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中編

 僕がそう告げると、フレイの悲鳴がやんだ。

 よかった、生きているってわかってもらえた、と僕が思っていると誰か……というかラズが近づいてくるのを感じた。

 僕が声を上げると同時に、ラズの方から感じていた“脅威”が霧散する。


 それこそ初めからなにもなかったかのように。

 そこで僕のフレイを掴んでいた方の腕をラズがつかみ、グイッっと上に引き上げる。

 どうにか立てたと思っていると、そのままラズに僕は抱きしめられた。


「ラ、ラズ……苦しい」

「……死んだかと思った。倒れて動かなくなって、周りには赤い液体が広がっているから」

「ああ、あの赤いのはトマトケチャップだよ。さっき持っていたから」

「……それでも俺は、リトが死んだかもしれないと思って、怒りで我を忘れそうになった」


 静かに、悔いるように僕にラズが告げる。

 心配させてしまった、そう僕は思いながらも、


「で、でも僕は無事だったわけで……あ! 僕、ケチャップまみれだからラズの服も汚れちゃう、というかもうすでに汚れてる」

「後で洗えばいい。服と一緒にシャワーを浴びるてもいいのだから。後で一緒に洗おう」

「うん」


 といった会話をしていると、そこで僕は、何かを感じた。

 ポケットにはいっている硬貨の一つに触れて、特殊能力チートで防御の壁の魔法ををコピーして発動。


 それと同時にラズも、同じような魔法の壁を作り上げていたようだった。

 結果としてより強固となった壁は、再びの不可視の攻撃に容易に耐えた。と、


「さき程と同じ強力な風の魔法を防ぎますか。やはり油断していないと地面に倒すこともできそうにないようですね」


 嗤いながら赤い髪の男は告げる。

 それにラズから再び先ほどのような、“怒り”を伴った魔力の動きを感じる。

 前よりも鮮明にそれを感じた僕は、


「駄目だよラズ、あの二人の挑発に乗ってはだめだよ!」

「……そうだな。リトは生きていたから、大丈夫」


 ラズが途切れ途切れに呟き、さらに強く僕を抱きしめる。

 ちょっと苦しいので緩めて欲しい気持ちに僕はなった。

 そこでそんな僕達を放置してリフが、


「どうやらあなた方の目論見は外れたようですね。どうされますか?」


 その問いに答えたのは青い髪の方だった。


「そうだな……ここの装置が上手く“動く”事は分かったから、いや、もしかしたらこれから君達に壊されてしまうかもしれないのか。折角、適性関係なしに上位存在になれる装置だったのにな。そこにいる元の“ラズ”のようにね」


 上位存在と呼び、ラズの名前を呼ぶ。

 だがラズは無視したままだった。

 それにつまらなそうに青い髪の男は、


「戻ろう、イオ。今回は起動させてみて、彼らが来たら様子見するだけの予定だったし」

「そうですね。この程度では彼らに傷すらつけられないことも分かりました。それに、まさか以前敵であった人物と一緒に居るというのは、なかなか興味深いですね」


 敵といって面白そうに赤髪のイオと呼ばれた人物がフレイ達の方を見る。

 そこで、雷が彼らの方に向かって落ちる。

 リフが魔法を使ったらしい。


 激しい音と光ではあったが、


「これは、怖い怖い。では退散しましょう。ラズ様に顔見せもできたことですからね」


 赤髪のイオという人物がそう言うと、青い髪のもう一人と共に僕達の目の前から消えてしまったのだった。










 顔見せであったその人物達がその後は何もせず、消えてしまった。

 とりあえず現状はどうにかなった、という事なのだろうけれど、よほど心配だったのか今度はラズが後ろから抱きついたまま僕から離れない。

 先ほどの件で心配させてしまったのでしばらくこういう状態のままにしておくと僕は決めてから、ようやく先ほど僕の身に起こった出来事について考えて……がっかりした。


「うう~酷い目に遭った。折角トマトケチャップでパスタを作ろうと思ったのに」


 そう呟いて、転がった瓶を見る。

 中身にはほとんどケチャップが残っていない。

 水のような物がこの世界のケチャップであったらしく、綺麗に周りに散らばっている。


 しばらくすればここ一帯の草の養分になってしまうだろう。

 もったいないなと僕が思っているとそこで、フレイが面白そうに笑う。


「リトは変だ」

「そうかな?」

「さっきとても怖い思いをしたはずなのに、もうこんなに元気だ」

「僕は思いっきりがいいって姉ちゃんに言われたことが、そういえばあったかも」

「怖くてずっと死んだふりをしていても不思議じゃないかな」

「でもラズが凄く心配しているみたいだったから。怒っていたみたいだし」

「? そうだったんだ」


 不思議そうにフレイが僕に言う。

 でも僕は凄くそれを感じたのにどうしてだろうなと思っているとそこでリフが、


「それを感じたのですか?」

「う、うん、そうです」

「……やはり異世界人は色々と規格外ですね」


 と、一人で頷き、それ以上は話さない。

 ただ僕がラズが怒っているというか魔力の動きを感じたのは異常なようだった。

 そこでリフが、


「まさか竜族の“逆鱗”に触れてしまうとは。それだけ大切に思われているという事ですね」

「竜族の“逆鱗”、ですか?」

「そうですよ。怒りで、“本性”が現れてしまうのですが……現在のラズは普通の竜族ではないので、何が起こるか分かりません」


 との事だった。

 そんなとんでもないことが起ころうとしていたなんて、どうにか生きているって伝えられて良かったと僕が思いつつ、


「でも、そういえば倒れていた時、“声”を聞いた気がする」


 それに反応したのはラズだった。


「……“彼等”が落ち着けと煩かったが、それか?」

「“彼等”? 彼等って誰?」

「……そういえば、誰だ?」


 ラズが不思議そうに言うが、ラズと同様僕もよく思い出せない。

 その声がどんなものだったのかも今はよく思い出せない。

 それがとても気持ちが悪い。


 だから思い出そうと頑張っているとそこでリフが、


「とりあえずは移動しましょう。いつまでもこの場所にいるのは不愉快ですし、町が本当に元に戻っているのかも確認しないといけない」


 そう、言ったのだった。








 宿にやって着て目的の部屋にやってくると、そこには、一人の少年がいた。

 背丈は僕と同じくらい。

 けれど雰囲気はとても落ち着いて大人びている。


 短い水色の髪に鮮やかな緑色の瞳をした少年だった。

 着ている服装は、僕の知っている魔法使いのローブに似ている。

 ノックをしないで開けたののが良くなかったのかもしれない。


 不機嫌そうに僕達の方を見て……次に、驚いたようにラズの方を見て、


「……まさか」

「……久しぶり。ノエル」


 そう小さく呼ぶと、ノエルの表情が泣きそうな笑顔になる。


「そっか、戻ってこれたんだ。皆、きっと戻ってくるって言っていたけれど、本当に戻ってこれたんだね」

「……ああ」

「でも突然僕の所に来るなんて、もしかして先にブラックベルに会ったのかな? いや、それも含めて積もる話もありそうだから……そうだね、そちらの陰険エルフ魔法使いと、可愛い猫耳王子様と……カズキに似た少年、三人も狭い部屋だけれど招待するよ。でもその前に、カズキに似た少年とラズはその赤いペンキ? か何かにまみれているからシャワーを浴びてきた方がいいかもね」


 そう言ってノエルは僕達に部屋に入るよう促したのだった。






 そこで僕とラズは、ケチャップまみれになっていると気付いて、僕たちはシャワーを借りることに。

 それから、ノエルから話を聞くことになった。

 まず僕が確認したかったのは、


「ラズは……やっぱり英雄の一人なんですよね?」

「そうだよ。見間違えるはずはないし、彼も僕の事を覚えていたみたいだし。“約束”があると戻って来れるという伝承が本当でよかったよ。……もう一度会えて僕は嬉しい」


 ノエルが嬉しそうにそういう。

 でもノエルが自分の事を覚えていた、と嬉しそうな所悪いが僕は、


「実は、ラズは記憶喪失なのです」


 その説明に、ノエルが凍り付いた。

 けれどすぐに不思議そうに僕の方を見て、


「記憶喪失といっても僕の事は分かったみたいだけれど」

「何だか知識が制限されているらしい……。こうやって英雄本人に会っても記憶が戻るみたいなんだ」

「制限……なるほど。元の、あの知識と力を行使するのはさすがに危険か」


 ふと何かを思い出すように遠い目でノエルが呟くが、そこでリフが付け足した。


「ただ記憶に制限がかかっているとはいえ、力そのものは以前よりもはるかに強くなっているようです。魔法も以前より使えるようになっているようですし」

「……やはり変わってしまっているのか。半身の球がただのガラス玉のようになっていると聞いていたから、予想はしていた」


 うつむくように、ノエルはそう呟く。

 だから僕は、


「そう、それで、変な奴らがラズの半身を持っていて、ラズを操ろうといていたのです」

「……え? ですがあれは、戻ってくるからと、ラズの兄君達が大切に保管しているはず……本当にラズの半身の球だったのですか?」

「はい、ラズがそう言っています」

「そうだとすると……うん……」


 そうノエルはいってから僕たちの様子を見て何やら一回うなづき、


「ラズにはリトがいるしね。大丈夫かな?」

「そうなのですか?」

「そうそう。でもここまでラズが懐くのって、不思議だね。どんな出会いがあったのかな?」

「出会い……出会いは、この世界に飛ばされてすぐに、ラズが僕の目の前に降って来たんです」

「……その経緯を詳しく」


 といわれたのでこれまでの出会いや、竜族に追われた事、僕の能力でやり過ごしたり、後は、ラズがやけに自分が怖い存在になっているようだと気にしていた話をした。

 それを聞いたノエルがじっとラズに目を凝らすように見て、


「確かにとても怖いような気配がよく目を凝らすと見えるような気もする。でも、今は上手く隠せている気がする」

「? 僕から見ると、ラズは全然変わっていないように見えるのですが」

「……異世界人は鈍感だったりするから。君も魔法のない世界から来たのかな?」

「は、はい」

「そのせいもあるのかも。必要のない能力は、多くの場合退化してしまうから……でも、それがむしろいいのかもしれない」


 そう言ってノエルはひとり納得しているようだった。

 どういう意味だろうと僕がそれについて聞きだす前にノエルが、


「以前倒し損ねた“彼等”が、今度は竜族の方に接触したらしい……そういった情報が僕達に入って来たのです」


 そう真剣な表情で僕達に告げたのだった。








 “彼等”が竜族と接触したらしい、それを聞いてすぐに先ほど襲ってきた人達が竜族と関係しているのか、そのせいでラズが襲われているのか……聞きたいこと外xs津ペンに僕の中で膨れ上がる。

 けれど、それに関して知りたいのはリフ達も同様だったようだ。

 フレイがピンと猫耳を立てている横でリフが真剣な表情で、


「……“彼等”とは、あの、先の大戦の残党ですか?」

「……ええ。貴方にとっても、因縁のある方々です」

「とどめを刺し損ねたあの五人ですか。僕としたことが致命傷すらも与えられなかったあの……」


 そう言って暗く笑うリフ。

 その瞳が暗いもので、怒りを孕んでいるのが見て取れる。

 しかもその横でフレイも、怒りからなのか小さく震えている。


 その様子を見ていたノエルが、


「王子様も、未だに許せないかな?」

「あたりまえだ! だってアイツらのせいで僕の父は……」

「まだ、後遺症が幾らかあるのですか?」

「……だいぶ以前みたいに笑うようになって、外も出歩けるようになったけれど……。昔は“賢王”だって呼んでいたのに、今は“悪逆の王”ってずっと呼ばれている。そしてお前達は、“英雄”ともてはやされている」


 フレイはそこまで言ってからぎりっと歯ぎしりする。

 そんな府令をそっと肩を抱いて落ち着かせるようにリフがしながら、


「僕達と貴方方は敵同士だった。そして今は……最終的に、我らが主はそこのラズのおかげで命を取られることはなく元にある程度は戻されたとはいえ、すぐに仲良しとはいきませんよ。それに……いまだに主を悪く言う方もいますし、主自身も元には戻っていませんし」

「それはそちらの事情だ。そもそもそこにいるフレイ王子の病を治したくて、彼らの甘言にお前の主が乗ったのが、先の大戦の原因だ。そのせいでどれだけの……いえ、今はそれを話している場合ではありませんね。同一の敵という事で協力できるわけですからね。気に入りませんが貴方の力は僕達が一番よく知っている」


 そう言ってノエルが言葉を切る。

 リフもそれ以上は何も言わず、フレイはぐっと言葉を飲み込んでうつ向いている。

 ただ今の話を聞いていて僕が思ったのは、


「フレイのお父さんは、今、体の調子が悪いのかな?」

「……うん。だいぶ良くなっていたから、だから僕もリフについてこれたのだけれど……」

「もしかしたら、僕の特殊能力チートでもとの体の状態に戻せるかも」

「! 本当!?」

「概念に作用する能力らしいから、過去の良い状態に戻せるかも」

「そう……なんだ。はは……そっか。うん……“罰”がこれで、終わるかもしれないんだ」

「……えっと」

「“彼等”にそそのかされて手に入れた力で、父はああなったけれど、その力を失ってから、辛かったから。全部、僕のせいなのに……“罰”を受けるのは僕でいいはずなのに」


 フレイがそう小さく呟いて、僕はどうしようかと思っているとそこでラズが、珍しくうっすらと額に汗をかきながら、


「それは“罰”ではないと思う。獣人の回復能力は異様に高いから、回復するのにそこまで年月がかかるとは思っていなかった気がする」

「……」

「計算上は数か月だったはずだ。……どうしてそうなった」


 フレイが無言でラズを見た。

 そしてそれにリフが、


「……確か、フレイの父君であるニヨルド王は“彼等”に、ラズが去った後に攻撃をしていましたね。流石は我が主と思っていましたが、今考えると相当無理をしたのでしょう。それが原因かもしれません。……もう少し御身を大事にして頂くよう今度も言っておきましょう」


 嘆息するように呟くリフが次に僕を見て、


「ですが、元に戻せるのならばぜひそうして欲しいと思います。お願いしてよろしいですか?」


 それに僕は頷く。

 そこでノエルが、


「その抜けている所は、カズキに似ているね」

「え、いえ、僕、結構しっかりしていると思います」

「うんうん、そういう所も似ているね。でも……ラズがここまでリトに懐いているのは、見たことがないからきっとラズは、“リト”を気に入っていると思うよ」

「? そうなのですか」

「そうなのです」


 ラズが気に入っていると聞いて、しかもこんな風なのは僕に対してだけらしい。

 小さな優越感が僕の中で生まれて、心地がいい。

 そこで、再びノエルは真剣な表情になった。


「竜族が“彼等”と接触したらしいというのは……たまたま、遠距離通信でラズのお兄さんから相談を受けていた時にポロリと『もう、彼らに頼るしかないか』と言っていたのがそもそもの発端だったんだ。それ以降、ラズのお兄さんとは連絡がつかなくなり……各地で魔物が発生し、竜族の動きもおかしくなった。獣人の方々はそれを感じたりはしませんでしたか?」


 そこでノエルが話を振るとリフが、


「竜族の動きがおかしいのは観測しています。また、見覚えのある魔獣が、各々の場所で観測されて、僕はその調査も兼ねて、“彼等”がまた動き出したのだと思い、一番情報を持っていそうな貴方方を探していたのです」

「そちらではそれに関する情報は、どの程度手に入っているのですか?」

「ほぼ無いと言っていいでしょう。ほんとうは貴方方と接触して竜族のあの国の様子を見に行く予定だったのですが……竜族の国に今度は入り込んだと?」

「……それを確認するためにブラックベルはひとりで様子を見に行くことになりました。僕に怪我をさせたくないと、一人の方が身軽だと言って」

「……どれくらいで戻ってくる予定ですか?」

「すぐにでも様子を見て戻ってくると聞いています。だから僕は、ここで待っているのです。それに竜族の、ラズのお兄さんはラズをとても大切にしていましたから……仲間であるブラックベルをそこまでひどい扱いはしないと思うのです」


 そうノエルが言うけれど、そこで僕は、


「でも竜族は、ラズを……攻撃して捕らえようとしていたみたいだったんだ」


 これまであった襲撃を、僕はノエルに話したのだった。

 









 ラズが竜族に追われている。

 普通であれば、ラズのお兄さん達がラズを連れ戻してきたと言えるけれど、僕の話を聞いてノエルが、


「まるで、ラズの力を試しているようにも見えますね。ただ、半身が影響しているのを見るとラズは“まだ”この世界の住人のようで安心しますね。今はそこまで……最後に別れた時ほど“異様”ではありませんから」


 ノエルがポロリとこぼした“異様”という言葉に、一瞬、僕を抱きしめるラズの手が震えた。

 だからそっと僕はラズの手に僕の手を重ねてから、


「ラズはラズのままです」

「……そうですね。つい、ね。話を戻しましょう。今の話から、どうも“彼等”の目的も戻ってきたラズのようですね。……となるとこれからもラズに“彼等”は接触してくることになりそうです。その内の一人でも捕まえてはかせれば、目的は分かるでしょうか?」


 さらっと怖い事を言い出したノエル。

 だがこれからもその“彼等”が僕達に接触してくるかもしれない。

 そう思うと先ほどの件が僕に甦る。


 僕のあの付加されたものであったからあの程度で済んだのだけれど、もしもそうでなかったらと思うとぞっとする。

 とはいえ、これからはもっと以前よりも魔力に敏感になっているから気づきやすいはずだ。

 その点に関してはあの人達に感謝……。


「あれ、あの人達って誰だっけ」

「? どうした? リト」

「ラズ、僕が攻撃された時、あの場に居たのは敵の二人と僕達と……他に誰かいたっけ」

「いなかったはず。でも、あの場所はあの人達や前の俺に近いから……近いから、どうなんだ?」


 そこでラズも不思議そうに呟く。

 その辺りの記憶は欠如しているらしい。

 もしかしたなら僕が感じている誰かの存在もまた、ラズと同じように制限されているのかもしれない。


 となるとその人達が僕をこの世界に呼んだのに関係があるのだろうか?

 疑問がふつりと僕の中に沸いて悩んでいると、そこでリフが、


「そちらは、“彼等”についてどの程度知識を持っているのですか?」

「“彼等”の主要人物は五人。そのうち四人の名前が分かっている程度です」

「こちらもそれくらい、と言いたい所ですがその四人が髪の色と同じ属性の強力な魔法を操る、という程度でしょうか」

「その情報はありませんでしたね。ありがたく頂戴します」


 そう答えたノエルだけれど、僕は名前を知らなかったので、


「あの、ノエルさん、僕にも名前を教えて欲しいのですが」

「その敵と思われる名前はイオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト、だよ」

「……何故その名前にしたし」


 突っ込みどころのある名前だなと僕は思うとそこでノエルが不思議そうに、


「その名前、何か関連があるのですか?」

「うん……この世界の言語が僕の中でどう訳されているか分からないけれど、それらの名前は、僕の世界のガリレオ衛星と呼ばれる物と同じ名前なんだ」


 そう僕は答えたのだった。








 以前調べていた時に見つけた、ガリレオ衛星と呼ばれる、木星を回る小さな星、つまり衛星のうちの四つ。

 それが、今の僕達の敵であるらしい人物たちのうち四人に当てはまるのだ。

 でもそれらが異世界である、僕達の世界の名前と一致するのだろう?

 

 僕は首をかしげながら、


「やっぱり偶然なのかな」

「どうだろうな。……この世界は、リトのいた世界に近いのかもしれない。カズキもリトと同じ世界の人間だし、その世界のものから名前を取ったのかもしれない」


 ラズが僕を抱きしめながらそう言う。

 世界が近いから、その名前を取った。

 だとしたら関連があるのかもしれない。


 そこでノエルが、


「その衛星以外にも、他の衛星はあるのですか?」

「うん、もちろん沢山」

「では、今だに不明な五人目の名前の特定は出来そうにないですね」

「? 全員の名前が分かっているわけではないのですか?」

「ええ、五人目の名前はまだ誰も知りません。存在はしているようですが。そしてその人物こそが、彼等の長であるようなのです」

「会ったことも見たことも無いのですか?」

「そうですね……実は本当は“存在”していない、というオチも可能性としては考えているのですが、彼らの上位に位置する人物が長であるそうです」


 ノエルがそう説明するのを聞きながら僕は、その人物が存在しないかもしれないといった推理物のような可能性も聞きつつ、衛星とその上位、といった関連性から、


「ジュピターとかユピテル、木星に関係のある名前だったりしないのかな? 思い当る名前はありますか?」


 木製の周りをまわる衛星で、それよりも上位の存在であるのならまず木星が来そうな気がするのだ。

 だから問いかけるとノエルが首を振り、


「すみません。その名前は僕に覚えがありません」


 どうやら関係ないらしい。

 ただ単に偶然一致しただけなんだと僕が思っているとそこで、険しい顔をしたリフが手を挙げて、


「その名前、ユピテルには覚えがあります。確か、古い文献で、魔王の中で最上級のものは、魔神と呼ばれ、それをユピテルと呼んでいるようでした。ただ、魔王に関する記述はあまり多くないですから、その情報が正しいかどうかは分かりませんが」


 最後に間違っているかもしれないと付け加えるリフ。

 実際に間違っているのかもしれない。

 そうであって欲しいと僕は思う。


 だってこの世界の魔王は……そう思っていると、ノエルが、


「では間違いでしょう。少なくとも彼らの長が、僕達の仲間の“ラズ”ではありませんからね。それは読み間違いか、記載間違いでしょう。どうせ写本なのでしょう?」

「そうですね、誰だか分からない人物が写し取ったものですね。古い文献は目にする機会があまりないですから、僕もその文書でしか見たことがありません。そして彼らと同じ名前も」

「いつ頃の文献か分かりますか?」

「ざっと400年前のものでしょうか」

「……それくらいならあの人の国にあるかもしれない。あちらと連絡をとり、その頃の文献を事前に用意しておいてもらいましょう」

「よろしいのですか? 元敵ですよ? 僕は」


 楽しそうにリフがノエルに告げると、ノエルが面倒そうな顔になり、


「魔法に関するものではないし、今はそれよりも“厄介な事態”になっているのだから仕方がない。……連絡を取るなら、ラズも話す? カズキもラズの事を心配していたし」


 そこでノエルがラズに話しかける。

 カズキ、僕と同じ世界の同じ国の人。

 ラズとの関係は分からないけれど……そう思いながら見上げるとラズが小さく優し気に微笑んだ。


 それに何故か不安を僕は覚えてしまう。

 胸が痛むような、妙な感覚。

 どうして僕はそんな感覚を覚えるのだろう、そう一人悩んでいるとそこで傍にある箱をいじっていたノエルが、


「遠距離通信の機械装置がおかしい。どうしたんだろう、困ったな。ラズ、ごめん、話は伝えておくから、後で会話でいいかな。原因特定に少し時間がかかるかも」

「構わない。それに、カズキの事は……俺はまだよく思い出せないんだ」

「そう、なんだ」

「ただ、名前を聞くと少し楽しい気がする」

「……そっか」


 ノエルがそれを聞いて少し黙ってから、次に時計を見て頷く。


「今から港に行けば、定期便に、今日最後の定期便に乗れて、“ゴンドワナ大陸”に行ける。そこからなら鉄道が走っているから、それほど時間がかからずに首都の“ミラードール”に辿り着けるはず。……浮遊大陸の様子がおかしいのもあるから、少しでも早くラズ達をあそこまで連れて行った方がいいか」


 一人呟き、次に僕の後ろにいるラズを見て、


「これまであったことも、本に関してもこちらから伝えておきます。今は少しでも時間が惜しい。今すぐ港に向かってください」


 というので僕たちは急いで港に向かうのだった。





 それから宿を出て、誰が一番で港に着けるか競争とフレイが言い出し、大人気がないリフがフレイを追い越していったりして、どうにか港に着く。

 そこには先ほど話を聞いた船長たちがいて、料金を支払い、船に乗ることに。


 夕暮れ時に“ゴンドワナ大陸”に着くそうだ。

 船に乗る時間は数時間。

 安すぎる部屋よりも少し上等な部屋に僕達は乗ることにした。

 

 二人、二人の部屋に僕達は乗り込むことに決めた。

 部屋は、僕とラズ、隣の部屋にはリフとフレイが。


 そして分かれて乗り、いざ新大陸へ、といった夢と希望がありそうなセリフが動き出した頃には脳裏をかすめて、船に着いた小さな窓から海をしばらく見ていた僕は、


「……僕、そういえば船は初めてだったんだ」

「大丈夫か、リト」

「うん、このまましばらく寝食ってしまえば大丈夫だと思う。船酔い用の薬、買っておけばよかった」

「確か上の方の階に、売店があったから薬と飲み物を買ってくる。少し待っていてくれ」

「う、うぎゅ。この世界の薬は僕にも効くのでしょうか」

「……分からない。少なくとも食事は出来ているし、効くかもしれないから買ってくる」

  

 ラズがそう言って僕から離れていくのが見える。

 ぱたんと木の扉が閉まる。

 薬は僕にも効くのだろうか?


 確かにこの世界のご飯は食べられたけれど薬はどうなんだろう、といった同じ思考が繰り返されて、段々い意識がぼんやりとしてくる。

 きづけば瞼が閉じられて、しばらくは静かだったのに、周りでがやがやと沢山の人が話しているような感覚を覚える。

 なんで大勢で楽しそうに話しているんだろうと思っていると、


「よし、くじは全員持ったかな」

「持ったよ」

「絶対に当りを引いてやる」


 といった楽しそうな声が聞こえる。

 そしてそのくじ引きの結果が出たらしく、その中の一人が嬉しそうに声を上げた。


「やった~、今回は僕が遊びに行けるよ」

「羨ましいな~」


 声は聞こえるけれど、その姿はもやもやとして僕は見えない。

 人は沢山いる気がするのに、その人達が誰なのかよく分からない。

 そう僕が奇妙な感覚に囚われているとそこで、


「あれ、リトが来ているよ」

「本当だ、リトだ」

「リトがいる」

「なんで?」

「……船酔いしちゃったみたいだね」

「船酔いでここまで来ちゃうんだ」

「ラズは?」

「薬を買いに行ったみたい」

「効果ないだろうね」

「ないよね~」


 どうやら船酔いの薬が僕には効果はないらしい。

 うう、と小さく呻いているとそこで彼らのうちの一人、確かくじが当たったと言っていた人物の声が、


「でも辛そうだから眠る方がいいかもね。ばいばい」


 そう言って、そこで音がぷつんと僕の周りから消えて、そのまま意識が無くなってしまったのだった。








 上の階に行くと、思った通りに売店がある。

 船なので酔い止めの薬があるかと思って聞いてみるとすぐに出してもらえた。

 それと冷たい飲み物を一本購入して、リトの待つ船室に向かう。


 きくかは分からないが、聞いたらいいなとラズは思う。

 リトが辛そうなのはラズが見ているだけでも辛く感じてしまう。


「俺にとって、リトは大切だから」


 小さく呟いて再確認する。

 初めてであった時、助けてくれたのも、異世界人としての能力のためかラズが怖くないと言ってくれたのも嬉しくて、好きになった。

 その前に一目見た時、容姿が好みだったのもあるが。


 けれどその後も一緒に居ればいるほど、ラズはリトに惹かれてしまう。

 ただの会話が楽しい。

 一緒に居るだけで、楽しい。


 これが好きだという感情なのだろうとラズには理解できた。

 リトと一緒に居られる時間が、今は何よりも大切に感じられる。

 後どれ位一緒に居られるのだろう。


「これからも一緒に居たい」


 無理だろうとは分かっていても、ラズはそう呟いてしまう。

 けれどその言葉は、あまり好ましくない人物に聞かれていた。 


「あの異世界人リトと、これからも一緒にいたいのですか?」


 嗤うような声音にラズは振り向かない。

 

「この前のリトを殺そうとした奴らの仲間が、俺に何の用だ」

「振り返らずとも分かるのですか。ですが今回は、貴方と話をすることが目的ですから、彼には手を出さない予定です。もっとも、話を聞いていただけないのでしたら、その限りではありませんが」


 遠回しの脅しに、ラズはまだ振り返らずに、


「リトに薬を届けてからでかまわないか」

「分かりました。甲板に後程来て頂ければと思います」


 そう、その人物が告げて去っていく。

 そこでようやくラズは振り返る。

 まるでその場所を白く塗りつぶしたかのような、白い長い髪が見えたのだった。









 ラズが船内の客室に戻ると、懐かしい気配の残り香がした。

 彼らがリトをこの世界に連れ込んだのだから、接触があったのかもしれない。

 今だに彼らがどういった人物達だったかは思い出せないが、ラズが歓迎されていて、ラズも彼らを好ましいと思った記憶はある。


 そして彼らの知識も力も、この世界の者達では今現在、太刀打ちできないのも知っている。

 だからだろう、ラズは小さく呻いてしまった。


「リトの船酔いを治してくれてもいいのに」


 うんうん唸りながら青い顔をして眠っているリト。

 顔色の悪さはラズがここから出る時と同じ。

 ただ眠れてはいるようだ。


 うなされてはいるが。

 そしてこの状態で飲ませるわけにもいかず、ラズはリトを軽く揺さぶる。

 小さく呻いてうっすらと瞼が開かれる。


 けれど目の焦点があっておらずぼんやりしている。

 しかもすぐに目を閉じてしまう。

 これでは薬が飲ませられないなと、タブレット上のそれを見ながらラズは、リトの唇に目をやる。


 邪な思いがラズの脳裏によぎる。

 まだ、でも、どうだろう、今なら、リトの意識はそんなにはっきりとしていない。

 今はいい機会で、これからはあるのか分からない。


 千載一遇のこの機会、みすみす逃す手はあるのか。


「……これは、リトのためだから」


 自分で言って誤魔化して、ラズはタブレットと飲み物を口に含み、それからぼんやりとしているリトに唇を重ねた。

 舌で唇を割り流し込む。

 リトが小さく震え、飲ませた薬が嚥下するのを感じた。


 こんな形とは言えキスできたのはラズにうれしい。

 唇を重ねるだけの行為なのに、まだしばらくこのままでいたい気がする。

 けれど、長くすればリトに気付かれてしまう。


 名残惜しくなりながら唇を放して、先ほどのように横にならせる。

 リトは起きない。


「これで少しでもよくなるといいけれど」


 ラズはそう呟きながらも、この船に乗るのはあと数時間程度。

 そうすれば船酔いとはあまり関係が無くなるだろう。


「さて、行くか」


 約束は約束だ。

 それに、リトに危害を加えられてはたまらない。

 この前はどうにかなったけれど、


「もしも、リトに、何かあったら、許せない」


 小さくラズは呟き、その場を後にしたのだった。









 船の甲板に出ている人物はそれほど多くなかった。

 船員らしき人物もいるが、どちらかというと閑散としているように思える。

 子ずれの親子が、良い景色だねと談笑しているのを横目で見ながら、ラズは目的の人物を探した。


 もっとも、異彩を放つあの髪の色と魔力の気配で、すぐにどこにいるのかが分かったが。

 あまり話したくない、そんな気持ちからかラズの足取りが重くなる。

 けれどそんなわけにもいかないと進んでいくと、海を眺めているように見えるあの人物が目に入る。

 

 白い長い髪がなびく。

 とても印象的なのに記憶には残らないような気味の悪い感覚が付きまとう。

 そこでその人物が振り返る。


 灰色の瞳が、楽しそうに歪む。

 気持ちが悪い、ラズは嫌悪感を覚える。と、


「よくいらっしゃいました。そして、彼によく似ていますね」

「彼? 貴方のお兄様ですよ」

「……兄と似ていたからどうした」


 背筋に嫌な汗が流れるのを感じながらラズはそう問いかけるも、その人物はそれに答えず笑って誤魔化す。

 そして代わりにというように彼は、


「私の名前はエウロパと申します。お見知りおきを」


 そう自己紹介したのだった。








 エウロパと名乗った白い髪の男。

 彼は敵だ。

 そしてラズを襲い、リトを……。


「お前の顔を見ていると、よくもリトを殺そうとしたなと怒りが湧いてくる」

「困りましたね。怒りで我を忘れてしまっては、お話合いは出来ない……と言いたい所ですが、その状況の方が我々にとっても好都合です。貴方の大事な“リト”を殺そうとしたのも、それが理由ですから」

「……ここで俺が怒りに我を忘れたら、船が沈む。リトに迷惑がかかる」

「なるほど、貴方の行動原理の全てがあの、異世界人である“リト”であると、そういう事ですね。話に聞いていた通りです」


 エウロパがラズを楽しそうに見て告げる。

 ラズは弱みを握られたような気持になり、不愉快さを感じた。

 そこでエウロパが嗤う。


「それほどまでにあの異世界人が気に入っているということですか。なるほど」

「……何が言いたい」


 もったいぶった言い方にラズは苛立ちを覚える。

 ラズが気づいていない“何か”を彼は気づいているのだろうか?

 よぎった不安を裏付けるように目の前のエウロパは告げる。


「貴方が竜族の浮遊大陸から追い落とされた後に、あの“リト”という異世界人と出会ったのを知っています。それから今日まで、一体どれほどの日数が経過したのか、と」

「……愛に時間は関係ない」

「それほどまでに気に入っている、そして時間は関係ないという。でも、私は今のように記憶に“制限”をかけられる前、英雄としていた貴方を知っているのですよ」

「……それがリトとどのような関係があると?」

「本当に思い出せないのですか? コノエカズキの事が」


 コノエカズキ、とこのエウロパは口にする。

 よく思い出せないが、ラズにとってその名前は、甘い様な苦いような感触があり、今はあまり思い出したくない気もする。

 そこでこのエウロパはラズに告げた。


「貴方が、恋人にしたいくらい大好きな、異世界人だったでしょう?」

「! それは……」

「思い出せましたか?」

「……思い出せない」


 そう返しながらもラズは動揺してしまう。

 リトと同じ異世界人が、ラズが、記憶を失う前のラズが好きだったらしい。

 嫌な汗が出るのを感じるラズに、エウロパは更に、


「貴方があの“リト”を気に入っているのも、コノエカズキの身代わりではないのですか?」

「違う!」

「どうしてそう言い切れるのですか? 覚えていないのでしょう?」

「……リトを殺そうとしたお前達とは話すことはもうない」


 ラズはそう告げてこの場から逃げようと思った。

 けれどそこでエウロパがさらに笑みを浮かべ


「あの異世界人は弱すぎますね。コノエカズキと比べて」

「……そうなのか?」

「ええ、彼のチート能力は、彼の容姿が可愛らしい割に凶悪でしたから。この世界に来てすぐに魔法の才能があったのが使えるようになってしまいましたね。お陰であのリトという少年も、事前に竜族の手練れを送って倒されたのでそこまで力があるのかと思ったのですが、そんな事はなかったようですね」

「だが、リトに攻撃したのは事実だ。……こんな話をするために、俺を呼んだのか?」

「いえ、今の貴方がどのようになっているのか、今の会話で直接確認をしただけです。本題は一言で済みますから」

「だったらその一言を言って、去れ」

「釣れませんね。……仕方がありません。用件だけお伝えしましょう。ラズ、いえ、ラズ様。我々は貴方に、我々の“王”になって欲しいのです」


 そうラズにエウロパは告げ、ラズが怒りに震えるのを見て、


「伝えることは伝えました。しばらく時間が必要でしょうから、私はこれで退散させていただきますよ」

「俺がそちら側に行くと思うのか?」

「思いますよ。だって貴方はもう、“この世界の存在”とは、あまりにも違うのですから」


 エウロパのその言葉にラズは言い返せず、唇をかみながらエウロパが去っていくのを見送ったのだった。









 誰かが僕の頭を撫でてくれている。

 今だに頭がぐらぐらして辛いけれど、それだけで少しは気持ちよくなる。


「船酔いの薬は効かないのか」


 ラズの声が聞こえた。

 でも頭が上手く動かない。

 けれど撫でてもらえるだけで楽になるなと僕は思う。


 そこで大きな船の音が聞こえた。

 汽笛のようだった。


「どうやら船が港に着いたみたいだ。リトは、起きられそうにないな」


 ラズが苦笑するのが聞こえる。

 でも実際に起きれない。

 何かが僕の中でぐるぐると回っているようで、酷く気分が悪い。


 そう僕が思っていると、僕の体がふわりと浮き上がるのを感じた。

 なんでだろうと思って、すぐにラズが僕を抱き上げたのだと気付く。

 やがてドアを開ける音がして、


「ラズ、リト、もうでないと……リト、どうしたの?」


 フレイの声が聞こえた。

 それにラズが船酔いらしいと答えると、フレイが楽しそうに、


「役得だね」

「そうだな」


 二人でそんな話をしている。

 なんでだろうと僕は思いながらも顔をラズの体の方に寄せる。

 そうすると酷く安心する。


 そう思っているとラズの手がびくっと震えた気がするがよく分からない。

 と、リフが早くおりましょうと声をかける。

 それからしばらく無言で移動して、地面に降り立ったらしい足音を聞いた。


 大分体が楽になった気がする。

 ぼんやりとそう思っていると僕は、何かに座らさせられる。


「冷たい飲み物を買ってくる」


 ラズがフレイ達にそう言って離れて行ってしまう。

 何だか寂しいなと僕が思っていると、すぐにラズは戻ってきて、何かを僕の頬につけた。


「ひゃ! 冷たいっ! ……あれ」


 そこで僕の意識が覚醒する。

 頬に付けられた飲み物の瓶、その冷たさに一気に意識が覚醒する。

 見上げるとラズが悪戯っぽく微笑んでいて、


「目が覚めたか」

「う、うん。でも驚いた」

「うん、リトを驚かせようと思った」

「……ラズの意地悪」


 そう返すとラズは小さく笑ってから、


「でもリトは船には弱いみたいだな」

「そうみたいだ。まさかあんな風になるなんて」

「薬も効かなかったし」

「うん、効かないって聞いた気がする。でも、誰にだっけ。夢だったのかな?」


 よく思い出せないが、あの人達はそう言っていた気がする。

 しかもくじをやっていて、今度は誰が行こうかといった話をしていたのだ。

 何だったんだろうなと僕が思っているとそこでフレイが、


「だいぶ良くなったみたいだから、もう歩けるかな? 今日はここでいったん宿をとることになる。もう夜になったから」


 言われてみると周りが大分薄暗くなっている気がする。

 そして心なしか風が冷たい。

 そう思っているとそこでリフが、


「今チケットを購入すれば最終便に乗れそうです」


 それを聞いて僕達は急いで走って列車に向かう。

 紫色に近い赤の表面に金色で角が縁取られ、他にも蔓のような模様が描かれた列車だ。

 形は僕達の世界の機関車に似ているが、煙を出す煙突があるものの微かに白い蒸気が噴出しているのみだった。


 魔力を動力源にしているのだろう、と僕は思いながらラズの後に駅員に切符を見せる。

 列車の一番後ろでは何か大きな箱のようなものを積み込んでいるのが見える。

 何を入れているんだろうと思っているとラズに早く乗るよう言われて慌てて僕は追いかける。



 乗り込んだのは僕が一番最後だった。

 そして僕達が切符を見せて、列車内に入るとすぐに出発の汽笛が鳴った。


「ぎ、ぎりぎりだった」


 息をととのえながら僕は呟き、それから購入したチケットの座席へと向かったのだった。











 列車の小さな部屋を一つ、僕達四人で使う事に。

 中には座席の下に荷物を置くような棚があり、また上部には折りたたまれた白い壁がある。

 金色の取っ手があったのでそれを引くと、奥の方まで入れるベッドになっていて、その中には毛布などが収納されていた。


 しかも下の段の毛布と枕などもここに設置されているらしかった。

 夜は二段ベッドに早変わりする、そういったものであるらしい。

 また向かい合うように作られた座席の間にはおりったみ式のテーブルがあり、ここで何か食事をとったりといったことが出来るようだった。


 また、レストランが列車内にありそこで僕たちは食事をすることになったのだけれど……。

 そこでレストランに入ってきた人たちがいる。

 服装は発掘隊の人達と違う。

 どちらかというとラズの服装に似ていると僕は思う。


 高級な車両を丸々一つ貸し切りした人たちなので、身なりはいいように見える。

 けれどその雰囲気に僕は“嫌”なものを感じる。

 彼らはちらりと僕達……正確にはラズを見るも、何も言わずに席に着き食事をとる。


 そこで、小さな声でラズが呟いた。


「今の人達は、竜族だ」

「そうなんだ、服装がラズに似ていたから、そうなのかなと思ったけれど、何が目的なんだろう」


 小声で話しながら食事をとる僕達。

 下手をするとまたラズを捕まえに来たのかもしれない。

 

「敵意はなさそうですが、注意して動向を見ましょう」


 リフの言葉に頷き、けれど警戒しているのが気付かれないように食事をとり、部屋に戻る。

 その間特に何もなく、部屋に戻る。

 部屋に誰かが入った後はない。


 彼らの目的は僕達ではないのだろう、と思いつつも油断はしないようにしないとと思う。

 そこで席に着いた所でリフが僕達に、


「それで、時間があるとはいえ……そろそろこれからどうしていくのかを、話し合いましょうか」


 そう言ったのだった。









 これからどうするのか。

 僕が考える範囲では、


「まずこの世界の異変、この前会った“炎獣”等が生じた理由である、先の大戦の残党を探す……そして止めさせる? そのためにも、首都の“ミラードール”に行く必要がある。資料や僕達が訪ねる、といった連絡はノエルがしてくれているはず。だから今この列車で首都に向かっている……それ以上に何か話すことはあったかな」


 僕が首をかしげ、すぐに気づく。


「あ、もしかしてフレイのお父さんの件を先にした方が良かったかな? 確か途中で通るし」

「それは……」


 僕の言葉にフレイは黙ってしまう。

 本当は今すぐにでも僕に来て欲しいのだろうけれど、“彼等”の動向を考えると言い出せないのかもしれない。

 そんなフレイの頭をリフが撫でながら、


「……現状では彼等の動きが気になります。我らの王もそちらを優先しろと、おっしゃっていますから、そちらを優先します」

「そう、なのですか」

「ええ、“彼等”の動きは……これから新たな、我らが王と同じ不幸な人物を生み出すかもしれない。そして災厄を振りまくかもしれない。ならばその芽は、先の大戦を引き起こした責任のある者として、摘まなければならない、そうです」


 顔を伏せて歯がゆそうに口を結び、リフは告げる。

 けれど本当の気持ちは今すぐにでも、といった思いがあるのだろう。

 それならば、


「リフ達に先にって貰って僕達だけでもフレイの倒産に遭ったりできないかな? 約束の資料は、リフが会えばいいんだよね?」

「……ラズは竜族に狙われて記憶喪失の状態。貴方と二人だけは危険でしょう。だから我々が一緒に行動しているのです。……お心遣いには感謝しますが」

「う……でも、だったら帰りに寄ればいいのかな?」

「帰り?」

「う、うん、ラズの故郷に、浮遊大陸にいずれは行く事になるから。ただラズを捕らえようとしているから……しばらくはいかないか」

「いえ、僕達の調べ物や情報を集めている間に、時間があれば、あの、忌々しい異世界人のカズキの力を使えば一瞬で我々の城まで行くことが出来ますね。一度彼らは来ていますから」


 さらっと忌々しい、と毒を吐くリフに僕はびくっとしながらも、そういえばラズの仲間だった異世界人は転移関係の特殊能力チートをもっていたと思い出す。

 その能力を使えば、場所の移動は容易だ。

 そこでリフがラズを見て、


「今の貴方は、転移の魔法を使えますか?」

「……魔法の存在は知っているが、使い方は分からない。頭の中に浮かばない」

「その辺りはまだ制限のはいないですか。そして、“魔王”の存在についての知識もあなたの中にはないと?」

「……ない」


 ラズは首を振る。

 もし知っていたならとっくに話しているだろうという気はしたけれど、ラズの記憶は少しずつ開放されているようだから、聞いた時によって違うのかもしれない。

 けれどラズは考え込むようにしながら、知らないと答えたのだから、知らないのだろう。


 そこでリフが、


「それに、浮遊大陸に行くのは少し時間がかかるかもしれません。あちらが不穏という事もありますし、“彼等”の事もありますが……確か、ラズの半身が、ラズを捕まえに来た人たちの手に渡っていたのですね?」

「はい」

「という事は、ラズの兄君達にも“彼等”の魔の手が忍び寄っているという事なのでしょう。あれほど重要なものは竜族にはありませんから。……単身でブラックベルを送ったのは……逆に正解かもしれません。彼は一人の方が潜入するにしても脱出するにしても楽でしょう。この僕をてこずらせた相手の一人です、実力は僕がよく知っていますから」


 皮肉気な言い回しだが、リフがあのヴラックベルを買っているのは分かる。

 ただそこで僕は気づいた。


「カズキという転移能力者の力を使えば、もっと楽にあの竜の国に入れるのでは?」

「……確か、長距離の移動はきついと言っていましたね。それに彼は先の大戦は獣人の国で起こったため、そちらまでしか行っていない。そして……ラズの事もあり、浮遊大陸には行けなかったのでしょう」


 それを聞きながら、ラズがいなくなってしまったのを止められなかった負い目があるのかなと僕は思った。

 この話がラズの記憶には影響しておらず、何となくこう、カズキ関係の話を僕があまりしたくない気がしたので、僕は別の話に変える。


「でも“彼等”は何者か分からない」


 そりにリフが少し考えてから、


「そうですね。どうやらはるか昔からいる人物と同一ではあるようですね」

「こういう時、相手の能力が見れたら楽なのに。でもこの“ステータス・オープン”は僕だけしか使えないのかな?」


 ふと思いついた言葉を呟くとリフが、


「? “ステータス・オープン”。ギルドで調べる能力を見る方法があるのですか?」

「うん、僕は自分の能力をそれで初めに見たから。えっと、これって他の人にも使えるのかな?」

『使えないよ~』

「そうなんだ、使えないんだ。……あれ、今言ったの、誰?」


 聞いた事があるけれど思い出せない声に周りを見るも全員違うらしい。

 ただラズは、何か思い当たる節でもあるのか、考え込んでいたが。

 それから他の人に僕は“ステータス・オープン”を試してみるも、上手くいかず、その声が正しかったことが分かる。


 こうして一通り話し合った僕達は、またカードゲームなどで時間をつぶし、何事もなくその日は終了した。

 そして、就寝しようといった話になり、折り畳み収納を開いてベッドに変え、僕は上の段にもぐりこむ。と、


「くすくすくす」


 笑い声が何処からともなく聞こえた気がして僕は周りを見回すも特に変化はない。

 気のせいかと思って僕は、眠ってしまう。

 次の日、何事もなかったのは僕達だけだと知ったのだった。







 次の日、目を覚ました僕は、四人の中で一番の早起きだった。

 だが他の人達が眠っていて、その中でフレイはやけにうなされている気がしたというか猫耳が出ていたりするが、一応は眠っている。

 なので、それを起こすのもどうかと思ってしばらく二度寝を僕は堪能したがそこで、部屋の扉がこんこんと叩かれる。

 誰だろうと僕が思ってみると、すりガラスの向こうに車掌さんらしき人物の影が見える。


 どうしてそう思ったのかというと、ただ単に制服らしきものを着ていたからだ。

 その音にラズが僕の下のベッドで呻くのを感じたがそれは置いておくとして。


「どうかされたのですか?」


 そう僕が声をかけるとその車掌さんは、僕達の部屋で何か変わったことはないかと聞いてきた。

 とりあえず僕が見える範囲で見まわしてから、


「特に何もないみたいです。ただ、先ほどまで全員寝ていたので気づいていないのかもしれませんが」

「そうですか、分かりました」

「何かあったのですか?」


 不安に思って聞いてみる。

 列車という密室で起こるものというと、やっぱり物語としては殺人事件で名探偵が出てくるのがありそうな気がする。

 まさかと僕が思っているとそこで車掌さんが、


「実は他の部屋でもそうなのですが、“幽霊”が出たと騒ぎになっているのです」

「……え? “幽霊”ですか?」


 僕はつい聞き返してしまうが、よくよく考えるとファンタジーの世界ならば幽霊が場所によっては、大量に噴き出す? ような場所があっても不思議ではないのかもしれない。

 後は僕の知っている怪談噺から考えていくと、


「実はこの車両には、不幸にも亡くなった人達が……」

「いえ、そんな人はいません」

「あ、そうなのですか」

「ですが、半透明の手を見たとか物が浮いたといった苦情がこちらに寄せられておりまして……それで“幽霊”が出たといった騒ぎに。おそらくは何かの見間違えなのでしょうが、幽霊の存在を信じていなくても怖い人は意外に多いので、お客様の中には怖がる方もおりまして。様子見も兼ねましてそれぞれの部屋を回っていたのです」

「はあ。ですがここには多分出ていないと思います」

「分かりました。それでは失礼します」


 そう言って車掌さんは他の車両に移っていったようだ。

 でも“幽霊”騒ぎにいきなり遭遇するとは思わなかった。

 そしてこの世界には“幽霊”は存在しないと思われていることは分かった。


 その辺りは僕の世界と同じようだ。

 しかも、存在を信じていないのに怖がるって……確かに僕も幽霊は信じていないけれど夜の墓場に一人で肝試しに行くのは怖い。

 何かが出てきそうな気がするのだ。


 などと考えているとそこで、今の会話で全員起きたらしく、僕にラズが、


「“幽霊”が出たのか」

「そうみたいだね。一応僕は見なかったけれど、リフとフレイはどうかな」


 僕が問いかけるとリフは知らないようだったのだがフレイが、


「じゃ、じゃあ、あれ、夢じゃなかったんだ」

「? どうしたのフレイ」

「僕、夜中に気持ちよく眠っていたら、突然猫耳を引っ張られて飛び起きたんだ。そうしたら天井から半透明の手が……」

「……“幽霊”」

「多分、そう。まさか本当にいるなんて」


 小さく小刻みにに震えるフレイ。

 顔色が悪いのは当然だろう。

 でも“幽霊”って人に触れられるのかな? と僕が思っているとそこでラズがはっとしたように天井を見上げて、


「……そこにいるんだろう、出てこい」

『わーい、見つかっちゃった~』


 明るい声がして、天井から見覚えのない……けれど声は何処かで聞いた事がある、金髪碧眼の美少年が、上半身を天井から突き抜けるようにして逆さの状態で現れたのだった。









 現れた金髪美少年は、天井から突き抜けているように見える。

 “幽霊”と言ってもいい人物かもしれないが、“幽霊”ってものを触れるのだろうかと思っているとそこでフレイが怒ったように、


「おま、お前か! 僕が大きなお魚を手に入れた幸せな夢を見ている最中に、猫耳を引っ張ったのは!」

『うん、嬉しそうに猫耳を出して眠っていて、猫耳がぴくぴく動いているからつい』

「ついじゃない! 突然耳を触られたから何が起きたと思って目を開けたら、天井から手が伸びてきていたんだぞ! あまりにも怖くてその場で二度寝しちゃったよ!」

『うん、その後もつんつんしたのに全然起きてくれなかったものね』

「こ、この、髪を引っ張ってやる」

『無理だよ、触れられるようにしていないしね。でも僕からはこうやって触れるのだ~』

「うぎゃ~、み、耳は、耳はやめっ」


 フレイが目の前の“幽霊”の髪を掴もうとして失敗するも、その幽霊の手がフレイの猫耳に伸びてきて摘まんでいる。

 しかもフレイは必死になって外そうとするも上手くいっていないようだ。

 と、そこでリフが、


「フレイの猫耳を虐めていいのは僕だけです。止めて頂けますか?」

『……はい』


 そこで“幽霊”のフレイを虐める手が離れた。

 リフの声が、丁寧な口調ながらやけに冷たくて怒気を放っていたのを感じ取ったようだった。

 だがこれでようやく普通に話せそうだと僕は思いながら、


「えっと、初めまして? でいいのかな? なんとなく声を聞いた事があるような気がするけれど」

『うん、初めましての方がいいんじゃないかな? でも、僕達側にリトは来たり、僕達はリトと接触したから“知っている”かな』

「? もしかして僕を呼んだ方ですか? でも声は、えっと……」

『リトにもいくらか制限がかかっているからね、ラズと同じように』

「そうなのですか、あ、それでどうしてこちらに? 今まで来たりはしませんでしたよね」

『うん、ただ今回は、この世界の発掘隊が僕達の“黒の石板”の一つを発掘して、回収したから出てこれた感じかな。それぞれにいろいろ工夫がされていてそう簡単には持ち運べないようにしてあったのだけれど、特殊能力チートを持つカズキ達がまさかあんな手を使ってくるとは思わなかったな。それは置いておくとして、僕が出てきたのは本当は様子見するのが目的だったんだけれどね』


 それを聞きながら僕は、


「だから、くじ引きを?」

『あれ、覚えているんだ。他には?』


 楽しそうに聞いてくる“幽霊”だが、僕としてはそれ以上は思い出せず、


「何かがあったようななかったような感じでそれ以上は無理です」

『そうなんだ。でもやっぱり、リトにも“適正”があるみたいだね』

「“適正”?」

『うん、僕達側に来る“適正”。だから呼べたのもあるけれどね。それで何か聞きたいことがある? 僕は、リトやラズ達と話してから、発掘隊の人達の話などを聞いて、どうするか決めようと思っていたのだけれど』


 “適正”がある、それも気になったけれど、それよりも彼がここに現れた目的が更に僕は気になった。

 様子見と言っていたが、


「もしも、その様子見で貴方が好まない者の手に“黒の石板”が渡ったなら、どうするのですが?」

『うーん、爆破かな?』


 “幽霊”は軽い口調で僕達に告げたのだった。








 爆破。

 軽い口調でそう告げる“幽霊”に僕は絶句した。

 だがこのまま放っておいたら、一番後ろの車両が爆破されかねない、そう僕が思って何かを言う前にラズが嘆息して、


「今度は何の影響だ」

『ん? えっと、リトの世界のエイガって物を参考に? それで、リト達の世界でも証拠隠滅のために爆破だって見たよ!」

「だからあれはただの娯楽として大げさな表現をしているだろうと何度も話しただろう? 俺は何度も言ったはずだ」

『え? そうなの、リト』


 ラズが頭が痛くなったように呟くのが聞こえて、そこで“幽霊”が僕に聞いてくる。

 この“幽霊”、常識がないと僕は思いながら、


「そうです。二次元と三次元は区別してください。切実に!」

『え~、派手に爆破して花火を打ち上げよう、どんな色にしようかなった楽しみにしていたのに』

「大体一番後ろの車両が爆発でもしたなら、前の車両だって横転するかもしれないですよ! 危険です!」

『そっか~、残念だな~、じゃあ普通に地味に消失させて魔力としてこの世界に漂わせるか~』


 金髪美少年な“幽霊”が、気楽そうにそう言った。

 そこでラズが頭痛を抑えるように額に手を当てながら、


「だからどうして貴方方は気楽に力を使おうとするのか」

『気楽じゃないよ、変に手出ししないようにしているよ。本当はこの列車自体を、“華やか”にしてみたり空を飛ばしたりしてみたかったけれど、止めているし』

「どうしてそんな遊びを思いつくのですか! だから、……名前が思い出せない」


 そこで“幽霊”の名前を呼んで文句を言おうとしたラズが言葉に詰まる。

 どうやらその辺りも制限になっているらしい。と、


『酷ーい、僕の名前を忘れるなんて~、といってもいいけれどそう簡単にホイホイ教えられるようなものではないかな』


 と“幽霊”が言うので僕は、


「実は名前を知られてしなうと支配されるといったようなものがあるとか?」

『竜族の球じゃあるまいし、そんなものは僕達にはないよ。ちょっともったいぶってみて、思い出してもらえないかな~と思ったけれど、ラズは無理みたいだね。僕の名前はケリュケイオンだよ』


 それを聞いた僕は、何故今度はギリシャ神話に出てくる杖なのか、と思っているとそこで、


『リトは聞いた事があるみたいだね』

「昔、中二病を患って神話などを読んでいたので」

『そうそう、リトの世界のものから引っ張って来たんだよ。僕が生まれた頃は、番号制にあまり意味がないんじゃないかっていって、個体識別名として好きな名前を付けることにしたんだ~』

「そうなのですか?」

『うん、僕達の種族はあまりにも人数が少なくなってしまったからね。結局この世界で一番残っているのは別の進化を辿った、他の種族だったね……。と、それはいいとして、もう少しお話がしたいのと、この世界のものも食べてみたいかな。この時代の君たちの食べ物。見ていると美味しそうだし』


 ケリュケイオンはそう僕達にお願いしてくる。

 そして更に、


『もし楽しませてくれたら、僕、結構聞かれたことはいろいろ話してしまうかも。あ、ラズが眉間にしわが寄ってる。大丈夫だよ、そこまで影響がない範囲でしか話さないし、やらないから』


 といっているケリュケイオン。

 ただ僕としては、


「食事ができるのですか?」

『うん、魔力で一時的な肉体合成をすればいいからね。だからさっきはフレイの猫耳に触っていたけれど、彼は僕に触れられなかったでしょう?』


 そう“幽霊”なケリュケイオンは笑いながら僕達に告げたのだった。







 こうして僕達はケリュケイオンに美味しいものをご馳走することに。

 でも僕はこの世界の食べ物はわからないので他の人にお任せした。

 とはいうものの、ルームサービスから選ぶことにはなるだろう。


 このケリュケイオンを連れて食堂車に行くのはごめんこうむりたいし、そもそも列車の切符を彼はもっていないし、先ほどの騒ぎを考えると連れて行けない。

 メニューの中から幾つか選んで、注文をすることに。

 僕達の朝食も一緒に済ますことになり、お値段はかかってしまうがケリュケイオンがデザートも頼みたいと言い出してそれも注文する。


 その間にベッドなどを折りたたみ、机を作り上げる。

 料理が来るまでは、ケリュケイオンには隠れていてもらう。

 また何処に座ろうといった話になるも、この部屋は個室ではあるがそこまで広くはない。


 ケリュケイオン一人分はどうやって場所を作ろうかと僕達が頭をひねっているとそこで、ラズが僕の腰に手をまわしてきた。


「え? ちょ、ま……」


 そこで僕は腰を捕まれて、僕はラズの膝の上に乗せられてしまう。

 しかも逃げられないようにシートベルトよろしく、ラズの手が前に出て重ねられ、僕は逃げられない。

 こうしてぎゅっと抱きしめられた僕は、


「ラ、ラズ、この格好はどうなんだろう?」

「こうすれば一人分の空きができるから。これ以外に良い方法はないと思う」


 ラズはそういうも、やっぱり何か違和感を感じるなと僕が思っていると、そこで料理が運ばれてくる。

 料理を運んできたウエイトレスが何かを言いたげに僕達の方を見ていたが、流石はプロ。

 何も言わずに僕達の所に料理を置き去っていった。


 それを見送るとようやくケリュケイオンが現れて、僕達の方をじっと見て頷き、


『なるほど、リトとラズは仲がいいね。よし、ではここに僕は座ろうっと』


 そう告げると共に、半透明なケリュケイオンは、僕達と同じように色が不透明になる。

 それから僕達の方を見て、次にラズに抱きつくようにして耳元で何かを話す。

 小声すぎて僕からは聞こえない。


 まるで僕に見せつけるかのように、仲の良さをアピールしてくる。

 それを見て僕はなんだかもやもやする。

 そこでラズが眉を寄せた。


「……別に俺はそんな風には思っていない」

「え~本当に?」


 ケリュケイオンが驚いたようにラズに言っている。

 ちなみに幽霊化してからこの肉体を得たおかげで言葉がとても聞きやすくなっている。

 先ほどまでの声は、今にも消えてしまいそうだった。


 そう思っているとニマ~とケリュケイオンが僕の方を見て、


「よ~し、今度はリトの方に話を聞こう」

「……止めろ」

「ええ~ちょっとくらいいいじゃん」

「ケリュケイオン、お前の話は生々しすぎるんだ」

「え~この程度のエロ話、大丈夫だと思うけれどな~。折角だからリトの意見も聞きたいし」

「だから止めろ」

「分かったよ~、残念だな~」


 そう楽しそうに言うケリュケイオン。

 どうやら生々しいエロ話をラズの耳元で囁いたらしい。

 でも生々しいというとやっぱり、人妻とか? 不倫? 寝取られ? といったものになるのかなと思って僕は、それにどう答えろというのかと思った。


 その点はラズは止めてくれてよかったと思う。

 こうして変な話をしつつ食事に手を付ける。

 まずはスープからだけれど、かぼちゃのスープのようなものでとても美味しい。


 ラズにも食べさせてあげたりしているとそこでリフが、


「そろそろ食事も少しは堪能できたでしょう。質問させていただきます」

「いいよ~、じゃんじゃん聞いて~」

「……では、あの……先の大戦の裏で暗躍していた“彼等”は一体何者ですか?」

「ああ、あの子達? 僕達の祖先達の一人が作る出した、“デザイナーズチャイルド”だよ」


 ケリュケイオンは特に隠すところも無いというかのように、答えたのだった。








 “デザイナーズチャイルド”。

 そう言い切ったケリュケイオンは、無言になった僕達を気にするようでもなく、目の前のクリームパスタのような物を口に運び、


「あ、美味しい。うーん、こんな変わったものは食べたことがないや」

「……お食事中の所、申し訳がありませんが、もう少し詳しく教えていただけますか?」


 リフに言われてケリュケイオンは目を瞬かせてから首をかしげて、


「詳しく、というと何処までかな? ……まず、“彼等”が生まれた経緯についてかな?」


 ケリュケイオンが何かを思い出そうとするかのように呻いてから、


「確か、今の僕達みたいになる前段階の、能力強化と不死に関する研究の一環で……個体識別番号2033265925博士が、自分の子供代わりに作ったのが始まりだったかな。そして育てていくもまだ不死の研究というか“適正”の事すらも分かっていなかった時代だから、やがて博士の寿命がくるも、その時研究していた内容の引継ぎが“彼等”にはなされたはず」

「その研究とは何ですか? 彼らは先の大戦で、我が主を……」

「でも君たちの大事な王子様は助かったでしょう? そこにいる猫耳君」


 指でフレイを指さしながらケリュケイオンはそう答えるとリフは苛立ったように、


「貴方も“彼等”と同じような口調で、同じような事を言うのですね」

「切っ掛けにはなってしまったけれど、“彼等”にも目的がある。それにその結果得られるものが僕達にとっても好ましい果実ではあるからね」

「その果実とは?」

「“適正”のある人物を見つける役目は果たせている。つまりラズの存在。そして、リフ、君には“適正”が無い」


 ケリュケイオンが笑うようにリフに告げると、一瞬怒りを覚えたかのようなリフがケリュケイオンを睨み付ける。

 それを微笑みながら受け流したケリュケイオンが、


「僕達は数が少なくて、けれど長い時間を“存在”している。だからこそ僕達は、僕達の力がどれほどこの世界に悪影響や災厄をもたらすのかも知っているし、ただ手助けをするだけでも、この世界の“人間”達は進化を止めてしまう。……自力でいずれは僕達の所まで君達には来てもらいたいんだ、それは僕達の願いでもあるかな」


 ケリュケイオンがそう告げるとリフとフレイは納得がいかないようで、それを隠しもしない。

 そして、僕も納得がいかない。

 だってもっと色々な事が出来る力があるのに、どうしてそれを使わないのだと思ってしまう。


 そう思っているとラズも同じ意見だったらしく、


「……力の出し惜しみにしか聞こえません」

「……ラズは一番“若い”僕達の仲間だから、まだまだ感情的なんだね。うーん、こういう所も可愛いな~」

「……とてもうっとうしいです。それは他の全員にも言える事ですが」

「僕達からすると末っ子の兄弟? 家族みたいな感覚だからね。そのうちラズにも分かるようになると思うよ」

「分かりたくない」

「酷いな~」


 ケリュケイオンが大して傷ついていないかのように言う。

 この“幽霊”もどきの考えが良くつかめない、そう僕が思っているとそこでリフが、


「貴方方は一体“何”なのですか? “黒の石板”から来たという事は“異界”の存在かと思っていましたが、過去に消滅した“魔法文明”についても詳しいようです」

「うーん、色々な種族がいるけれど、僕は、過去にこの世界から分離した“魔法文明”の最後の末裔達だよ」


 そう答えたのだった。











 “魔法文明”の最後の末裔達だよ、と、ケリュケイオンは笑う。

 それにリフは凍り付いたようだった。

 フレイも驚いた顔をしていて、けれどラズはそれほど驚いていないように見える。


 ただこの中で僕は異世界人なので、


「あの、“魔法文明”って、この世界に昔あった特に発達した技術のある魔法の文明で、今はもう遺跡みたいな形でしか残っていない、というような?」

「そうだよ~。僕達の文明の重要な部分は切り離して違う世界として存在しちゃっているからね。だから今は、この世界の人達から“異界”ってよばれているかな。ただ……あの頃にはもう僕達の数は少なくてね。結局この世界から分離したけれどそのまま無人みたいな都市になってしまった」

「無人みたい?」

「うん、ほら、僕達はいわば、意識も知識もあって魔法も使える“幽霊”みたいなものだからね。思い出深い場所だから動かせる程度には維持しているし、昔みたいな生活をたまにしてみるけれど、無人のような物かな」

「普通に生きている人はいないのですか?」

「文明の高度化によって人数が減ってしまって、クローンでは魔法的な能力発現が難しくなって、気づいたらそんな状況だったかな。あまりにも高度化してしまったがために他の種族とは差別化が進みすぎて、交われなくなってもいて……結局、種としての保存能力は、君たちの方が優れていたのかもしれない」


 ケリュケイオンがフレイ達を見て笑う。

 どうやら異常な進化をし過ぎて、絶滅してしまった? ような物らしい。

 そこでリフが、


「一つ今の話で気になることが。貴方方は万能に近い知識と力をお持ちだったはず。それではどうにもならなかったのですか?」

「“心”という物はね、“生きているもの”しか作り出せなかったんだ。僕達のようになってからもそうなんだ。作り物ではうまくいかなかった。だからあの、君たちが敵だと思っているデザイナーズチャイルドも、僕達側に来れていないでしょう? もっとも彼らの場合は、感情が“希薄”でね。もしも強い何かの感情に目覚めれば僕達側に来れるかもしれないんだけれど、長い時間を経たがゆえに心の揺れ動きが少なくなってしまったから今のままでは難しいかもしれないね」

「……なるほど」

「うん、それも含めて、自分の感情を大切にしてあげないといけないよ? 嬉しい事も悲しい事も含めて全部、ね。そして更に才能がないと、僕達みたいにはなれないんだ。だから、とても珍しい事もあって一番新しい仲間のラズが僕達には嬉しくて愛おしくてたまらないし、才能のある子も大好きなんだよ。でも誘いに乗ってきてくれる子は少ないんだよね~、何かいい方法がないかな~」


 そう言いながらデザートのゼリーのようなものを口にしたケリュケイオンにリフは更に、


「……不気味な存在に我々はなりたくないのですよ。そしてもう一つお聞きしたい。どうしてこの世界から“魔法文明”は分離されたのですか?」

「うーん、この世界が滅ぶかもしれなかったから」

「……」

「大昔に遭った、“大災厄”の話は知っている?」

「世界が滅びるような異常が起こった。大地が割れ、水が枯れ、凍える風が吹き、焼き尽くす炎が大地に降り注ぐ、その時世界は終わりを告げようとしていたが、その時四人の賢人が現れた、といった内容だったでしょうか」

「そうそう、それ。それから逃れるためというのもあって、僕達はこの世界から僕達の文明を切り離したんだ。ちなみにその時世界の被害を最小限にした人物達がそのデザイナーズチャイルド達だからね」


 さらっと告げたケリュケイオンに、リフは言葉を失ったようだった。

 だがそこで今度はフレイが、


「で、でもだったらどうして、僕の父を操ってあんな戦争を……」

「魔王を作り出したかっただけだと思うよ。僕達の仲間でもある魔王をね」

「そんなもののために!」

「あの子達にもあの子たちなりの感情……希薄だけれどそれがあって、そして義務のように感じているものがあるんだろうね。肉体を持つ不老不死、唯一の成功例で魔力の強化もされたあの四人。僕達に作られているから僕達を求めているのか……魔王にさせられた子達は、みんな心に傷を負って僕達の所に来ちゃうから、ほどほどにしては欲しいんだけれどね」


 困ったねというかのようにケリュケイオンが呟く。

 それを聞いた僕は、ラズが傷つけられるかもしれないと気付く。

 だって、ラズは彼らの仲間になるわけで、魔王にもなる資質はあるわけで、だから僕は、


「ケリュケイオンは、今はどの程度力が使えるのですか?」

「うーん、この世界に来る時は僕だって能力を制限しているよ。だから特殊能力チートを一つだけ……リトと同じみたいにしているしね。そういった意味では、ラズはそれらの制限が甘いから一番“危うい”よ? 気を付けてね」


 ケリュケイオンが微笑みながらラズの方を見て注意をする。

 確かにラズの能力は僕のように一つだけの能力、というわけではない。

 よし、そこも僕がサポートだと僕が決める。


 他にも魔王についてと、あの四人の今回の目的について聞いておかないとと僕が思っているとそこで、列車の後ろの方で、誰かが言い争う声と、何かが小さく爆発するような音が聞こえたのだった。









 小さな爆発音。

 そして言い争う声。


「な、何かあったのかな?」


 僕が呟くと、列車の客室乗務員のような人たちが何人も走っていくのが見える。

 そしてそのすぐ後に、竜族の人達が、そこそこの人数追いかけるように走っていく。

 そこでケリュケイオンが、


「どうする? 様子を見に行く? 僕はもう少しここでお食事を楽しみたいのだけれど」

「……“黒の石板”に何かあったらどうする気だ?」


 ラズが僕の後ろで、呻くように呟くとケリュケイオンはラズの方を見てにこりと笑い、


「爆発?」

「だから爆発させるな! ……俺を捕らえたがっているのであれば、俺のようなものを求めるのであればあの“黒の石板”を手に入れようとしているかもしれない……」

「だから爆発?」

「爆発から離れてください。俺をからかって楽しんでいるのですか? いえ、そうなんでしょうね」

「うん。だって、ラズはまだこちら側の感覚が薄くて初々しくて」

「……それはただ単に、貴方のおふざけを皆が適当にあしらっているだけでは」

「うん、だから相手にしてくれるラズが初々しくていいな~って」


 ラズはもう何も言いたくないというかのように沈黙した。

 ただ今の話を聞いていると、


「このままいくと、もし奪われたりしたら、爆発させるのですか?」

「うん、その方が印象深いしね。あれに触れたらどういった目に遭うか、その警告の意味もあるから」

「……爆発以外に何かありませんか? 普通に消えるような」

「うーん、警告の意味があるからね~」

「……警告……例えば、他の人達を怖がらせたりといったものはどうでしょう」

「つまり?」

「ケリュケイオンのような幽霊状態で、大人数に列車内を暴れまわる、みたいな? 騒ぐというか……それで本体が消えたら、こう、怖がらせたりいかにもケリュケイオン達の気まぐれで持っていかれたように見えたりするわけで、そうすると違った意味が帯るのではないかと」

「それいいね、採用! じゃあもしも彼等、竜族の手に渡りそうだったら……僕の名前を呼んでね」

「? 一緒に行かないのですか?」

「お食事が美味しいからもう少し堪能したいんだ」


 ケリュケイオンは楽しそうにサラダに手を伸ばしている。

 この幽霊は食い意地が張っている、あまりの危機感の無さとマイペースっぷりに僕は、ラズの気持ちが少し分かった気がした。

 そう僕が頭痛を覚えているとそこで、


「それに前も言った通り、ここに来た時には一つの能力しか持っていないから、僕はあまり君たちの力になれない気がするんだよね」

「そういえば、ケリュケイオンの特殊能力チートは何なのですか?」


 僕は聞いていなかったな、と思い出して聞いてみるもケリュケイオンは笑いながら、


「リト達の世界から名前を貰ったからそれに由来する能力だよ」


 としか答えない。

 確か、人を眠らせたり、眠らせた人を起こしたりする、他にも幾つも能力があった気がする。

 多すぎてどれだか分からない。


 もう少しヒントが欲しい気もしたけれど、怒号が聞こえた。

 そろそろ様子を見た方がいいかもしれない。

 だからケリュケイオンの特殊能力チートに関しては後回しにし、僕達は客室から出て後ろの車両に向かったのだった。








 客室の外に出るとすぐに僕は、ラズの後ろにされた。


「ラズ、僕だって……」

「昨日のようなことは、俺はごめんだ。リトは“弱い”から守られていればいい」

「……邪魔にならない範囲でお手伝いします」

「リト」

「少しくらい手助けするのは構わないでしょう?」


 僕はそう言い返す。

 僕だって男だし、特殊能力チート頼みだけれど戦おうと思えば戦えるわけで、守られてばかりいるのもと思う。

 でも昨日の今日でああなったので僕は、ちょっとだけ大人しくする事にした。


 そして後ろの方の列車に向かっていくとそこには、発掘隊らしき人達や、普通に列車に乗っている人達が縄でぐるぐる巻きにされている光景だった。

 これは列車強盗、といってもいい状況だった。

 しかも座席の一角は、黒い焦げた跡がある。

 

 魔法での攻撃があったのかもしれない、そう思っていると隣の車両から誰かがやって来た。

 そこそこ年のいった筋肉質な男性。

 レストランで見かけた偉そうな竜族の人……のすぐそばにいた、二番目に偉そうな人? だったような気もする。


 彼は僕達に気付くと……特にラズがいるのに気づくと、嗤った。


「これはこれはラズ様、どうされましたか?」

「……不穏な気配がした。だから見に来ただけだ」

「大人しく客室に戻って頂けますかな? そうすればこちらも、“今”は貴方様に手出しするようなことはございません」

「……何をする気だ」

「答える必要はございません。それに……今は貴方は我々から追われる身でしょう? 無用な戦闘は避けた方がよろしいのでは?」

「……お前達の目的は、“黒の石板”か?」


 ラズが、目の前の竜族の言葉を無視して問いかける。

 するとその竜族はさらに笑みを深くした。


「“黒の石板”、アレが気になるのですか! さすがは異界の“バケモノ”になってしまったラズ様、だから自身の事よりもあの“黒の石板”を気にすると」

「……」

「そうやって一見、元のラズ様のように装っていますが、隠しきれない“バケモノ”の気配がします。こんな存在を我々の第三王子とはだれも認めないでしょうね」


 嘲笑うかのように告げる目の前の竜族。

 小さく震えるラズの手に気付いた僕は、剣の柄に触れていない方の手を僕は両手で包み込むように握り。

 ラズが驚いたように少し振り向き、すぐに微笑んで正面を向く。


「……関係ない。俺は俺だ」

「そう思っているのは貴方だけかもしれませんよ? 昔の知り合いも、口では気になるように言っていても本当は……」

「すでに二人ほど会ったが、昔と変わらなかった」


 ラズが言いきる。

 それに目の前の竜族は、一瞬、しまったというかのように沈黙する。

 ラズがすでに英雄の仲間と出会っているのを彼らは知らないらしい。


 けれどこうやってラズを揺さぶるのにはどういった理由があるのだろう? わざわざ怒らせるような話を聞かせ……そこで気づく。

 今目の前の彼は、時間稼ぎをしているのではないかと。

 それを伝えようと僕はするけれど、そこで目の前の竜族の人が、 


「貴方を捕らえようとする貴方の、これはお兄様にも協力して頂いているのですよ」

「探しているのならばそうなるな」

「攻撃して痛めつけて言う事を聞かそうとも言っているようですよ? 貴方は“バケモノ”ですから」

「……それで、嘘の話で俺を足止めでもするつもりか?」


 そこでラズがそう竜族に告げる。

 足止めだと気付いたらしい。

 どうしてだろうと僕が思っているとそこでラズが、


「あの兄達が、俺がこうなった程度で、魔法で攻撃して痛めつけろ、とは絶対に言わないだろう確信が俺にはある。……全部は覚えていなくても、兄さん達はそんな事はしない」


 そう、言い切ってラズは剣を抜いたのだった。








 剣を抜いたラズが走る。

 真剣な表情をしたラズが、睨み付けるようにその竜族を見て剣をふるう。 

 一瞬、同性でも見惚れてしまうほどの鋭いしなやかな美しさを僕は見せつけられた気がした。


 昔、英雄の一人と言われていたような強さを、そのラズの姿を今、垣間見ていると気付く。

 そこで襟首を誰かに捕まれた。

 振り返るとリフがいて、


「ラズの邪魔にならないよう、下がっていてください。貴方が危険にさらされると、取り返しのつかないことになるのですから。主にラズが」

「う、うん」


 僕は頷く。

 ラズの逆鱗に触れるような出来事は、怒らないようにしないといけない。

 そしてそれは僕が傷つけられることでも、発動してしまう。


 それだけラズが僕の事を思ってくれている、それは嬉しいのだけれど、僕だって……という気持ちもないわけではない。

 けれど今この戦いを見て僕は考えを変えざる負えなかった。

 ラズの引き抜いた剣が、竜族の人へと降り下ろされる。


 それに竜族の人も剣を抜き、応戦する。

 金属の重なる高い音と同時に、その剣自体が炎を纏ったかと思うと、それに対して冷気を吹き付け消し去る。


 そうかと思えば少し離れて、竜族の人は魔法を使っての攻撃にも切り替える。

 炎の塊が生み出されたと思うと、すぐにラズの魔法で吹き飛ばすようにかき消される。

 それらを見ていた僕は、以前、戦っていた時よりもラズの動きが機敏であると気付く。


 剣の太刀筋もそうだけれど、魔法の扱いも上手い。

 相手が攻撃する間を全部先読みしているかのような動きだ。

 おかげで僕の手伝えるような出番はない……そう僕は思いながらも、その竜族の人との戦いの音を聞きつけたのか誰かがこちらにやってくる。


 この竜族の仲間かもしれない。

 彼らに捕まっているこの発掘隊の人達や、普通の乗客の人達を他の車両に人質として連れていかれたりしても困る。

 それに、このラズ達の攻撃魔法の影響を受けるのも危険だ。


 となると、そう思って僕はポケットに手を入れて、目当ての硬貨コインに触れる。

 そして発動したい形状を思い浮かべながら、


「コピー」


 小さく呟く。

 同時に、捕まっている人達全員と竜族の人達の間に、うすく青く輝く壁が出来る。

 竜族の人が舌打ちをした。


「一般人がいれば下手な動きは出来まいと思っていたのに……まさかこれほど精密で高度な結界を瞬時に張れるとは思わなんだ」

「……そうか。だが、これでもう少し“手加減”せずに済むな」

「なんだと? っ!」


 そこでラズの剣が煌めいた。

 光が一線、走る。

 そう僕は感じたけれど、その感覚は正しかったらしい。


 次の瞬間にはラズの剣が、その竜族の首筋に添えられるように突き出されて、


「それでどうする?」

「……降参しましょう、と言いたい所ですが、すでに隊長達もあの“黒の石板”にまで到達しているでしょう。時間稼ぎは十分させて頂きましたからね」

「さて、どうだろうな。俺はまだてこずっているようにしか感じないが」

「なんだと……ぐふっ」


 そこで驚いたような竜の人は、ラズに気絶させられる。

 そしてちょうど様子を見に来たらしい竜族もラズは簡単に気絶させてしまう。

 他に誰かが来る様子はない。


 もう大丈夫かなと僕が思って、発掘隊の人達を守る結界を消すと、ラズが剣をふるう。

 発掘隊の人達の縄がほどけた。と、その内の一人が、


「あ、ありがとうございます。そしてもしやあなたはあの英雄の一人……」

「今は急いでいますので」


 ラズがそう答え、別の車両に走って行ってしまう。

 多分聞きたいのは、“黒の石板”に触れて行方不明になり、そして今戻ってきたラズの話なのだろうと僕は思う。

 でもラズはまだ全部を思い出していないし、話したくないし、話せないのかもしれない。


 そう僕は思いながらもすぐに、思考を変える。

 今はあの“黒の石板”に、あの竜族の仲間が触れないようにすることが先決だった。

 そして無人になっていたり、倒れる乗務員の人達をしり目に、レストラン車両などをどんどん通過して後ろの車両に向かっていく。


 やがて、一番後ろの車両にやって来た所で、昨日運び込んでいる大きな箱の周りで何か作業をしている、竜族の人達と遭遇したのだった。







 一番後ろの車両では、“黒の石板”の周りに竜族が集まって箱を開けるために何かをしている。

 どうやら開けるのにてこずっているらしい。

 そこで、レストランでも遭遇したここにいる竜族で一番偉そうな人がラズを見て、先ほど倒した彼らと同じように笑った。


「これはこれはラズ様、どうされましたか?」

「……それに触れるのは止めろ。適性のない人間が触れても、場合によっては消滅するだけだ」

「さて、ですがどうして私には適性が無いと言えるのですか? そしてこうやって、“処理”された状態のものであれば我々が触れても大丈夫だといった事はすでに知っているのですよ」

「……それに触れるな」

「知識の独占はあまり良い事ではありませんよ。……いえ、すでに貴方は、竜族ですらなくなっている、それを我々の王子として扱うこと自体がおかしいのかもしれません。隠しきれない“バケモノ”の気配がしますからね」


 嗤う竜族。

 そしてラズを“バケモノ”と呼ぶ。

 どうしてそれほどまでにラズを貶めるのか、そう僕は思った。


 だからつい言ってしまう。


「訂正してください。ラズは、ラズです。貴方方の言うような“バケモノ”ではありません」

「ん? 人間か。そういえば“バケモノ”になったラズ様は一人の可愛らしい人間と一緒に居ると聞いていたが、なるほど。ですが、もどってこられたのは、疎ましいと思う人物もいるかもしれませんよ? ただでさえ最近はよそ者が王族と……いえ、これは話す必要があろいませんね」


 もったいぶったように言って、それ以上は何も言わなくなる竜族のその人物。

 どうやらラズのお兄さん達によそから来た“誰か”が接触しているらしい。

 口ぶりからすると、ブラックベルではなさそうだ。


 そして、ラズが戻ってきて都合が悪いと思っている人物もあの浮遊大陸にいるようだ。

 その辺りの事情は分からないけれど、いまはこの“黒の石板”に彼らを触れさせるわけにはいかない。

 奪われでもしたらそれこそ、“爆発”させられてしまう。


 そこで、周りから高い音が聞こえる。

 僕はそれに気づいて、


「何だか列車の速度が上がっている気がする」

「それはそうですよ。この列車から飛び降りて逃げられないように、速度を上げていますから。そろそろ獣人の国に辿り着くかもしれませんね」


 竜族の人がそう言うのを僕は聞いて、そういえば途中獣人の国を通ると言っていたけれど、確か駅の図を見た範囲ではまだ辿り着かないはずだと思う。

 なのにもうそんな近くになるまで来ている。

 いつから運転手まで彼らが手を伸ばしたのだろう? 


 車両を一つ借りたのはその先は機関部しかないからだったのだろうか?

 確かに機関部を抑えるにはその場を占領してしまった方がいい。

 一体いつからこの計画はなされていたのだろう?


 というかこの発掘隊の人達の話も全部竜族に筒抜けだったことになるなと僕が思っていると、竜族の人が“黒の石板”に触れそうになる。

 

「止めろ!」


 ラズがそう一言呟く。

 それだけだった。

 触れようとした竜族の手に電気のような黄色い光と、黒い煙が上がる。


 竜族の人が悲鳴を上げた。

 どうやらラズの拒絶の言葉によって魔法が引き起こされたようだ、が、


「……俺は、言葉を発しただけだ。なんであんな強い結界が……」


 呆然と呟くラズ。

 そう言えばケリュケイオンは、ラズは制限が甘いと言っていたけれど、それが今出てきているのだろうか?

 ラズの能力のタガが少しずつ、外れつつあるのかもしれない。


 これ以上はあまりラズの力を使わせない方がいい、そう判断した僕はそこにいる竜族が再び“黒の石板”に触れようと手を伸ばすのを見ながら、


「引く気はないという気ですね」

「そうだな。いざとなればこの列車を脱線させて、それからの回収も考えている」

「ここの列車の人達に死人が出るかもしれません」

「だから?」

「……会話が、意味がないことが分かりました。ラズ、呼ぼうよ」


 それにラズは別な意味で不安を覚えたように眉を寄せて僕を振り返る。

 けれどそんなラズに僕は、


「ああ見えてラズが気に入っているようだから、ラズが困るようなことはしないと思うよ?」

「別な意味で頭痛がするような事態になりそうな気がするが」

「もう少し信じてあげるのも大事だと思うよ? こうやって僕達のお願いも結局は提案という形だけれど飲んでくれているようだから」

「……分かった」


 渋々というように頷くラズ。

 そして僕達は声を合わせて、彼の名前を呼んだ。


「「ケリュケイオン」」

『はーい、もう少し食事は堪能したかったけれど、まあいいや。そしてっと……おーい、皆~、少しだけなら遊びに来てもよさそうだよ~」

『『『『『『『『わ~い』』』』』』』』


 そこで、“黒の石板”から多人数の楽しそうな声がし、半透明な何かが大量に噴き出てきたのだった。









 半透明な大量の人影が、“黒の石板”から吹き出した。

 数十人はいるであろう、ケリュケイオンの仲間たちだ。

 各々が全員楽しそうに宙を飛んでいて、誰もが個性的な美形で男だ。


 ふとの僕は気づいてケリュケイオンに聞いてみる。


「女の人はいないのかな?」

『人数が少ないから適正者にまだ遭遇できていないや。それに僕達の文明ではもう男しか生まれない感じだったし?』

「そうですか。というか先ほどからどうして僕のおしりを触るんですか!」

『僕じゃないよ~』


 ケリュケイオンが僕にそう言うので見ると、別の幽霊が僕のお尻を服の上からさわさわしていた。

 しかも目が合うと逃げていく。

 何故!? と僕が思っていると今度は別の幽霊が近づいてきて服の上から胸を触る。


「ふにゃ!」


 体に変な刺激が走り、僕は声を上げてしまう。

 そしてその幽霊は楽しそうに逃げて行った。


「な、何で僕にセクハラしていくのですか!」

『リトが可愛いからだろうね』

「可愛いって、だったらフレイは!」

『もっとすごいことになっているよ~』


 ケリュケイオンの気楽そうな声に振り向くと、その先では幽霊たちに猫耳を触られたり、僕以上に体をペタペタ触られてあえいで震えているフレイの姿が!


「よかった、僕はフレイほど可愛くなくて男らしいからセクハラされないんだ」

『違うよ~、ラズが気に入っているからだよ~、可愛さと男らしく無い感じなのは、リトもフレイも同じくらいかな~』

「……」


 僕はケリュケイオンの言葉に絶望した。

 そう思っていると、そこで再びお尻のあたりにもぞもぞと……。


「ラ、ラズ、何をやって……」

「……皆が楽しそうだったから」

「ちょ、何言って……」


 そこで服の上からラズに触られて、僕は変な気持ちになる。

 なんだかこう、変な声が出てしまうようなそんな感覚。

 ラズのその手を退けようとするけれど、なぜかラズは真剣な目で僕を見ている。


 何だか抵抗してはいけないような気持に……と思っているとそこで、


「これ以上、“僕の”フレイに手出しするのは止めていただけますか?」


 リフが幽霊からフレイを引き離した。

 フレイは涙目になってリフに抱きつき、そんなフレイの頭をリフが撫でている。

 すると幽霊たちがリフに目をつけて、


『ハーフエルフだ』

『ハーフエルフだ、珍しい』

『エルフなだけでも珍しいけれど、わ~、格好いいね』


 明らかにフレイと対応が違っていた。

 しかもそのリフを見て幽霊のうちの一人が、猫耳カチューシャをどこからともなく取り出してリフにつける。


『よし、これでお揃いだ』

『お揃いだ』

『お揃い!』


 幽霊も楽しそうにしていて、フレイもそれが嬉しいのかはわわといったような顔でリフを見ている。

 一方リフはどことなく不機嫌そうではあるが、嬉しそうなフレイの手前、何も言えないようだった。

 そこで目の前の竜族の人達が髪を引っ張られたり、服を脱がされそうになっていたり、顔に落書きをされそうになったりしているのに気づく。


 しかも逃げだそうとしたらしい竜族の何人かが気絶して倒されている。

 この幽霊たち、遊んでいるようでいて、きちんと敵を倒してはいるらしい。

 実は有能だったようだ、そう思っていると先ほどの竜族の一番偉い人らしき人物が、幽霊に髪を引っ張られながら、


「こ、この……こうなったら当初の計画から、プランBに移行だ。脱線させろ!」

 

 しまったと僕は思った。

 けれど竜族の人がそう叫ぶと同時に大きな音がして列車が傾く。

 そこで、一緒に遊ぶように周りを漂っていたケリュケイオンが、


『さ~て、ここで僕の特殊能力チートの答え合わせの時間です。正解は“反転”、でした!』


 その言葉と同時に斜めになった列車は元の状態に戻り、しかも列車が停止する。

 倒れそうになったものが元に戻り、動いているものは止まる、つまり“反転”だ。

 確かにこの能力では戦闘のお手伝いは難しそうだ。


 そして竜族の人は、あまりの事に何も言えないのか口をパクパクと動かしているのみだ。

 そんな彼に幽霊が今度は足払いをかけて壁に頭をぶつけさせて、気絶させた。


 これで、ここにいる竜族は全員倒された状態になる。

 するとケリュケイオンは幽霊状態のまま背伸びをしてから、


『さてと、遊んだし僕達は帰ろうかな。皆、帰るよ~』

『『『『『『『『は~い』』』』』』』』

『じゃあリト、ラズ、またね。次に会う時を楽しみにしているよ』


 そう言って、ケリュケイオンは“黒の石板”に消えていく。

 それに引きずられるようにして、幽霊たちもどんどん戻ってきて石板に消えていく。

 最後の一人が遅れたように飛び込んでくると同時に、“黒の石板”は何事もなかったように消失した。


 後には倒された竜族と、騒がしさに呆然としている僕達と、猫耳をつけたままのリフとフレイが残されているのみだった。







 騒がしい幽霊の皆さまがご退場した後。

 とりあえず倒れた竜族の人達を縄で縛り上げて魔法で力を封じる。

 それらはラズとリフがやった。


 それから所々で倒れている竜族の人達を同じようにしてから、発掘隊の人や列車の乗務員、そして列車を何故か運転していた竜族の人(列車を僕達が止めた後も、動かないと焦って何かをしていたようだ)を気絶させて縄でぐるぐる巻きに。

 そして本物の運転手さんを助け出して、駅などと連絡を取ってもらう。

 獣人の国が近いと言っていた話は本当らしく、数十分後には、獣耳をつけた警官らしき人達が数十人が来ていた。


 彼らはフレイとリフに気付いてはっとしたらしいが、気づかなかった振りをしてくれるようだった。

 そして事情を説明して、後は彼らに任せることに。

 ちなみに“黒の石板”に関しては、中から幽霊(仮)が沢山出てきて、列車内で暴れまわり消えたと答えると、それを聞いていた発掘隊の人が、やはり遊ばれただけか、あれには触れてはならなかったのかと呟いている。


 ケリュケイオン達の目論見である、触れた場合の警告は上手く果たされているようだった。

 そんなこんなで、こういった事件があったため列車はしばらく運休だそうだ。


 そしてこのすぐそばには獣人の国がある。

 だからリフは嘆息してから、


「一度獣人の国を回りましょう。列車が動かないのでは仕方がありません。それに現在分かっている範囲の内容だけでも情報は共有したい。……十分に理由にはなりますね」

「うん、リト達に、僕のお城に来てもらう理由になる!」


 フレイが嬉しそうに言って、確かにそういった理由があるのだからこの獣人の国を訪れるのも仕方がない。

 そしてここでフレイの父親を僕の力で治せるのか見るのだけれど……ただ気になるのは、


「ラズはいいかな?」

「……英雄と言って敵対していたのは昔の話、のはず。でも顔は隠しておいた方がいいか?」

「でもラズは行方不明のはずだから、大丈夫かな?」

「確かに」

「……どんな形であれ、ラズの過去の出来事と関係して良そうだからもしかしたら少しは記憶が戻るかな?」

「そうだと良いな」


 と、僕はラズと話す。

 それから振り向き、列車から竜族たちが連れていかれるのを見てラズは、複雑そうに見ている。

 同じ竜族だから気にはなるのだろう。


 だが彼らのラズを見る目は……同族や敵を見る、というよりは“バケモノ”を見て憎悪するようなそんな感情が見え隠れしている気がする。

 静かな拒絶がある。

 確かにラズは強いけれど、そして感覚を鋭敏にされたから感じる違和感はあるけれど、それでも出会った当初からのラズのままに僕には見えるのだ。


 僕が異世界人だから感覚が鈍いと前に言われたけれど、それを差し引いてもラズはラズのままで“優しい”し“繊細”だと思う。

 “黒の石板”に僕にも適性があるらしいからひいき目に見てしまう? といったのもあるのだろうか? と考えてみたけれど、僕のラズへの信頼はこれまで一緒に居て感じたものだ。

 だから安心させるように、寂しそうなラズの手を握ると、ラズが僕を見て微笑む。


 それが僕に嬉しい、そう思いながらその場を離れていき、僕達はリフとフレイに案内されて、獣人の国へとやってきたのだった。






 獣人の国は木組みの建物が並ぶ街だった。

 そして獣人の国というだけあって、人間よりも頭に獣耳が生えた人達が多い。

 但し、殆どというか全員が今の所“男”だったが。


「女の子の獣耳の子はいないのかな?」


 僕が呟くと、それを聞いていたフレイが、


「女の子は少ないから仕方がないよ。でも城には確か、メイドの一人に本物の猫耳メイドの女の子が一人だけいたから、そんなに獣耳が気になるんだったらその子に会わせてあげるよ」

「本当! 嬉しい……まてよ、今の話だと男のメイドもいるような」

「気づいてしまったか。折角だからどの子が本物の女の子かあてるゲームでもする?」

「僕、もしフレイがメイド服を着ていたら、女の子と間違える自信があるのでお断りします」

「なんだと! さすがにこの僕がメイド服を着ていても、男に見えると思う! よし、後でリフにメイド服を着てどうだ~、ってやってみよう」


 ちなみに丁度その時、リフは必要な物があるらしくどこかに居なくなっていた。

 だからだろうか? フレイがやけにこう……楽しそうに企んでいるというか、そう僕が思っているとそこで、僕はラズに軽く頭を二回叩かれた。

 何をするんだと言い返そうと思った僕だが、そこで両耳の上の方で、ポンという音がする。


「あれ? 何だか頭にいつもと違う感触が……うにゃ!」


 そこで手を伸ばすと、ふさふさした感覚がある。

 形的にはフレイにある猫耳のようだった。

 しかもフレイは嬉しそうに僕の猫耳を見ている、きがする。


 いや、今はそうではなくて、


「ラ、ラズ、今一体何を」

「……リトが猫耳の女の子に夢中みたいだから、リトに猫耳が生えないかなと思って試しにやってみた」

「ち、力の無駄遣いだよっ、って、ラズ、耳は、猫耳の部分はだめっ」

「……やっぱり感じるのか。ちょっといじってみよう」

「や、やめっ、ラズっ、だめぇ、っ」


 指で軽く摘ままれて、さわさわされて、かと思うと猫耳の部分にラズがキスをして、それだけで僕は、僕はもう……。

 フレイが普段、らめ~、といった感じになっているのを身をもって僕は体験させられていたわけですが、そこで丁度リフが戻ってきて僕とラズを見て、


「……遊ぶのは構いませんが、普通の獣人と間違えられては困りますので、獣耳はなくして置いてもらえますか?」


 リフのその言葉と共にラズが僕の猫耳に軽く触れると共に、何かが破裂するような音がして、僕の頭が軽くなる。

 どうやら猫耳は消えたようだ。

 とはいう物の、猫耳をつけさせられた僕は頬を膨れさせながらラズを見上げて、


「なんでこんな意地悪をするんだ」

「……リトが女の子に夢中みたいだったから」


 すねたようにラズが言う。

 僕が相手をしないのが気に入らないらしい。

 我儘だなと思いながらも笑みがこぼれてしまうのは、それだけ僕がラズの“特別”だと思ってもらえているのが分かったからかもしれない。


 だから代わりにラズの手を僕は握る。

 何だかこうしているのが当たり前のような、そんな気持ちさえ僕はしてきてしまう。

 そんな僕達をリフとフレイが意味ありげにじっと見てから、フレイがリフに手を繋いでくれるようお願いして、繋いでもらっていたのだった。








 やがてやって来た獣人の城は、灰色の石が積み重ねられた城だった。

 けれど周りには花々が咲き乱れる庭園や噴水などがあり、一目で豪華だと僕の目でも分かる物だった。

 門の所で門番の儒人にリフが何かを話すとすぐに通してもらえて、門番の人の一人が慌てて誰かに僕達の事を伝えに言ったらしくは知っていくのが見える。


 そうこうして歩いていくと、執事? のような兎耳の人(男)に案内されて、ある部屋にやってくる。

 そこは、とある人物の私室のようだ、と思っているとその通りであったらしい。

 扉を開けると、フレイがすぐに走って中に入っていく。


 そしてベッドに横になっていた人物に抱きついている。

 困ったようなその人物だが、憔悴しきったようなその顔には意思の強さと優しさが垣間見える。

 しかもフレイに容貌がどことなく似ている。


 そこでリフが、そのフレイの抱きついている人物に一礼してから、


「ただ今、リフは戻りました。我が主、イザク王様」


 そう、感情のこもらない事務的な声で告げたのだった。







 イザク様と呼んだこの人が獣人の王で、フレイの父親らしい。

 フレイが嬉しそうに抱きついて頭を撫ぜられている。

 親子仲の良さが微笑ましい、そう僕が思っているとフレイが、


「カレン母様は、そういえば今どこに?」

「先ほど、英雄のうちの二人、エリュシオン王子とカズキ殿がいらして、その二人を近くの“ヒカルの森”に案内しに行った所だ。何でもその森に上手く迷わずに行けば“黒の石板”があるらしいといった情報を見つけたとの事だ」

「……英雄の二人……」

「相変わらずフレイは英雄が嫌いか」


 黙ってしまうフレイに困ったような顔をしたイザク王は、そこでようやく僕達に気付いたらしく……正確には、ラズを見て一瞬無表情になってから、


「そこにいるのはあの、“黒の石板”に触れていなくなった竜族の英雄が一人、ラズ殿では?」

「はい、旅の途中で出会い、我々と同行しておりました。その件も含めて、お伝えしたいことがあるのですが……その前に、現在一緒に居るあの、ラズではないもう一人の人物は異世界から来た人物で名前をリトと言います」

「異世界から……またあの方達の、思惑により呼ばれた者、か?」


 イザク王がそう言って僕を見るが、そういえばこの世界に来た時、楽しんでいってね、好きに遊んでいていいよ、みたいなニュアンスだったような気がするな~、と僕は今更ながら思った。

 でもこの程度のことは、あの人達、列車で出会ったあのケリュケイオンも含めて“遊び”なのかもしれない。

 僕がそんな事を考えているとそこでリフが、


「おそらくは。ですが今は、彼の能力を使い、主様の体を治す事が先決です」

「それは……許されているのか?」


 迷うようにイザクがラズの方を見てそう告げる。

 そこでラズは少し困った顔をして、


「元々、貴方の体をそのような状態にする予定ではありませんでした。俺がいなくなってから獣人の治癒能力では、一月程度で完全に回復するはずでした。何をなさったのですか?」

「……」


 黙ってしまったイザク王。

 思い当る節はある様に、何も聞きたくないというかのように猫耳を下におろして、視線をそらして窓の外を見た。

 そこでリフが深々と嘆息し、


「無理をなさらず御身を大切にと、私は大戦の時から申し上げておりましたが」

「う……リフ、どうして私の不利になるようなことを言う」

「貴方様は私に、それほどまでにとっても大切な主だという事です。フレイ様もずっと、これも自分のせいなのかと悩んでおりましたよ?」

「それ……は……」

「ですから、これからはもう少し御身を大事にして頂きたい。私も含めて大切に思っているものがいることを、お忘れなきよう」

「……分かった。相変わらずリフの小言は私は苦手だ」


 うんざりしたように呟くイザク王。

 そして今更ながらここで会話する時は他人行儀で、自分の事は私というんだなと思って僕はリフを見ていた。

 けれど事務的な口調でいながらも、このイザク王をしたっているのがとてもよく分かる。


 この人達の絆は一体だここからきているのだろうと思ったけれど、それは長い間培われてきた物なのかもしれない。

 僕がそう考えているとそこでリフが僕を見て、


「では、リト、お願いできますか? 過去の健全な肉体の状態にお願いします」

「や、やってみます。でもそうなると記憶はどうなるのでしょう?」

「……イザク王の体が治れば問題ありません」


 などとリフが余計なことに気付きやがってというかのように冷たく僕を見た。

 酷い、僕、特殊能力チートで治してあげる側なのにと僕が思っているとイザク王は嘆息して、


「全くリフは。……だが、確実に無くなるとは限らないのだろう? リト殿」

「は、はい。……治るかも分かりませんが」

「……いい。リスクは常につきものだ。やってみて欲しい。これで体が治るのであれば、挑戦したい」


 イザク王が僕にそう言う。

 思いっきりのいい人だと思いながら近づいて僕は、記憶は残したままで体を元の健康状態に……“コピー”、と考える。

 そして力を使うように、思う。


 イザク王の体がそこで光に包まれる。

 やがて、光が収まれば、先ほどまでの何処か痩せたような憔悴しきった風ではなく元気ではつらつとした様なイザク王がそこにいた。

 しかも当のイザク王が、驚いたように目を瞬かせている。


「……体が軽い?」

「つまり、上手くいったという事なのでしょうか」

「そのようだ。リト殿、ありがとう」


 そう、フレイに似たイザク王が猫耳をパタパタと動かしながら僕にお礼を言ったのだった。




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