第一話「転生」
「ふぉっふぉっふぉ。お主は死んでしまったのじゃ」
藪から棒にワケのわからん事を言う、このじじいは、神 らしい。マイクタイソンのような肌の色と体躯で、金髪なのに顔は東南アジア人で、日本語をしゃべっている。「神は人を自分に似せて創った」なんて、昔うちにきた宗教勧誘のおっさんが言っていた事を思い出した。
あながち嘘じゃないかもな。などと思いつつ、呑気に茶をすすっているパッとしないじいさんを眺める。
「そんなに見つめちゃ(/ω\)イヤン」
じじいが頬を赤らめた。殺してぇ……。こんなのに創られたとは信じたくない。
「てか、なんだよここ。なんで俺死んだんだよ。覚えてないんだけど!」
俺と神は、何もない、真っ白な空間で、椅子に座り向き合っていた。
「死んだばかりだからまだ意識がハッキリしていないようじゃな」
「えーと、2018年8月26日13:25 埼玉県〇〇市〇〇町12番地1丁目 吉田 充 っと」
何やら細かい日時と所在地をささやきながら、ハードカバーの分厚い本をぺらぺらとめくっている。
「お、あったあった」
「うむ。お主は、どうやら放火魔に家を燃やされて、全身火傷で死んだようじゃの」
「放火……!火傷……!マジかよ!!!」
「……!!!」
そうか……そうだ……思い出した。
部屋中に広まる煙幕……呼吸はできず、徐々に火が身体を伝って皮膚を超え肉を焼いていく……。
考えれば考えるほど、記憶が鮮明になり、冷汗がだらだらと流れてきた。
肉を溶かし、骨を焦がすあの感触は筆舌に尽くしがたい。
「思い出したか……。同情するよ」
「家族は火に気づいて、いのいちに脱出できたが……ヒコモリニートのお主だけが出遅れたのじゃ」
「そうだ……家族は外にいて、俺は窓から助けを求めていた……」
いま助けるからな! そう言って、バケツ一杯の水を被った消防士のお兄さんを家族は……。
「消防士さん!無理しないで!!!」
「あなたの命も大事なんだ!」
「あんたが死んだら誰が火を沈めるんだ!!」
「行かないで!!!!」
と何故か、引き留めていたような……。
「家の中に……まだ息子がいたんです!!!」
「なんて、お前の母親は何故か過去形でしゃべっておったのぅ……」
家族全員くそったれじゃなねぇか!!!!
俺は家族にとって、邪魔なヒキニートだったんだ……。
「ヒキコモリヒートwwwwwwwwwwwwwwwあーちーちーあーちーww」
「じじぃてめぇ!!!!!」
じじいの暴言に我慢の限界が達した俺は、勢い余って、立ち上がり胸倉をつかんだ。白い布切れ一枚。それがじじいの服装だ。それを掴み上げたもんだから、じじいの汚い太ももとすね毛が垣間見れた。
そのおかげか、俺は一瞬でクールダウンし、冷静になった。
「ところで、俺に用があるんだよな。 さっさと用件を言ってくれないか?」
「ふぉっふぉっふぉっふぉやっと落ち着いたか」
「さて、単刀直入に言うぞ」
「異世界に転生して、魔王を倒して欲しいのじゃ……!」
「へ?魔王?」
何言ってんだコイツ。魔王退治?無理に決まってるだろ。俺はヒキコモリニートだぞ。
そんな甲斐性があれば、今頃働いてるっつーの。
「まぁ普通はそう思うじゃろうな。『自分のようなカスニートに何ができる』と」
人の心を読むな。つかそこまで言ってねー。
「そこなんじゃよ。ワシの求める人材は!」
「実はお主が最初ではないのじゃ」
「竜・魔族・悪魔といったお主よりも遥かに強大な種族を何度も送り込んだのじゃが、どれもうまくいかなくての」
「そこで考えたのじゃよ。優秀な人材でダメなら、今度はクズを当ててみよう! とな」
「まぁ逆転の発想ってやつじゃ」
どんな発想だよ。俺なんか魔王に挑む以前の問題で、そこらへんで野たれ死ぬ未来しか見えないが……。
「どうせ復活できるなら、元の世界にしてくれよ。」
「ふぉっふぉっふぉ、できない事はないが、お主……本当にそれでよいのかのぉ……。」
「お主が死んでからの事を教えてやろう」
そういうと、じじいはまた、分厚い本をめくり始めた。
「お主が死んでから結構時間がたっていての……3日後に放火魔は無事に逮捕されたようじゃのぉ……」
そうか、犯人は捕まったのか。きちんと制裁が加えられるのであれば、化けて出る必要もなさそうだな。
「お、裁判の様子も書かれておるぞ」
「人を殺すつもりはなかった、普段は誰もいない時間を狙って放火した と供述する犯人に」
「遺族は、『どんまいどんまい!』『気にすんな!』などと言っ」
「オーケー!異世界に転生させてくれ!」
地球、いろんな思い出があったが、全部クソだ。二度とこんな世界に戻るかよ。
「ふぉっふぉっふぉ、良い返事じゃ、では、お主に選ばせてやろう」
「今から、お主は、異世界の住人に”召喚”される手はずになっておるんじゃが、候補が二つあっての」
「そのいち、筋骨隆々のゴブリン族の長に召喚される」
ふむ、その世界のどこに転生されるかは、非常に重要だ。RPGの主人公も最初は雑魚敵だらけの町から冒険を始めるしな。強敵だらけの場所に転生したら、町を出る事さえできないぞ。
筋骨隆々のゴブリンは味方としては魅力的だが……。そもそも味方なのか?言う事を聞いてくれるのならいいが……。
「ゴブリンたちにとって、召喚は神聖な儀式であり、呼び出されたものを神として崇める慣習があるようじゃ」
なんだって、それはラッキーだな。ゴブリンを従える事ができれば、序盤はイージーモードかもしれん。
「さて、そのに、じゃが、巨乳の美少」
「オーケー!異世界に転生させてくれ!」
俺は、間髪入れなかった。
◇
「さてと、それでは早速、異世界に送ってやるとするかのぅ」
「地球の子、吉田 充よ……目を閉じて……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
俺は先に目を閉じていたじじいの肩を揺さぶった。
「なんじゃ、柄にもなくかっこつけてるところなのに」
「いやいやいや、え?手ぶらで魔王を倒せっていうのか?」
「チート装備は?能力は?お供の美少女は?」
「あー、…………ほれ」
じじいは一瞬考えたかと思うと、さっきから手に持っていたハードカバーの分厚い本を俺に
差し出した。
「はぁ!? この本!?!?!?」
「そうじゃ、この本はアカシックレコードと言ってのぅ。過去におきたありとあらゆる事柄が記述されておるのじゃ」
「過去限定かよ。未来を見れるってんなら、まだしも、過去なんて知ってどうすんだよ」
「だいたい戦闘じゃ何の役にも立たないじゃないか!!!!!」
「いちいち、うるさいのぅ。あんまり騒ぐと、ゴブリンに召喚させるぞ?」
「オーケー!異世界に転生させてくれ!」
「ゲンキンな奴じゃのぅ……」
神と名乗るじじいは呆れた顔で俺を一瞥した。