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2019.04.08 加筆修正
異世界転生を果たして一ヶ月が過ぎた頃、私は母ブリジットと馬車の中にいた。馬車が向かうのは、ヴァルト家が管理している領地。領地は広く、それを活用するためにもヴァルト家は競走馬を育てている。中には軍馬として名を馳せた馬も。
それから御猟場があって、シーズンになると王族も足を運ぶらしい。
今は夏が過ぎて、過ごしやすい秋。貴族の多くが王都から所領へ帰る時期。
本来であれば、父や姉達も一緒に領地へ帰るのだが、父は陸軍大将。王都にいなければならない。
そして姉と二人の兄は、軍の訓練場で現役の軍人と一緒に訓練を受けることを心の底から楽しんでる。
だから毎回、領地へ帰るのは私と母、それから幾人かの使用人。執事のパウロや家政婦長のリンダは王都の屋敷に残る。
彼らがいないと屋敷は荒れてしまうし、主人達の生活も荒れてしまうから。
「お祖母様に元気な顔を見せてあげてね」
向かい合わせに座る、私と母。馬車は驚くほど揺れが少なくて、座席も良い感じ。手触りが良くて、クッションもふかふか。窓から射し込む陽光を遮るためのカーテンも質が良い。細部まで徹底的にこだわって作られた馬車は、私と母の年齢を足しても及ばない年齢。
私のお祖母様のお母様──曽祖母が嫁入り道具として持って来た、特注の馬車らしい。何度も修理して、現役バリバリ。
それにしても……。
「荷物がたくさんね、お母様」
まるで引っ越すみたいな荷物の量。
しかもそのほとんどがドレスや装飾品。母は着飾らなくても十分きれいだし、本人も必要だと思わない限り、ドレスを新調することはない。
その母が、これだけのドレスを領地へ持って帰ろうとしている。何故?
「……セレスティン、これからお母様は、ちょっとだけ難しいお話をするわ。いい?」
向かいに座る母が、真面目な顔になる。
私がこくんと頷けば、母は安心したように笑った。
「ヴァルト家は歴史も財産もある家だけど、何もしないで今の地位にいるわけではないの。貴族の世界では、後ろ盾や繋がりが大事。あの人もあの人のお父上も、そういったことには無頓着だけど」
母は笑顔だけど、切実。
それを見ただけで、見た目八歳、中身二十歳の末娘は理解できてしまう。……苦労してるのね、お母様。
「実は明日、御猟場を解放した狩りがあるの」
「狩り……」
「あなたも私も、狩りには行かないわ。本当はパトリックが対応すべきなんでしょうけど、あの人はお世辞なんて言えないから」
「たしかに」
父は規律に厳しく、嘘を嫌う。
あと二人の娘に甘くて、最愛の妻にはめっぽう弱い。
「私達は狩りと一緒に開くお茶会の主催者。そのお茶会にはあなたと同い年くらいの貴族の御子息や御令嬢も出席するわ」
「集団お見合いでもするの?」
「その答えは近くて遠いわね。未来の旦那様を見つけろと言ってるわけじゃないの。ただ繋がりは持っておきたい。お友達を作ったり、ね」
「なるほど」
「サファイアやジェイド、コーラルを連れて来ても良かったけど……あの子達は良くも悪くもパトリック似だから。お茶会よりも、狩りに行きたがるわ」
母は子どもを心から愛してる。
だからこそ、子どもを心から理解してる。
姉達は絶対に、母の予想を裏切らない。意気揚々と森に向かう姿が、簡単に想像できてしまう。
「頼りはあなただけなのよ、セレスティン。お母様の言いたいこと、わかる?」
残念だけど、わかる。
だって中身は二十歳の大学生だから。
「よかったわ。じゃあもう少しお母様のお話に付き合ってね」
馬車は揺れが少なくて、正直今にも眠ってしまいそう。眠気を追い払うためにも、ここは脳を動かさねば。
「後ろ盾や繋がりが欲しいと言ったけど、誰でもいいわけじゃあないの。相手はきちんと選ばなければ。お友達になってほしいのは、ロザリア公爵家のグレイス嬢。彼女とお友達になれば、彼女のお友達とも繋がれる。──ほんとはこんなこと、話したくないのだけど」
母の気持ちはよくわかる。
こういう話は、大人でも嫌になる。非常に打算的だ。八歳の娘にする話じゃない。
「大丈夫よ、お母様」
「ありがとう、セレスティン。……それから、これを忘れないで。フェリクス殿下とラザラス家のご子息、あとはセネット家のご子息──彼らとは適度な距離を保つように」
「どうして?」
「殿下は第二王子。王太子ではないけれど、王族の後ろ盾は非常に魅力的だわ。けれどわたくしが欲しいのは、権力ではないの。わたくしはパトリックがパトリックらしく生きるため、そして子ども達──ひいては孫達が悲しい思いをせず、日々を楽しく過ごせれば良いと考えているの。殿下に近づきすぎれば、余計な争いを招き入れることに繋がりかねない。それに殿下は、グレイス嬢と婚約する話が出ているの。ほんとかどうかはわからないけど、殿下に近づきすぎて、公爵家を敵に回すような真似はしたくないわ」
「他の方……ラザ──ラザニアだっけ?」
「ラザラス家よ。爵位は侯爵で、御子息の名はハロルド。ヴァルト家と同じく、優秀な軍人を数多く輩出してる。ヴァルト家が陸軍の象徴だとするなれば、ラザラス家は海軍の象徴。この二つの家が近づいたら、よろしくない噂を囁く人が出てしまう。そういうことも、避けたいわ」
お母様は本当に苦労してる。
でもその苦労を周りに気づかせないのは、さすが。
「そしてセネット家。こちらは公爵家。御子息の名はマリウス。代々、宮廷魔導師として王と国に仕えています。彼もきっと、将来は宮廷魔導師となり、王に近しい立場となるでしょう。適度な距離を保つのが、理想的です」
「フェリクス殿下、ラザラス家、セネット家……」
覚えられるかな?
生粋の日本人だった私には、外国人の名前って覚えにくいのよね。
「フェリクス殿下、ラザニア家のハロルド……セネット家? のま、マリオ?」
「ラザラス家のハロルド、セネット家のマリウス。──お茶会の時に、また教えるわ」
そうしてもらえると助かります。
「フェリクス殿下、ラザニア──じゃなくてラザラス家のハロルド…………なんか聞き覚えのある名前……?」
こういうのも、既視感って言っていいのかな?
外国人の知り合いなんていなかったのに、聞き覚えがあるような気がしてならない。
どこかで聞いたのかな?
だとしたら、どこで聞いたんだろ?
「セレスティン、もうすぐ着くわ。帽子をかぶって、手袋をして、笑顔を忘れないでね」
「はい、お母様」
にこっと笑えば、母は満足そうな笑顔を浮かべてくれた。
親愛なる日記へ
家族の名前をつい、忘れそう。
父→パトリック
母→ブリジット
姉→サファイア
兄→ジェイド
兄→コーラル
次は使用人か……。
(-““-;)