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暇つぶし魔王のお出まし  作者: 聖なぐむ
序章
1/6

世界は今日も平和です

 彼は「魔王」と呼ばれている。


「王」と言っても、それは魔力を有し「魔族」と総称される生き物(中には生きてないのもいるが)達の中で、最も強者であるという意味でしかない。


 魔族は国を作らないし、大半を占める種類は知能が低い。……ただ、弱肉強食という簡単かつ絶対的基準において彼が圧倒的上位に君臨するというだけだ。それ故、彼に逆らう魔族は存在しない……それだけ。

 魔族には言葉を持たない種も多く、直接彼が奴等に命令したり指示したりすることも(少なくともここ何百年かは)しておらず、またその必要もなかった。


 そうして集団的社会性を持たない故に、魔族のほとんどが「創造する」こと無縁であり、そこにあるものを利用する習性にあった。強靭な肉体や魔術を持つ魔族には、能力を補助する道具や安全な住処を必要としないのだ。

 魔王の過ごすこの根城も、魔族が作ったものではない。人間族が月日をかけて荘厳に堅強に……技術の粋を集めて築き上げたものの、その周囲の森に増えた魔族の脅威を抑える事が出来なくなった結果、300年前に放棄された城である。


 人間族は生活拠点の近くに力のある魔族が現れると、勝手に恐慌状態に陥って崩壊する。恐怖と妄想に囚われ、それが伝染していく様は集団生活をする種属故のデメリットだろう。結局は、魔力量のごく僅かで自分たち人間と大差ない力しか持たぬ、弱小だが数は多い種類の魔族と同じような地域に偏って住み着いているのが現状だ。



「魔王」がこの棄てられた城を住処として以来、もともと大型の魔族が多かった周囲の森や海は、更に上位の種ばかりが棲むようになった。「魔王」の存在に恐れをなし、人間族が立ち入らぬからだ。


 上位魔族は人間族を捕食対象にすら足らぬものと捉える傾向にあり、わざわざ煩わしい人間と関わらぬであろう土地をテリトリーとすることが多い。「害虫の密集する場所に居を構える愚か者はいない」と表現される上位魔族の常識論だ。もしも上位魔族の棲処に望まぬ形で人間が迷い込んだ場合、人間は排除されることとなる。「捕食」ではなく、単なる「排除」だ。ただし、その時は人間側に「生死」の選択権はない。







「暇である……」


 魔王と呼ばれていても、彼はただ圧倒的に強者なだけで政を担う意味での王ではなく、なんら果たすべき義務を持たないのである。それはつまり、無職と同じだ。


「魔王様。そんなにお暇ならちょこっと人間族の国にでも攻め入ってみます? 魔王様を認知すれば、奴等は騒いで少しは楽しめるやも知れませんよ?」


 勝手に側近を名乗り、彼の衣食住の世話を焼きたがるクライス・ローがにこりと微笑んだ。丹念に手入れしている腰まで長い銀髪が揺れ、以前に戯れで人間族の国へ潜り込んだ折に気に入ったという銀縁の眼鏡を指先で押し上げてみせる。


「お前は本当に人間が好きだの。何故、あのような面倒臭い生き物にわざわざチョッカイを出すのか」

 彼がため息を吐くと、クライス・ローは「ちょっと突いただけであちこちでワーワー騒ぐのが面白いではありませんか。それに脆くて弱々しい割に、生態が複雑で興味深いです」と肩を竦める。


 この魔物は結局、ただ人間族自体が好きで構いたいし、同じくらい構われたいだけなのだ。放逐された人間の城を棲家とすることを推したのも、現時点で本当に人間族の国の城かのように建物を維持管理しているのも、全てクライス・ローの人間大好き主義によるものだ。


「それに魔王様のご興味も結局のところ『勇者』絡み以外ございませんでしょう? アレは、偶に魔王様の存在をチラつかせてこそ生み出されぬ進化種です。人間にチョッカイ出すのこそ、魔王様の暇潰しには重要なのですよ」

「……うむ、それはそうだが」


『勇者』というのは決まった人間にのみ許される呼び名だ。魔族の脅威を排除することこそ人間族全体の最優先課題と認識された時、その時最も力を有する人間族の王が『勇者』を選出するのだ。

 その名を得たものは人間族の国を自由に渡り歩き、魔族の棲処に立ち入り、各地の魔族を次々と殲滅しにかかる。


 ……魔族というのは自然発生的な由来の種が多く消されても暫くすれば自然と生態系が戻るが、『勇者』による「各地の魔族のリセット」により、100年程度は力関係が崩れ人間族が優位となるのだ。魔族が減ったその僅かな間に、人間は居住地を広げ、守り固め、その後の魔族から身を守るための足場作りに勤しむことができる。


『勇者』はその称号を得ると、逃げることなく魔族に立ち向かい屠っていく。どういう仕組みかは不明だが、『勇者』は魔族を殺ことで力をつけていく特異な能力を有するらしい。そして、魔族は『勇者』を成長させる糧となる。

 もちろん、途中で魔族により逆に殺される『勇者』もいるが、過去に力をつけた『勇者』は魔王の前まで辿り着いている。


 魔族は基本的に血を好むので、『勇者』が出現すると知能の高い上位種の魔族などではその近況を知るのが一時的な余興となる場合が多い。『勇者』の成長度合に見合わぬ強い魔族がその旅路に割り込んで余興を台無しにすることがないよう、わざわざ使い魔で監視する程に。

 上位種の魔族は「狩り」の対象として、できるだけ強力に育った『勇者』が己の目の前に現れるのを心待ちにするのだ。上位種の魔族は人間と異なり「いのちをだいじに」と唱える趣向はない。


 ……その幾度かの「狩り」すらも乗り越え、やがて魔王の前に現れた『勇者』は、総じて他の人間より賢く頑丈で、それはそれは彼を愉しませてくれたものだ。




 チラリと脳裏に浮かんだのは、始終ツンケンしていた赤髪の人間。意志の強さが前面に滲み出したような顔つきと、睨みつけるばかりの緑の瞳が印象的だった。


「……この前の『勇者』が出たのはいつだったか」

「そろそろ100年程経ちますね」

「そうか……では、まぁ良い時期かもしれぬな」

「行きますか? この前のように、人間の国へ。あ、ついでだから今回は攫ってきましょう!」

 クライス・ローが嬉しそうに手を叩くので、彼は苦笑いを浮かべる。

「連れてきてしまうのは面倒であろう。飼うにしても、人間用の餌などを用意しなければならなくなる」

「そういう面倒臭いのは、全て私めにお任せを。うまいこと『勇者』が出たら、賞品として掲げてやれば良いのです。きっと『勇者』の志気も高まり、楽しみが加速します!」


 とても良い案だと言わんばかりにニコニコする自称・側近を見て、彼の止める気は失せた。人間マニアの好きにすればいい。


「人間族の国では、今はトライメアという国が一番の大国だそうですよ。以前『勇者』を排出したトラキアと隣国のルメアが合体したんですね。ちなみにトライメアの王には数年前に娘が産まれてますから、そのあたりを攫いましょう。いわゆる、お姫様という種類です!」

「お前、本当に詳しいな……。子供は嫌だぞ、無駄に泣かれるのは煩わしい」

「幼い方が、懐くでしょうに」

「懐かせてどうする」


 色々な事情により人間を攫う習慣を持つ魔族もいるが、それに伴う人間の反応は一般的にふたつに別れるのは有名な話だ。魔族に拐かされたショックで泣き喚いた後に無抵抗になるものと、泣き喚いた後に肚の底に憤怒を蓄え狂ったように暴れるもの。殆どは前者で、気力を喪った後は直ぐに病んで死ぬという。

 人間は凶暴なわりに、心が酷く脆い。

 クライス・ローが人間好きなのに、人間を収集しない理由はそれだ。


「『勇者』が救いに来るという希望を与えてもなお、弱るか狂うかするかを試してみたいんですよねぇ。まぁまぁ、連れてくるのは私めが選別いたしますので。魔王様は人間どもにその素晴らしいお姿を披露いただければ、すぐに『勇者』も現れましょう」

「うむ」


 攫う人間のことより『勇者』の出現に心が動いたのが正直なところだが、クライス・ローは「ではでは、早速行きましょうか! 今回は空から行きます? 魔法陣で跳びます??」と上機嫌だ。


「前回出た時は陣だったか。城から出るのは久しぶり故、空を行こう。道すがら、外の様子なぞを見て回るのも悪くはない。……途中で飽いたら、陣を敷いて跳ぶ」

「重畳!」

 クライス・ローは嬉しそうに手を叩き、畳んでいた両の羽をばさりと開いた。








「はぁぁあ〜……魔王様〜っっ」

 半世紀ぶりにマントの下から翼をじっくり伸ばしていると、背後から彼の旅装を運んで来たクライス・ローが甲高い声を出した。

 振り向くと、彼の翼の先から銀の長い髪が垂れている。

「…?」

 翼を広げると、彼の翼に抱きついているクライス・ローの姿があった。


「お前は、まだ吾の翼を好いておるのか」

「無論でございます!」とクライス・ローは頬を染める。


「魔王様の翼は魔族に並ぶ者のない、比類なき美しさでございますもの! このしっとりした漆黒の艶! 強靭な魔力が羽根一枚一枚まで行き渡り、煌めく輝き! あぁ美しい……!」

「わかったわかった」


 彼は背に羽を持つ人型魔族には珍しく、鳥と同じような翼型をしている。一方のクライス・ローは、背に羽を持つ魔族としては最も多い布張りのような蝙蝠型をしている。

 ちょこまかと空中を旋回するのにはそちらのほうが優れていると思うのだが……よっぽどこの翼を気に入ったのか、彼の翼を愛するあまりに側近を申し出た経歴を持つ魔物だ。

 羽根が抜け落ちようものならことごとく拾い集めてコレクションしている偏愛ぶりには文句を言う気も失せるというものだ。……むしり取ってまでは持って行かないので、好きにさせている。


「この魔王様の凛々しいお姿を一目見れば、愚かなる人間どもは一斉に震え上がることでしょう!」

「よせ、ムズムズする。さっさと行くぞ。つまらなければ直ぐに帰る」

「畏まりました」

 恭しく跪くクライス・ローの大仰な様に鼻を鳴らし、彼はテラスを蹴った。羽ばたくと同時にヒラリと落ちた羽根は、背後でクライス・ローがもらさず拾っている。



 久しぶりの外気は、ひんやりと澄んでいた。灰色の森を見下ろし、今は冬であったか、と気付く。

 彼は意識しないと外気温を感じないので、季節の移ろいと無縁になりやすい。

 そういえば先日、生まれた息子の名付けを頼みに来たヘルドッグの首領は、モコモコした冬毛仕様であった。


「魔王様、トライメアは南でございます。真っ直ぐ行かれましても途中は山と海しかございませんので、少々東側を回りませんか。森を抜けた先に、この城に最も近い町がありますよ。町を通って道沿いに行けば、いくつかの国を通ってトライメアに繋がっております」


 少し遅れて空中に上ってきたクライス・ローが指をさしながら説明するのに「ふむ」と思案していると、地上の森からギャアギャアと魔物達が騒ぎ始めた。

 魔王が久方ぶりに城から出てきたのに気付いて興奮しているのだ。

 魔王は僅かに手を挙げて魔物の反応に応える。


「……では、とりあえずは森の外の町を覗こうか」

 あまり長居すると興奮した魔物達が森から町へ溢れるかもしれない。せっかく町を見ようというのに、先に魔物に町を潰されてはたまらない。

 クライス・ローは目を細め、「畏まりました」と微笑んだ。


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