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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
ナハトの争乱編
98/100

復興への道

(半年後)


ナハトの首都、西地区にあるザダの礼拝堂。


その内部にて、2人の男が床に座ったまま向き合っていた。


「まったく・・・見たことも無い、会ったことも無い相手を想像で描かせるとはな」


左手でパンをかじりながら右手でペンを走らせているのはドーベルマン。


彼は教団の要請により礼拝堂の壁画を描くために、はるばるアンチェインからやって来たのだ。


「すみません、無茶苦茶な注文をして」


そして、ドーベルマンと向き合いながら芋のスープをすすっているのは彼を推薦した張本人、新品のローブに身を包み半年前より少しだけ成長したジェイクだった。


「無茶? 舐めるなよ、ワシも画家のはしくれじゃ、描けと言われたら血反吐吐いても描くわい」


ドーベルマンはジェイクの言葉に引っかかる所があったのか、相も変わらずトゲのある態度で壁画の案を紙に書き続ける。


既に周囲には没案となって丸められた紙が散乱しており、彼の傍らには採用候補の原案が何枚も積まれていた。


「貴様はワシのスポンサーじゃからな」


それでもドーベルマンは手を休める事は無かった。


彼が画家としてのプライドをかけて、自分と教団全員が納得するデザインを見つけ出そうとしていたのは、全てジェイクのため。


そのために彼はアンチェインでの創作を放り出してまでここにやって来たのだ。


「ドーベルマンさん・・・」


ジェイクは自分の胸が焼けた石炭のように熱くなるのを感じながら、ちびた芋をかみ砕いた。


「それにしても、ワシで良かったのか? こんな死に損ないよりも、もっと名の有る画家に頼んだ方が教団としても箔が付くぞ」


そう話しながら、ドーベルマンは描き上げたデザインをチェックする。


彼の技術が天才的である事はだれよりもジェイクが知っていたが、世間的に見ればドーベルマンは全くの無名である。


事実、最初にジェイクがドーベルマンの名を上げた時、仲間全員が(誰だそいつ?)と首を傾げた。


「そうかもしれません・・・でも、重要なのは教会に来た人がどう感じるか、ですから」


しかし、ジェイクの家にあるドーベルマンの作品を見た時、彼の提案に異を唱える者はいなかった。


絵画を見た全員が作品の放つエネルギーに圧倒されその世界に引き込まれると、満場一致でドーベルマンに礼拝堂の壁画を依頼する事が決まったのである。


「あの日、僕がドーベルマンさんの絵を見て感じた、その・・・衝撃みたいな物を、皆さんにも感じて貰いたいな~と」


ジェイクは初めて山にあるアトリエを訪れた時の事を思い出しながら話すと、ドーベルマンは持っていた紙をくしゃくしゃに丸めて背後へ放り投げると、一言だけ。


「落第」


と呟いて新しい紙を取り出した。


「えぇ?」


いきなり突きつけられた散々な評価にジェイクは言葉を失うが、ドーベルマンは黙々と次の案を新しい紙の上に広げてゆく。


「小僧もこれから人前で説教する身分になるなら、きちんと言葉で物を表現できるようにしろ」


今のジェイクの仕事は秘宝の調査ではなく、教区長補佐として布教をしながら人道支援を行う事。


すぐ言葉に詰まってしまうようでは、ドーベルマンの言う通り神官失格だろう。


「いやぁ、手厳しい・・・もっと勉強しないと」


ドーベルマンからの小言は確かに耳が痛いが、ジェイクはそれをしかと受け止めた。


刺々しい言葉は自分への期待から来るものであると彼は知っているのだ。


「ふんっ!まぁ・・・精々頑張れ」


初対面より幾分かは丸くなったドーベルマンは最後の一欠片となったパンを口に放り込むと、それを咀嚼しながら作業を続ける。


今の彼ならば必ず見る者を虜にする神を描くだろう。


そんな未来を予感しながら、ジェイクは空になった皿を手に立ち上がった。


「さて・・・僕、そろそろ行きますね、午後から追加で発注したローブを確認しないといけないので」


名残惜しそうな表情を浮かべるジェイク。


彼は仕事の合間を縫ってドーベルマンと昼食を共にしようとやって来たが、山積みの仕事に急かされ長居する事ができない事を惜しんでいた。


「そうか・・・ワシはいつもここにおる、来たければまた来い」


ドーベルマンは目線を紙から外さなかったが、その声は少しばかりの侘しさを孕んでいた。


「はい、また来ますね・・・失礼します」


芸術以外の全てを遠ざけていた男と交わした再開の約束。


その相手が自分である事を誇りに思いながら、ジェイクは礼拝堂から去った。


彼は手早く皿を片づけると、次の仕事場へ駆ける。


住居も兼ねる事務所へと続く廊下は他の神官達も忙しなく動き回り、置き場の無い物資が廊下の両脇にうず高く積まれている。


その狭い空間を物や人にぶつからないように注意深く進むと、目的の部屋の前で止まり、衣類の乱れを整え優しく2度扉をノックした。


「お待たせしました」


小さな応接室の扉を開くと、そこには見知った馬の顔が椅子にちょこんと腰かけていた。


「久しいな、ジェイク」


入室したジェイクへと朗らかに挨拶するアコは、依然の人嫌いの面影はもうない。


馬の顔は人間より感情を読み取りづらいが、彼が久しぶりの対面を喜んでいる事はジェイクにも伝わった。


「アコさん! お元気そうで何よりです」


ジェイクはそれに満面の笑みで答えると、互いに握手を交わした。


アコは神の力をマハラティーに譲ってからと言うもの、社を彼女に任せて外へ積極的に出るようになっていた。


すっかり役割が入れ替わり、主従逆転と言った所だろう。


「それで、頼まれていたローブだが・・・これだ、確認してくれ」


アコがテーブルの上に乗っている木箱を指す。


何とか両手で抱えられるほどのそれは社の周囲に植えられていた桑を加工したもので、手を触れるだけで清涼感のある若木の香りが漂った。


そしてジェイクがその蓋に手をかけゆっくりと開くと、彼は思わず息を飲む。


えも言えぬ濃い藍はまるで深海を思わせ、滑るような肌触りの絹は赤子の肌よりもきめ細かい。


アコが運んできたローブは、今まで彼が目にしたどんな服よりも上等だった。


「白の社の全技術を結集させ、マハラティーが直接仕上げた法衣だが・・・どうだ?」


アコは若干緊張した様子で尋ねた。


相手がジェイクとは言え、自分達の全身全霊をかけたローブにどのような評価が下されるのか気が気でないようだ。


「凄すぎて文句のつけようがありませんよ、ありがとうございます!」


興奮して語るジェイクに、アコは安堵の息を吐く。


その出来栄えはヤマトだけでなく世界を相手にしても通用するレベルだが、彼を含めてワカサの人間は外の世界を知らなすぎる。


それ故に自分達の技術が優れているのか、そうでないのか判断がつかないのだ。


「では、今月中に必ず代金は送りますので・・・以前提示した額で大丈夫ですよね?」


「こちらとしては問題ないが・・・君達も物好きだな、本当にあれだけ支払うのか?」


品質が申し分ない事を確認した2人は次に値段の話に写るが、アコはその金額について(あれだけ)と口にする。


その額は、世間の相場から見てかなり高額だった。


「あははは・・・でも、今後アコさん達の技術に注目が集まってしまったら、入手難度も値段も跳ね上がると僕は思うんですよ、だから今のうちにお得意様になっておこうと思いまして・・・」


申し訳なさそうな顔をしているアコに向かって、ジェイクは微笑みながら語る。


教団は白の社の技術を高く買っており、これは長い目で見れば特になる、いわば投資に近い行為であると説明した。


これは身内ひいきではなく正当な取引である、そう彼は伝えたいのだ。


「買いかぶりすぎだ」


その言葉にアコは照れ交じりの苦笑をしながら首を横に振る。


白の社の技術は間違いなく高い水準であるというのに、正当な評価を受けるにはまだ知名度が低すぎるのだ。


アコが世界を知らないように、世界もまた彼等を知らない。


だから彼は積極的に、外へ外へ出ようとするのかもしれない。


「今はそうかもしれません・・・でもこの間都の展覧会で入賞したと聞きました、これは近い内に正当な評価になるかもしれませんね?」


しかし、教団の情報網は広く長い。


ヘンリックによって延期となっていた都の展覧会にて、白の社が高い評価を受けていた事をジェイクは知っていた。


「やれやれ、お前には敵わんな」


アコは呆れ顔で応えたが、彼はジェイクが以前よりもはるかに自身に満ち溢れている事に気付く。


大金を払ってお得意様になるだけで、彼や教団が満足しているはずがない。


この取引に支払った金額以上の利益を見出しているしたたかさを、アコはジェイクから垣間見た。


「あれ? もうお帰りですか?」


気が付いた時、アコの足は扉に向かっていた。


彼が外に出るようになってからまだ日は浅いが、彼は世界に流れる時をその肌で感じていた。


その流れは、以前よりも確実に早くなっている。


「品は確かに納めた、私の仕事は終わりだ・・・早く帰って、その評価に見合うよう精々腕を磨くとするさ」


白の社を更に発展させるためには、もたもたしている時間は無いと、成長したジェイクからアコは感じ取った。


神の力を失った彼にとって、時間はもはや有限の物。


一秒の時間すら、今は惜しかった。


「はい、マハラティー様にも宜しくお伝えください」


自分の使命に燃えるアコを見送ると、ジェイクは納品されたローブを仕舞おうと箱に手をかけるが、廊下をどたどたと走る何者かが、乱暴に応接室の扉を開いた。


「ジェイクさ~ん、キンデル総合病院に発注した薬品が届きやしたぜ」


その正体は、あの日市街地で別れたベンとスレッシュだった。


彼等は内乱が終わった事、そしてエメラルダが消滅した事を知ると、すぐさまザダの教団に入信してナハトの復興作業に志願した。


そして2人の故郷である西地区の教会にて、今はジェイクの部下として再び行動を共にしている。


「あれ、もう来たんですか、随分早いですね」


ザダに仕える事に抵抗が無かったわけではないが、故郷を再興するためにはこれが最も合理的であると2人は知っていた。


かつての神に思いを馳せるよりも、現実と向き合い、異なる神にかしずく事は2人にとって何ら恥ではない。


2人とって重要なのは、誰の下で行動するかでは無い。


何の為に行動するか、である。


「薬品の需要に対して現在の貯蔵庫は小さ過ぎる・・・拡張されてはいかがですか、ジェイク様?」


ベンが帳簿をめくりながら進言する。


ガタイの良いスレッシュとは違い、すらりとした細身の長身は教団のローブとの相性が良く、新人とは思えないほど着こなしていた。


「ですから(様)は・・・体がむず痒くなるので勘弁してください」


ジェイクは渋い顔をしながら箱の蓋を閉じる。


スレッシュは以前と変わらず(さん)と彼の事を呼ぶが、ベンはジェイクの事を上司であると(様)付けを譲らなかった。


新入りである自分の立場からこの礼拝堂を任されているジェイクと同列に並ぶことを、彼は頑なに拒否した。


2人は冒険者組合で散々語り合い、共に死線を潜り抜けた仲ではあるが、親しい間柄であるからこそ適切な距離感を保ちたいとベンは考えていた。


「はぁ・・・君もこの教団でのし上がるつもりなら、いい加減慣れたらどうだ?」


ベンは呆れ顔で帳簿を閉じると、両腕を組んで諭す。


これからジェイクの部下は2人だけでなく、もっと増えるだろう。


いつまでも下っ端根性が抜けないままではジェイクのためにもならないと、ベンは1人の友人として心配していた。


「のし上がるだなんて・・・僕は与えられた仕事を精一杯こなすだけです」


しかし、ジェイクはあくまで自分のスタンスを崩さない。


自分が仕えるのはあくまで神、神の前では上下関係など無価値である。


そう彼は信じているのだ。


「君が出世すると、その下の我々も評価があがる・・・まぁ、頭の片隅にでも入れておいてくれ」


頑固なジェイクにこれ以上は無駄だと判断したのか、ベンは引き下がる事にしてローブが入っている箱へと歩み寄ると、スレッシュへと合図をする。


「僕なりに努力はしますけど・・・あまり期待はしないでくださいね」


自分が両手でやっと持ち上げられる箱を片手で軽々と運ぶスレッシュを見ながら、ジェイクはしぶしぶと言った様子で応える。


2人から自分は期待されているのだと、彼も頭では理解している。


しかし、人間はそう簡単には変われない。


彼が今の立場に相応しい人間へと成長するには、もうしばらく時間がかかるだろう。


「憶えておこう・・・所で、君はこの後用事があるはずだろう? 検品は我々がしておく、そちらへ行くと良い」


「え、それは・・・」


ベンは自分達が今の仕事を請け負うと言い、ジェイクに(用事)の場所へ向かうように勧めるが、ジェイクは言葉に詰まった。


その(用事)は仕事を放り出して向かうとなると、少々後ろめたい事であるからだ。


「気にするな、たまには部下に仕事を任せてみる、というのも上司に必要な資質だぞ」


戸惑うジェイクに対して、ベンは更に気遣う言葉をかける。


彼はその(用事)の重要性を理解しているようだが、それ以上にもっと自分達を頼って欲しいという気持ちをジェイクに伝えようとしていた。


何もかも1人で抱え込むには、首都復興という大任は荷が勝ちすぎる。


「へへっ・・・俺と兄貴に任せてくださいよぉ!」


スレッシュもベンと同じ事を考えているようで、サムズアップをした後に箱を肩に乗せて部屋を出てゆく。


有無を言わさずという訳ではないが、多少強引に話を進めないとジェイクが中々折れない人物である事を理解しているらしい。


「ありがとうございます・・・この埋め合わせは必ずします」


悠々と歩いてゆく2人の背中に向かって、ジェイクは礼をした。


それに対して2人は一瞬だけ振り向き、ニヤリと笑ってその言葉を受け止める。


ナハトがかつての姿を取り戻すまでの前途は多難であるが、2人のような頼れる仲間がいれば、それほど苦難の道という訳ではないのかもしれない。


そう考えたジェイクは肩の荷が降りた気分になり、軽い足取りで(用事)の場所へと向かうのであった。

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