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ALMA  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
2/5

第1話 とある男

ドサッ


「ん?」


男が物音に気が付いた。男の身なりは、薄汚れているものの、元は上等なものであろうことが伺える。とはいえ、元々の物が良いというだけだ。鈍い音のした方へ男は歩いていく。その手には、銃が握られている。

音のした方に向かうと、見目のいい少年が倒れていた。艶やかな黒髪と、日に焼けた健康的な色の肌。尖った耳が特徴的。後ろ手で鎖に繋がれている所から見て、()()()()()()()()。不思議なことに、ずいぶんと露出度の高い服を着ていたのだが、男は疑問には思わなかった。こうして落ちてくるものは稀にあるからだ。


尖った耳は人間ではないことの証であるが、恐れる必要はない。大半の尖った耳の種族の者たちは、人間にあっさり捕らえられるとこんなはずではないなどと叫ぶこともあるそうで。まあ男は遭ったことなどなかったのだけれども、目の前に倒れているコレは、それらと同じ種族なのだろう。


男は思い出す。街中以外でこうして拾ったモノは、例外はあるが概ね拾った者の財産となる。こうして落ちてきた者は奴隷とされるのが普通だった。

目の前のこれは別に奴隷として調教はされていないだろうが、自分が拾うので金の心配はいらない。


身なり通り、今の男に金は無い。食料を買うだけの金は何とかまかなえているのだが、奴隷を買う金などあるはずもない。見目のいい奴隷はそれだけで十分役目を果たしてくれる。女なら猶の事いいが、つべこべ言うだけの余裕はないので今は良い。


少年を担ぐ。起きる気配がなかったのでそのまま森を抜ける。男の手にはバスケット。そこには山菜と少ないながらも野苺が入っていた。


木靴で石畳の床を叩く。コツコツと音がする。

男には息子と娘がいた。妻はもう亡い。ちょっと前に流行病で死んだ。男はその当時、既に職を失っていて、妻を腕の良い医師に診せてやることが叶わなかった。息子と娘だけでも守ろうと、男は今、日雇いの職で食い繋いでいる。


「お、ジョージ、そいつどうしたんだ」

「ああ、森で拾ったんだ」


顔馴染みの肉屋の店主が男に声を掛ける。彼が職を失って、日雇いの仕事と山での採集で食い繋いでいることを、付近の人間は皆知っていた。


「そいつの面倒みれんのか? みれなかったらくれてもいいんだぜ?」

「やれるだけやってみてからにする。こいつがどれくらい使えるかを見てからだな」

「まあ、レニちゃんまだ小さいもんなあ」


少年を担いだ男(ジョージ)は小さく息を吐く。レニというのは彼の娘で、今年で4歳になる。病気がちなのは、彼女の身体が弱いからなのか、気候ゆえか、今住んでいる場所の不衛生さも相まってのことなのか。貧民街に近い所に追いやられたジョージの周辺環境は、お世辞にも良いとは言えない。


「ティムは、今年でいくつだ?」

「6つだ」

「働けるようになるのは来年か」

「ああ」


息子もまだ幼い。きちんと働けるようになるのは7歳になってからだった。できればアカデミーに行かせてやりたかったが、それも無理そうだ。そんな金は、ジョージにはない。アカデミーに行かせるくらいならと言うと悪いが、レニの薬を買いたいに決まっている。


「ま、そいつがうまく使えるといいな」

「ああ、使えたら、あれだ。神様からの贈り物だと思って大事にするさ」

「それがいい!」


肉屋の店主と別れて、子供たちの待つ家へと向かう。貧民街に近くなるにつれ、ガラの悪い男ややつれた女がちらほらと視界に入り始める。子供を連れていこうとする者が混じっていることもあるので、子供たちをこちらの通りに出すことはほとんどないが、顔馴染みになっていれば、そこまでは無い。寧ろ、金を渡して子供を買い取ろうとするやつの方が多い、そっちの方が後々五月蠅くないから。


でも今日は少し違う。ジョージはどこの者とも知れない、見目の整った少年を背負っていた。艶やかな髪を見ればそれだけで、それなりに上等な――少年の同族らしき者たちの言葉を借りるならば、アクマ――個体だと分かる。


「よう、ジョージ。随分と綺麗なもん背負ってんなア」

「拾い物だ」

「買い取ってやろうか?」

「お前にやったらどうせ慰み者にしかせんだろ」

「良いじゃねえかよ、お前のとこにも金が入るんだしよぉ」

「少なくともお前よりは金を持ってそうな奴に売りに行くね」

「ひっでえ」


ゲラゲラと品の無い笑い声をあげる男。特に気にしている風でも無いのでそのまま歩を進める。少年は後ろ手に腕を繋がれているので、バランスを取るのが意外と難しい。これは明日腰を痛めているかもしれない。


「ただいま」


家に帰りつくと、小さな足音が2つ。ぱたぱたと駆け出してきた子供の頭が2つ。くすんだ黄土色の髪と、くすんだ茶髪。


「おかえり、父さん!」

「おかえりなさい、おとーさん!」

「ただいま、ティム、レニ」


男の愛する息子と娘だ。息子のティムは今年で6歳、娘のレニは今年で4歳。母がいない分寂しい思いをさせている自覚はあるので、今日のように、少しでも果物が採れるとちょっと気分が軽くなる。よく洗って食べさせてあげよう。2人は野苺が大好きだ。


「あれ、父さん、その人誰?」

「だぁれ?」


ティムがジョージの背負う少年に気が付いた。


「父さんが野苺を採っていたところの近くに倒れていたんだ。そのままじゃ狼に食べられてしまうかもしれないから、連れてきたんだよ」

「父さん優しいね」

「うっ、すまん」


6歳といえどどこか達観してしまったティムのジト目は怖い。食費について、お金の管理をしているのはティムではないが、心配しているのだろう。まあ、狼に食べられる云々は、あながち嘘でもないので別にいい。


「さ、夕飯にしよう!」

「わーい」

「わーい!」


食材を採ってきた父のためにそれ以上の追及はしないティムだった。

夕食を一緒に作り、野苺をしっかり洗って、夕食とデザートとして食べて、ティムはレニを連れて薄っぺらいマットと布切れの間に身体を滑り込ませた。



明日の準備を終えてそろそろ寝るか、とジョージが就寝の準備を始めたところに、訪ねてきた女が1人。


「やあ、ジョージ。あんた、悪魔を拾ったらしいね」

「……もしもこの子が目を覚ましたら、家の中のことをどれくらい出来るかを見てみようと思う。使えそうならここに置くし、使えなさそうならどこかに売ってくるよ」

「奴隷にするんだ?」

「拾った俺にそれくらいの権利あるだろ」


女が言いたいことはわかる。さっさと金に換えたらどうだという話だ。この女はサシェといい、奴隷商をしている。この付近では有名な奴隷商だ。特に、落ちてきた悪魔を中心に扱っている。彼女自身も耳が尖っており、悪魔かもしくはその血が混じったものであることが伺えるのだが、同族を売り買いできるその根性がなんとも悪魔らしいと、奴隷にされた悪魔たちからも好かれているらしい、不思議な女である。


「ま、それなら、高く買うよ。売りたくなったらアタシのところにおいで」

「ああ、そうさせてもらう」


赤い髪、褐色の肌に、上品な黒と白の衣を纏った彼女は、一見したら貴族のようにも見える。まあ、貴族など遠目にしか見たことは無いので想像に限りなく近いけれども。

もともと妻が使っていた薄いマットに寝かされている少年を一瞥する。奴隷と証明するための首輪は、かつて栄華を誇った自分が持っていた物があったのでそれを使った。彼らを縛るために、魔石の申請をしなければならない。鎖のせいで寝辛いだろうと思ったのでタオルを身体との間に挟んでやる。


サシェは小さく息を吐いて、踵を返した。高いヒールの音がコツン、コツンと、風通しの悪い通路にこだました。


ジョージはその音を背中に聞きながら、自分のマットに潜り込んだ。

翌日から、男の生活、もとい、この一家の生活はがらりと変貌することになる。


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