ホームにて
駅のホームに吹いた春の風には魔法がかかっていた。いつか僕が諦めてしまったこと、後悔してしまったこと、それきりになってしまった恋人と過ごした時間、その全てに、魔法がかかった。だらしないほど、甘い糖蜜の匂いは喉の奥でなんか苦い味に変わってしまった。けれども、その風味がなんとなく癖になり、毎年この季節になると僕はその匂いの染み付いた洋服を着る。
それから僕は街に出て、彼女が着ていた血まみれのニットが売っている洋服を買いに向かう。彼女へのプレゼントなんですよ。お買い上げありがとうございます。またのご来店をお待ちしております。そうして僕はそのニットを彼女に着せて、またざくざくと氷を削るみたいに閉じ込めた彼女の骨をナイフで彫り上げていく。その血が浮かび上がった独特の模様のニットは、花、蝶、鳥、月の四種類の柄だった。僕はその模様が綺麗に出るように、パタンナーとニットの裏側に血が線からはみ出ないような細工を施して、それをやった。そして店にそのニットを並べて展示した。買い付けに着たバイヤーさんたちは皆すごくいいですね。このニット買い付けられますかと聞く。僕はいいや出来ないんだ。まだ試作の途中で今は展示しているだけなんだと答える。それでもバイヤーさん受けはすごく良かった。実際商品にしたら、それはすごく売れたし、儲かった。