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前編

 鳥の鳴き声に僕、石躍理人( いしおどり りと)は目を覚ました。

 目の前にはラズが穏やかに寝息を立てている。

 僕よりも背の高いイケメンである彼は未だ心地よさそうに眠っている。


 こうやって眠っていると同性とはいえ一瞬だが目を奪われてしまう、と僕は思ってから、


「いやいや、僕は女の子の方が好きだから」


 そう呟いてから僕は彼を揺さぶる。

 

「ラズ、起きて。そろそろギルドに行かないとというか、僕、ギルドカードを作らないといけないんだよ」

「う、うん……リト……」


 小さくラズは呟いてそこで、むくりと起きようとしたかと思うと僕に抱きついた。


「ラ、ラズ、寝ぼけないで起きようよ」

「う……ん……リトの、いい匂いがする……くう」

「ぼ、僕は男だからそんな匂いはしません! というか起きてぇえええ」

「う……ん……」


 僕がじたばたしながら必死にラズから逃げようとするとそのまま抱き枕のように再びベッドの中に引きずり込まれてしまった。

 しかも逃がすかというかのように抱きしめられて、僕はもうラズから逃げられない。

 今日は朝からギルドに向かってギルドカードを僕たち二人で作ろうと思ったのに!


「リト……」


 そう、甘くねだるようにラズに言われて抱きしめられて、やっぱりベッドは別にしよう、宿代節約するよりこの状況の方が、駄目な気がすると思ったのだった。








 まず、どうしてこのような状況になったのかについて、話そうと思う。

 その日はいつものようにお菓子やらなにやら他にも、


「演劇の衣装を作るから、安い布を買ってきてって言われたんだよね。丁度セール中だったけれど、姉さん人使いが荒いよ。ビーズやボタンなんかも買ってくることになったし。……格安詰め合わせセットという在庫処分のような袋を買っちゃったけれどさ」


 そう思いながら僕は重い荷物を持ちつつ、スマホをいじる。

 最近何か面白いゲームでもないかなとアプリを探していると、


「“異世界召喚アプリ”、異世界に招待するアプリです。もちろん好きな特殊能力チートもお付けします。今すぐダウンロード! 無料」


 という妙なアプリを見つけた。

 普段ならこんなものを押さないのだけれど、その日はそういった気分だったというか惹かれるというか、そのアプリを選んでしまった。


「さてと、好きな能力を選んでください。どうしようかな~」


 どうやら文字で記入するらしい。

 特殊能力チート!

 僕が最強主人公になる時!


 そんな僕は丁度、ピンク色の球の形をしたキャラクターが可愛い某ゲームをやっていて、とても楽しんでいた。

 といった理由から、


「コピー能力、と。何だか色々な事が出来そうで、お得な能力な気がするしこれにしよう。……あれ?」


 打ち込んで、okボタンを押すとそこで僕は異変に気付いた。

 足元から光があふれている。

 見るとそこには、光の魔法陣が生じていて、


「ま、まさか本当に異世界の僕は飛ばされて……う、うわぁあああああ」

 

 眩しさに悲鳴を上げながら目を閉じる。

 やがて瞼の裏から光が収まったのを感じる。

 同時にアスファルトではなく土を踏みつける感覚と、木々の緑の匂いが……。


 慌てて僕が瞼を開くとそこには、土の道と森と青空とそして風を切る音が頭上からして、


「え?」


 僕が疑問符を浮かべると同時に、誰かが“空から”降って来たのだった。











 突如目の前に何かが落ちてきた。

 そこそこの重量がありそうな大きいもので、目の前には大きな穴が開いている。

 それも人型の。


「だ、大惨事に……何で異世界に来てすぐにこのような目に……ど、どうしよう」


 そこで、風が唸る音が聞こえる。

 とても大きなもの、飛行機がはるか上空を移動していく時の音に似ている。

 だが僕が見たそれは、飛行機よりもはるかに大きいものだった。

 

 僕を含めた周辺一帯に黒い影が差す。

 さらに頭上を見上げると、青い空と白い雲が浮かぶ中、巨大な岩のようなものが飛んで行っている。

 浮遊大陸。


 ふと浮かんだその言葉は僕の中でしっくりと来た。

 空を飛ぶ大陸、所々機械のようなものが岩盤から見えるそれは、唸り声のような駆動音を立てながら僕の頭上を通り過ぎていく。

 結構高度がありそうなので、森の木々をかすめるといったことはなさそうなのだけれど、


「も、もしや先ほどの人物はあそこから落ちてきて……はわわわわわ」


 どう考えても中がぐちゃぐちゃのドロドロになってしまう。

 位置エネルギート運動エンエルギーガーといった大学受験のために勉強した物理の内容が僕の脳裏をかすめる。

 ファンタジーな楽しい異世界がどうして、いきなりエロくない方のR18展開から始まってしまうのか!


 だが逆に考えればファンタジーっぽい異世界ならば、空から人が落ちてきたとしても、


「い、生きているかもしれないよね。よし、様子見しよう」


 僕はそう呟いて、そっと穴に近づいていく。

 恐ろしいことになっていませんようにと近づき、ちらっと薄目で中の様子を見ると……上から見た範囲では人型を保っているようだった。

 うつ伏せの黒髪の男。


 どうしようと思った僕は、声をかけてみることに。

 異世界なので言語が通じるかどうかは分からないが引き上げたら……というのは避けたかったので、


「もしもし~、大丈夫ですか?」

「……こ……え?」


 どうやら生きているようだった。

 ふう、脅かしやがって、と僕は小さく呟きつつ、なんとなく言語が異世界なのに通じている気がした。

 そうなればやることは一つ。


 この地面にハマってしまった、謎の人物を引っ張り出してあげるのみ。

 いつまでもこの状態でいるのは可哀想だから。

 なので僕は、


「これから右腕の服の部分を引っ張りますので、何とか起きれるといいかな」

「あり……が……とう……」


 お礼が途切れ途切れなのは、この人物が相当弱っているからなのか。

 早く出してあげよう、そう思って僕は服を引っ張ると、どうにかその人物は起き上がることが出来たようだ。

 背後からは顔が見えなかったが、黒髪に赤い瞳のイケメンだった。


 それも穏やかそうというか大人しそうというか上品そうというか少し浮世離れした雰囲気があるかもしれない。

 しかし同性の男なのに、美形だなと彼を見て思った。

 もちろん僕は可愛い女の子の方が好きなごく普通の大学生です!


 さて、それは良いとして、そこで僕は気づいてしまった。


「あの~、空から何だか羽を持った人とかドラゴンみたいなのがこちらに来るような……」

「俺、追われているから」


 そこでイケメンがそんな事を言い出した。

 いやいやいや、僕、今この世界に来たばかりでこの世界の事なんて知らないよ!

 ゲ、ゲームだとこのあたりでチュートリアル画面がぁああああ、と思ったけれどそんなものが出てくる気配はなさそうだったので、


「ど、どうしよう、とりあえず茂みに入ろう」


 まだ完全にこの場所だと気付かれていないようだったから。

 そしてこの謎のイケメンと共に、僕は傍の茂みに隠れる。

 だがこれだけでは不安だった僕は何かいい方法がないかと考えて、

 

「そうだ! 僕にはコピー能力があるはず!」


 そう、思い出したのだった。








 コピー能力。

 この世界に来る時にもらえているかもしれない能力だ。

 でも使い方が分からない。


 あれですか、妙な儀式で魔法陣かいて炎を起こしながら赤や青の厚化粧でウホウホと踊り狂わないといけないというな、呪術みたいな儀式が……。

 どう考えても時間的に無理です、ありがとうございます。

 どうしよう、落ち着こう、今は能力が分かればいいだけで、


「そうだ、“ステータス・オープン”と言ったら出てこないかな? ……出てきた」


 希望的観測のもとに僕はそう呟いた。

 そうするとステータス画面が出てきて、その下の方にはコピー能力についての説明がある。

 色々と書いてあるが、どうやら僕の意思によって発動して、僕が“コピー”と認識できる範囲で能力が使えるらしい。


 結構お手軽だが、この能力でどうやって今そこにある危機から脱出するか。

 考えろ、考えろ。

 今いる彼らから見つからないようにすればいいわけで、


「そうだ、周囲の映像をコピーしよう。そこの茂みでもいい。コピーコピーっ」


 僕がそう念じると、僕から見て周囲がうっすらと緑色になる。

 透き通った緑色なのは、僕から外が見えるようになる配慮なのか?

 僕は目の前のイケメンに、


「僕、そこにある茂みになっている?」

「あ、ああ……面白い魔法だな」

「うん、これで大丈夫そうだから、よし、そのままじっとしていてね」


 僕はそう言って、イケメンに抱きついた。

 イケメンが驚いていたが、とりあえず僕と彼の間を選択範囲にしたいので、相手に触れていた方がいいだろうと抱きついてみた。

 謎のイケメンも怖かったのか僕に抱きついている。


 僕は森と一体化するのだ……そう思ってコピー能力を使っていると、空から誰かが降りてくる。

 手に槍などを持った武装男たちで、背中に太い骨で作られ革の張られたような羽が生えている。

 想像上のドラゴンの羽といった風で、オレンジや黒など色とりどりである。


 ここにはドラゴンは降りてこなかったので、この上空を巡回しながら探しているのかもしれない。

 そしてここに降り立った彼らは、このイケメンが落ちた穴を確認してから、


「まだ遠くにいってはいないはずだ、探せ!」

「はい!」


 といったように話して探し回っている。

 ここ周辺も探してそして、彼らのうちの一人が茂みをのぞき込むようにして顔を突っ込んでくる。

 僕の目と鼻の先にまでその兵士の顔があったが、


「ここにはいないな。ただの茂みだ。そっちはどうだ?」

「いません!」

「もう少し周辺を探してから一回戻るぞ。もうすでにこんな場所にはいないかもしれないからな」


 といった話声が聞こえて、足音が遠ざかっていく。

 それを聞きながら僕は深く息を吐いて、


「よかった、何とかなった。あの、放してもらっていいですか?」


 そこでギュっと僕に抱きついていたイケメンに僕が話しかけると、


「あ、す、すみません」

「いえいえ、怖かったんだろうなと思うので。武器を持った人たちですし。何をやったんですか?」

「……普通に歩いていたら、突然彼らに追いかけられて」


 と言い出したイケメン。

 異世界はそんな恐ろしい所なのかと思いつつ僕は考える。

 このイケメンが本当のことを言っているのかが分からないが、見た感じでは嘘をついているように見えない。


 なので話を聞くにしても何しても、


「僕は、石躍理人( いしおどりりと)といいます。リトと呼んで頂ければと」

「俺は、ラズ。ごめん、それ以外は何も覚えていないんだ」


 そう、このイケメン、ラズは僕に告げたのだった。

 







 このイケメンの名前はラズらしい。

 しかし、先ほどの人物達、


「武器を手に追いかけてきていたよね、ラズを。しかもドラゴンもいたし」

「そうなんだ、たまたまあの、空飛ぶ島に気が付いたらいて、それからあてどなく歩いていたのだけれど……そうしたらああいった人達に追いかけまわされ、島の端から地上に」

「気が付いたら島にいた?」

「そう、俺は名前などが断片的に覚えていたりしているだけで、記憶喪失みたいなんだ」

「え」


 僕はついそう声を上げてしまう。

 空から降ってきた記憶喪失の人物とまで言ってしまうと、何かの物語が始まってしまいそうだが、それは現地人の前に落ちてきてこそだと思う。

 この世界について何も知らない僕の前に落ちてくるのは、ちょっと問題があるような。


 ここはせめてこの世界の事情に詳しい人か、女の子を!

 ぜひ可愛い女の子というか美少女を!

 と思ったけれどこのイケメンのラズが変身するわけでもないのでそれ以上僕は考えるのを止めて代わりに、


「記憶喪失というけれど、どの程度思い出せるのかな」

「断片的に覚えている感じだ。記憶が引きずられるように思い出されたりはするかな」

「うーん、その記憶喪失の時に、彼らに囚われそうになる原因があると?」

「……分からない。覚えがない。ただ……」


 そこで何か思い当たったらしいラズが僕を見上げるようにして、


「俺が怖くないのか?」

「え? なんで?」

「俺、化け物だから」


 などと言い出した。

 それを聞いた僕は、


「え? そうなの? 僕には普通の人間に見えるけれど、まさか、この世界では化け物が普通の人間のように僕達異世界人には見えるとか」


 そう言って僕がガタガタ震えていると、イケメンが唖然としたように僕を見て、次に微笑み噴出した。


「いや、そうか異世界人なのか」

「え、あ、言っちゃった」

「だから俺の事を化け物って言わないのかな?」

「で、でも普通の人に見えます」

「見かけはそうらしいけれど彼らに俺は化け物のように感じられるらしい。うん……リト、一つお願いがあるんだけれど」

「? 何でしょうか?」

「僕をリトと一緒に連れて言って欲しいんだ。あの島の普通の人達も、俺が人型には見えるらしいけれど変なものを感じるらしくて、嫌がられてしまって」

「……変な物……僕が異世界人だから感じないのかな。そもそも僕、この世界にアプリで連れてこられただけで何をすればいいんだろう?]


 変な召喚をされてしまった僕。

 特殊能力チートはあるけれどどうすれば。そうだ!


「スマホに、スマホに何かヒントが! ……えーと、何々? “クローズガーデン”へようこそ。この世界を楽しんでいってね! ……他にヒントも何もない。あ、ネットにつながる、いや、繋がるのはいいけれど、僕、これからどうすればいいのかな」


 そこに書かれた適当な内容に、僕は目の前が真っ暗になった。

 どうしようかと僕は考えて、どうせ旅をするなら、


「一人よりも二人の方がいいか、うん」


 旅は道連れ世は情けっていうしね、と僕は思って、不安そうに僕を見上げるラズに、


「じゃあ、これから旅をすることになるけれど、これからよろしく、ラズっえ、ふわっ」


 そこで僕にラズが抱きついてきた。

 僕より背の高いイケメンに抱きつかれている僕は、どうしようと思っているとそこでラズが、


「よろしく、リト」


 とても嬉しそうにそう言って、更に僕の体を抱きしめる力が離れないぞというかのように強くなったのだった。







 イケメンにぎゅうぎゅ抱きしめられるという事案が発生!

 一緒に旅ができて嬉しいとか、避けられて人が恋しかった、といった理由なのは分かる。

 でも僕には動静に抱きしめられて喜ぶような趣味は無い、というよりも、


「く、苦しい……」

「あ、ごめん、つい嬉しくて、俺……」

「いえ、記憶喪失になって初めての仲間だから仕方がないかも。よし、じゃあとりあえずは旅をすることになるのかな?」


 スマホで調べた時には、よい旅を! という言葉が書かれていたが、確かに僕は特殊能力チートを持っているが、それ以外だと、


「この買ってきた布類と……姉さんに頼まれたものだけない。とりあえずセールで買ってきた布とか手芸の詰め合わせセットとお菓子はあるのに。ほ、他には……スマホと、お財布……お財布にはお金も入っているけれど、この世界ではどうなんだろう?」


 まさかこの世界では日本銀行券が流通しているとか?

 

「それはないよね。お金どうしよう、ラズはもっている?」

「確か、あの空の上の島で脅されて……」

「う、奪われてしまったのですか」

「いや、返り討ちにはできたが、それを警備らしい人間に見つかって逃走して……確かその時に、財布は落としてしまったはず」


 どうやら荒くれものにカツアゲをされそうになって返り討ちにしたらしい。

 もしや先ほどの人達はそういった理由で追いかけてきた人たりかな? と僕が思っていると、


「ああ、さっきの俺を追いかけてきた人達とは別件だ。彼らは俺を狙って捕らえようとしてきたみたいだったから」

「そ、そうなのですか」


 このイケメンであるラズはよく分からない。

 けれど先立つものが必要という意味で、僕はこの詰め合わせセットを見ながら、


「この世界では質屋ってあるかな。そこに行って持っているものを幾らか売りたいんだけれど。布とかどうかな?」

「売れると思うし、大きい町に行けば質屋もあるとは思う。そうだな、お金がないと生活が……いざとなったら俺のこの剣を売れば……」


 ラズが持っている剣。

 古めかしいが僕は、それに何かを感じる。

 なんとなく強力な武器というか。


 そして僕はあることに気付いてラズに、


「それはラズが記憶喪失になる前から持っているもの?」

「そうだが」

「この世界って、魔物って出るかな」


 ファンタジーのお約束の魔物。

 人を襲う怪物だけれど、と思いながら聞くとラズは頷く。

 それならばと僕は思って、


「だったら持っていた方がいいよね。旅の途中で魔物に襲われたら怖いし。それに、記憶喪失の前から持っているなら、ラズが誰なのかそれを持っていたら知り合いが気付いてくれるかもしれないし」

「でも、お金が……」

「とりあえずこの布などを打ってから考えようよ。それに異世界の硬貨コインもあるし、それはきっと珍しいものだと思うからそこそこのお値段で売れるといいと思う」

「珍しい硬貨コインは、確かに人によっては集めているな。高値でも売れたはず。でも、良いのか? リト」

硬貨コインはそこそこ沢山あるし、布の方はたまたま購入したものだから僕にとってはそれほど問題ないから……それを売って当座の資金にしよう」

「……ありがとう」

「いえいえ。でも少しはこの世界の記憶があるみたいだね」

「そうみたいだ。今みたいに会話をしていくと段々に思い出していくのか?」


 どうやらラズの記憶は会話でも思い出されるようだった。

 こうしてラズと出会った僕は、ラズを追いかけていた人物が言った方向とは反対に、歩いて行く事にし、運よくそこそこ大きな町に、明るいうちに辿り着くことが出来たのだった。

 


 




 こうして僕とラズは街に辿り着きました。

 沢山の家々が連なる賑わいのある街だが、あまり高い建物はなさそうだ。

 少し離れた丘の上に、4階建ての建物が見えるが、ここの町一番のお金持ちとか貴族とかそういったものだろう。


「ふう、ようやく着いたよ」


 僕はそう、つい呟いてしまった。

 ようやくやって来た町を見てそう言ってしまったのには理由がある。

 ここまで来るのに、延々と森と空と土の道が続き、この道でよかったんだろうかと不安に思っていた所で街が見えてきたのだ。


 お腹もすいてきたので途中、ラズと一緒にポテトチップス(のり塩)を食べながら移動し、湧水が出ている所があってそこで水を飲み、といったようにして移動した。

 一応は缶入りの飲み物もあったのだけれど、これは保存性がいいので残しておく。

 僕の持ってきた食べ物に関しては、ラズが食べても大丈夫かと思ったのだけれど、


「……大丈夫かどうか?」

「うん、この世界の人が異世界の物を食べても大丈夫かどうか、僕には分からないからどうしようかなって。調べられればいいんだけれどね」

「……触らせてもらっていいか?」

「うん、いい……え?」


 そこで、ラズが僕のポテトチップス(のり塩)に触れると、ひゅんと小さな音が出てまるで僕の世界のゲームに出てくるような画面が!

 これはひょっとして、


「“鑑定スキル”って言われているものかな?」

「……多分、それであっているはず」

「でも異世界のものでも分かるんだ。あ、中にある物質を分析しているのかな?」

「……そういった感じではあったと思う」


 との事だった。

 この世界の“鑑定スキル”は僕が思っているより万能であるらしい。

 そう言った話をしながらなんとか町に着いた僕達は早速質屋に向かう。


 ラズが言うには、大通りに面した店よりも路地に入った店の方が高く買い取ってくれるのだそうだ。

 

「友人の受け売りだが」

「そうなんだ、よし、行ってみよう。でも友人は覚えていたんだね」

「……俺のそれを教えてくれた友人は、誰だった?」


 どうやら誰だったのか分からない。

 その記憶もその内、思い出せるよと僕は慰めて、周りの人に聞いて質屋を目指す。

 やがて、袋のようなものの看板が下がったお店にやって来た僕は、とりあえず、セールで手に入れた布を渡すことに。


 花柄が綺麗な紫色の鮮やかな布ではあったのだけれど、


「! こ、こんな色鮮やかで繊細な模様の布があるなんて! しかも魔力が!」

「え、えっと、え?」


 その布は多分在庫処分セールの、と思ったけれど質屋のおじさんは、


「こんなもの見たことがない。こんな高級品……いや、貴方が着ている布も魔力を感じますしその色もまた鮮やかで……もしやこれは、空の浮遊大陸の品!?」


 どうやら空を飛んでいるあの島が浮遊大陸ではあるらしく、こういったものがあったりするらしいけれど、あそこから来たとなるとラズの追手が……と思った僕は、


「僕達は、正確には僕自身がはるか遠くの、海を越えた東の島国から来たのです。聞いた事がありませんか? こういった物を作るのが盛んなのですが……」

「いや、聞いた事は無い」

「そうですか……地元では有名だったのですがここまで来てしまうと、それほど知名度がないのですね」

「いや、私も知らない事も多い。分かった、これを購入しよう。そうだ、こちらの硬貨コインも一緒ですね……これら全部で120ゴールドではどうかな?」


 といった話になるが、そこからラズが交渉してくれた。

 実は事前にこの布はラズの“鑑定スキル”でどの程度の価値があるかを見てもらったばかりだった。

 とてもではないが値をつけるのが大変なことになりそうだが、120ゴールドではあまりに安すぎる。

 だって、日本円で12000円くらいだし。


 それから何とか交渉して5000ゴールドをどうにか手に入れた。

 これでも安すぎるものだけれど、お金が必要なのでそのお値段で。

 そしてお金を手に入れた僕は、質屋を出て本日の宿を探しに向かう。


 手に入れたお金の袋に機嫌をよくしながら僕は、


「これでしばらくの旅の路銀にはなるね。でも布に魔力を感じるって言っていたけれど、どういう事なんだろう?」


 僕の世界には魔力は無いのに変だなと僕が思っていると、そこでラズが、


「リトの布には魔力があったぞ、そしてリトの服にも、硬貨コインにも」

「え?」


 そう、僕に不思議そうに告げたのだった。

 






 ラズが言うには僕の服にも魔力を感じるらしい。


「し、知らないよ。だって僕の世界には魔法が存在しないし!」

「魔法が存在しない? それは無いと思う。もしも魔法が存在しないならそれは、目に見える形で魔法が“実体化”出来ない世界なのだと思う。観測できないがために、無いものと同じなのかもしれない」

「そ、そうなんだ……は! もしやだから魔法的なアプリで僕はこの世界に飛ばされた?」


 魔法は僕達の世界では使えないけれど、あのスマホアプリはこの世界と繋がっていて、境界が曖昧になったから魔法が……とか?

 僕はそう思って慌ててスマホを見るが、先ほどのようこそ異世界へ、みたいな御馴染な言葉しか見れない。

 そこでラズが僕のスマホを見て、


「何だかこれ、懐かしい感じがする」

「え? そうなんだ。あれ、ラズはもしや異世界人だったとか? 僕と同じ世界の人?」

「……違うと思う。この道具は俺に覚えはないけれどこの……発せられている魔力に、懐かしいものを感じる」

「うーん、じゃあこのアプリを作った人が、ラズの知っている“人物”なのかな?」


 そう僕は考えてから、異世界に呼び出したりするのは普通は“神様”とかだったよなと思ったけれど、それと遭遇した記憶もないのでよく分からない。

 分からないことは思考の端に寄せて、僕はラズに、


「そういえば僕の服からも魔力を感じるっていうけれど、どんな風なものなのかな?」

「防御力が高そうかな。もっと詳しく知りたいのなら、宿に行ってから詳しく見てみてもいいと思う」

「確かにゆっくり確認した方がいいかな。そういえばラズ、さっきの売った布って、やけに感動されていたけれど、この世界には合成された染料ってないのかな? あったとしても、浮遊大陸にある?」


 記憶喪失だけれど、ヒントくらいは無いかなと僕が思って聞いてみるけれど、ラズは首を振り、


「合成染料の類に関しては分からない。ただ、浮遊大陸の魔法技術は地上よりも数十年、場合によっては数百年進んでいると言われている」

「そうなんだ。僕達の世界でもその昔、紫色は貝から染料を取っていて、高級品だと何かで読んだことがあったから……天然ものがこの世界では主なのかなって」

「そうかもしれない。でもあの布の価値はその模様も色も素晴らしかったが、付与された魔法が凄かったからな」

「え? 何の話?」

「リトは俺の“鑑定スキル”で見たあの布の効果を見ていなかったのか?」

「う、実は値段しか見ていませんでした」


 僕が誤魔化すように笑うとラズが少し考えてから、


「……“炎への耐性・超”」

「!?」

「……“氷への耐性・超”」

「!?」

「……“雷への耐性・超”」

「!?」

「他にもいくつかあったが、超といった効果がついているのは多分、とても貴重で高級品だ。それこそお金で買えないぐらいの」


 予想外の回答に僕は凍り付きながらも、何故という気持ちで必死に考えて、


「ま、まさか、この世界に持ってくると、特殊な効果がつくとか?」

「確かに、リトの服も魔力を感じるな」

「じゃあ硬貨コインにも?」

「そういえばあの硬貨コインにも……は、早く宿で僕の服とか、ラズに見てもらう!」


 なんだかすごい力を僕はもってしまっているみたいだ、そう思った僕はラズの手を引き、宿を探しに走り出したのだった。






 良さそうで安そうな宿を探してみた。

 少し路地に入った所に値段の安めの宿がありそこに入る。

 しかもダブルベッドの一部屋だとお値段が安い!


これからの生活を考えると、お金を節約しなければと僕は思ったので、


「ラズ、同じ部屋でいいかな?」

「……リトが良ければ」


 そう答えるラズ。

 なので僕は、ダブルベッドの部屋をお願いすると、何故かラズに後ろから抱きつかれた。

 なんでだ、と僕が思っているとそこでラズが、


「抱きつきたくなった」

「……動けなくなったので、出来れば止めてもらえると助かります」


 そう答えた僕は、何かを悟ったような宿の主人から鍵を貰って部屋に向かう。

 とりあえず突然抱きつくのは止めてもらおう、ドキドキするしと僕が思って部屋の鍵を開ける。

 そこには大きめのベッドと机といすが置かれている。


 安い宿だったとはいえ、簡素だが清潔なシーツがベッドにはかけられていて寝心地は良さそうだった。

 こうして宿にやって来た僕だけれど、


「そ、それで僕の服にはどのような効果が!」

「近くで鑑定した方がいいかもしれない。ベッドに隣同士で座って殻で構わないか?」

「うん」


 というわけで、僕はラズの隣にベッドの端に座る。

 こうしてみると、ラズは僕よりも背が高い。

 頭一つ分くらいだ。


 そこでラズが振り向く。

 黒い髪がさらりと揺れて、宝石のような鮮やかに赤い瞳が僕を映している。

 美形なのもあって、不思議とずっと見ていたいような気持ちにかられる。


 するとラズの顔がそっと僕の顔に近づいてくる。

 慌てて逃げようとする僕の腰に、スルリとラズが手をまわして、


「逃げないで、そのままで」

「……な、なんだか変な感じがするよ」

「……それは、俺に邪な気持ちがあるから?」

「え?」


 僕はつい聞き返してしまったけれど、特にラズに変わった様子がない。

 代わりに僕の服に触れてくる。

 青色のパーカーを今はきていたけれど、その胸の部分に服の上からラズは手を滑らせて、


「んんっ」

「……“鑑定スキル”」


 ぽつりとラズが呟くと、そこにはゲームのような画面が現れる。

 そして様々な情報と共に、そこに書かれた魔法的な効果はというと、


「“祝福の世界”全属性の害する影響を、ほぼ全て無効化する。また、物理攻撃、魔法攻撃の威力も軽減する……なにこれ」

「伝説の属性みたいだな。次は中に着ている服を見てみよう」

「え、え? ちょ、やぁっ」


 そこでもぞりとパーカーの中に手を入れられて、ラズの指が服の上からふれる。

 何だか変に感じてしまう、そう僕は思いながら、そこでラズが、


「“反射の吐息”、全ての攻撃を跳ね返す、伝説級の属性だな」

「あの、これ、安売りで買った服なのですが」

「折角だから更に中の方まで見てみるか?」


 そう言われた僕だけれど、逃げないようにラズに腰を捕まれた状態で更に……というのは避けたかったので、


「こ、これくらいでいいよ。でも、こんな仏の服なのにすごいことになっているなんて、異世界は不思議だね」

「そうだな、俺も不思議だ」

「あ、あとはそうだ、硬貨コインはどんな効果だったんだろう?」


 あの時売ったのは、100円玉だった。

 異世界という異常事態なので売ってしまったが、あれにはどんな効果があったんだろう?

 そう思ってラズに聞くと、少しラズが黙ってから、


「“炎の鎮魂歌”、炎の最上級の攻撃魔法の効果が付随していた」


 と、僕の顔から血の気が引くようなことを僕に告げたのだった。






 炎の最上級の効果が付随。

 これ、僕の世界の百円玉だったよね!?

 そう思いつつその付随効果とやらについて、ラズに聞いてみる。


「ラズ、この付随効果ってどうやって使えばいいのかな」

「その効果を起動させる魔力を込めて願えば使えるな。付加された魔法は、手軽に使えるのが便利な反面、その魔法を固定するのが基本的に難しい。特に魔法が上級のものになればなるほど」

「そ、そうなんだ……この硬貨コインは売らない方が良さそうだね。こんな魔法がついていると思わなかったし」


 まさかこちらの世界に持ってきた、ただの100円玉にそのような効果が……そう僕が衝撃を受けつつそこで、


「こ、この服にも確か凄い効果がついていたね」

「そうだな。リトが着ているものから、はいているものまで全部何かしらの効果がついているみたいだったからな」

「うん、そして僕の持っている布類も……どうしよう、危険なものが多いのかな」


 そんな強力な攻撃魔法とか、一般に流通させるには危険な代物である。

 これでは旅の資金が……そう僕は思いつつ、それでももう少し魔法的な意味で弱い効果しかないものもあるかもしれない。

 淡い希望を抱いた僕はラズに、


「ラズ、お願いがあるんだけれどいいかな?」

「? 何をだ」

「僕の持ち物……今着ている物以外の能力を全部調べて欲しいんだ。これから売るにしても何にしても、“性質”が分かっていないと困るから知りたいんだけれど、いいかな?」

「……分かった」


 何となく残念そうに僕の服を見てから、ラズが答える。

 あのラズの手で触られると何となく感じてしまうので、仕方がない。

 そして調べて行った結果、次々と明らかになる凄い能力。


 ボタン一つにまでこんな効果が、状態だ。

 この世界の魔法って怖い、僕が地味に衝撃を受けているとそこでラズが、


「でもどれもこれも一級品だ。こういった効果のある防具や服、手に入るなら俺も欲しいかな」

「ラズの服は普通の服なのかな? 高級そうには見えるけれど」

「俺の着ている服はただの布だよ。軽く魔法攻撃を跳ね返すぐらいの効果しかなかったはず。それでも、リトの言う高級品に属していた気がする」


 といった話を聞いて、どうやらラズはこの布などについている効果が欲しいようだと気付く。

 そこで僕はあることに気付いた。


「そうなんだ。うーん……ラズは、ラズの服にどの効果が欲しい?」

「? どういう意味だ?」

「僕には特殊能力チートでコピー能力がある。だから、ラズの服にもその効果がつけられないかなって」


 そう提案するとラズは少し黙ってから、


「魔法と魔法の相乗効果もあるが減衰させる効果も起こりうる。でも、やってみないと分からないか……だったら」


 との事で僕は、ラズにの希望の効果を服につけてみる。

 僕の能力は、コピーと“認識”される物を、“意思”によって行える。

 こうなれ~こうなれ~。


 ラズが望んだ効果を持つ布に触れながら、ラズの服に触れる。

 それから“鑑定スキル”を使って確認する。


「ついているな、効果が」

「そうなんだ、よかった~」

「結構高度で魔力を使う魔法だと思うけれど、リトは大丈夫なのか?」

「特に疲れた様子はないかな。僕、そんなに強いんだ。“ステータス・オープン”」


 とりあえず今の能力を見ることに。

 すると魔力が少し減っているがそれもすぐに回復していく。

 それを見たラズが、


「魔力の元の量も多いが、回復もけた違いに早いな。これ自体が特殊能力チートと言っていい」

「そうなんだ……でも魔法の使い方も分からないから、魔力があってもこのコピー能力くらいしか使えないのかな」


 この世界の魔法の使い方を覚えるのも時間がかかるだろうし、そう僕が思ってラズに言うとラズが少し考えてから、


「この硬貨コイン等についている付随効果をコピーして、魔法を使って行ったらどうだろう?」


 そう、僕に提案してきたのだった。









 硬貨コインについた魔法をコピーして使う。

 予想していたのとは違ったコピー能力の使い方の提案に僕は目を瞬かせた。


「……そんなことが出来るんだ」

「いや、俺も思いついただけだから。後で試してみて、使えそうなら使ってみるのがいいと思う。俺も……魔法が使えるし」

「! ラズ、魔法が使えるんだ! もしかして今思い出した?」

「今の会話で幾つか思い出した」

「もしや、もともと魔法が使えたり?」

「リトに出会う前に襲われたりしたからその時に幾つか思い出したかな」


 そう答えるラズが苦笑しているのを見つつ、それは危機的状況になったら“覚醒”するどこぞのヒーローのようだなと僕は思った。

 けれどなんにせよ今の会話などでラズの記憶が少しずつ戻っているのは良い事だと思う。

 そう思いながらも僕は、


「魔法、コピーで使えるならすぐに使えて便利だけれど、これ、最上級魔法だよね」


 100円玉という、缶ジュース一個を買うのにちょうどいい硬貨コインを見ながら、こんな日常で使っているものが……という気がしないでもない。

 やはり異世界だと、僕の認識の外にあるのかもしれない。

 そう僕が考えているとラズが、


「でも最上級魔法といっても、魔力を少なくすればそれよりも弱い魔法になったりすると思う。上級の魔法とはいえ、魔力の量には依存すると思うから」

「少なすぎると発動しなかったりって事は無いのかな?」

「それは魔法を起動させるための魔力があればいいと思う。その魔法が発動する前段階のような物かな? それが光の魔法陣として現れることが多い」

「この世界の魔法は初めに、魔法を使うための装置みたいのを組み立てる感じなのかな?」

「うん、だからそれが構築されてから魔力を通すとそれが発動する形だから……」

「魔法のその装置となる部分をコピーして作り上げて魔力の量は調節……そうすれば威力は抑えられるかもしれないんだ」


 ラズの説明を聞きながら、それならそこまで威力が高くないけれど、僕も魔法で戦えるかもと気づく。

 つまり、魔法使いデビュー!

 いいなそれ、そう僕が思っているとそこでラズが、


「明日あたりギルドに行ってカードを作った後、ためし打ちをしてみるといいかも」

「今からは駄目かな?」

「怪しい身元不明の人物がギルドにも登録せずに魔法を使っている……というのは、リトはどう思う?」

「うん、ギルドに行ってからにした方が良さそうだね」


 ラズの説明に僕は頷く。

 そしてその日はご飯を食べて就寝という事になったのだけれど、やけに僕にくっついてくるラズ。

 同じベッドだから当然だけれど、朝の寝ぼけ具合も考えると、やはり今度からはベッドを分けようと思ったが、それを告げるとラズが悲しそうな顔で、


「リトは、俺の事が嫌いなのか?」


 イケメンが悲しそうな顔をしている。

 同性だというのにすごく酷い事をしているような気がする。

 そして、今までの事を考えるとラズは不安なのかもしれないと僕は気づく。


 どうやらよく分からないが怖がられていたみたいだし。

 もしかしたら怖い誰かと似ていたのかもしれない。

 それはラズの問題ではない。


 このラズを見ている限り人畜無害なただのイケメンにしか見えない。

 そう僕が思っているとラズに微笑まれながら、僕は手を握られて、


「リト、朝食を食べてギルドに行こう」


 僕はラズにそう言われて手を引かれたのだった。

 それが何となく僕には心地よく感じられたのだった。













 朝食は目玉焼きとスープとパンだった。

 安い朝食がこれで、地元の野菜を使っているらしい。

 色自体は特に僕が知っているものと同じだったので、何も考えずに美味しくいただきました。

 それから僕たちはギルドに向かう。

 受付にはすでに数人並んでいて、中では美少年が……というのを見てふと僕は違和感に気付いた。


「あれ、女の子が……」

「女の子がどうしたんだ?」

「女の子がいないなって」

「女の子は生まれにくいからな。仕方がない」

「……ちなみにどれくらいの確率で女の子が生まれるのでしょうか」

「……0.1%だ。でも今の話を聞いていると、リトの世界は女性が多い様に聞こえるな」

「は、はい……半分くらいかな?」


 小学校のクラス分けを思い出しながら僕がそう答えるとラズが、


「そんなに沢山いたのか。この世界は男がほとんどだから同性愛が一般的で、魔法のお薬で同性で子供をのがほとんど……だったはず」

「え?」


 どうやら何かを思い出したらしいラズの説明。

 だが、今の話を聞いた僕は、


「お、男同士の目くるめく世界が……い、いや、女の子もいくらかいるはずだし、うん、深く考えないでおこう」

「リト、順番が来たみたいだぞ」


 そこで僕の受付の順番が来たのだった。







 こうして僕たちはギルドカードを手に入れた。


「どうにか終わった。これで、依頼が受けられる。どうする? 依頼を受けてついでに魔法の練習の方がいいかな?」

「……そうだね。簡単にこなせそうな依頼があったらそれをやってみよう」


 といった話をして、ギルド内にある掲示板に向った僕達。


「依頼はどんなものがあるだろうね? ……ラズ、どうしたの?」

「いや……昔このギルドカードを見たような気がして」

「そうなんだ。そうか、ラズはこの世界の人間で剣も持っていたし、ギルドカードも持っていそうだね。それで星は何色だったのかな?」

「……透明だった気がする」

「え?」

「いや、でもそれは仲間の……知り合いの? 友人?」


 必死にラズは思い出そうとしているが、思い出せないようだった。

 だからこれから思い出していけばいいよと僕は声をかけて、依頼の張ってある掲示板に向かう。

 依頼って、どんなものがあるんだろう、そう僕が思って近づくと、


「何だか敵と戦うものは無いみたいだね」

「そうみたいだ、薬草を採ってきて重量で依頼料が……安いけれどこれが安全そうだな」

「それにこれをそこそこ出れば3日分の二人のご飯と宿代が出る。これにしようか。確か紙を取って、受付にもっていけば……」


 そう僕がラズと話していた所で、


「ぁあああああああ! それは僕が狙っていた依頼!」


 誰かがそう僕の背後で叫んだのだった。








 余りにも大きい声なので僕が振り返ると、黒い猫耳をはやした美……美……。


「男性? 女性?」

「! 僕は男だ! そっちこそ可愛い顔をして、僕に喧嘩を売っているのか! この僕に!」


 そう彼は怒ったように言ってくる。

 だがどこからどう見ても美少女にしか見えない美貌の持ち主だ。

 僕と同じ背丈で、左右が緑と水色の黒髪の人物である。


 ただ今の彼の発言を聞いて思ったのは、


「ラズ、この謎の生き物は僕の事を、“可愛い”って言った気がする。変だな僕、普通とか平凡とか周りに言われていたのだけれど」


 とりあえず同意が欲しかったのでラズに僕は聞いてみた。

 それにラズが目を瞬かせて僕を不思議そうに見てから、


「リトは可愛いと思う」

「え? いやいやいや、ラズは何を言って……ふあぁ」


 そこでラズが優し気な眼差しで僕を見て、僕の頭を撫でた。

 なんだろう、凄く気持ちがいい。

 何だか気持ちがとろんとしてくるというか、これはもうチョロインが主人公に惚れてしまうのも間違いがないというか。


 ぽやんと初め味わう心地よさにぼんやりとしていた僕は、そこで目の前の猫耳少年が僕をじーっと見ているのに気づいて、正気に戻った。


「そ、そうだ、えっと、僕達はこの依頼を受けようかと思ったのに」

「僕が先に見つけていたんだ! なのに、勝手に横取りして!」

「だったら先に依頼を受ければ良かったのでは」

「リフに聞きに行っていたんだ! その間にお前達が来たんだ!」


 怒ったように言われて僕は、そんなことを言われてもと思ってしまう。

 そこで、新たな登場人物が現れた。


「フレイ、どうしたのですか? そんな大きな声で」

「あ、リフ! リフに聞きに行ったらその間に依頼を奪われたんだ」

「そうなのですが? 間が悪いのですね……おや?」


 現れたのは美形だった。

 それも長身の人物で長い銀髪と、凍るような青い切れ長な瞳が印象的だ。

 けれどその瞳は、先ほどの猫耳少年フレイを見る時だけ優し気にゆるむ。

 

 だがそんなリフと呼ばれた彼はラズを見て、しばらく不思議そうに凝視してから


「……こんな姿の人間が何人もいるはずないですし気配も……ですね。しかも竜族となると、ご本人という事でしょうか」

「お前は、俺を知っているのか?」


 どうやらこのリフという人物はラズについて知っているらしい。

 そこでその問いかけにリフは探るようにラズを見てから、嗤う。


「知っているかもしれませんが……」

「が?」

「全く教える気にはなりませんね」


 このイケメンは笑顔で教えるつもりはないと言い切りました。

 性格悪いなと僕が思っているとそこで、


「リフ、知り合いなのか?」

「フレイはあの頃は関わっていませんでしたからね。年齢もあって。でも関わらない方がいいでしょう、この依頼は……」

「この依頼は僕のだ」

「……」

「“ネコロ草”を探すのは僕が一番得意なんだ」


 猫耳少年のフレイがそう駄々をこねている。

 それにリフはどうしようかと迷っているようだった。

 ラズの過去の事も気になるけれど、ここで言い争っていて依頼に割く時間が減るのも嫌だった僕は何かいい方法がないかと思って依頼文を見ると、


「“別のパーティ”と共同で6人まで依頼が受けられます。但し依頼は同時に受けてください」


 と書かれていた。

 つまりこの、フレイという猫耳少年たちと一緒に依頼を受けられる。だから僕は、


「依頼、一緒に受けられませんか?」

「本当!」


 嬉しそうなフレイだけれど、僕はリフをじっと見つめて、


「その代わり少しでいいですからラズについて知っていることを教えてください」

「……やはり記憶を失っている?」

「……ええ」

「……でしょうね。私と会って、気まずそうな雰囲気も何も無さそうでしたから。彼の性格からして、おかしいと思ったのです。……分かりました、フレイのためもありますから、それを飲みましょう」


 リフが僕の提案に、そう答えたのだった。






 こうして僕は、この猫耳少年フレイと愉快? な仲間達(約1名)と一緒にこの依頼を受けることに。

 “ネコロ草”というのは、猫耳のような花が二つに分かれて生える草である。

 とても生命力の強い草で、花の部分を刈っても根っこの部分が残っていれば生えてくるそうだ。


 主な用途は傷薬であるらしい。

 転んで怪我をした時に使う薬でどこの家庭にでもある物の原料として必要なのだそうだ。

 さて、そんな草を採りに行く依頼だが、上限の量がどう考えても僕達全員が抱えたとしての持ちきれない量だったので、そこまでは良かったのだが……。

 

 そこで目を輝かせた猫耳少年フレイに僕は、


「よし、どちらがたくさん集められるか勝負だ!」

「え、なんで?」

「分かっていないな、えっと……」

「リトです」

「リト、勝負だ。この勝負で……僕とリト、どちらが男らしいかが決まる」

「なん……だと」


 この勝負の一体どこに、男らしさが見て取れるのだろうか?

 だがこの猫耳少年フレイの自信満々な表情、一体どんな理由が隠されているのか!

 そう僕が思っているとそこでフレイが、


「そう、これは僕達の“甲斐性”の問題なのだ!」

「く……なんて恐ろしい話題を。いいだろう、僕も男だ、受けて立つ!」


 思わず納得してしまった僕は、フレイの挑戦を受けることに。

 するとフレイが嬉しそうにぴょこっと猫耳をひっこめた。


「あれ、猫耳ってひっこめられるんだ」

「? 何を言っているんだ? 獣人は耳を隠せたりするのは常識だろう?」

「う、うん、そうだね。大きな耳だから驚いちゃって」

「まあ、確かに僕の耳はほかの人よりも大きめで、その分可愛いと言われてしまいがちだが、こうやって隠してしまえば男らしく見えるだろう!」

「黙秘します」


 僕は即答した。

 耳がなくともこの美少女な女顔は全く変わらないからだ。

 なので嘘をつけたい僕はそう答えると、フレイが、


「く、リトだったらかわいい顔をしているから僕の悔しさも分かってくれると思ったのに!」

「僕のどこが可愛いんだ、平凡だ僕は! そうだよね、ラズ!」


 僕は不利を悟って仲間のラズを呼んだ。

 ラズは僕を後ろから抱きしめた。


「え、えっと、ラズ?」

「俺も相手をしてほしい」


 どうやら僕がフレイと言い合っているのを見て疎外感を感じたようだ。

 しかしこう懐かれているのは、僕は不思議な感じがしないでもない。

 しかも僕の耳元あたりにラズの顔があってその吐息を感じてくすぐったいというか、


「リト……」


 ラズが甘く僕の名前を呼んだ。

 ぞくりと変な感覚が僕の中に生まれて、なんとなくこれはいけないような気持になっているとそこで、依頼の受付が完了しましたと受付の人に言われる。

 そこでフレイが、先ほどから微笑ましそうに僕達の会話を傍観していたリフの手を握り、


「リト、お先に!」


 と言って走って行ってしまう。

 しまった、出遅れたと僕が思っているとそこでラズが、


「それでリト、特殊能力チートの練習はどうする?」

「あ、忘れてた……あまり僕の能力は人に見られない方がいいよね、変わっているし」 

「そうだな。リトの“特別”を知っているのは俺だけでいい」


 といった話をして僕達は、少し出遅れながらも目的の場所に向かったのだった。








 依頼の中で書かれていた“ママママの森”というらしい。

 それほど広くなさそうなその場所で、“ネコロ草”を探すことに。

 ただ広くないといっても、


「ここ全部探すのか。偶然見つかればいいんだけれど、依頼だと結構生えていそうだったけれど」


 と思って森に入り込もうとした所で僕はラズに腕を捕まれた。

 振り返るとラズが、


「闇雲に探しても大変だから」

「何かいい方法があるのかな?」


 僕が聞くとラズが頷く。

 この世界に来てラズが知ったのかそれとも何か思い出したのか。

 そう思っていると、瞳を閉じたラズが、


「……楽園の花々は、それぞれが奏でる調べは、重なり……」


 小さく呟く言葉。

 歌を歌っているようだと僕は思いながらそれを聞いているとそこでラズが小さく、


「“ネコロ草”」


 僕達が探している草の名前を呟いた。

 同時にラズの足元に白い光の魔法陣が浮かび、そこに接続された小さな魔法陣が生まれ、その中心部から白い球状の光が現れる。

 中には赤い光の矢印が見える。

 するとその光の球を呼び出したラズが、


「この矢印は、俺達から一番近い場所にある“ネコロ草”がある場所を示しているはず」

「! そんな便利な魔法が!」

「うん、何かいい方法がないかとか、リトにちょっといい所を見せたいと思ったら、頭の中に浮かんできたから使った」

「そうなんだ、ラズ、助かるよ。……よし、早速、探しに行こう!」


 そう僕は言って、ラズの手を取り歩き出したのだった。










 ラズの言った通り、矢印の先に“ネコロ草”はあった。

 上が二股になって猫耳のような三角形の青い花が咲いている。

 鮮やかで結構飾っても綺麗化もしれないと僕は思った。


 それらを鼻の下でぶちっと折って回収する。

 そして、何本かこの花は残しておいた方がいいかなとラズに聞くと、


「明日あたりにはまた咲いていると思う」

「そんなに生命力が高いんだ。だったら、摘み取ってしまっていいかな?」


 五本程度そこに生えていたので全部回収する。

 次にった場所には、3本といった風に集めていく。

 抱えている花は、とてもいい香りがする。


「このお花自体もいい香りだから、飾るのにも売れそうだね」

「確かこの“ネコロ草”、“媚薬”のような効果が香りにあったような……」

「ごふ」

「いや、違った、それは“ナコロ草”の方だ。“ネコロ草”をピンク色にしたような花で、よく一緒に生えていて……それを食べるとその……」

「う、うん、そうなんだ」


 異世界にはそんなこう、えっちな草があるんだなとは思う。

 そう言った草に遭遇した場合僕は、どうしよう。

 でも逆転の発想で、


「そのピンク色の草は、高く売れたりするかな」

「確か高く売れたはず」

「……うん、生活のためだから仕方がないよね」


 僕は見つけたら、手に入れようと思った。

 それから以来のものをさらに探していく。

 途中、緑と白の縞模様という、僕がもう一人増えてしまいそうなキノコがあったり(とても美味しいキノコで、後で焼いて食べようという話に)。

 他にも森の果実や実などを手に入れた。


 それらはラズの持っていた、大きめの布に包んで持っていく。

 なかなかいい依頼だったかもと思いつつ新たに“ネコロ草”とそして、


「こ、これはあの……」


 ピンク色の“ネコロ草”に似た花を見つけてしまう。

 それも二つも。

 ごくりと唾をのみながら僕は、


「ラズ、これだよね」

「そうだな」

「……よし、手に入れよう」


 僕はいけないようなことをしている気持ちになりながら、その草に手を伸ばして折る。

 そこで、少し離れた所で爆音が聞こえたのだった。






 少し離れた場所で聞こえた爆音。

 何があったのだろうと僕は思ってから、はっとした。


「フレイとリフは大丈夫かな!?」

「二人とも強そうではあったから大丈夫だと思うが、気になるのなら見に行くか」

「うん!」


 僕が頷き、ラズと一緒に音のした方向に向かう。

 それほど離れておらず、木々に隙間を縫うように移動するとすぐに僕達はその場所に辿り着くことが出来た。

 そこで僕が見たのは、四つ足で顔が二つある狼のような獣。


 黒い気配を纏い、見ているだけで恐怖を覚える。と、


「“炎の槍”」


 フレイがそう呟いて魔法を使う。

 見ている分にはそこそこ強力そうな魔法ではあったけれどあまり効いていないようだった。と、


「リフ、もう少し強力な魔法は使ったら駄目?」

「駄目ですね、これも訓練ですから」

「でもどう考えてもこんな場所に居なそうな魔物、“ケル”じゃないか!」


 フレイがうんざりするようにリフにいう。

 どうやら練習としてこの危険な魔物? と戦って、勝利しようとしているらしい。

 僕達の手助けは必要なさそうだ、そう僕が思っているとその魔物の首が、ぐるりとこちらを向いた。


 そして、こちらを見たと思うとその魔物が走り出しすぐに僕の眼前に迫り、突然の事に凍り付いている僕に向かってラズの手が伸びて抱き留めて、


ざっ


 何かが切り裂かれる音がした。

 視界の端で銀色の剣が赤い光を纏って、降り下ろされるのが見えた。

 それと同時に何か断末魔の悲鳴を上げてさらさらと砂のように消えていく。


 そこで僕はラズに助けられたと気付いて、


「ラズ、ありがとう」

「いや、リトに怪我がなくてよかったよ」


 そう言ってくれるラズ。

 でもいつまでも守られてばかりではだめだと思うので、やはり早めに魔法を使えるようになろうと思う。

 コピー能力の練習を後でしておこう、こんな風にラズに守って貰ってばかりでもいけないし、ラズの負担になってしあうのも嫌だ。


 よし、頑張るぞと僕が決めているとそこでフレイが、


「……僕の敵を奪われるなんて」

「う、で、でも見に来たら襲われただけで」

「……魔物に弱そうだと思われたのかな」


 フレイがそう呟くのを聞きながら僕は、魔物もそういうのを見分けているのかと衝撃を受ける。

 では僕ももっと体を鍛えて、


「ムキムキになるしかないか」

「……リト、リトはムキムキよりもこれくらいが可愛いと思う」

「ラズ、僕だって男だし可愛いというよりはラズみたいに格好いいって言われたいんだ!」

「リトは、俺の事は格好いいと思うのか?」

「うん、しかもイケメンだし、弾に綺麗だなと思って目を奪われることがある」


 正直に僕が答えるとラズはなんだか嬉しそうだった。

 でも何でだろうと僕が思っているとそこで、フレイとリフが僕達に近づいてきてリフが、


「相変わらず、記憶を失っていても魔法剣士としての腕は衰えていないようですね」

「そう……なのか?」

「……そこは覚えていないのですか。では、負けた場合に話す情報の先払いという事でお願いします」


 そう、リフは言う。

 それにフレイが、


「まだ負けたと決まったわけじゃない!」

「いえ、私達は普通に探していて2本程度しかまだ見つけていないのにあちらは」

「え……な、なんでそんなに簡単にたくさん集められているんだ! しかも特別なピンク色の……く、勝てる気がしない」


 僕達の持っている“ネコロ草”を見てフレイが敗北宣言をした。

 どうやらラズのあの探索系の魔法が無ければ、探すのが難しい物であったらしい。

 そして今持っている分で十分に依頼は達成できて、一週間分の生活費になるのが分かった。なので、


「折角なのでキノコや木の実も手に入れたので、一緒に食べませんか? お昼代わりに」


 そう僕は提案したのだった。








 キノコは枝にさして普通に焚火などで焼き、木の実もそんな感じで行こうかと僕が思っていると、


「! それは、超高級品の“緑玉キノコ”、な、なんてものを見つけているんだ!」

「え、え?」

「知らないのか! 知らないで採ったのか! なんて恐ろしい……だが庶民が簡単に口にできる物ではないから仕方がないな。高級でとても美味しいキノコだ。キノコの王様の一つに数えられているくらい美味しいのだ」

「そんな美味しいものだったんだ」


 そう思いながらこの緑の水玉キノコを見る。

 どうやらこのキノコはこの世界では高級品であったらしい。

 しかも美味しいのだそうだ。


 ラズの探索魔法のついでで見つけたけれど運がいい、そう思っているとそこで……どこからともなくフレイが黒い鍋を取り出した。

 

「このキノコはスープにすると美味しい」

「そうなんだ」

「しかもここには、“レノの実”や“ノルの実”、そしてあそこには香りのよい、“ベルリーフの香草”が生えているからこれらを入れて煮ると美味しいスープが」

「ぜひ、それが食べたいです」


 といった話になる。

 器などはフレイ達が貸してくれるらしい。

 また、ナイフを僕も借りて、木の実の皮をむいたりする。


 水はどうするのかと思っていると、フレイが魔法で出していた。

 塩などの味付けは、フレイが持っていたもので、他にも、


「僕が大好きな魚の干物。おやつに持ってきたけれど入れてしまおう」


 どうやら猫耳なだけに魚が大好きならしい。

 そう思いながら作っていくフレイを見て僕は、


「ずいぶん料理に慣れている気がする」

「ふふふ、この程度はお手の物なのだ」

「僕ももう少し作れるようになろうかな」


 この異世界で生活するには必要な能力に思える。

 後、水を出したりする魔法は覚えておいた方がいいし、この簡易的な鍋のようなものを購入しておいた方が旅をするには重宝しそうだ。

 ラズのお陰で色々と美味しいものが採れそうだし、そう僕が思っていると今度は魔法でフレイが火を起こす。


 こういった所がファンタジーだなと思いつつ僕は、この魔法も覚えておきたいなと思った。

 それから香りづけに必要そうな草などをフレイに教わって、


「この草かな」

「そうそう、あ、そっちにある“ネント草”も入れると美味しいんだよ」

「分かった。……フレイ、色々教えてくれてありがとう」


 特に何の疑問もなく僕はお礼を言った。

 そして傍にある草をつんで、そこで僕はフレイが動かなくなっているのに気づく。

 どうしたのだろう、と思って顔を上げると顔が真っ赤になっている。


「どうしたの?」

「い、いや、まさかそんな事でお礼を言われるとは思わなくて」

「だって、僕知らなかったし。……実はフレイって結構、恥ずかしがり屋なのかな?」

「……気のせいだ。うん、気のせい気のせい」


 僕に気のせいと繰り返す。

 けれど顔が赤いままなので、恥ずかしがっているのかもしれない。

 ちょっと偉そうなのに、中身は純真なんだ、と僕は思いながら料理のお手伝いをしたのだった。








 料理のお手伝いはラズは出来なかった。

 理由はナイフが二本しかなかったからだ。

 そして邪魔をしないようにとラズは少し離れていたが、


「リトの傍に居たい」


 ぽつりとラズは呟く。

 出来れば片時も離れたくないほどラズはリトを気に入っているが、リトはおそらく気づいていない。

 気づかれていないから警戒されてい無いのだという事も、ラズには分かっているが。


 だから今は少しずつ、心の距離を近づけて行ければと思う。と、そこで、


「まさかこんな場所で貴方に会うとは思いませんでした」

「確かお前は、俺について知っているようだったな」

「ええ、“敵”でしたから」

「……」

「まあ、今は仲良くといった形になっていますからね。ただ、もしかしたらやはり貴方は僕の知っている人物と別人のような気もするのです」

「何故だ」

「生きているとは到底思えないのです。まあ、貴方の仲間の方々は、貴方の“死”を信じていないようでしたが」

「……仲間」

「ええ、何か思い出せませんか?」


 リフの問いかけに、ラズは……ふつりと何かが記憶の奥底から浮き上がって来るように感じるも、像を結ぶ前に泡のように消えてしまう。

 まだ思い出せないようだ。

 だからラズは首を横に振り、


「思い出せない」

「そうですか」

「ただ、俺は狙われているようだった」

「……狙われている? それは、何処で?」

「浮遊大陸、だったか。あそこだ」

「それはあり得ませんね……いえ、最近あちらも少し不穏だとは聞いた事がありますが」


 首をかしげるリフ。

 けれどその話を聞いているとラズは、


「リフが俺だと思っている人物は別人なのでは?」

「……そうではないと思うのですが、今の話を聞いているとその可能性もありますね」

「やはり少し旅をして思い出していくのが大切か」

「思い出せるのですか?」

「ああ、リトと話していると特に」


 そう答えると、珍しくリフが普通に微笑み、


「なるほど、愛は偉大ですね」

「!」

「気づかれないと思っているのは貴方とあの、リトという鈍感少年だけでしょう。さて、料理が出来たようですよ、行きましょう」


 さりげなく悪口を付け加えて、リフは鍋の方に向かったのだった。

 






 キノコはとろけるような味わいだった。

 しかも、おやつにしていたらしいフレイの魚の干物の出汁も加わって、とても美味しいスープになった。

 それらを僕達四人で食べてから、フレイに、


「この果実、食べてもいい? “ふぃゆーるべりー”は美味しいんだ」

「いいよ」


 といった話をしながら、野の果実を楽しむ。

 その間に僕はフレイと話しながら、どうやらフレイ達は修行の旅のようなものをしているらしいと知る。


「リフが僕の従僕兼お師匠様なんだ」

「あ、だから魔物と戦っている時に訓練ていっていたんだ」

「うん。やっぱり僕も強くなりたいし、世界も見てみたかったし。リフと一緒なら、それはそれでいいかなって」

「フレイはリフが大好きなんだね」

「ずっと僕が子供の時から面倒を見てくれてちょっと厳しいけれど、優しいんだ」


 そうこっそりフレイは僕に教えてくれた。

 どうやら仲の良い“兄弟”のような関係であるらしい。

 そう思っているとそこでフレイが僕に、


「リトはどうして旅を?」

「うーん」


 聞かれた問いに僕は悩んでしまう。

 買い物帰りに何となくアプリに触ったら異世界に連れてこられた by 昨日といった話をして、信じてもらえるのだろうかと。

 適当に誤魔化そう、僕はそう決めて、だから、


「行く当てがなくて」

「……え?」

「それでちょっと、依頼を受けながら生活をってなったんだ」

「そ、そんな辛そうな理由が……」


 フレイが衝撃のあまり黒い猫耳を立たせてプルプル震わせている。

 猫耳が可愛い、不覚にもそれに惹かれかけているとそこで僕は、後ろから重みを感じた。

 同時に僕の目の前に手が二本伸びてきて抱きしめる。


「リト、俺の相手もしてほしい。フレイばかりじゃなくて」

「うう、はいっ、わかったから重いよ、ラズ」

「……このままだと押し倒せるかな」

「お、重い、更に体重をかけないでよぅうう」


 更に横の方に向かって体重をかけて来たラズに僕は、必死になって抵抗しているとどうにかなった。

 ラズは諦めたらしく後ろから僕に抱きつくだけになっている。

 そう思っていると目の前のフレイが目を瞬かせながら僕達を見て、


「二人は恋人同士なの?」

「ち、違うよ」

「そうなんだ、仲がいいなと思って」


 そう言われて男同士がどうしてそういった話に! と思ったがここがそういった世界なのを思い出す。

 だから仲がいい=恋人の図式になるのか。

 これが異文化こみにゅけーしょんというものなのだろうか?


 といった疑問を持ちつつ、更にフレイと雑談して友好をはぐくみつつ、それから依頼を完遂しに行って。


「また何処かで会えると良いね」


 といった話をしたりして別れる。

 それからラズと一緒に、鍋を購入したりしつつ、手元に残ったこのピンク色の花だが。


「これ、どうしようか」

「乾燥させていざという時に売ればいいのでは? 気になるなら、リトが使ってみてもいいし」

「! なんで僕が!」

「可愛いかと思って」


 ラズが微笑み優しげな雰囲気のまま僕に絶望的な事を告げる。

 ひょっとしてラズは少し天然な所があるのでは、と僕は疑惑の念を抱いたのは良いとして。

 とりあえずこの草は乾燥させてそのうち路銀の足しにしようと決める。


 そこで喫茶店で何か飲み物を飲もう、といった話になったのだった。





 お店で飲み物を注文する。

 異世界の飲み物ってどんなものだろうと僕が楽しみにしていると、ちょうど隣の人が世間話を始めた。

 その内容はこの世界の話であるらしくてそして、大まかにまとめると、


・数年前に大きな戦いがあったらしい。

・獣人の王様がある日、息子の病気を癒すために力を欲して、恐るべき力と契約した。だがその力を手に入れたせいで攻撃的で残虐な、そして巨大な力を持つ存在になってしまったらしい

・ちなみに魔王ではないらしい。この世界の魔王の定義はそういった物とは異なるそうだ。

・魔王”というのは闇の巨大な力を持つ、特別な存在を示す言葉

・その獣人王に立ち向かった五人の英雄。

・その内の一人は貴方と同じ黒髪黒目の異世界人

・力に飲み込まれ世界を破壊しそうになった獣人王に対抗するために、英雄の一人は竜族の王子様がいわば、“生贄”のような役目を背負った。

・“適正”があるとこの世界では普通ではない存在になる。五人の英雄全員が持っていたけれど、パーティ内で四人は恋人同士だから残りの一人がそれを行った。

・“黒の石板”と呼ばれているもの、“異界”からこの世界に落ちてきた存在で、それに触れると強い力を得るとともに欲望が消えるといわれている。

・そして力を得た王子様は上位存在になりどこかに行ってしまったが、“約束”があると戻ってこれる

・また再び戻ってこれた人物たちを“魔王”と呼んでいる


 といった話をしていた。

 そうなのかー、この世界の英雄譚のようなものかな? と気楽に聞いていた僕だけれどそこで、紫色の謎ジュースが目の前に出される。

 大丈夫かなと僕が口をつけた所で隣の二人が、


「その、竜族の王子の名前はなんだったか」

「おいおい、英雄の名前を忘れたらだめだろう……確か“ラズ”といった名前だったはずだぞ」


 僕は思わずジュースを吹き出しそうになったのだった。





 隣に座っていた人たちがいなくなってから僕はラズに、


「ラズはもしかしてその英雄の一人なのでは?」

「そう……なのか。でも、それは本当に俺なのか?」

「名前が同じだからその英雄? に会いに行ってみるのもいいかもしれないよ? それにこの前会った猫耳の人達、リフとフレイ……リフの方は、ラズを知っているみたいだし」

「……昔は“敵”だと言われた。後俺には仲間がいたらしくて、そして浮遊大陸に狙われていると言ったら、あり得ませんと初め断言されてから最近不穏だと聞いたような」

「英雄の仲間がいて、浮遊大陸から狙われるのはあり得ない……あそこは竜族の住む場所だから一致する」


 やっぱりラズがその、英雄の一人なのではと僕は思った。そして、


「その英雄の一人が異世界人で、この世界と僕のいる世界を行ったり来たりしているみたいなんだ。だから、その人に僕が会いにいけば元の世界に戻る方法が僕も分かるかもしれないんだ」

「……そうか」

「もちろん、ラズの記憶が戻るまでは一緒に居るし、戻った後もこちらにラズに会いに来るよ」

「俺に」

「うん」


 当然だ、ラズとはこの世界で仲良くなった友人なんだし、そう僕が思っているとそこで、


「……しばらくリトと一緒に居られるならいいか。俺もその英雄に会ってみる。俺の記憶が戻るかもしれないし」

「よし、そうと決まればその英雄の居場所を探しに行こう。……でもどうやって英雄の居場所を探そう」

「それだけ有名人ならどこにいるのかは分かりそうな気がする。物語といったもので」

「だったらこの町の本屋さんを探して、その本を探そう」


 そう言った話になり後で本屋を見に行くことに。

 そこでラズが再び僕を抱きしめて、


「俺、今この世界の人間じゃ無くなっているのかな」

「うーん、でも、ラズがラズならそれでいいんじゃないかな?」

「……リトは今の俺は好き?」

「? うん、好きだよ」


 事実だし、そう告げる。

 やはり何か違うものになっていると思うとラズも不安なのかもしれない。

 そう思って僕が答えるとラズが、


「俺は、リトといたい」


 そう言って僕をさらに強く、ギュっと抱きしめたのだった。






 ラズがギルドへの最中に本屋を見つけたらしく、そこに僕達は向かっていた。

 しばらく商店街を歩いていると、


「リト、本屋についたけれど……あ、相性占いの本があるから、買って、俺とリトの相性を見るのはどうだろう」

「ラズ、僕達は違う本を探しに来たから! それに、そんなものを見ないと分からないくらい、僕とラズの関係は“悪い”物ではなかったはずだよ」


 全く関係のない本に興味が行ったらしいラズがそう言うので、僕が言い返すとラズは目を瞬かせてから嬉しそうに微笑んで、頷いた。

 それから目的の本を探していくとすぐに見つかる。


 良かったと思いながら僕達は本を購入した所である人物と遭遇したのだった。







 現れた人物は、フレイだった。

 相変わらず猫耳がピコピコ動いている。

 こんな場所で会うとは思わなかった、そう僕が思っているとそこで、


「本屋でまた会うとは思わなかった。何でこんな所に?」

「欲しい本があって買いに来たんだ。これから行く場所を決めるために」

「そうなんだ……あれ? 英雄の本?」


 そこでフレイが、僕の購入して今は紙袋に入れてもらっている本を見て、微妙な顔になる。

 どことなく猫耳がへにょんと下に垂れ下がっているように見える。

 どうしたんだろうと僕が思っているとそこで、


「英雄の話は嫌いだ。……皆、何も知らないくせに……」

「フレイ?」

「! な、何でもない。それより次の町の観光ガイドが僕は欲しくてここに来たんだ」

「そうなんだ、何処の町?」

「“アポートスの町”だよ。あそこは海の近くだからお魚がとっても美味しいんだ。お刺身も美味しいけれど焼き魚に煮魚に、揚げ物に……どれも新鮮でとても美味しくて、にゃーん、な感じなんだ」


 そう嬉しそうに話すフレイ。

 猫耳がピンとたって元気を取り戻したようだ。

 良かったと僕が思っているとそこで僕は背に重いものを感じた。


「う、これは、妖怪“かまってちゃん”が僕の背中に、お、重い~、ラズ、重い……」


 誰がやって来たのか気づいた僕がそう言い返すとそこで肩の重みが無くなり、振り返ると案の定、ラズがいて、そのラズは不機嫌そうにフレイに、


「フレイはリフと一緒じゃないのか?」

「むか、リフは僕の従僕兼師匠であって、保護者じゃないんだ」

「そうなのか、だがもう日も沈みかけているから、リト、宿に戻ろう。暗くなると悪人が動き出すから」


 そうラズが僕に言う。

 と、フレイもそう思ったらしく、


「う、僕も早く帰ろう。必要な本は見つけたし。本を買ってくるから途中まで一緒に行こう、この町の宿屋はここから同じ方向にあるし」


 そうフレイが言って、ラズはちょっと不機嫌そうで、でも結局は三人で歩いて行く事に。

 そしてそのまま歩いていくとその先に僕達の宿があったりしたのだけれど、フレイが、


「あれ、もしかしてリトも同じ宿?」

「フレイこそ」


 といったように、同じ宿なのが判明したけれど面白い偶然だねといった話をしただけで終わってしまったのだった。








 部屋に戻ると、不機嫌そうならずにい後ろから抱きしめられながら僕は、その英雄の本を目次からから見て、今いそうな場所に関しての情報を見ていく。と、


「居住している場所は分かるけれど、全員が旅に出ているみたいだね。よく立ち寄る場所も書かれているけれど、何処がここから近いかな。あ、小さいけれど地図が載っている。ここの町は確か、これかな? 浮遊大陸がよくある場所であるらしいし」

「多分そうだと思う」

「そうなんだ……えっと、この場所に行くには、次は“ロアの町”だね」


 大きな道沿いにそちらを目指すことになりそうだ、と思ってたどっていくとその街の地名が見える。

 とりあえず次の目的地は決まったのはいいとして、そこで僕はある物に気付く。


「ここからのページが僕と同じ世界の人の記述だ。『コノエカズキ、異世界の“チキュウ”“ニホン”から来た異世界人。その世界は、“魔法”が我々の世界で起こすのと同じ過程では引き起こせず、“魔法”の行使は理論上可能だが現実的にはほぼ不可能に近いらしい。ゆえに“魔法”によって何かが引き起こされたとしても、“観測”出来ないことも多く、“再現”が不可能だと考えられる。そう、この異世界人は“行方不明の竜の王子”に言われたという』」


 その記述を読み上げて僕はラズを見上げると、ラズはその文章をじっと見てから一度目をつむり、


「……覚えていない。そして、思い出せない」


 そう答えたのだった。






 どうやらラズの記憶は、今の話では戻らなそうだった。

 とりあえずは目的が決まったのでその通り進むことになる。

 それから僕達は夕食を食べるために外に出て、食事をする。


 今夜の夕食は、鶏肉を焼いたものだった。

 パリッと皮の部分が焼かれ、香辛料の香りが心地よく、程よい塩味でとても美味しい。

 美味しい夕食を頂いた僕達は、こうして部屋に戻った。

 そこで僕はラズにベッドに押したおされた。

 なんでも僕が温かいから抱き枕にするらしい。


 記憶喪失の件もあって不安なのかもしれないが、僕は可愛い女の子が大好きなわけで。

 けれどお断りするとラズはと悲しそうな目で僕を見る。だから、


「うう、分かった。好きにしてください」


 全部諦めて僕がそう答えると、ラズの手が伸びてくる。

 そのまま抱きしめられて、そこで僕も温かいなと気づく。

 同時にすぐそばに人がいるというぬくもりが心地いい事に気付く。


 訳も分からず、アプリに触れただけで異世界に呼び出されたのに、不安はあるけれどどうにかできるのは“ラズ”が一緒だからかもしれない。

 ラズも追われているようだけれど、出会えてよかったと思う。

 ぼんやりと僕がそう考えて大人しくしていると、そのままラズにベッドに引きずり込まれた僕は、抱きしめられたまま朝まで眠ったのだった。








 暗がりの中で、声がする。


「気に入った? ラズの事」


 その問いかけに僕は、うんと答える。

 その答えに誰か、否、“その人達”は笑う。

 とても嬉しそうなのはどうしてだろう?


 この人たちはラズの事を知っているようだけれど、誰だろう?

 僕は疑問に思う。

 でも誰かが沢山いるのは分かるのに、その姿形は僕に見えない。


 何もない空間で、“意思”だけが幾つもあって、語り掛けてきているような気がする。

 その奇妙さを感じているのに、僕は怖さを感じない。

 と別の誰かが言う。


「異世界を“楽しんで”貰えるといいな。折角、“招待”したんだしね」


 “招待”と言われて僕は凍り付く。

 ではあのアプリは……そう僕が思っているとそこで、


「君が選んだあの能力は、“とても魅力的”だよ。そして君の“性格”もね。……ラズの事をよろしくね」


 それはどういう意味なのだろう?

 僕は聞き返そうとした。

 けれどその時にすでに声も、気配も遠くて……そこで世界がくるりと変化し、光を感じ取ったのだった。








 目覚めた時、僕は先ほどの会話を全て思い出せずにいた。

 けれどラズの知り合いのような人たちと話していたようだ、とは覚えている。

 でも、どうしてそう思ったのかも、その時の会話も思い出せない。


 そして僕は、それよりも別の事に意識が向かってしまう。


「ラ、ラズ、そろそろ離れて欲しいかな。起きた方が良いのではないかと」

「……もう少し寝たふりをする」

「寝たふりって、離せ~、起きろ~」

 

 僕はしばらく、ラズの腕の中で釣り上げられた魚のごとく、びちびちとしばらく暴れていたが、すぐに疲れて僕は動けなくなった。

 そうしてまたしばらく抱きしめられているうちに段々と眠くなり、ラズに頭を撫ぜられるのも心地よくて……そのまま二度寝してしまったのだった。


 






 目が覚めたのはお昼だった。

 抱きしめられていたからか、暖かくてしばらくこのままでいたいと一瞬だけ僕は思ってしまったが、


「! もうそろそろ進まないと、ゲームで言う始めの町から一歩も出ていないことになる! というか、ラズも起きているし。もう少し早く起こしてくれてもいいじゃないか!」

「でも、リトの寝顔を見るのも楽しかったから」

「いやいやいや、それよりも、というかそんなものこれからいつだって見れるじゃないか」

「いつだって見れる?」


 僕の返した答えに不思議そうに一度呟いてから、ラズは頷いて微笑み、


「そうだね、よし、起きよう」


 どうやら今の返答で起きる気になったらしく、僕を拘束する手(抱きしめられていたので)が僕から退けられる。

 なので僕はもぞもぞと起き上がる。

 それから服を見て僕は、


「着替えの服も欲しいな。この世界では、なんでも収納できる袋みたいなものはないのかな?」


 ゲームではよくある謎のアイテムというか、仕様というか。

 鎧でも何でも手に入れたままでいられる、アレである。

 そしてどこからともなく取り出せる、アレ。


 そんなアレげなアイテムはないのかとラズに聞くと、


「……そういったアイテムはなかったはず。ただ……」

「ただ?」


 そこでラズは少し黙ってから、


「誰かがそんなような能力? もの? を持っていた気がする」

「そうなんだ、でも一般的じゃないんだよね?」

「……そうだったはず。でも」

「でも?」

「リトが欲しいなら、作れる、と思う」


 ラズがそんなことを言い出した。

 よく分からないがそういったものが、ラズには“作れる”らしい。

 なので後でそう言ったリュックサックのようなものを購入してラズに“改造”してもらう事に。


 これでその謎の袋に僕の持っているこの手芸セットも放り込める。

 凄い効果のある謎の布達をどこに入れるかがようやく決まったのだった。








 宿のおじさんに聞くとフレイ達はすでに宿を出ているらしい。

 そして僕達は、リュックを購入し、すぐ隣に服のお店もあったので日常に必要な着替えも購入。

 それから路地に入って、こっそりリュックに向かってラズに魔法をかけてもらい、大量に収納できて取り出せる小さなリュックに、もっていたものを入れておく。


 ラズは自分の服類は、小さな袋に吸い込まれるように入り、それをポケットにしまった。

 僕の場合は小さすぎてなくすと不安だから、この小さめとはいえリュックにしたのだ。

 それから移動している途中の食事も考えて、鍋やら調理器具、缶詰(この世界にあってよかった)、香辛料、塩漬けの野菜や肉、折角なのでレシピ本、テントや寝袋のような物、それらを購入する。


 旅に必要な物を一通り購入して僕達は、その場を後にする。


「“ロアの町”で、こちらの方だったらラズを追いかけてきた人達が向かった場所とは反対だよね。運が良かった」

「そうだな」

「しかもあれから二日くらいたっているけれど町までは探しに来てい無さそうだし、よかったね」

「そうだな。……そうだと良いな」


 そこで頷くのではなくそう呟くラズ。

 現在は町からようやく離れて、森の中の道を歩いている最中だった。

 僕達が出会った道とは町を挟んで反対側の道だった。


 広い道で交通量も多く、先ほど荷馬車が一台通り過ぎたばかりで、少し離れた場所でも徒歩で移動している人がいる。

 ただ周りが森なのでその辺りは隠れるには都合がいいのかもしれない。

 ラズが立ち止まり、僕にこれ以上進むなというかのように手を伸ばす。と、


「……気づかれたか」


 周りの森から、物騒な人達がそこで現れたのだった。

 

 









 物騒な人達と僕が表現したのは、現れた彼らが全員武装していたからだ。

 手に槍や剣を持ち、その中で中心となっている人物は中年の男性だったが武骨な人物のようだった。

 その彼が、先ほど、気づかれたかと発した人物であるらしい。


 彼はラズの方をまっすぐに見て、


「本当なら手荒な真似をしたくなかったのですが、残念です。あの町で見かけた、といった話を聞き急遽こちらで待ち伏せすることになったのですよ」

「どうして俺をつけ狙う」

「残念ながら我々は貴方にそういった説明を、今はするつもりはありません。貴方が、“どこまで”覚えているのかは分かりませんが、接触時の会話で幾つかの“記憶”が思い出されているようでしたから、それを我々は避けたいのです」

「……俺に思い出されると、お前達には“困る”という事か?」


 ラズがそう聞き返すと、彼らはその問いかけに答えない。

 薄く笑うのみだ。

 でも待ち伏せをこちら側でされていた、という事に僕は気づいて、


「あの、反対側に行くのを僕達は見たのに、何でこちら側で待ち伏せしているのですか?」

「……そういえば妙な人物が一緒に居ると聞いていたな。こんな怪物に物好きなと思ったが、今はその“気配”は消えているか。理由は後ででいい……だが、探している途中で隠れていたと? 反応はなかったと聞いているが。どのみち少しでも記憶をとりもどしているなら、こちらの道を選ぶだろうと予測していただけだ」


 笑う彼等を見ながら、僕は更に確信めいたものを持つ。

 つまり彼らはラズが誰なのかを知っていて、その人物が記憶を取り戻しかけたらこちらに来るだろうと予想していたようだ。それは、


「そちらの方々は、英雄達の一人がラズであることを知っていて襲ってきていると」

「そうだ。覚えているからこちらの道を選んだのだろうと、踏んだのだ」

「分かりました」


 とりあえずはそういった情報を彼らから引き出す。

 それと同時にラズが思い出せないもののこの世界で英雄と呼ばれる者達の一人であり、彼等はそんなラズを知っていて、狙っている。

 だが化け物呼ばわりはどうなんだろうと僕は思う。


 ラズは、何処からどう見ても化け物とは程遠い善良な人物だ。

 やっぱり戦闘能力が高いからか?

 ラズもそういえば怖いものを見るかのようにみられるとか言っていたよな気もするが、僕からするとただの羨ましいようなイケメンである。


 性格も温厚だし……何か別の理由があるのだろうか。

 そう僕が考えていると、目の前の彼らがもう話すことはない、力づくで捕まえてやるとでもいうかのように、その親玉のような人物が剣を抜く。

 同時にまわりにいた7人くらいの部下? らしき人達も僕というかラズを見て槍などを構え、魔法を使うための呪文? のようなものを唱え始める。


 そこでラズが剣を振り上げようとした所で、その中心人物がにたりと笑う。

 彼の手には何かが握られていて、それは透明なガラス玉のように見えたのだけれど。

 それにちかっと金色の光が走る。


「うっ……」


 ラズがそこで小さく呻き、膝をついたのだった。











 突然膝をついたラズ。


「ラズ!」


 慌てて僕は、剣を杖代わりにしてどうにか立とうとしているラズに駆け寄る。

 覗き込むと青い顔をして、冷汗を浮かべながらラズの長いまつげが小さく震えている。

 息も絶え絶えといったようなラズは今にもたおれこんでしまいそうだった。


 いったいどうしてと思って、そこで僕はこの目の前の親玉のような人物が手に何かを持っていたのを思い出す。

 もしかしたなら、僕が知らない何か、“呪いの藁人形”が実在したような効果があるのだろうか?

 そう思って僕は更に倒れそうになるラズの方を支えながら、薄ら笑いを浮かべるその親玉の男を睨み付けて、


「ラズに何をしたのですか」

「……何をしたか、ね。そういえば地上の人間は竜族についてあまり知らないのだったか。これは、竜族にとって大切なものなのだよ。そしてこれが我々の手元にある限り、そこにいる“化け物”は逆らえない」


 再びラズを“化け物”と呼ぶ。

 この嘲笑うかのような声と説明。

 不愉快ではあるが、あれはラズにとって大切なものであるらしい。


 そう思っているとその親玉が、あざけるような声音で、


「だがまさかこれが本当に有効とは。危険を冒し、苦労して手に入れたかいがあったものだ」

「……盗んできたのですか?」

「そうだ、犠牲も払ったが得られたものも多かった。そして今、我々はその“怪物”を手に入れる。あの方はあまり手荒なことをしないようにと言っていたが、俺達は“化け物”が怖くてそんなに手加減が出来ない。なあ、そうだろう!」


 笑い声が上がった。

 周りにいる武器を構えた男たちが、親玉の言葉に嗤う。

 気分が悪い、だが説明は参考になる。


 そう思った僕は、今ここでどうするかを考える。

 薄ら笑いを浮かべながら現在彼等は僕達へと近づいている。

 集団で近づいているのは、いざという時にラズに抵抗されるのが恐ろしいからか。


 こうやって優越感に浸り、嘲笑っているように見えて、先ほどの言葉通り彼らは怖いのだろう、ラズが。

 その証拠に彼らはゆっくりとした足取りでしか近づかない。

 ラズは相変わらず動けずにいるようだ。


 それならば僕がやることは決まっている。

 この特殊能力チートを使っての攻撃。

 コピー能力で、魔法をコピーして発動させたことなんてない。


 今日練習する予定だったが、する前にこんな状況になってしまった。

 不安はあるしどの程度の威力に出来るのかが分からない。

 でも、今はやるしかない。


 そう僕は思って片手を服のポケットに手を入れる。

 かつんと爪の先に、たまたま財布から零れ落ちた僕の世界の硬貨コインがあたる。

 指先で触れると、どうやら五円玉のようだと僕は気づく。


 これにはどんな効果が付与されているのだろう?

 けれど、今はそれを全てラズに確認してもらうわけにもいかない。

 そして、財布から必要な硬貨コインを探して取り出す時間もない。


 目の前に敵は迫っている。

 人を攻撃するのは躊躇する。

 けれど戦わなければやられてしまう。


 だから僕はその硬貨コインに触れて、特殊能力チートを使うように思い浮かべる。

 理想は彼らを気絶させる程度の力だ。

 ふっと目の前に白い光が浮かぶ。


 それはすぐに魔法陣を宙に描いた白い光になる。

 目の前の敵たちは驚愕したように僕を見て、


「呪文なしで、魔法発動だと!? しかも、こんな強力な……」


 慌てたように僕に向かって攻撃しようとする彼等。

 けれどその時には僕の魔法は発動していた。

 白い光の魔法陣の中心部から風が吹き出し、全員を吹き飛ばし地面に叩きつける。


 一瞬の轟音、そして目を開けていられないような風。

 音がやむと同時に僕はそちらの方を見ると、先ほど襲い掛かろうとしていた彼らが地面に倒れて、小さく痙攣しているのが見えたのだった。

 







 とりあえずは無力化? に成功したらしい僕達。

 そこで深く息を吐いてからラズが、


「また、リトには助けられた」

「え? そうだっけ」

「うん、一番初めに地上に落ちた時、穴から引き出してくれて、しかも周りから隠してくれたから」

「あ、れはその、僕の目の前に突然、ラズが降ってきて追われているみたいだったから」

「放っておけば良かったのに、手を伸ばしてくれたのは……嬉しかった」


 ラズがそこで僕の方を見て微笑む。

 その優しい笑顔に僕は何というか、焦るような、そんな変な感じになってそれ以上何も言えなくなってしまう。

 そこでラズがゆっくりと立ち上がり、地面に杖代わりに刺していた剣を引き抜く。


 それを持ったままゆっくりと近づき、先ほど僕が倒した人物たちを一通り見て、


「全員気絶しているみたいだ」

「よ、よかった良かった、生きてた。その場で初めて使ったから、大丈夫かと」

「……リトは優しいな。敵の事も心配するのか」

「そ、それはその……平和ボケしているかな、ははは。あれ、その球……」


 そこでラズが透明なガラス玉のようなものを、敵の親玉から奪った。

 そう言えばそれを持ちながらその、敵の親玉が何かしたらラズが動けなくなってしまったのだ。

 そう思っているとそれを陽の光に透かして、じっと見つめるラズ。


 何処か愁いを帯びたような表情でいて、どうしたのだろうと思っていると、


「やはり、ないか」

「何が?」

「……いや、歩きながら話そう。いつまでのここにいては、目の覚めた彼らにまた襲われかねない」

「う、うん」


 そうラズに言われて僕達は、これ以上この人達と関わり合いたくない。

 だから足早に僕達はその場を後にしたのだった。








「これは俺達竜族の半身のような物、だったはず。ちなみに壊れても俺は死んだ気がする」


 歩きながら僕に気軽に手渡してきたそのビー玉のようなものを、僕も光に透かして見ているとラズがそう言う。

 思わず落としそうになった僕だが、どうにか思い止まり震える指でどうにか思い止まり僕はその球を自分の手の平において大事に握りながら、


「な、なんでそんな大事なものを僕に軽い感じで渡すのですか!?」

「いや、リトはどんな反応をするのかなと思って。一応衝撃にはすごく強いから大丈夫だ」

「そういう問題じゃ……はあ。それで、ラズ、それが半身のようなものだから、影響を受けてラズが動けなくなったのかな?」

「おそらく。おれがあそこの空飛ぶ島から落ちたのも、それが理由だからな」


 そう答えるラズに、僕はそういえばあの屋敷を真っ二つにするくらいの力を持つラズがこんな簡単に追い詰められるのは妙だと気付く。

 そして今の話から、理由がそれなのだろうとも思う。

 けれどすでにこの球は、ラズの阪神は僕達の手の中だ。


「よかったね、ラズの半身が戻ってきて」

「ああ、だがこれを見ると複雑な気持ちになる」

「どうして?」

「この球は、中が透明だろう? 本来であれば三日月のような光が、この球の中に生きているのであれば宿っているはずなんだ」

「! ま、まさか死んでいる……」

「いや、死ぬと半身であるその球は灰色の砂の塊になって崩れ落ちる。だから……不思議だなと」


 不思議だと力なく笑うラズ。

 普通ではない状況で、けれどラズは笑うしかないのだろうけれど、でも、


「ラズがここで生きているという事は確実なんだね」

「……そういえば、そうだな」

「そうそう」


 僕がそう答えるとラズは嬉しそうで、抱きついてくる。

 過剰なスキンシップだけれど、やはり不安が大きいのかもしれない。

 でもこうしているといつまでたっても前に進めないので離れてもらい、僕は、


「はい、ラズ、そんな大事な物ならラズが自分で管理しないと」

「リトに持っていて欲しい」

「うー、でも僕の能力はコピー能力だし。ラズの半身が二つになると困るよ」

「さすがにそれはリトでも無理だと思う。俺の分身のようなものだし。だから持っていてほしい」

「でも大事なものだから……」

「だからリトが持っていてほしい」

「く、でも僕の力で増えちゃったらどうするんだ。もういい、僕の力で大丈夫か見てやる。増えろ~、増えろ~、増え……」


 というわけで、冗談半分で僕はラズの分身である球に僕が特殊能力チートを使って見た僕だけれど、


「ど、どうしよう、増えちゃった」


 僕の言葉というか、目の前の僕の手の平にのっている二つの球を見てラズも凍り付いたのだった。

 









 衝撃の展開! ラズの分身が僕の能力で二つに!

 ど、どうしようと思って僕が固まっていると、ラズが僕の手の平からその内の一つをつまんで持っていく。

 それを見て僕は、


「そ、そっちが本物なんだ」

「いや、どちらも本物だ」

「……」

「……」


 当然のことのように答えるラズに僕は凍り付く。

 ど、どうしよう、今更ながら僕はそんな焦燥感に苛まれる。

 僕は焦りながら、


「ラ、ラズ、こんな風に二つになって、ラズが二人に増えないよね」


 不安に思って聞くとそこで、ラズが噴出した。

 しかもおかしくて堪らないというかのようにお腹を抱えて笑っている。

 僕がこんなに困っているのに笑うなんてと僕が思って頬を膨らませていると、


「ごめんごめん、流石に俺が二人になるのはないと思う」

「……でも二つになったから、片方は壊しておいた方がいいかな」

「どうだろうな。さっき話したように、これが壊れると俺は“死ぬ”から」

「……どうしよう、ラズが危険なことに」

「とはいえ今までこんなことは俺が……さっき思い出した範囲ではなかったはず。そもそも異世界人自体が希少だし、こんな、リトみたいにコピー能力を持った人物も今まで……知る範囲ではないと思う」

「確かに僕の能力は珍しい物かも。ここに飛ばされる前に、僕がこの能力がいいです、って書いたから」


 そう、僕のこの能力は、僕自身が決めた能力なのだ。

 魔法を覚えるのには時間がかかりそうだから、手軽にコピーして魔法が使えないかなと思ったのだ。

 その方が色々と楽しそうだし。


 でも、そうなってくるとこの僕の魔法は特別な魔法だ。

 これまでにない特殊能力チートと言えるかもしれない。

 気を付けて使おうと僕は思う。それに、


「さっきの人達、僕の魔法を見て呪文なしでと驚いていたから、この力はあまり使わない方がいいのかな?」

「……呪文なしでの魔法は、物によるが俺でもできる。だからそんなに珍しいものではないはず。知り合いも……よく思い出せないが、そうだった気がする」

「え? そうなんだ」

「そうだ、だからそこまでリトがその能力を使うのを不安がる必要はないと思う」


 そう微笑まれた僕は、なるほどと納得した。

 先ほどの人達は驚いていたが、どうやらそこまでは珍しいものではないらしい。

 良かった、だったらもしもの時はこの能力を使って魔法を使えばいいのだと僕は思う。


 ……何かが引っかかった気がしたが、その時それが僕はよく分からなかった。

 そこでラズがこの球を見てから、


「一つはリトに持っていて欲しい」

「な、何で。自分の物は自分で大事にするべきだと思う」

「リトに持っていてほしい。リトの傍にいつもいるみたいな気持ちになれそうだから。だめか?」


 ラズが不安そうに僕を見つめる。

 この懐くようなお願いするようなラズのこの表情に僕は弱い。

 そして僕は、しぶしぶと頷く。


 それからあの、安売りで買った布セットの中に入っていた黒いひもで、このラズの半身である球を編むようにして結びあげて、首から下げられるようにする。

 歩きながらなので少し大変だがどうにか二つ分作る。

 紐自体には、“世界の歌”という名前の、物理魔法防御の異様に高い伝説の魔法がかけられていたので丁度良かった。


 首から下げるとそこでラズが、


「お揃いだ」


 嬉しそうにそういったのだった。








 こうして僕はラズの分身である球を首から下げる。

 隠すように服の中に入るようにしたために、肌に直接触れる。

 温かくもなく冷たくもなく。


 ふれていても、感触はあるけれど違和感がないくらい肌になじむ。

 そこでラズが、


「俺の分身はどんな感じ?」

「う、そう言われると意識しちゃうかも。後紐が少し長いから、この球が胸のあたりに当たる」

「……羨ましい」

「え? 今何か言った?」

「いや、それなら紐をもう少し短くして……」


 そして僕はラズに後ろに回ってもらい、紐の長さを調整してもらう。

 これでちょうどいい長さだ。

 そう思って見上げるとラズが僕よりも短めに紐の長さを調整してから、首に下げる。


 それでも服に隠れているからいいのだろう。

 これで、後はさらに進むだけだ。

 ただ今もほとんど休みなしで歩きながらの移動だが。


 こうしてまたラズと一緒に歩いていくのだけれど、歩きながら僕は、僕の持ってきた硬貨コインを見て貰う事に。

 ラズに“鑑定スキル”のようなもので、見てもらうと、


「この硬貨は、風の禁断魔法“月夜の豪風”」

「禁断の魔法……僕の五円玉が……」

「一夜にして、伝説の邪悪な魔法使いに古代都市エクアが滅ぼされたが、そのときに使用された魔法がそれだったはず」

「な、なんて恐ろしい魔法が、かかっているのですか。と言うかさっき使ってしまったけれど、そんな禁断魔法なんて使っても僕、大丈夫なのでしょうか」


 今更ながら不安に思ってしまったが、ラズが言うには、


「ちなみにその魔法は、真の力を開放するとそれだけの威力がある物の、その邪悪な魔法使いは砂になって消えたらしい。それくらい魔法消耗が激しいともいえるが……」

「で、でも僕あの人達を気絶する程度の攻撃しかできないから、禁断魔法なんて使っていないよね。というかカウントされないよね」

「……魔力を弱めたくらいであのくらいの威力にまで低下出来る物なのかと」

「……もしや僕、任意に“劣化コピー”している? 威力が弱くなるように」

「なるほど、確かにそうすれば弱くなる。リトの意思によってその辺りは自動的に調整されていると……」


 そこでラズが僕を見た。

 次に僕を抱きしめるようにと言うか逃げられないように片手を背中に回す。

 そして、僕の顎に手を添えて上を向かせる。


 ラズが射貫くように僕を見つめている。

 まるで何かの品定めをされているように感じて僕が不安を覚えていると、


「……見つけた」


 そう言って僕に向かって顎に当てていた手を額に伸ばす。

 そこでどこからともなく空から“何か”が落ちてきてラズの頭に当たった。

 まさかあのラズを追いかけている竜族が……と思って空を見るも何もない。


 良かったと安堵しながら僕はそこで、今落ちてきたものを見た。

 それは光沢のある透明なビニールに覆われた布が落ちている。

 こ、これは……。


 ラズがその布らしきものを拾って次に、


「ずいぶんと肌色が多い布だな」

「うぎゃあああああ」


 慌てて僕がそれをラズからひったくるようにして奪い抱きしめた。

 リト? と不思議そうに聞いてきたラズだが、僕は顔から血のけが引いていくのを感じる。

 これは、これは僕が最近買って隠しておいた、某キャラクターの抱き枕カバーと同じ。


 しかも伝票のようなものがついていて、そこには僕の名前がついていた。

 間違いない。

 これは僕が隠しておいた……そう思っているとそこでラズが、


「よく分からないけれど、リトの中にリト以外の変なものがあるから“消す”」


 そう言って再び僕にラズが手を伸ばしてきて……また、今度はラズの頭に本のようなものが落ちてきた。

 僕が大事にしていた限定版の女の子が一杯の……。


「ラ、ラズ、お願いだから僕のそれに触れるのは止めて欲しい」

「でもリトの中に……」

「僕の特殊能力チートに関係しそうだし、それに、これ以上僕の秘蔵の宝が落ちてくると困るんだ!」

「そ、そうなんだ」


 こうして僕は、その謎の力にはラズに触れるのを止めてもらう。

 その時何処かで複数人の笑い声が聞こえた気がして、それもどこかで聞いた事があるような気がしたけれど僕はよく思い出せなかった。

 またラズはその笑い声に空を見上げて、何かを思い出そうとしているようだったけれど、なにも思い出せなかったようだ。


 それから他の硬貨コインもラズに見てもらい、どんな力があるのか知る。

 やがて日が少し傾きかけた頃。

 ようやく僕達は“ロアの町”に着いたのだった。





 夕暮れ時に僕達は“ロアの町”に着いた。

 この状態では、次の町に移動するのは暗くて危険だ、という話になる。

 ただ僕としては、


「ラズが襲われたから、暗い中でも移動した方がいいかな?」

「リトが暗闇で誰かに襲われる方が困るから宿に泊まろう」

「でもラズも一緒だし」

「……あまり寝ぼけた頭でいると、理性のタガが外れそうだから睡眠はしっかりとりたい」


 との事だった。

 確かにラズ程強い力を持つのなら、理性があまり機能しない状態では、寝ぼけた“破壊神”のようになってしまう。

 そう僕は考えてラズの要求をのんだ。


 それから宿を探すけれど、小さな町だったのもあるのだろう、時間が時間であったためか宿が満員になってしまっていた。

 宿の主人に聞いてもここの町にはあと二件程度しかなく、そちらの方が立地条件がいいのですでに満員だろうと言われてしまう。

 けれどもしかしたなら空いているかもしれないので、その宿の場所を聞いてみる。


 ダメもとで向かった宿だがやはり空きがない。

 それを聞いてから僕はラズに、


「どうしよう、野宿する? それともこの際先に進む? テントも一応買ったけれど、狭いから抱き合うくらいでないと一緒に眠れないだろうし」

「……よし、今日はここにテントを張ろう」


 ラズがひとり頷いている。

 狭くても、寝ぼけたりしないようにした方がいいらしい。

 真面目だなと僕が思いつつ、町はずれに結界を張って野宿をすることに。


 丁度いい平らな場所があり、しかもそのすぐ傍の家の人が出てきたのでその場所に一晩テントを張っていいか聞くと、一日ならという条件で了承してくれた。

 それから僕達は夕食を食べに、近くに会った食堂に。

 時間が時間とはいえ、そこそこ混んでいる食堂に向かう。


 地元の人で賑わっていそうなその場所で僕は、


「目玉焼きハンバーグセットが気になる」

「俺もそれにしようかな」


 こうして僕達はハンバーグセットを選ぶ。

 甘辛くて独特の香りのあるソースが肉の臭みを消し、うまみを引き立てている。

 非常に美味しい。


 そう僕が幸せな気持ちになって食べているとラズが、僕をじっと見ている。


「? どうしたの?」

「いや、可愛いなと」

「……男に可愛いは、誉め言葉じゃないと思う。やっぱり格好いいって言われたいな」

「でもリトが可愛いのは事実だからな」


 などとラズが言う。

 それに僕は呻きながらも、好意の言葉は嬉しいような気もしなくもないような気持になりかけているとそこで……隣の席に座っていた男性たちが、お酒に酔っているような陽気な声で、


「でもこんな辺鄙な村に、どうしてあの“英雄”様が来ているのかね」

「さあな、実はすごい危険なものが眠っているとか?」

「まさかぁ、でもそれだったら面白いと言えば面白いよな」

「そうだなぁ、確かここの近くのダンジョンに一人で潜っていったんだったか?」

「そうらしいぞ。ダンジョンに一人で行くなんて流石は“英雄”様だよな」


 といった話をしている。

 だから僕はついその人達に、


「あの、その“英雄”ってこの世界を救ったと言われている五人のうちの一人ですか!」


 そう、聞いてしまったのだった。










 突然話しかけた隣のお酒を飲んでいる人はぎょっとしていたようだったが、すぐに楽しそうに笑い、


「英雄に憧れているのか? 俺達も昔は憧れていたものさ。まあ、もうこの町にはいないがね」

「そうなのですか?」

「急ぎの何かがあるらしくて、今はここにはいないんだ。なんでも浮遊大陸に行くといっていたらしい」

「浮遊大陸が見える方の場所から僕たちは来たのですが……」

「幾つか道があるから入れ違いになったのかもしれないな」


 とのことだった。

 なんて残念なんだ、と僕は思って浮遊大陸の方に行くか迷っているとそこでその人が、


「でもあちらから来たのであれば“アポートスの町”もよるのか?」

「その予定です」

「だったらもしかしたなら、その町にいるもい一人の英雄に会えるかもしれない。なんでも浮遊大陸に言った英雄、ブラックベルの恋人があそこで待たせているとかなんとか」

「そうなのですか! そっちの英雄とも会ってみたいな~」


 といったような情報を手に入れた僕。

 それに恋人を待たせているのであればいつかそちらに戻るだろうから、一度に二人と遭遇できる。

 親切に教えてくれた人たちに僕はお礼を言って店を出る。


「一度に二人と会えるならいいよね。まさかそんなすぐに会えそう何て思わなかった。ラズはついているね」

「そう、なのか?」

「うん。それとも記憶が戻らない方がいいの?」


 そう問いかけるとラズは首を振ってから、


「記憶は取り戻したいけれど、その分リトと離れる時間が近づくから」

「! で、でもまだしばらく僕は元の世界の戻る方法が分からないからここにいるよ。ラズの方こそ記憶が戻っても僕が元の世界に戻っる方法が見つかるまで一緒にいてね」

「うん、わかった」


 そう嬉しそうに頷くラズと僕はテントに向かったのだった。






 そして僕たちは英雄の一人のいる街に向かうことになったのだけれど、馬車でで移動しているととある村で川魚のお祭りをやっていた。

 そこでフレイたちと遭遇してしまう。


 おいしそうに焼き魚をほおばるフレイの姿が!

 僕と目が合うと固まったフレイだがすぐに、


「リト、どうしてここに!」

「“アポートスの町”にいる英雄に会いに行くんだ。その途中でここで川魚お祭りがあったから見たらフレイが」

「……英雄……どうして、やっぱりリトも英雄が好きなの?」


 そこでフレイがやけに悲しそうに言うので僕は、


「ち、違うよ僕が異世界人なことやラズがもしかしたら知り合いかもしれなくて……」

「え、異世界人?」


 そこで異世界人?にフレイに言われて僕はと思っているとそこで、リフがやってきて。


「どうしたのですか? フレイ。……またお会いしましたね」


 そうリフが言ったのだった。







 事情を話すとリフが、


「なるほど異世界人でしたか。道理で獣人のフレイと……」

「え?」

「いえ、そして異世界人というと特殊能力チートを持っていると聞きますが」

「え、えっと僕はコピー能力を持っています。内容は僕がコピーと思うものだとか」

「なるほど。……それで英雄に会いに行くというのであれば、一緒に行きませんか? ……少しぐらいは事情を話してもいいでしょう。それにラズがいれば、会いやすいでしょうしね」

「……あの、ラズは本当に英雄だとリフさんは思うのですか?」


 そう僕が問いかけるとリフは楽しそうに笑って、


「憎らしいかつての敵を間違えはしませんよ」


 そう答えたのだった。








 こうしてラズが複雑そうな顔をしながらそこで次の町までは歩いて移動しながら、リフから話を聞くことに。

 道中現れた魔物を倒しながら(僕の出番がない、ラズたちが頑張っている……)、


「我々の目的の一つですが……最近、以前の対戦で見かけた“炎獣”や、この前のように、あの場所に本来見かけないはずの“ケル”のように、強力な魔物を見かけるようになっていたのです。その、原因を探る事が今回の我々の旅の目的の一つでもあります。ですからこのダンジョン付近で“炎獣”を見かけたと聞き、こちらを調べる意味もあり我々はこちらに来たのです」


 リフがそう話す。

 でも今の話ではと僕が思って、


「英雄に会う必要がありませんよね?」

「実は英雄たちも、その原因を探っているようなのです。ですから彼らに会って情報交換もしたい、そういった理由もあったのです。……フレイは、あまり乗り気ではありませんが」


 リフがそう言って、英雄に会いに行くと聞いて不機嫌になるフレイの頭を撫でる。

 そのフレイはじっと恨めしそうにラズを見ている。

 フレイは一体、どうしてそんなに英雄が嫌いなのだろう、そう僕が思っていると、そこでリフが、


「ですが、お気に入りがいるのはいいことです。ラズは“無茶”はしないでしょうし」

「無茶、ですか?」

「ええ、そう、竜族の、その王子様の“逆鱗”は、腐っても王子様な力だから……今だと更に大変なことになりそうですね」


 どんなふうに大変なことになるかはわからなかったけれど、そうらしい。

 とりあえずはラズのことやこの人たちの目的は聞いたけれど、まだまだ僕はこの世界のこともよく知らなかったので……フレイを見てリフを見て、ある疑問を覚えた。


 つまり、リフも獣人なのかということ。

 それに答えたのはフレイだった。


「リフは獣人じゃないよ。ハーフエルフなんだ」

「エルフ! 僕が知っている物語だと、魔力が高くて美形で、知能も高いって話だけれどどうなんだろう?」

「異世界にもエルフがいるの?」

「物語に出てくる空想上の物だけれど、そういったものがあるんだ」

「へぇ、異世界って不思議だね。でも大体その通りかな。ただ人間とのハーフなので、見かけは人間にそっくりな美形だけれどね」


 そう嬉しそうにフレイが話す。 

 でもこのリフがハーフエルフ。

 そうなると幻想的な生き物もこの世界に入るのだろうか? 

 

 そういえばラズは竜族だったなと思って僕は、


「ラズは竜族だけれど、竜族ってどんな種族なのかな?」

「……変身出来た気がするが、俺は“出来ない”」

「? そうなんだ」

「理由は覚えていないが、“危険”ならしい」

「“危険”……周りが? ラズが?」

「どちらかは俺にも分からないがあまりよろしくないらしい」


 との事だった。その辺りの事はラズも覚えていないようだったが、そこでラズが後ろを振り向いた。

 僕もつられてそちらの方向を見るも、普通に人が行き来しているだけに見える。

 茶色いフードをかぶった男性など、旅人と思しき人物達がいるのみだ。


 誰かいるのかなと思ったけれど僕にはよく分からない。

 するとリフも、


「こちらを観察しているようですね。注意しておきましょう」


 そう告げる。

 あのダンジョン関係だろうかと気を付けようと思うけれど特に何もなく次の町についてしまう。

 そして、その街で一泊して僕達は“アポートスの町”に向かう事にしたのだった。






 


 その日はそれから夕食を食べ、今日は二人きりだと嬉しそうならずに僕は抱き枕のようにされて眠った。

 ラズに僕は気に入られているなと思いつつ眠った次の日。

 朝一でその“アポートスの町”に向かった。


 早かったからなのか馬車には客が僕達しかいなかった。

 馬車を操るおじさんも朝が早いのかね無双にあくびをしつつ運転をしていて、僕は少し不安を覚えたがどうにか町の近くの停留所までたどりつく。

 ここから十分くらい歩いた所が町の入り口であるらしい。

 

 その場所に着いた頃だろう、ラズが眉を寄せた。


「どうしたの?」

「……懐かしいような変な気配が今、した。魔力の動きのようなもので……消えた」


 僕は周りを見回すけれど特に何もない。

 リフも何も感じなかったという。

 ラズだけが気付いたものがあったらしいけれど、僕達を攻撃するようなものではなさそうなのでそのまま町に向かう。


 そうして土の剥き出しの道を歩きながら僕達は、町では何を食べようかといった雑談をフレイ達としつつ歩いていくとそこでラズが呟いた。


「静かすぎるな。町がこんなに近いのに」


 僕達は、警戒を強めて町に向かっていくも、そこでは予想外の出来事が待っていたのだった。








 静かすぎる、とラズが呟いていたので僕達は急いでその町に向かった。

 確かに町というだけあって、多くの家々が並んでいる。

 そしてそれだけの人がここに住んでいるという事になると、


「こんなに近くなのに、人のざわめき? みたいなものも何も聞こえないのは変だよね。どうしよう、行く? 止めた方がいいかな?」


 とりあえず僕はラズや、リフ、フレイに聞いてみた。

 そこでリフが、


「けれど我々の目的は英雄の一人、ノエルに会う事です。町が静かすぎるにせよ行ってみない事には、何が起こっているのか分かりません。……普通に宿に隠れているのかもしれませんしね」

「確かに。でも何でこんなに静かなんだろう……町に入ったら突然パタって倒れるような何かがあったりってするのかな」

「……いくつか思い当たるのでそれに関してはこちらで調べましょう」


 そうリフが言って何やら長い呪文を唱え始める。

 思い当るような魔法がこの世界にあるのですか、という恐ろしい事実を目の当たりにしつつそこでラズが、何か一言呟いた。そして、


「特に行っても問題はなさそうだ。人はいないが」

「え? ラズ、もしかして今、調べたの?」

「……ここまで来る途中も、リトに良い所をあまり見せられなかったし」


 はにかむように笑うラズ。

 なんとなく途中まで呪文を唱えていたリフが恨めしそうにこちらを見ている気がしたが、僕は気づかなかったことにした。

 なにはともあれ、町が安全な状態ではあるようだ。ただ、


「ラズ、人がいないの?」

「いない。猫一匹いない」

「……何か避難しなければならない事情があったとか?」

「それは……分からない」


 考え込むラズ。

 けれど現状ではいってみない事には分からないことだらけで、そして待ちの状態は安全であるらしい。

 そうなってくると、


「まず行ってみるしかなさそうだね。行けばもしかしたなら、誰かがいるかもしれないし、丁度みんな戻ってくるかもしれないし」


 他に良い方法も思いつかないので見に行くことに。

 そして僕達は“アポートスの町”の中へと向かったのだった。

 








 町には人の姿は一つもない。

 歩いている途中、町の案内図のようなものがあったので宿の場所は幾つか記載されていたのでひとつづつ当たっていくことに。

 なのでとりあえずはその案内板から一番近い宿に向かう事になったのだが……。


 更に商店街を進も、動くものは風に揺れる宣伝の布のみ、といった状態だった。

 ゴーストタウン、といった言葉が僕の頭に浮かぶが、この商店街を見ても“廃墟”とは程遠い。

 雑貨のお店などが今でも開店中で、ただ人気のないお店なのだというかのような様相なのだ。


 途中にテラスのある喫茶店があったがそこにも人の姿はない。

 ただ、いくつもの席に荷物と飲みかけのお茶がおかれていた。

 うっすらと湯気が立ち上っているようにも見えて、つい少し前まで人がいたように感じる。


 試しに近づいて行ってカップに触れてみると確かに暖かい。

 僕達がやってくるつい先ほどまで、ここに人がいた、としか思えない状況だった。


「突然、人が町ごと消失するといった魔法って、この世界には希にあったりするのかな?」

「少なくとも僕が知っている範囲ではありませんね」


 リフの答えを聞きながら、そうなってくるとこの現象はこの世界では珍しい物のように感じる。

 ただそうなってくると、


「ヒントがどこかに無いかな。やっぱりまずは宿屋なのかな?」


 もう一人の英雄がいる場所に向かう、それ以外に今の所手掛かりはないのだろうか?

 そう思っているとそこでラズが、


「……ヒントになるかは分からないが、この町全体にこの前のダンジョンの……装置を起動させた後のような気配がする」

「! だったらその謎の装置が起動して町の人がいなくなった、とか?」

「……分からない。試しにその残った魔力の残渣を追いかけようとしたのだけれど、無理のようだ。制限がかかっているらしい」

「制限、ってラズは分かるんだ」

「……どうして分かったんだろう」


 何気ない疑問にラズが不思議そうに呟く。

 どうやらラズは分からないようだ。

 また一つラズの不思議が増えたと僕が思いつつも、


「でもあの遺跡と同じようなものがここにあるって事だよね。それを探してみるのもいいかもしれない。それに、もう少ししたら戻ったりするかもしれないし」

「それはあり得ますね。そんな大魔法がずっと起動したままとは思えませんし。……それの影響で町の人が消えたら、の話ですが」

 

 リフがそう言う。

 ただ、町の人が消えたのがその装置の関係でなかったとしたならどうなるかは分からないのか……という新たな可能性に気付かされたいた僕はそこで、


「あ、ここ食品のお店だ。……トマトケチャップと、パスタみたいなものが安売りしてる。少し買っておこうかな」


 あまりにも安い値段がつけられていて僕は見入ってしまう。

 これでしばらくの食費は安く済む。

 なので少し待ってもらい、トマトケチャップも含めた野菜類をいくつか購入。


 正確には、値段分のお金をレジに置いてきた。

 これで後で、ナポリタンのようなものも作れるなと思う。

 そういえばこれだけ無人だと、


「そろそろ昼食の時間だけれどどうしようか。町は無人だし」


 喫茶店のようなものは入れないし総菜のようなものを売る店にはまだ出会っていない。

 せいぜい先ほどの焼き魚を打っている店に遭遇した程度だ。

 違う道にもしかしたならそのような店が軒を連ねているのかもしれない……と思っているとフレイがピクリと耳を動かした。


「船が港に向かっている音がする」

「? 聞こえないよ?」

「僕は耳がいいからね。行ってみよう、何か知っているかも。場所は僕が案内するよ」


 そう言ってフレイが楽しそうに走り出し、それを仕方がなさそうにリフが追いかけて……そのさらに後ろを、再び手を繋いだ僕とラズが追いかけたのだった。








 海の匂いがより濃くなってくる。

 そう思っているうちに波の音がさらに大きくなっていき、やがて大きな帆船……のような形をした、スクリュー付きの船が見える。

 どうしてスクリューがついているのかというと、海の水がとても透き通っていたからなのだが……。


「文明的な感じがする。これで風任せでなくて進めるから……安全といえば安全なのかな」

「リト、早く行こう。船の周りにこの船の人達がいるみたいだし」


 ラズに言われて僕はようやく動き出す。

 この世界はファンタジーのように思えたけれど科学に似た文明の進歩は見られる。

 これからもっと、この世界が知ることが出来るのだ。


 不謹慎ながら、それがほんの少し楽しみに思ってしまう。

 そこで、先に船の前に集まった人達に話しかけたリフが、船に乗っていた船員やこの町に海を渡ってやってきた人たちが、町に人がいないと薄気味悪そうに言っている。

 他にも頭が丸刈りで筋肉質で黄金色に日焼けしたその船の船長が、


「先に船が一隻この港に入っていくのが見えたんだ。確か……そうそう、マルコ船長の船であそこにある船だが……そのすぐ後に一瞬町が光ったように見えたんだ」

「町が光った? それはよくある事なのですか?」

「いや、何十年も俺はここに来ているが、そんなものを一度も見たことがない。しかもこんな風に町の人間が消えているのは初めて遭遇した」

「そうですか……僕達も実はこの町でひとと待ち合わせをしていたのですが、このような状態になっておりまして、もし何かご存じでしたらと思ったのですが……」

「なるほど。だが我々も、どうしてこのような状況になっているのか困惑している所だ。それにこの船は定時にここからまた次の港に出発する予定だから、余りここに長くいる予定もない」

「そうなのですか。次の港はどちらですか?」

「リリア港だ」

「……そちらにも用がありますが、やはり知人を探してから出ないと……」

「だが次の船は、もっと時間がかかるかもしれない。一応はこの国の、あちら側にある役所に、この異常事態は報告しようと思っているから、その船に乗せてもらうという手もあるが、渡航禁止になるかもしれないからな」

「……こちらの船がこの港を出るのは後どれ位ですか?」

「今から六時間後だ。本当はここで降りる予定だった客たちの幾人かはこのまま船に戻るといっているから、このまま時間が来れば船はまたこの港から出るだろう。幸いにも食料も水も十分に船内にある。ここで補充しなくても何の問題もない」


 そういった話をしてからリフは、少し考えさせて欲しいと船長に言って船賃の料金を聞いていた。

 そして船長たちと僕達は別れて、その宿を探す。


 と、港から近いその宿はすぐに見つかった。

 そして、相変わらず無人の宿に入り、入り口にある宿帳を見る。


 302号室、ノエル。

 そう書かれた文字を見つけてそちらに向かう。

 部屋には鍵がかかっていなかったのは幸いだった。


 簡素な木の扉を開くと、中にはテーブルとイス、ベッドがおかれている。

 そのテーブルの上にはお茶のようなものと手紙のような物、そして数冊の本に手記らしき物等が見えるが、相変わらず人の姿はない。


「何か手掛かりになるようなものがないか、探してみましょう。おそらく無駄でしょうが」


 リフがそう、呟いたのだけれど、それから手分けして部屋を探し始めて……そこで僕はある本を見つける。

 しおりの挟まったガイドブック。

 そういえばあのダンジョンもガイドブックに書いてあったのを思い出して、それを手に取り、パラパラとめくる。

 

 そこで僕はしおりの挟んでいた所でページをめくるのを止める。そして、


「ここに書かれているのが……この世界のふりい遺跡化装置みたいな物じゃないのかな?」


 そう僕は、そのページを開いてみんなに見せたのだった。








 遺跡の場所が書かれたガイドブック。

 それを見せると、この場所に行ってみるのが良いかもしれないという話になった、のだが。


「折角なのでもう少し、この英雄ノエルの弱み……ではなく、手掛かりを探しましょう。もしかしたならこの件とは関係なく、この場所にいないのかもしれませんから」


 と微笑んだリフ。

 今、弱みといいましたよねと聞き返そうとするとフレイが、


「楽しそうだから賛成! そもそもここに来て、その英雄ノエルが何を調べていたのか、知ったのかも知りたいし! しかも魔法使いだから、どこかに凄い必殺技があるかも!」


 と、嬉しそうに探し始めた。

 いいのかなと思ったけれどそこでラズが小さく、


「……英雄ノエルはああ見えてしっかりしているからそう探しても、魔導書の類などは出てこないだろうな」

「でも突然消えたかもしれないのに?」

「自分に何かあったら魔導書もどこかに転送されたりしていたはず。だからどうやっても見つからないだろう」

「そうなんだ……ラズ、もしかしてまた少し、思い出したのかな?」


 僕がそう問いかけるとラズは目を瞬かせてから微笑み、


「そうみたいだ。また少し、元の俺に近づいているのかな? 元の……竜族の、俺に」


 そう呟いて少しだけ悲しそうにラズは表情を陰らせる。

 ラズ自身に何か思う所があるらしい。

 けれど不安とも違った悲しさのようなものを感じて僕はラズの手をぎゅっと握りしめる。


「大丈夫、ラズはラズだから。きっと今も昔も」

「……リト、やっぱり大好きだ」


 僕がそういうとそのままラズに抱きしめられる。

 ようやく安堵したらしいラズに僕も、同じように心が穏やかになっていく。

 と、そこでフレイが、


「そろそろ遺跡を見に行かないかな。これだけ探しても見当たらないし」


 と、言い出したのだった。







 ガイドブックに載っているその場所に向かうと、それは小高い丘の上にあった。

 妙な模様の掘られた石が一つ、それが装置であるらしい。

 どうやらこれが、遺跡の装置? のようだった。

 ただここに来て分かったのは、


「これを起動させたようですね。周りに置かれている道具から魔力を感じます」


 リフが周囲に散らばっていた白い陶器の破片のようなものを見ながら言う。

 そこでラズがその遺跡の一部であるらし石を見て……眉を寄せた。


「こんなものを起動させて……早く元に戻してやろう。負荷がかかるからゆっくりの方がいいな。なんでこんなものを……」

 

 そう言ってその石のようなものに軽く触れた。

 同時に一瞬、町の全域が輝く。

 だが光はすぐに収まった。


 けれど奇妙な魔力を僕でさえも感じる。

 そこで僕はラズに、


「この魔法は結局どんな魔法だったの?」

「この魔法は……何だったか、分からない。ただあまり……よくないものだとは思う。“普通”で痛いのなら触れない方がいい、そんな類の物」


 上手く説明できないらしく口を濁らせるラズ。

 だがどんなものかよく思い出せないようだ。

 リフも額にしわを寄せるようにして何かを見ている。


 話題を変えよう、こういう時はどんなものがいいだろうと思い出して僕は、ごそごそと鞄からケチャップを取り出して、


「ラズ、今日はケチャップを作った料理をしようか。町の人が元に戻るには、さっきの話だとまだ時間がかかるんだよね」

「あ、ああ、そうだ」

「だったらここで昼食の準備でもしようか。今日はナポリタンが作りたいんだ」


 といったような話をしている、その時だった。









 背中に僕は衝撃を受けた。

 何が起こったのか。

 どうしてそうなったのか。


 僕には何も分からない。

 丁度ケチャップの瓶をゆるめてどんな香りなのかを見ようとしたその時、背中に衝撃を感じた。

 次に僕が見たのは揺れる視界と、ラズが大きく目を見開いた光景だった。

 やがて地面がとても速く僕の眼前に迫ってくる。


べちゃっ


 何かがつぶれて広がるような音が、僕の耳に届いたのだった。








 その時ラズは、自分でも油断していたように思う。

 この程度物は簡単に解ける。

 しかも傍にいるリトが、思い出せない記憶に悲しさのようなものを感じていると、ラズの事を心配して話を変えようとしてくれている。


 しかも嬉しそうにリトが笑っているのを見と、ラズも嬉しくなる。

 魔力に関しては、ここにいる誰よりも鋭敏に感じるといった思いもあった。

 過信、油断、その二つが原因だった。


 目の前には赤い液体の中に倒れたリトがいる。

 それを見ながら、凍り付く頭の中で奇妙に冷静にそれをラズは考える。

 と、声がした。 


「やはり貴方の力は完全ではない。だから隙をつくことが出来た」


 現れたのは、赤い長い髪をした男と、青い短い髪の男だった。

 どちらも背の高い美形だが、その内の青い髪の方が、


「でも、その割には“弱い”ように感じるよな。だって、魔力などを隠したとはいえ、こんな簡単に“大切な物”を傷つけれるんだから」

「……様子見の予定がこうも上手くいきすぎるとは思いませんでしたね。やはりこの世界にはまだ、“馴染んで”いないという事なのでしょう」


 観察するように彼ら二人はラズ達に告げる。

 そこで声を上げたのはリフだった。


「お久しぶりといった方がいいでしょうか? 先の大戦の残党のお二人。……僕としたことがとどめを刺し損ねたと、随分後悔をさせられましたね」

「……何処かで見たと思ったら、あー、あの時のエルフの魔法使いか。上手く操れるかと思えば、お前のせいで全てが失敗してしまった。まさかそこまで、そこにいるフレイ王子が大切だとは思わなかったな。まさか冷淡で合理的な魔法使いにそんな感情があったとは、我々も予見できなかった」


 冗談めかして赤い髪の男がそう告げる。

 その言葉にリフは大きく息を吐き、


「残念ですね。私自身はこう見えて恩義を感じる程度の心はあるのですよ。貴方方が気付いていないだけで」

「そうなのですか。まあ、その辺りの話はどうでもいい。今我々が気にかけているのはそこにいる方の様子です。……なるほど“上手く”いきましたね」


 赤い髪の男はそう楽しそうに告げた。

 リフがはっとしたように振り返る。

 そこにはラズがただ、倒れたリトの前にたたずんでいた。


 それだけで、けれど、まるでラズの存在そのものが空気のように溶けてしまおうとしているかのようにリフは見える。

 だがそれは違うと、リフは理解した。

 今ラズは、リフの理解できないような恐ろしく強力な怪物へと変貌しようとしているのだ。


 現に目を凝らすと、ラズの周りには魔力の揺らぎが見える。

 ここでラズの本来の力を開放させる、それがこの二人の目的だったのだと今更ながらに気付く。

 そこでフレイがリトの元に走り寄り、


「リト、リト、大丈夫?」


 倒れたリトの周りには赤い液体が広がっていて、明らかに失血死していると思わせるには十分だった。

 それでも声をかけたのは、短いとはいえフレイにとっても数少ない友人となったりとが気にかかったからだった。

 もう助からないと思っていても、フレイは声をかけずにはいられなかった。


 そこで……フレイの足を、倒れたリトの手が動き、がしりと掴んだのだった。








 背中に衝撃を感じて僕は倒れたのだと理解した。

 とりあえず意識があるので大丈夫だろうと僕は倒れていたわけだが……なんだかすごい話が聞こえる。

 どうやら敵のような人物が二人ほどいるらしいと、僕は聞き耳を立てた。


 そして、ラズを怒らせるか何かするために、僕が攻撃されたらしいと知る。

 早く起き上がって、ラズに大丈夫だよと言ってやりたい、と思うのだけれど。

 体が先ほどの衝撃でうまく動かない。


 けっこう強力な攻撃だったのだろうか?

 一応は危険なものに攻撃されても大丈夫な服を身に着けているが、それがあったおかげでこの程度なのだろうか? とも考えられる。

 どちらにせよ、生きてはいるものの現在うまく体が動かない。


 何とか大丈夫だと僕は、ラズでも誰でもいいから伝えたかった。

 そう思っていると、目の前の……ラズの方から言い知れぬ威圧感を感じる。

 その力はどんどん強まっていき、僕ですらも恐怖を感じる。


 けれど同時に、これは“抑えないと”いけない力の気がする。


『そうだよ』


 誰かが僕に楽しそうに声をかけた。

 それはとても親しそうな声で、どことなく気配が……“ラズ”に少し似ている。と、


『ここは僕達の領域に“近い”から、ほんの少し手助けしてあげるね。あまり自分の防具もどきの魔法を過信しちゃだめだよ~』


 過信していたわけじゃない、気づかなかったんだと僕が反論すると、


『もう少し周りの気配に聡い方がいいかもね。少し“いじる”よ』


 そう言われた僕は何かが僕の中でぷつんと糸がきれる音がする。

 同時に感じたのは恐ろしいほど強い、ラズの魔力と“怒り”の感情。

 止めないと、誰かに僕は生きていると伝えないと、そう思っていた所で誰かが僕に近づいてきて、僕の名前を恐る恐る呼ぶ。


 フレイだ。

 僕は僕に気付いてほしくて、伸びたままの手を動かして、フレイの足首を掴む。

 悲鳴が聞こえた。


 フレイの悲鳴だ。

 怖がることなんて何もないのにと思いながらも僕は、自分がまだ生きていることを伝えようとゆっくりと気力を振り絞って頭を上にあげて、


「……死ぬかと思った」


 そう、フレイに告げたのだった。



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