まだまだ半人前じゃがな」


 フランクは、鼻の下を伸ばして娘……シェリーに声をかけている。

 一方、ラースは自分の人生には無縁な美女を前に顔を真っ赤にしながらも、騎士としての理性が警戒アラートを発していた。


「おっと、名乗らせるばかりで失礼しました。俺はフランク。んで、こっちの無愛想なのがラース。見てのとおり、騎士やってます」

「は、はぁ。よろしくお願いします」


 ぐいぐい行くフランクに、シェリーはどことなく戸惑っているようだった。どうやら、あの手のタイプの男には慣れていないらしい。

 ……おかしい。ラースは、シェリーの全てがおかしいとしか思えなかった。


(……あんな美しい娘が、男に慣れていないなんてことあり得るのか?)


 商人の娘ともなれば、当然客商売だ。中には表に出ずに会計などを行う娘もいるだろうが、利に聡い商人があの美貌を使わない理由がない。

 もちろん、価値を損なわないためにも実際に触れさせるような真似はしないだろうが、シェリーの笑顔一つで財布のひもが緩くなる男は多いだろう。鼻の下を伸ばして近づいてくる男を手玉に取るくらいのことは日常的にやっているはずだ。

 それに――


(あの手。今は汚れてこそいるが、あの白く綺麗な手はなんだ? 商人の娘があかぎれ一つない手なんてあり得るか?)


 人の手とは、その者の人生を表すものだ。

 ラースのような剣に生きる人間ならば、分厚く固い手に。作家などの筆を扱うならば指にタコができるし、農家ならば土で爪が汚れているものだ。

 それなのに、自称商売人のシェリーの手はどこまでも綺麗だ。さっと手を洗い汚れを落とせば、あらゆる不浄を感じさせない滑らかな肌が姿を見せることだろう。

 それに、体つきにも違和感がある。華奢で美麗……男としては惹かれるものがあるが、商人にしては細すぎる。フランクの実家を見ているからラースも知っているが、商売というのは結構な力仕事なのだ。日々の生活だけでもそれなりに筋肉がつくものであり、こんな細身を維持するなど不可能である。

 もちろん、その手の労働から一切解放された大商会の箱入りお嬢様ならばこういうケースもあり得るだろうが、そんなお嬢様が危険を冒して他領まで旅をするという点で大きく矛盾する。


「……おい、フランク」

「ん? ああ、ちょっと失礼します」


 自分の違和感を伝えるべく、ラースはフランクを呼び出した。

 そのまま話をすると、フランクは外見上はヘラヘラとした表情を崩さないまま、ラースの違和感に同意するのだった。


「俺も同意見だぜ。近くで見たからはっきりわかるけど、ありゃ意図的に汚れをつけてる……言っちまえば化粧だ。化粧ってのは美しく飾るだけではなく、時にはみすぼらしく見せるためにも使えるってわけだ。元が良すぎて効果半減してるけど」

「……怪しいな」

「怪しい。怪しすぎるくらい怪しい。怪しい……けど、なぁ?」


 ワン爺とシェリー。自称商人のこの二人が怪しいのは二人とも同意見だが、しかし怪しいだけでそれ以上のものが見えてはこないのだった。


「仮に陛下のお命を狙って……なんて話だったとして、この爺さんとお嬢様に何ができるんだ?」

「弱そうに見せかけて実は……って暗殺者、とか?」

「爺さんの方は流石に歳行き過ぎてるし、シェリーさんの方は間違いなく素人だろ? 実力を隠してるとかあり得るか?」

「……ないだろうな」


 ラースもフランクも、一流の武芸者である。

 その眼は他者の実力を見抜く事にも長けており、ワン爺の方は若いころは強かったかも知れない残り香があるが、今はもうまともに剣を振ることも難しいだろう。そして、シェリーの方は正真正銘のお嬢様。何を思って正体を隠しているのかは知らないが、少なくとも物理的に誰かを傷つけるようなことができる身体ではなかった。


「色仕掛けで陛下を籠絡する、とかはどうよ?」

「陛下はご老体だ。流石に通用しないだろ。そもそも近づけるとは思えん」

「じゃあうちの領主やボンボンをたらし込んで……」

「それなら可能だろうが、遅いだろ。今から籠絡していたら終わるころには陛下はお帰りになっているはずだ」


 騎士として考えるべき『目の前の二人は陛下に危害を加える可能性があるのか』について考えて行くも、これといった答えはでない。

 結局、ラース達には『目的不明の怪しい二人組』以上の結論は出ないのであった。


「おーい、お二人さんよ、そろそろいいかね?」

「あ、どうもすいませんね、二人で話し込んじゃって」


 謎は謎のまま、情報交換は終了した。

 念のため、領地からの外出許可証の提示を求めるも、結果は問題なし。少なくとも、ここでワン爺とシェリーにできることはないのだった。


「それで……お二人は、これからどうするつもりで?」

「ふーむ……それなんじゃが、よければこの街を案内してくれんかの? 商売繁盛の秘訣は、まずは客を見ることだと言うしの」

「案内を? そうですね……」


 ワン爺の提案に、ラースとフランクは少し困ってしまった。


「残念ながら、我々はここの警備を――」

「……いや、大丈夫ですよ。引き受けますって」

「おい、フランク」


 怪しい二人組を放置するのも気が引けるが、任務はここの警備。それを放棄するわけにもとラースは断ろうとしたが、それを遮りフランクが了承してしまった。

 何を考えているのかとフランクを睨むも、フランクは悪びれることなく持論を述べるのだった。


「命令は『指定の場所で寝ずの番をしろ』だろ? もう日が昇ったんだし、勤めは果たしてる」

「いや、にしたって引き継ぎとか……」

「あるわけないだろ、なんも聞いてないし。大体、警備の質を考えれば見張りなんてのは交代制が基本なんだ。騎士の規則に書いてある任務時間はとっくに過ぎてるんだし、これ以上付き合う義理はないね」


 常識的にはラースの方が正しいのだが、フランクの意見にも一理ある。

 結局、こんなところで警備などしていても意味などない上騎士によるただの嫌がらせなのだ。本来の勤務時間はとっくに過ぎており、それに対して交代の連絡も何もないのだからもう管理者側の責任だろう。

 何よりも、怪しい二人組を監視するためですという大義名分がある。となれば、確かにここを離れてもいいような気がしてくるラースであった。


「ただ、案内と言っても希望はあるんですか?」

「うん? ああ、特にこれというわけではないが……ま、この街の住民の日常を見られると嬉しいの」


 この国では人の出入りが少ない、つまり旅行者向けのサービスはほとんどなく、精々が宿くらいのものだ。

 一応、お貴族様向けの観光業者ならばいるのだが、平民には関係ない。

 しかし、ワン爺の目的は旅行を楽しむことではなく、人々の生活を見ることであるという。だったら自分達が普段生活している街を案内すれば良いだろうと、ラースとフランクは二人で謎の二人組を案内と言う名の監視をすることになったのだった。


「……じゃが、とりあえず身体を清めたいの」

「……そうだね」

「匂い、染みついているな」


 なお、一番最初に向かったのは風呂屋であったという。

 やはり、一晩中ゴミための側にいた騎士二人はもちろんのこと、大分汚れていたワン爺とシェリーも結構匂いがついてしまっていたため、一同は満場一致で風呂に入ることにしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >老人の呼びかけに応じて、物陰から一人の若い娘が現れた。  おっと、これ異世界恋愛ものでしたっけ? >ラースは、シェリーの全てがおかしいとしか思えなかった   ラブの波動が・・・消えた・・…
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