④命の灯
更新遅くなってすみません!
でもその分今回はいつもの3倍くらいのボリュームです!!
むせ返るような熱気と鼻を衝く悪臭の中で目覚めた俺の目に入ったのは、口にするのも悍ましい部屋だった。種類はわからないが、動物の骨や腐りかけの死体が辺りに転がり、その周りでネズミやゴキブリが死肉を貪っている。壁には意味の分からない文字や模様が書き殴られ、飾ってある絵や写真も常軌を逸しているものばかりだ。一体ここはどこなのかという疑問が頭をよぎったが、部屋をよく見ると見覚えのある間取りであることに気が付く。どうやらここはあの隣人の部屋らしい。
(早くここから逃げなくちゃ!)
そう思い立ち上がろうとするが、足に力が入らず立ち上がることができない。
ぼーっとした頭で原因を探していると、信じられないものが目に映った。
――――――――――――なんと――――――――――――
――――――――――――俺の足首から下がなくなっていたのだ。
!?!!!!!!!?????????????
一瞬自分の身に起きていることが理解できなかった。
――――――――――――さっきまで普通に生活していたはずなのに。
――――――――――――こんな猟奇的な事件に巻き込まれることなんてあり得ないと思っていたのに。
――――――――――――これも全部あの隣人の仕業なのか?
そう考えた瞬間頭のモヤモヤが一気に吹き飛んだ。
――――――そうだ!
――――――あいつはどこにいる?
――――――あいつが戻ってくる前に逃げないと!!
立ち上がれないのでハイハイのような格好で無様に玄関へ向かう俺。
朦朧とする意識の中でも、間取りがほぼ同じなので玄関の場所はわかった。
リビングを出て廊下を進む。
――――――もう少し。あと少しで外に出られる!!
――――――そんなことを思った瞬間、あの男が現れた。
「……どこに行くつもりだ?ゴミムシ」
そう言いながら男は持っていた槍のようなもので俺の背中を貫いた。
さっきまでは麻痺して感じていなかった痛みが一気に襲い掛かってくる。
「ぐあ゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛っ゛ッ」
両足を切断され、背中から腹にかけて貫かれる激痛は想像を超えたものだった。今までの人生で味わった全ての痛みを合わせても遠く及ばない、そんな痛みの激流に意識が飛びそうになる。
だが、ここで気を失ったらこの男に殺されることは分かり切っている。ならば俺が生きるためにはこの痛みに耐え、この男をどうにかして部屋から出る以外に方法はない。
絶体絶命の状況に追い込まれた俺は覚悟を決めて男に襲い掛かった。
足が使えないので上半身の力だけで掴み掛り、体重を利用して男を床に引きずり下ろすことには成功した。そしてそのまま男の顔面を力の限り殴り続けようとしたが、既に体がボロボロだった俺の拳は軽く、男にダメージを与えることはできなかった。
単純な力だけなら今の俺と男にそれほどの差はなかったが、男が俺の傷口を指で力一杯えぐってきたので、その痛みに反射してしまい思うように体が動かせず、俺は敗北した。
「…… こ…このゴミムシがぁっっっ!!! せっかく殺さずにおいてやったのに!!!!!
死ね!死ね!死ねええええ!!!!!」
男は床に倒れている俺を力の限り踏みつけている。俺はもう反撃する気力もなく、ただ自分の死を受け入れていた。
(俺はこのままここで死ぬのか――――――――――――?)
そう思っていた俺の予想を裏切り、男は俺を殺さずにさっきの部屋まで引き摺っていく。
一体こいつは何を考えているのか、そんなことを考えていると男は勝手に喋りだした。
「ぐひゅひゅ……っ お、お前にはまだ死んでもらっちゃ困るんだよ……」
俺を部屋の中心まで運ぶと、男はそばにあった赤黒い液体の入った容器を手にして何かを描き始めた。
男が描いているのは俺を中心とした円のような何かだった。この部屋の趣味からして何かの魔法陣でも描いているつもりなのか?
「お、お前は前からボクに文句ばかり言ってきて目障りだったんだよ……」
男が語り始める。
「ボクはこのゴミみたいな世界から抜け出す方法を探していただけなのに……」
何を言っているのかわからない。やはりこの男は頭がおかしいようだ。
「で……でも、やっとこの世界から抜け出す方法がわかったんだ…………」
男はニタニタと笑いながら魔法陣を描き続ける。
「でもこの儀式にはボク以外にもう一人、人間の生贄が必要でさあ……」
――――――生贄?やっぱり俺は殺されるのか。もうバカバカし過ぎてどうでもよくなってきた。
「ホントは可愛い女の子と一緒にあっちの世界に行きたかったんだけどさあ……
お前が目障りすぎて殺さなきゃいけなくなったんだよねぇ……」
目障りなのはお前の方だ。と言いたいところだったが、肺をやられていて声どころか呼吸すら困難な状態なので言い返せなかった。
「人を殺しちゃったらさあ…… 生贄の女の子なんて捕まえる暇なくなっちゃうだろ……?
だからお前を殺してそのまま生贄にすることにしたんだよねぇ……」
なるほど、こんな俺でもどこかの女の子一人分の命くらいは救えたってことか。それがわかっただけで俺の人生は無価値じゃないと思える。これで誇りを胸に死んでいける。
「さ゛……っ゛さと゛殺゛せ゛………」
俺は残り少ない命を振り絞って精一杯の作り笑いをする。どうせ殺されるのなら最後まで抗ってやろうじゃないか!
「――――――――――――――――――ッ!!!!!!」
グシャリ。と俺の指が潰れる音がした。
だが、もう俺には痛みも恐怖もなかった。むしろ俺の行動に男が腹を立てている時点で俺の命を懸けた復讐は成功しているのだ。俺は心の中で「くくく」と笑いながら満足気に目を閉じる。
男が何か喚きながら俺の体を痛めつけている音が遠くで聞こえたが、それはもう俺にはどうでもいい事だった。
――――――――――――痛みも苦しみも、何もかもが体をすり抜けていくようだった。
――――――――――――そして俺は、一度死んだ。