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俺の女子高生ライフが……あいつの所為でムチャクチャだよ!

「お前が魔王っていうんなら、なんか魔王らしいことしてみせろよ」


 俺はこの魔王(自称)に身分証明を要求した。


「いいぜー、なんでもやってやんよ!」


 またもや踏ん反り返って、ドヤ顔をする魔王リック。

 いや……全裸でそれは止めてくれないか、こっちは乙女(中身オッサンだけど)なんだから。


「魔“王”っていうぐらいだから、部下とか領地とかあるんだろ。それを見せてみろって」

「フフフ……では見せてやろう。我が強大な力を!」


 魔王が手を(ひるがえ)すと……何かを出したかと思えば、そこにはスマホがあった。最新式のヤツだ。

 そして、最近(俺の世界)の女子高生並みのハイスピードで数回タップして、画面にSNSを開いてみせる。


「どうだい見ろよ。オレ様のフォロワーは10万人もいるんだぜ! 参ったか!」


 ……いや、それ純粋に凄いけどさ。

 魔王が誇る事なの?


「じゃあ、領地とかはどーなんだよ?」

「ククク……では見たまえ。我が驚愕の富を……」


 またスマホを操作して違うサイトを見せて来る。

 今度は大手の証券会社のようだ。


「オレ様は優待貰える株を300銘柄も持っているのだ! 優待だけで生活できるぞ!」


 ……いや、それも純粋に凄いけどさ。

 株主優待生活する魔王がどこにいるんだって……


「あ、そうだ! オレ、この家の飼い猫になったわけだから、株主名簿の登記住所、ここに変更しておいたからー」

「えっ?」

「いろんな企業からほぼ毎日、株主総会の招集状が届くだろうけど、オレの代わりに議決権回答しておいてよ」

「お、恐るべし……魔王」


 今日も魔王は辺境の地で、人々に恐怖を振り撒いていた。


☆〇


「お嬢様、何かありましたか!?」


 俺の部屋の異変に気が付いたのか、隣の部屋にいた侍女のラナが乗り込んでくる。

 普段、彼女は必ずノックして入って来るのだが……慌てていたのか、俺が聞き逃したのかはわからない。

 まぁ、俺の目の前には乙女の部屋に忍び込む全裸の間男という大きな異変はあるわけだけれども。


「ニャアッ!」


 ところが、ラナが入ってきた途端、目の前の変質者は元の橙の毛をした仔猫に戻っていた。

 こいつ、瞬間的に変身できるのか……


「ニヤッ」


 仔猫のままニヤける魔王、なかなか小憎くたらしい。

 さらに猫パンチのポーズをして俺にフォローしろと言いたげだ。


 俺はしばし考えたが……

 こいつが俺の前世を知っている以上、無視はできない。


「いえ、なんでもないのラナ。イタズラ猫が粗相をして……大丈夫よ」


 俺はあながち的外れでもない嘘で取り繕う。


「そうですか……」


 ラナは部屋の様子を一瞥して確認すると、窓を閉めて礼をし、そのまま退出した。


 で、ドアが閉まったその瞬間。この猫はまた全裸の変態男になっている。

 俺が知っているどんな変身アニメよりも早い。


「お前……どうして俺の事をヒロシって知っているわけ?」


 俺は一番知りたかった事を聞いた。

 このスローライフ生活で俺の正体が露見するのは一番恐れることだ。


「ああ、レインから聞いたー」


 なん……だと……

 こいつ、俺を転生させた“魂の管理者”と名乗る少女を、自分の彼女みたいに気安く呼びつけにしている。

 変身したり、株主優待をたくさん持っていたり、フォロワーがたくさんいたり……まぁフォロワーと優待はともかく、ただの中二病男というわけではなさそうだ。


「お前は何者なわけ?」

「だから魔王だってばさ。何度も言ってんじゃーん」

「……」


 どうも取り付く島もない。

 悪い奴ではなさそうであるが……


「ところでヒロシ、ゲームしようぜ。日本共和国で流行ってる新作を手に入れてきたんだよ」


 魔王は、またどこからか取り出したのか、家庭用ゲーム機を差し出した。


 ゲーム機は、俺の時代にもたくさん種類があったし、俺も昔はいろいろ持っていた。

 この世界のゲーム機は、俺が知っているそのどれとも違う形状をしている。でも、構造的に家庭用ゲーム機である事はすぐにわかった。


「このレースゲーム、超面白いんだぜー、お前にこのゲーム機ごとプレゼントしてやるよ。こういうの好きだろー?」


 そりゃあ……好きだ。

 マリアンは車やゲームには興味が無い。

 けど、俺は……かなり興味がある。走り屋みたいな事や改造車みたいなことはしないけど、モーター雑誌は買っていた。


 このゲームはよくあるキャラクターを選んでカーレースするゲーム。途中でアイテムを取ったり、罠を仕掛けたりして妨害できる。

 ローザリア家は金持ちだが、ゲーム機は置いていない。パソコンはあるが、コントローラーがないので、ゲームをするのは難しい。


 俺はゲームに関して回答する前に、この魔王に一番言いたいことを言った。


「まずは、服を着てくれないか」


☆〇


 翌日。

 通学中の車内で、俺はまたもや寝不足だった。


 魔王リックはゲームがやたら弱い。

 でも負けるたびに「もう1回」「今の練習」「泣きの1回」「今のサンダー取ったからノーカン」などと理由をつけてひっぱるから、結局明け方近くまで続いた。

 とはいえ、俺もこの手のゲームは嫌いではないから、ずっとその相手をしていたわけだが。


「ふぁああぁぁ」


 今日も車内で大きな欠伸(あくび)をする。

 座席にだらしなく寄りかかり、身体を崩している。

 たぶん、俺の格好は辺境伯令嬢がするには昨日よりもさらに不躾だろう。


「お嬢様、今日もお疲れのようですが……」

「大丈夫! 大丈夫、大丈夫、だいじょーぶだよっ!」


 心配するラナの声に対し、思い出したようにパッと起き上がって答える。


 ちなみに、あの魔王はゲーム中に寝落ちして、気が付いたら猫の姿に戻っていたので、バスケットの中に押し込んでおいた。

 っていうか、寝落ちするまで遊んでる魔王って……

 まぁ、俺も他人(ひと)の事は言えない。“鈴木弘”だったころは新作のこういうゲームが出ると遊び始めたら止まらない。

 そういうゲームとアニメは陰キャのオタクである俺の休日唯一の愉しみだった。

 まぁ、そういう事ばっかりやってるから陰キャになったわけだけど……


「お嬢様、先日のお誕生日パーティが途中で中断してしまいましたので……他の日に改めてされては如何かと」


 俺が疲れからぼーっとしていると、ラナが先日の誕生日会の話を切り出してきた。


「クラスメイトの方々からも“プレゼントを渡し損ねた”等とご提案がありまして」


 マリアンの誕生日……俺の記憶が思い出されて中断してしまったやつか……

 確か何十人も集まって大きなホールでやっていたっけ。

 女の子達のドレスから見える胸の谷間が眩しかった覚えが……


 友人達はまた俺の誕生日を祝ってくれるという。

 でも乗り気にはならなかった。


「誕生日を違う日にまたやっても仕方がないし……やめておくわ」

「わかりました、ご友人の方々にはお断りをいれておきます」


 俺は誕生パーティなんて嫌いだ。陰キャの俺の誕生日を祝ってくれる人なんて誰もいない。

 マリアンであればいいけれど、それでも別の日に祝って貰うなんて情けなくて嫌になるだけ。

 そして今日は……俺“鈴木弘”の誕生日だ。マリアンとは2日違いだな。

 でも、自分の誕生日なんてもう関係のない事だ。アラフォーの陰キャ“鈴木弘”は死んだ。誕生日なんて必要ないし、俺自身、当時から自分の誕生日なんて忘れてる。

 もう俺は辺境伯令嬢なんだから……生きている時にすら忘れていた過去の事なんて、どうだっていい。

 そんな辛い過去は捨てて、新しい世界で幸せを見つける事にしたんだから……


☆〇


「今日は転校生を紹介します」


 いつもおざなりな連絡事項しか伝達しない貴族学級の担任が、今日はまともな説明をしている。

 教室がガヤガヤと騒めく。

 そりゃそうだろう、こんな田舎の高校、しかも貴族の学級に、こんな時期外れに転校生とは珍しい。


「では、入ってください」


――ガラッ


 担任の女教師が合図すると、紹介されて出てきたのは……


「初めまして! オレはリック・カーン・カムイシン。みんなよろしくな!」


 その男は男性アイドルみたいにウィンクしてポーズを決めている。


 ……

 なんでアイツがここにーー!?


 確かに家に置いてきたはずなのに……

 しかも猫耳ないし。


 このクラスは今まで女子しかいなかった。でもそれは貴族クラスの条件を満たす男がいないだけで、実際は男も入れる。

 このクラスに女子しかいない理由は、世知辛い話だけれど、ここはド田舎なので男に仕事がないからだった。

 貴族や裕福層の男は帝都や外国へ留学などして単身生活。しっかりとした高校、大学と進んで商売になるスキルや、有用な資格を身に付けなければ、裕福な暮らしを維持できる人になれない。

 だから、マリアンの父や兄達は全員帝都で仕事や学校に行っている。

 この世界の女子はそれが必修の道じゃない。一部の意欲ある女子が選択する道だった。

 マリアンの魂は鈴木弘と同じ。義務や面倒は極力避ける性格。令嬢である彼女はそれが周囲から認められて許される。

 まぁ、昔いた日本でもこれは変らないかもしれない。どこの世界であろうと、男女の仕事やスキルに対する考え方は不偏なのだろう。


「それでは、今日の授業は皆さんと転校生との交流会に致しましょう」


 相変わらずアバウトの学校だけあって、今日の授業はなくなり、ただの団欒になった。

 さっそくクラスメイトはリックの周辺に集まっていく。

 リックは背の高い男で、外見は健康的で活動的、爽やかなバスケ部の男子みたいに見えなくもない。表情も豊かで会話も上手そうだ。


 クラスメイトの女子達は男子にとても興味の強いお年頃。

 たちまちリックを包囲して質問攻めにしている。


「リック様、お名前からすると、どこかの遊牧種族の貴族のご出身ですの?」

「そうだねー。オレの一族は昔、世界征服を目指していたらしいよー」

「まぁ!」


 マリアンの記憶では、名前の後ろに来る爵姓がカーンなので、遊牧種族の王族だったのかもしれないという。

 あながち魔王というのは嘘ではないのかも。


「どちらにお住まいなんですの?」

「ああ、オレはローザリア家で居候しているんだぜ」

「「まぁ!!」」


 ちょっとまてーー!!

 魔王の返事にクラスメイトはさらに(ざわ)めき出した。

 みんな、両手で口を押えて同じセリフを同じタイミングで言って同じように驚いている。


 貴族クラスの娘達はゴシップの大好きな人種だ。

 当然、俺と同居しているなんて話になったら、俺の婚約者か何かと疑う。


「ちょっと……みんな、俺。いや、私とこの方とは何の関係もありませんわ」


 俺は慌てて否定する。

 しかし、一度炎上した女子達は止まらない。


「マリアン様とリック様はどういったご関係ですの?」


 飼い主とペット……いや、それじゃ余計に誤解を与えかねない。

 俺が返答に窮していると、リックがとんでもないことを答えた。


「うーん、そうだなぁ。主人と下僕かな?」

「「「まぁ!!!」」」


 ちょっとまてーーー!!!

 お前は何を言っているーーー!!!


 それにどっちが主人でどっちが下僕だよ。

 お前は魔王なんて言ってもただのペットじゃないか。


「なー、マリアンちゃん♪」

「な、なんだよ……」


 リックは俺の方に寄って来ると、急に馴れ馴れしく話し掛けてきた。

 肩に寄りかかって来ようとしたので、サッと身を(ひるがえ)す。


 すると、リックはまたとんでもない事を言って追撃をかけてきた。


「昨日は俺と朝までずっとお楽しみだったよねー」

「「「「まぁ!!!!」」」」


 俺の理性は限界を突破し、机に頭を抱えて突っ伏してワナワナと震えている。

 もはや「お2人は将来を誓った仲」「どこまでご関係が進展しているのか」などと、噂が先行してしまうのは目に見えていた。


「お、俺の女子高生ライフが……」


 まさに恐怖の大魔王。


 ああ、この邪悪な魔王を討伐する勇者よ。早く現れてくれ……


☆〇


 俺は、どっと疲れてローザリア邸に帰宅する。

 クラスメイトから入れ替わり立ち代わり、リックとどんな関係かと問い質され、そのたびに「何でもない」「何にもない」という返事をし続けた。

 まるで、仕事でやらかして顧客からクレームを受けた対応みたいに疲労困憊だ。


 あのクソ魔王は学校に置いてきた。

 最初から学校に連れて行っていないし、帰りの車にも乗せてはいない。

 勝手に居候なんて宣言して、まったくどこにいるんだか……


 ところが……

 俺が使用人に出迎えられ、ローザリア家のホールに入ると、母親のアルマリア、妹ミリアム、その他使用人達と楽しそうに談笑している男がいる。


「よー、マリアン、お帰りー」


 あ、あいつが……

 どうなってるんだ!?

 どうしてこいつ、車よりも早く先回りできるの? 疾走のチートスキルでもあるのかよ!


「まぁ、マリアン。リックさんは先にお帰りになられているわよ」

「お姉様。お帰りなさいませ。今、リックさんから楽しいお話をお伺いしていたところですわ」


 しかも、こいつは既に家族とも打ち解けている。


「リック様、この家を自分の家のように自由に使ってくれて構いませんわ」

「あー、奥さん。オレ腹が減ったよ。カレーが好物だぜー」

「わかりました。コックに言って今日のご夕食はカレーライスをご用意いたします」


 ローザリア家の当主代行は辺境伯夫人の母親アルマリア。それが、余所者を家族同然に招き入れるなんて考えられない。

 元々旧知っていうこともなさそうだし、家の関係者というわけでもなさそうだ。


 魔法? 洗脳?

 意味が分からない……

 けど、この魔王の自宅乱入のせいで俺の楽しい令嬢ライフも破綻同然になった。


 は、はやく世界を救う勇者の登場を……!


☆〇


 夕食後、俺はいつものように風呂に入る。

 ローザリア家の浴場はまるでホテルみたいに豪華で広い。それなのに、つかっているのは俺一人だけ。

 いわゆる貸し切り状態だ。


 しかも、大浴場に併設されて、露天風呂、サウナ、水風呂まである。

 大浴場の湯は温泉だ。泉質は美容に良い炭酸水素水だという。

 ウスリー地方は温泉が豊富で、湯本からわざわざ湯を引いている。

 まぁ、俺がよく知る温泉旅館と完全に同じ構造だった。


「ああ、いい湯だー」


 俺は風呂が大好きだ。

 日本人とローマ人は風呂好きというけれど、みんなでワイワイやるより、こうやって一人で湯船に浸かり、静かに心を癒すのが好きだ。


 女の身体の風呂は乳房の浮力間や股間付近の水流の流れとかが違うので、男とは感覚が違った。

 けれど、水圧と浮力間が心地良いことに変わりはない。

 風呂は命の洗濯だ、とは誰の言葉だったか……


 ただ、男と違いマリアンの髪は湯で痛むので、頭の上に巻き上げてタオルで包んでいる。

 身体機能で優遇されている“ラグナ族”でもこれだけはやらないといけないらしい。


――ガラッ


「お嬢様、お背中をお流しします」


 突然、侍女のラナが風呂の戸を開けた。

 俺はびっくりして飛び跳ねる。

 タオルで前だけを隠しているが、裸である。


「だ、大丈夫だって! 俺一人でいいよ!」


 両手をバタバタとさせ断る。

 確かにマリアンはラナといつも一緒に風呂に入って、侍女として当然の事として、マリアンの髪や身体を洗っていた。


 けれど、いくら今までの女として生活した記憶があり、相手は幼馴染の侍女であり、俺の股間は物理的に勃たないとはいっても、裸の女性が隣にいたらぜんぜん心が休まらない。

 俺はさらに強くアピールして断った。


「わかりました。お嬢様、それでは脱衣場でお召し物の準備をしておきます」


 ラナは素直に下がった。


 とにかく真面目だなぁ……

 彼女はいつも一緒に風呂に入っているのに、可哀そうなことをしたと思ったが、こればっかりは譲れない。


「ふーっ……」


 俺は再び大きな浴槽で大の字になりぷかぷかと浮きながら乳房の浮遊感を愉しんでいた。

 すると……


――ガラッ


 またどこかの戸が開いた。

 ラナが入って来たのかと思ってみるが、今度は出入り口の戸ではなくサウナ風呂の方の戸が開いている。


 そこから出てきたのは男だ。

 俺のスローライフを恐怖と絶望のどん底に陥れている大魔王。


「あれーヒロシ。俺がサウナに入っている間に、風呂入ってたのー?」


 魔王はとぼけた顔で言う。タオルを巻いて陰部を隠すとか、そういう配慮はまったくない。モロである。


 こいつは全裸の男である。

 俺も全裸の女である。

 状況的にはかなりヤバイ。


「うわぁーっ!!」


 俺は思わず悲鳴を上げた。

 昔の俺は男子風呂に入って、男のナニを見ても声なんて絶対上げないだろうが、さすがにこの状況では16年間のマリアンの記憶と習性が上回り、貞操の危機を感じて大声をあげさせた。


「どうしました! お嬢様!!」

「へ、変質者が……」


 鉢合わせする全裸男と、メイドのラナ。

 これはきっと家から追い出されるのは間違いない。

 俺はそう思ったが……


 ラナの動きがピタッと止まる。

 まるで時間が停止したように……男の裸をみて硬直してしまったのだろうか?

 彼女も自分と同じく純情だし……


 いや、どうも様子が変だ。

 ぼーっとして、立ち竦んでいる。


「ラ、ラナ?」


 他にもおかしいことに気が付く。

 俺はかなり大きい悲鳴を出したと思う。邸宅中に響いたかもしれない。

 それなのに家の使用人が誰も来ない。


「……」


 ラナは立ち竦んでいたが、次に彼女の口から驚くべき言葉を発した。


「せっかくサウナに入ってイイ汗流してたんだからさー、大きな声だすなよー」


 今の発言はラナである。

 魔王リックの方は、サウナから出てきた男の行動として手順通り、冷水シャワーで汗を流していた。


「ど、どうなってるんだ!?」


 俺の驚きに対し、ラナが答える。


「ああ、俺は女の子に憑依する能力があってね。しかも精神を分けて集団で何人でも憑依できるんだぜ」


 そのラナの表情は、イタズラ小僧のような、魔王リックの表情だった。


「集団憑依……」


 つまり、こいつはクラスメイトも、ローザリア家の家人も、いつでも自分の支配下に置けるわけだ。

 ラナは操られたままくるりと反転し、浴場の外へと退出してしまう。


 俺が湯船内で呆然としている間、リックは冷水を浴び終えて同じ浴槽内に入ってきた。


「くはーっ、きくぅー」


 湯船に浸かって、風呂好きのオッサンみたいな声で呻く。

 俺は隣にいるそいつに対し、湯船の中で慌ててプライベートゾーンを隠した。

 今更とはいえ、急に羞恥心が強く込み上げてきて、魔王から視線を逸らす。


 こいつは魔王だ。

 間違いなく……


 俺はこいつを侮っていたのかもしれない。

 最初の出会いがネコだったし、スカート捲られたし、全裸だったし、オールでレースゲームしたし、ゲーム弱かったし。

 魔王なんていっても、たいしたことのない奴だと思っていた。


 でも、実際はとんでもない力を持っていたわけだ。


 俺は怖くなってきた。

 俺の精神はオッサンでも、身体はしっかり乙女。

 相手は若い男。

 もし何かされたら……


 しばらくの間、静寂と緊張が走る。


「なーヒロシ。男同士、裸の付き合いといこうぜ!」


 すると沈黙を破ってリックはいつものイタズラっぽい笑顔で話し掛けて来た。

 裸の付き合い……つまりなんでも包み隠さず語り合おうっていうことだ。

 男女の間で言うことじゃないが……


 けれど、俺の力ではこいつを止められないことは理解できた。

 俺は諦めたのか、意を決したのか、いろいろ訊いて見ることにする。


「お前、俺を転生させた魂の管理者と知り合いだっていってたじゃん。どういう関係?」


 頭の中で考えがまとまらないので、一番最初に俺に訪れた不思議、転生について尋ねる。


「レインのこと? 友達だよ。前にもいったじゃん」

「友達って……」

「友達は友達で、みな友達さ。世界に広げよう、友達の輪。ってね!」

「……」


 リックは両手で輪を作って見せる。

 誤魔化されたような気もするが……


「どうして車より早く家と学校を往復できるんだよ」


 俺の質問に対し、リックは湯面をバタバタさせて羽ばたくようなポーズをとった。


「オレ、いろんな動物とかに変身できるんだよね。鳥の速さは電気自動車よりずっと早いんだ。飛んでいけば直線距離だしさー」


 なるほど……

 こいつは猫だけじゃなく、他の動物にも変身できるということか。

 転生があるんだから、他に不思議があるかもとは思っていたけれど、現実的な世界だったので見落としていた。


 最後に、俺は一番重要な事を尋ねた。


「なんで、俺のところに来たんだよ」


 その質問を聞くとリックは湯船にどっぷり浸かる。


「そうだなぁ」


 リックは天井を見上げている。昔のことを思い出しているかのようだ。


「異世界から来た人とかって、会ってみたくならない?」

「……それだけ?」


 理由がただの好奇心だったので、俺はさらに問い返す。

 そんなことの為に学校や家人を操ってまでこんなところに来たのか?


「オレ、東京とかの話も聞いて見たいな。ヒロシがいた時の東京をさ」


 東京……ビルがたくさん建ってて、人がいっぱい歩いてて、電車が定時で走ってて……

 都会の事について何か語れと言われても、意外に特徴を思い出せない。20年以上住んでいたにも関わらず……


「だって、お前、俺を転生させた魂の管理者とかいう奴と友達なんだろ。東京の動画とかだって好きなだけ見れるだろ?」


 俺はさらに問い返す。

 わざわざ俺なんかに話を聞かなくても、調べる方法はいくらでもあるはずだ。


「直接、話を聞くのとは違うんだよなー」

「……」

「人の出会いは一期一会(いちごいちえ)ってね」


 つまり、こいつは俺に……マリアン・マルク・ローザリアではなく、鈴木弘に興味があってここに来たわけだ。

 俺は、タオルがはだけた所為で、マリアンの長い金髪を湯船に漂わせながら、ぶくぶくとさらに深く浸かっていった。


☆〇


「大丈夫ですか、お嬢様」


 風呂上がり、俺は脱衣所で横になっていた。

 身体にタオルを巻いた状態で長椅子に転がっている。

 ラナが団扇(うちわ)で扇ぎつつ、冷たい水を用意してくれている。


 俺はのぼせていた。

 魔王の所為で、普段より相当長く風呂に入っていたから。


 あいつは一通り話をしたあと、「喉が渇いた」と言ってさっさと風呂から出て行った。

 俺もすぐに出ればよかったんだけれど、いろんな事を考えてしまって、そのままずっと風呂に浸かっていたわけだ。

 結果、こうなったわけである。


 フラフラになったまま脱衣所に出ると、ラナは正気に戻って待っていた。

 慌てて俺に水を与えたり、身体を拭いたりと介抱してくれる。


「ふぅ……だいぶ楽になったよ、ありがとうラナ」

「お嬢様、部屋までお送りします」

「ああ、頼むよ」


 俺は脱衣所でいつもの紫の夜着に着替えて部屋に戻った。


「お嬢様があんなに長湯をされるなんて……お傍で控えていたのにも関わらず、ご注意できずに申し訳ありません」


 部屋に着くとラナが謝る。

 しかし、彼女は魔王に操られていたわけで、彼女の所為ではまったくない。


「大丈夫だよ、今日はいろいろあって疲れたし、もう寝るよ」

「はい、お嬢様お休みなさいませ」

「お休み、ラナ」


 俺はラナを退出させると、明かりを消して早めにベッドに入った。

 ほとんど徹夜同然でゲームしていたし、破天荒な魔王の所為で疲れていた。


 明日の事は明日考えればいい。

 今日はもう終わりにしよう。


 そう考えて眠りに堕ちようとしていた時……


――パァーンパァーン


 突然、部屋の明かりが付き、クラッカーのような音が木霊する。


「な、なんだ!?」


 銃声のような音だったので驚いて跳ね起きる。


 もう何度目の騒動かわからない。

 そこには魔王リックがいた。俺のいた世界でクリスマスに使うようなクラッカーを鳴らしている。

 猫は神出鬼没と言うけれど、もはやなんでもアリだ。


 こ、こいつは俺の安眠まで妨害するつもりなのか……


「お、お前……いい加減にしろよ!」


 学校で、風呂で、寝床で。

 こいつはいったい俺のスローライフを何回妨害したら気が済むんだ!


 俺は次第に怒りがこみ上げてきた。


 ところが、魔王はまったく意に返さない様子で机の上を示す。


「ヒロシー、ケーキ食おうぜ!」

「ケーキ?」


 いつの間にか、俺の部屋の机にケーキが置かれている。

 夕食のデザートの残りだろうか。


「寝る前にケーキはないだろ……」


 俺は文句を言う。

 確かに甘いものは好きだが、寝る前に食べると太るので遠慮したい。ラグナ族は太らないのは知っているが、気分の問題だ。

 もっとも、昔の俺は深夜に徹夜でゲームしていた時には、夜中にロールケーキみたいなのをよく食べていたわけだが……


「今日食べるから意味があるんだろー?」


 今日食べるから意味がある?


 俺は、置かれたケーキを見る。

 そして気が付いた。


 ケーキにはローソクが42本立っている。“鈴木弘”は数え年で厄年だから、満年齢で今日、42歳になった。


「な、なにこれ?」

「誕生パーティだよ。ヒロシの」


 俺はリックの行動が理解できず、呆然となる。

 風呂に入ってのぼせた時よりも顔が紅潮していたかもしれない。

 けれど、このリックという男が俺の誕生日の用意をしていたのは理解できた。


「なんでお前が俺の誕生日を知っているんだよ!」


 俺は驚いて抗議する。

 しかし、リックは答えずにガスライターでローソクに火を灯している。


「ほらー、はやくフッてやって、フッて」


 リックは全部に火を付けると、俺に消せと言わんばかりに手招きする。


「ば、ばかだな。オッサンの俺が誕生日なんて祝ってもらっても嬉しいわけないだろ」


 俺は東京の大学に行ってから、誰かに誕生日なんて祝ってもらったことは無い。

 それに、誕生日の事なんて忘れている。


 こんな多くのローソクがたくさん立っているケーキなんて見窄(みすぼ)らしい。

 42本もローソクを立てたら、イチゴを載せるところがないじゃないか。


「ふふ……そりゃーあ違うなぁ?」

「え?」


 魔王は人の心を見透かした悪魔のように悪戯っぽく言ってきた。


「マリアンもヒロシも同じ魂。マリアンは自分の誕生日パーティをとても喜んでいる」

「……」

「ヒロシも嬉しくないわけがない」


 ……そうだ。

 俺は、自分の誕生日なんて誰も喜ばないことを理由にして、(いや)だと思うか、記憶から消し去ってしまっていただけだ。

 子供の時は、そりゃあ誕生日が嬉しかった。

 欲しかったゲームを買ってもらって……

 それで友達とずっと遊んで……

 そういう楽しい記憶を消し去っていただけに過ぎなかったんだ。


「オレがプレゼントしたゲーム、気に入った?」

「……」


 ……そうだ。

 こいつは昨日……いや日付が変わって今日。俺の好きなレースゲームを、“プレゼントだ”って言って渡してきた。

 それで一緒に遊ぼうぜって……

 あれは……俺の誕生日の……


 俺は……

 俺はオッサンだ。

 陰キャのアラフォー社畜で、人にプレゼントをやったりもらったりして喜んだりしない奴だ。


 そんな……こんな俺に……


 視界が潤んで歪む。


 お、女の身体は涙腺が緩いじゃねーか!

 クソッ、まったく不便な身体だぜ!


「お、お前だって俺の事。本当は軽蔑してるんだろ? オッサンのくせにこんな女の子に生まれ変わってさ。情けない奴だって!」


 俺は、思わずそんな卑下(ひげ)したことを言ってしまう。

 けど、リックは急に真面目そうに答える。


「そんなことないさ。ヒロシは何も悪くない。だから無理しなくていいんだぜ」


 俺は何も悪くない……

 俺はずっと社会の義務に一生懸命あわせて、俺なりに精一杯生きてきた。誰にも迷惑が掛からないように、目立たないように……


「ほら、ヒロシ。誕生日おめでとさん」


――パチパチパチ


 魔王は俺に拍手している。

 俺は……25年ぶりに、俺の誕生日に他の誰かに「おめでとう」と言われた。


 鈴木弘としての記憶の欠落以上に、もっと前から、何か忘れていた大切なものを思い出したような、そんな気持ちだ。


 俺の優雅なスローライフは少し軌道修正することになったけど、そんなに悪くない。

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