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旅するこぐま

旅するこぐま

作者: 瀬戸速水

 ポーラは小さな女の子です。生まれたときから、エジンバラの病院で暮らしています。


 病室の窓から見えるのは、毎日変わらぬ同じ景色。外に出られないポーラは退屈な日々を過ごしていました。


 そんなある朝のことでした。ポーラが目を覚ますと、窓辺に飾っておいた仔熊のぬいぐるみが見当たりません。


「あら、フェルカがいなくなっちゃったわ」


 よく見ると、仔熊のフェルカが座っていた場所には、一枚のメモが置いてありました。


『ちょっと旅に行ってきます フェルカ』


 そんな書き置きを残して、黒い布製の彼は旅に出掛けたようです。




 フェルカが窓辺からいなくなってから数日後、ポーラの元に一通の手紙が届きました。


親愛なるポーラへ

僕は今、エジンバラから遠く離れたロンドンに来ています。

記念写真を同封しておきます。

君の友達 フェルカより


 写真を見ると、ポーラが編んだ赤いマフラーを巻いたフェルカと、ウェストミンスター宮殿の大時計台が映っていました。


「うふふ。フェルカったら、楽しそうね」


 ビッグ・ベンの前で澄まし顔のフェルカを見て、ポーラも何だか楽しい気持ちになりました。




「フェルカを連れ出したのは、院長先生でしょう?」


 久し振りに姿を見せた院長先生に、ポーラは訊きました。


 ちょうどぬいぐるみがいなくなった朝、院長先生はロンドンの学会に出掛けていった。


 ナースさんからそう聞いていたのです。


「さあ、何のことかな?」


 院長先生はニヤリと笑って答えました。どうやらポーラの予想は当たっているようです。


 でも、院長先生は病院に帰ってきたのに、フェルカは帰ってきません。はて、彼は一体どこに?




 またしばらくして、再びポーラ宛の手紙が届きました。


親愛なるポーラへ

ニューヨークにやって来ました。

君に神様の祝福がありますように。

旅するフェルカより


 フェルカと自由の女神が一緒に映った写真も同封です。


「まあ素敵。今度はアメリカに行ったのね」


 その次の手紙は、日本から。


可愛いポーラへ

シンカンセンはとっても速いです。

駅弁も美味しいです。

あなたと一緒に食べたいな。

時速三百キロの車内より愛を込めて フェルカ


「美味しそうなお弁当ね。私も食べたいわ」




 その後も、およそ週に一度くらい、世界を股に掛けて旅しているフェルカから手紙が届きました。


 オーストラリアのウルル、エジプトのスフィンクス、ボリビアのウユニ塩湖などなど、世界中の色々な観光名所から写真が送られてくるのです。それは病院暮らしのポーラにとって、一番の楽しみになりました。


 手紙の多くは英語で書かれていましたが、中にはスペイン語だったりアラビア語だったり、はたまたポーラの知らない不思議な文字で書かれたものもありました。そんなとき、ポーラは院長先生と一緒に辞書で調べて手紙を読みました。


 やがてポーラの部屋はたくさんの写真で彩られ、ポーラは病室にいながら、フェルカと一緒に世界中を旅している気分になりました。




 ところが、あるときから、フェルカからの手紙が途絶えてしまいました。最後に送られてきた手紙、それは香港からのものでしたが、どうやら風に飛ばされて、彼は海に落ちてしまったようなのです。その文面には、謝罪の言葉が並べられていました。


「気にしないでください。彼は泳ぎが上手だし、きっと無事に帰ってきますから」


 ポーラは手紙の差出人、ティンティンさんにそのような手紙を送りました。


 とはいえ、フェルカからの手紙が届かなくなって一月が経ち、三月が経ち、そして半年が経とうとしていました。


「もうフェルカには会えないのかな……」


 窓の外を見つめながら、ポーラは寂しく思っていました。




 しかし、再び手紙は届いたのです。そのときのポーラの喜びようったら!


 しかも、手紙が差し出された場所は、なんとカナダのバンクーバー。フェルカは太平洋を渡る旅を成し遂げていたのです。


「すごいすごい! 海の神様がフェルカを運んでくれたのね!」


 それからまた、世界中の優しい手から手へと受け継がれ、フェルカの旅は続きました。




 やがてフェルカが旅立ってからちょうど一年が経った頃、彼はポーラのいる病院に帰ってきました。


 院長先生はぬいぐるみの背中に貼り付けてあったカード――病院の住所などを記した説明書き――を剥がし、彼をポーラの部屋へ持っていきました。


「おかえりフェルカ! たくさんのお手紙ありがとうね!」


 フェルカを抱き締めて、一年振りの再会を喜ぶポーラ。


 とても長い旅だったので、彼の身体にはいくつか糸がほつれた跡がありましたが、どこかの『親切なお医者さん』が丁寧に手当てをしてくれていました。


 そして、おそらく世界で一番長い距離を移動したであろう、赤いマフラーを巻いたぬいぐるみの仔熊は、またいつもの窓辺に座りました。




 ポーラには夢があります。


 それは、いつか病気を克服して、写真で見た世界中の場所を訪れること。世界中にできた友達に会いに行くこと。


 もちろん、案内役のフェルカも一緒にね。


 早くポーラの夢が叶いますように……。






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― 新着の感想 ―
[良い点] とっても優しい話であるところ。熊のぬいぐるみが旅している体裁で手紙が来るのがいい。 [気になる点] 最後の……。そこは分かっていても、最後まで希望を持たせて欲しいところ。 [一言] 手紙の…
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