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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
ナハトの争乱編
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終点

メリッサはカインと共に教団の救護班に発見された後、治療のため本隊の待つ神殿へと移動していた。


その途中で数々の戦争の爪痕、多数の死体が彼女の目の前を通り過ぎて行ったが、心身共に疲れ果てた彼女はそれをただ眺める事しかできなかった。


海流に乗った血族達は2人を教団のキャンプへと速やかに運んだが、神殿近くに設営されているその場所は何やら一大事が起こっているらしく、鉄火場のように血族達が大声を上げ、忙しなく動き回っていた。


「クソ! 傷口がでか過ぎる、血が止まらねぇ! もっと輸血袋持ってこい! ありったけだ!」


「脈が弱ってる、心臓マッサージ急げ!」


メリッサはその近くに寝かせられ、すぐ体に異常が無いか検査を受けたが、彼女は完全に人集りの方へと意識を奪われていた。


「・・・を何としても・・・ここで死なせるわけには」


その中にメリッサは見知った顔を見つける。


治安維持局のツェリが瀕死の怪我人へと懸命に声をかけ続けているが、周りの喧騒もあり良く聞き取れない。


誰がそこで治療を受けているのか彼女は気になったが、幸か不幸か彼女はすぐにそれを知る事になる。


人集りから少し離れた所で、またもや知り合いであるマハラティーとシースが血族に止められながらも必死に治療中の人物へと叫ぶ声が聞こえてしまったのだ。


「ジェイクはんあかんよ、まだ死んだらあかん!」


「あたしはキンデルの神マメールの娘だ、あたしも手伝う、手伝わせてくれ! ジェイクを助けたいんだ!」


(ジェイク)


その名前にメリッサの心臓が破裂しそうなほどに脈を打つ。


あそこで治療を受けているのは、ジェイクという名の人物。


初めは自分の知っているジェイクと同名の別人、という可能性も彼女は考えたが、マハラティーとシースも知っている(ジェイク)となれば1人しかいない。


そして、メリッサが何とか自分の予想を否定する材料を探している間にも事態は進んでしまったらしく、急にテント内が静かになった。


「ツェリ様・・・ジェイクの心肺が・・・停止しました」


血族達の間に沈黙が伝播する。


重苦しい空気が広がってゆく。


先程の喧しさが全く気にならなかったメリッサも、この沈黙には耐えられそうになく、目と耳を覆ってしまいたくなった。


あまりにも、目の前の現実が信じられなくて。


「・・・そうか」


ツェリは短く応えると、大きく息を吐いて目を閉じる。


それはまるで神への祈りとジェイクへの黙祷を捧げているようだった。


「あぁ・・・ウチのせいや・・・ウチが中に入れへんかったら・・・」


マハラティーは両手で顔を覆うとその場にへたりこみ、まるで童子のように泣き始めた。


ジェイクを神殿に入れるようにしたのは彼女であり、この場にいる血族全員がその事を知っていたが、それを口にする者はいなかった。


彼女はジェイクの力になろうとしたのだ、責める者がいるとすれば、それはマハラティー自身だけだろう。


そして、誰もが悲しみに打ちひしがれ言葉を失っている中、未だに声を上げ続ける人物がいた。


「待て! まだ蘇生できる! そこを退け! 退かないと・・・」


シースは完全に冷静さを失っており、ついに無理やり中へ入ろうと刀に手をかけた所で、ツェリが彼女の前に現れた。


その顔は深い悲しみを湛えている。


「ジェイクは母なるザダ様の下へ帰った・・・汝が彼の友人であるならば、どうか静かに送り出してくれまいか?」


ツェリの静かな言葉が、今まで戦ったどんな敵よりも激しくシースを打ちのめした。


刀を握る手は彼女の迷いを表すように震えていたが、やがてその震えも治まると、彼女はゆっくりと刀から手を離し、地面に腰を下ろした。


「・・・・・・畜生ぉ」


シースはぽつりとつぶやくと、その唇の横を涙が滑り落ちてゆく。


何度も、何度も。


「あたしはいつもそうだ! どうしていっつも肝心な所で役に立たないんだ! クソォ!」


ついに感情を爆発させたシースは行き場の無い怒りと悲しみに苛まれ、何もない地面に拳をひたすら叩き付けた。


そうしなければ、彼女は後悔の念に押し潰されてしまいそうだった。


「ジェイクをバッカニアに連れて帰るぞ・・・弔ってやらねばならん」


ツェリは努めて冷静に、淡々と部下へ命令を下す。


その内の1人が大きな麻袋を何処からか持ってきて、中へジェイクを納めようとした瞬間、メリッサは反射的に立ち上がった。


「お待ちください!」


その声に、その場にいた全員の視線が集中する。


「汝は・・・そうか、ここへ辿り着いていたか」


メリッサの存在に気付いたツェリは部下へと指示を出した。


彼女がジェイクに別れを告げるための時間を与えるように。


「ジェイクさん・・・」


メリッサは寝台の上で目を閉じているジェイクへと歩み寄る。


息を引き取ったばかりの彼はまだほんのり温かく、今にも起き上がって話始めそうにも思えたが、腹部の包帯を真っ赤に染めているその血の量が、彼が永眠した事を物語っていた。


「ジェイクさん!」


更に続けて呼びかけるメリッサであったが、当然返事が返ってくる事は無い。


もう、あの声で自分の名が呼ばれることは無い。


それを突きつけられたメリッサは、力なくジェイクの腕に顔を伏せる。


その時だった。


「う・・・メリッサ・・・」


すぐそばから聞こえたその声に、メリッサは飛び起きた。


そんなはずはないと、頭の中では解っていた。


しかし、彼女にとっては理屈などもはやどうでも良い。


耳の異常でも、幻聴でもどちらでも構わない。


ただ、ジェイクの声が聞こえた事が最も重要な事だった。


「ワタクシです、解りますか!?」


メリッサは依然として目を閉じたままジェイクに呼びかけると、その瞼が僅かに震えたように見えた。


「メリッサ・・・」


今度の声ははっきりとメリッサの意識に残った。


それは紛れもなく、2度と聞けないと思っていたジェイクの声だった。


「あぁ、良かった!」


メリッサは喜びのあまり、そのままジェイクに抱きついた。


彼は間違いなく死んでいた、それは誰もが知っていた。


それが覆ったとすれば、奇跡が起こったのだろう、何しろ彼には沢山の神がついている。


その力が世界の理を捻じ曲げたのだ。


そうメリッサは確信した。

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