2
前世の私は、どこにでもいる普通の大学生だった。念願のひとり暮らしを始め、大学にバイト、休日は大好きなゲーム三昧と、忙しくも充実した日々を送っていた。
けれど鏡に映る“今の私”は、金髪碧眼、愛らしい容姿の女の子。名前はセレスティン──セレスティン・ヴァルト。父親が伯爵なので、伯爵令嬢ということになる。
前世の私はお酒も飲める立派な二十歳だったけど、今世の私は先日八歳の誕生日を迎えたばかり。……若いな。
それからここは、王都にあるタウン・ハウス。
私は三日前、このタウン・ハウスの庭の池に頭から突っ込み、前世の記憶を思い出した。
「異世界転生、か」
鏡の前であぐらをかき、パジャマ姿の自分を凝視する。
これが異世界転生で間違いないとしたら、前世の私はやっぱり……死んじゃったの?
前世の自分がどうなったのか頑張って思い出そうとしてみたけど、最近の記憶が曖昧。トラックにはねられた?
でも記憶を思い出すきっかけが池だったから、もしかすると死因は水関係?
「溺死は嫌だなぁ……」
前世の私がどうなったのか、今世の私に知る術はない。
だから安らかな眠りを願うのみ。
「お嬢様、起きていらっしゃったんですね。体調はいかがですか?」
自分以外の声が、上から降ってくる。肩越しに振り返れば、真後ろにメイドが立っていた。
彼女の名前はアニス。
セレスティン──私付きのメイドだ。栗色の髪とくすんだ緑色の瞳、それから優しい笑顔が絶えない十八歳。
「熱も下がったし、食欲もある。元気よ」
「それはよろしゅうございました。ですがお医者様は、今日まで安静にしているように、と。ベッドにお戻りください、セレスティン様」
アニスに続いて部屋に入ってきたのは、家政婦長のリンダ。女性使用人のトップに君臨する、厳しい女性だ。彼女の登場に、アニスはわかりやすく委縮する。
今回の“池落下事件”は、完全に私が悪い。
それなのにリンダや執事のパウロは、アニスに責任があると言い──いわゆる監督不行き届き──、彼女を解雇しようとした。
アニスに非はない。
だから彼女を辞めさせないで。
私が必死に訴えると、両親はすぐ味方になった。家政婦長には女性使用人を解雇する権利があるが、屋敷の主人の決定に逆らえる立場にはない。
なのでアニスは今も、私のメイド。
「食欲があるのは喜ばしいことですね。夕食はお嬢様のお好きなものをご用意しますわ」
「ありがとう、リンダ」
天蓋付きのベッドは、大人二人が余裕で横になれるサイズ。シーツはメイドが毎日替えてくれるので、清潔そのもの。至れり尽くせりで、毎日がホテル暮らしみたい。ダメ人間になりそう。
こういう生活が当たり前なのね、貴族のお嬢様って。
「何か必要なものはございますか?」
「特には何も」
「では失礼します。何かあればお呼びください」
アニスとリンダが部屋を出て行くと、私は広い部屋に一人きり。
いかにもなお嬢様らしい部屋には、ネコのぬいぐるみやネコの絵が飾ってある。
セレスティンはネコが好きみたい。私もネコが好き。妹──これは前世の話だけど──もネコが好きで飼いたかったけど、母親が猫アレルギーで飼えなかった。
今世なら飼えるかな?
「でも今は、ネコよりも状況の把握が最優先かな」
事実は小説よりも奇なり──英国の詩人バイロンに、是非とも今の私を見てもらいたい。
そして言いたい。あなたは正しい、と。
「まあ衣食住は保障されてるし、そこまで悲観しなくてもいいよね?」
寝る間も惜しんで没頭した大好きなゲームも漫画も無い世界だけど、一度きりの人生に二度目がきた。
と来れば、やることは決まってる。
この二度目の人生を、セレスティン・ヴァルトとして楽しむこと。
親愛なる日記へ
パンには飽きた。
叶うのならばお米が食べたい。それから豆腐とワカメのお味噌汁に、だし巻き卵、焼き鮭……納豆は嫌いだから、いらない。
あとポテトチップス、強めの炭酸……書くのやめよう。虚しくなってきた。
(><)