第二話「戦闘」
パリーン!と、ガラスの塊が割れる音がした。
破片から眩い光が放射されている。
気が付くと俺は、土の上に立っていた。
周りには数本の木、草原。遠くで煙が上がっている村が見下ろせる。
どうやら丘の上にいるようだ。周りの植物は地球の者と大差ないように見える。
「よぉ!お前が召喚獣か?」
大男が俺の前に立ちふさがった。2m……いや、3メートルはあるだろうか。
おいおい、神のじじいめ、ゴブリンの方に飛ばしやがったのか?
と思ったが、こいつはゴブリンじゃないな。全身黒い毛で覆われていて、鋭い牙と耳がある……狼だ!
召喚獣って俺の事か?神の言った通り、俺は召喚されたのだろうか。しかし、約束通りなら、美少女が
現れるはず……。
「きゃうううん!!やったぁ! 召喚成功だね!お兄ちゃん!!!」
かわいらしい女の子の声がしたかと思うと、ギュッと誰かが俺にしがみついた。
何か柔らかい肉の塊が俺の腕に押し付けられている。
……来たか……!!!サンキュー神様!!!これですわ。
この柔らかさがここちよ……、いや、苦しいぞこれ。ちょっとまて、
俺の足が浮いている。俺、持ち上げられてないか?
そう思いつつ、美少女の方を向くと……!?!?!?!?!?
「狼じゃねぇか!!!」
ブスとかいうレベルじゃなく、人じゃない。確かに胸はある。あるが、黒い毛でおおわれている。
人型だが人じゃない。いわゆる人狼って奴か。こいつも3メーターはある体躯だ。
声は可愛いんだけど……俺はケモナー(動物性愛者)じゃないんだよなぁ……。
まぁでも美少女オオカミなら、嘘じゃないのか……。
勝手にがっかりする俺をしり目に、彼女たちは何やらごにょごにょと相談をしているようだ。
「おい、あんな弱っちそうなのが役に立つのか?」
「っし、聞こえちゃうよ!」
全部聞こえてんだよ。
ぼそっと俺が呟くと、二人は聞こえていることに気づいたのか、バツが悪そうにこちらを振り向いた。
「よぉ、召喚獣。名前はなんていうんだ?」
「吉田 充です」
「そうかヨシダか。変な名前だな。俺はガイアって言うんだ。そんで、こっちは妹のカミル」
「召喚獣は、召喚主に従うものだろう?」
「はぁ、まぁそうなんですかね?」
「お前を召喚したのは、カミルだ。こいつの命令に従ってもらうぜ」
突然の事に、俺は面食らっていた。命令に従うって何されんの俺!?
もしかして、俺、奴隷からスタート!?それなんて縛りプレイだよ。
やっぱゴブリンにしときゃよかった……。
「お、お兄ちゃん!! そんな言い方するから、怖がってるよ!」
カミルが兄をたしなめている。いや、あんたも十分に怖いから。さっきの抱擁で肋骨いってるかもしれん……。
「あのね、私たち、こう見えて、行商人なの」
「いつも贔屓にしてもらってる村へ、物資を運ぶ途中だったんだけど……ほら、あそこ見て」
カミルが指さす方向には、さっき見た煙が上がっている村だった。
よくよく見ると、緑色の肌をした、小男の集団が村を略奪しているように見える。
「あれは……ゴブリンなのか?」
「そうだ! 緑のチビコケ野郎どもが、ひいきの村を襲ってやがるんだ」
「俺たち二人でも、ゴブリン風情に負けはしねぇだろうが、あの数はチト苦しいな」
「多勢に無勢って奴だ。負けはしないだろうが、こちらも重傷は覚悟しないといけねぇ」
「あと一人、味方がいればなと思っていたところなんだ」
「なるほど……言いたいことはわかりました……」
襲撃されている村……こわーい二人の人狼……、答えは一つ……。
「逃げましょう」
「!?」
「てめぇそれでも男か!!!!」
いやいやいやそんな事言われても、無理だから。チート装備も能力もないんだぞ!あるのはこの無駄に重い
ハードカバーの分厚い本、アカシックレコードだけ。
この重量感なら、人ひとりくらいなら殺せそうだが……。
「ヨシダさん……。お願いします。あの村には私の友達もいるんです。力を貸してください!」
「うっ……」
カミルが猫撫で声で、俺に助けを求めている。確かに美少女ではないが、奇麗な声と子犬のようなつぶらな瞳で
見つめられると、なんだか胸がドキドキしてくる。
俺とカミルはしばし見つめあっていた……。
「じゅるり……。よく見るとあなた美味しそうですね」
心臓止まった。
「ヨシダ!何も、前線で戦えっていってんじゃねぇ。魔法で援護してくれりゃいいんだ」
「てめぇの持ってる、分厚い本……。魔導書の類だろう?」
「身体能力を上げる補助魔法が使えると助かるが……」
「魔法? なにそれ?」
ゲームや漫画の世界の話だ。実際に魔法を使えと言われても、どうしたものか、見当もつかない。
「!? 魔法を知らない? マジか?」
ガイアが面食らって言った。すごい驚きようだが、魔法は使えて当然な世界なのか?
「ヨシダさん。魔法はね、頭の中のイメージをマナによって具現化する事なの」
「例えば、火を思い浮かべて……」
「めらめら、ぼうぼう、ぱちぱち、赤い火がゆらゆらと揺れている……」
ボッとカミルの指先から火が弾けた。
「ほらね。こんな風に、私の体の中にある火のマナを本物の火に変換したのよ
今のは、軽い火だったが、その気になれば、爆炎を上げる事もできるのだろうか。
この程度なら、カミルのデカい手と、鋭い爪で引っ掻いた方がよっぽど強いだろうな。
それにしても、頭の中のイメージを具現化すると言っていたが、もしかして訓練すれば
エッチな妄想もあれやこれやできたりするのだろうか……。
夢が広がってきたが、あいにく今は他にやることがある。
「おい!カミル!ご丁寧に魔法の授業をしている場合か!」
「もういい! 時間がねぇ。お前はそいつとそこにいろ!!」
「俺一人なら、重症を負っても構いやしねぇ」
そう言うと、ガイアは、四つん這いになって、村の方向へ駆けていった。狼スタイルだ。
とても人間が追いつけるスピードではない。そういえば、言っちゃ悪いが、こんな化け物と案外普通に会話できたのは、話し方が
人間そのものだからだろう。これが「ショウカンジュウ、ヌシニ シタガエ」みたいな感じだとビビッて言葉を失っていたことだろう。
人狼という種族は、狼と人間のいいとこどりしたものなのかな。
「お、お兄ちゃん!!! どうしよう一人だと絶対死んじゃうよ!!!」
カミルが涙目になりながら、わたわたと動きだした。
「ヨシダさん……!!」
手を組んで、上目遣いで、あのつぶらな瞳を俺に向ける。
助けてやりたいのはやまやまだが、今の俺に何ができるんだ。
喧嘩どころか、殺し合いだぞ。いじめられっ子だった俺は、血を見ただけでくらくらするよ。
実はすごい魔法の才能があるかもしれんが。そんな宝くじレベルの可能性に命を懸けるのはごめんだ。
そうこうしているうちに、カミルの瞳に涙がにじんできた。
「わかったわかった!! いくよ!」
何もできない癖に、勢いに飲まれて承諾してしまった……。
まぁでも、断ったところで、他に行く当てがあるわけでもないし、なんならここで恩を売った方が
今後の為になるかもしれんな……。
いずれにせよ俺は女の涙に弱いのさ……。
童貞だけど。自分で言ってて悲しくなってきた。
「ヨシダさん……!! お力添え、感謝します!!」
「それでは、乗ってください!」
カミルが四つん這いになって、背中に乗れと促す。まさか四つん這いになった女の子に乗るなんて、少々感激したが
彼女は人じゃない。忘れるな俺。目覚めるな性癖。
「しっかり掴まっててくださいよ!!」
ビュン!と風を切る音がした。カミルが走り出した合図だ。物凄いスピードで、まるで
ジェットコースターに乗ってるかのようだ。空気抵抗がすさまじく、俺の頬の肉がぶるぶると揺れている。
少しでも力を抜くと、振り落とされそうだ。
そして、あっという間に、村の入り口に到着した。
ハリマジ村という名前が書かれた木製の看板がズタボロに引き裂かれている。
村を見渡すと武器を持ったゴブリン集団を相手に、村人が農具で必死に立ち向かっている。
キンキンと金属がぶつかり合う音がそこかしこから聞こえてくる。
「うおおおおおおおん!」
ガイアの声だ。先行していたガイアが巨大な体と長い腕をしならせて、ゴブリンたちを薙ぎ払っている。
贔屓にしてくれている村と言っていたが、村人はゴブリン達よりむしろ、人狼におびえているような気がするが……。
「血だ……血の匂いがするっ! へっへっへ」
「え?」
カミルが両手の爪を立てて、舌なめずりをしている。こ、怖いんだが……。これが彼女の本性なのか?
「カミル?????????」
「やだ! いま私、出てました?」
出たって何がだ。素か?
「と、とにかく、ゴブリンたちを追い払います!! ヨシダさんは援護してください!」
カミルは誤魔化すように言って、ゴブリン達に向かっていった。
「ちょ、ちょっと待て、おいてかないでくれよ!!」
おいおい!どうすりゃいいんだ。戦場に、武器すら持たないヒキニートが一人。
ゲームでしか見たことない光景だが、いわずもがな、死んでもリスポーンなんてしないよな?