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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
ナハトの争乱編
93/100

積み重なる死

「はぁ・・・はぁ・・・」


羊の助力により、ジェイクは部屋からの脱出に成功した。


しかし、そればかりでは事態は好転しない。


彼が友人たちを守り、ナハトの乱を終わらせるには、メダリオンを止める必要がある。


止めるとはつまり、殺す事。


その方法を、ジェイクは必死に考えていた。


「ここで、この場所であいつを倒すには・・・うん?」


ジェイクは通り過ぎようとした部屋の奥に何かが落ちている事に気付く。


今は一歩でも足を動かして逃げなければならない状況であるというのに、何故か彼は引き寄せられるようにその部屋へと入った。


「この部屋で・・・誰かが・・・」


ジェイクが踏み込んだその部屋は壁に無数のヒビや傷、床には調度品が散らばるという言う燦々たる有り様だった。


他の部屋には無い激しい戦闘の痕跡にジェイクはしばし目を奪われるが、彼をこの部屋へ呼んだのはそれではない。


「何で・・・こんな所に・・・」


膝をついたジェイクが震える指先で拾い上げたのは黄金の杯と無残に砕かれた瓢箪、彼はそれらに見覚えがあった。


飲み口の一部が欠けている杯は無人島で雫の神が宿っていた秘宝、そして瓢箪はバオバオがいつも持ち歩いている物。


「嘘だ、そんな・・・」


どれだけ否定しても、どれ程後悔しても、全てが手遅れだった。


目の前に広がる現実が、バオバオと雫の神が消滅した事を如実に語っていた。


「僕が・・・僕がもっと早く来ていれば・・・」


ジェイクの両目から、大粒の涙が溢れだす。


しかし、ぼやけた視界の向こうにある戦いの痕跡が、抗い続けた2人の勇姿をありありと彼の視界へと映し出す。


生きるとは、戦う事。


絶体絶命の状況下に置いても、2人は決して最後まで諦めなかった。


その幻視を見たジェイクは、止めどなく流れる涙を袖で拭う。


「すみません、情けない所を見せてしまいました・・・」


ジェイクは拾い上げた遺品を自分の瓢箪の隣に縛りつけた。


それだけで、2人が自分の傍にいるような気がして、不思議と勇気が湧いてくるのだ。


「もう逃げるのは終わりにします、見ていてください・・・僕も戦います!」


冷え切ったジェイクの心に、闘志の火が点る。


いかに敗北を恐れても、それが勝利を手繰り寄せる事は無い。


自分の手で勝ちを追い求める、ようやくその結論に至ったジェイクは思考の海へと飛び込んだ。


「考えろ・・・僕には皆がついている、ザダ様の御力をお借りすれば・・・勝機はある」


ザダの神秘術は生きている。


狂える時間の波をもろともせず(門)は彼の肉体に宿るだろう。


しかし、(門)からこちら側に飛び出したものは一瞬で塵になってしまう。


それを頭の中に入れたうえで、彼は首飾りを握りしめた。


「もしもし、こちらジェイク・・・今、首謀者と交戦中です」


その通信に情報部がざわめく声が首飾りを通してジェイクまで伝わって来た。


「はぁ? 呑気に通信してる場合かよ!」


それはドツバも例外ではなく、慌てて椅子に座り直してジェイクの通信に備えると、その周りに部下達も一気に集まる。


彼等も神殿内部で何が起こっているのか知りたいようだ。


「今、仲間に時間を稼いでもらってまして・・・これから(門)にその首謀者を引きづり込みます、ドツバさんはそこに攻撃してください」


ジェイクが考えた作戦、それは最初に秘宝を手にした時と同じ、(門)通じてドツバに直接手を下してもらう方法だった。


「(門)って・・・おいおい、どうやって人間1人が通るサイズの(門)を開くんだ?」


しかし、それには重大な欠陥がある事をドツバは即座に見抜いた。


前回は(門)から片腕を出してグルグルをしとめたが、ツェリから神殿内部にはジェイク以外入る事ができないと報告されている。


つまり、メダリオンを(門)に引きずり込むジェイクの提案は筋が通っているが、肝心の(門)は海水が蒸発してしまう以上、ジェイクの体に直接開く以外方法が無い。


そのサイズではどれだけ上手く事が運んでも片腕が限界、命まで取る事はできないのだ。


「それは何とかします・・・とにかくチャンスは一度だけなので、ドツバさんにお願いしたいんです」


何とかします、とはジェイクらしからぬ言葉ではあったが、他に手は無い以上ドツバに選択の余地は無い。


何十人もの部下達に囲まれながら、頷く他無かった。


「おぅ、任せとけ・・・俺がしくじった事なんてあったか?」


その頼もしい言葉に、ジェイクの顔が綻ぶ。


どれだけ緊迫した状況でも、仲間がいると解れば彼の心は明け方の海のように穏やかになった。


「いえ、それと最後に・・・ありがとうございました」


ジェイクは通信を終える前に気の利いた言葉を探したが、出てきたのは何ら飾り立てる事の無いシンプルな感謝だった。


「ん?・・・おぅ」


それを少しばかりの驚きと、照れた様子で受け取ったドツバは首をかしげながら通信を切った。


何故、このタイミングで感謝されなければならないのか。


そんな疑問を抱いたドツバから遠く離れた神殿の最上階で、ジェイクは待っていた。


メダリオンが自分を追ってくる事を。


「どうした・・・道にでも迷ったかジェイク?」


ほどなくして開け放たれた部屋の入り口からメダリオンが姿を現した。


彼の鎧はまた1つ傷を増やしているが、その足取りは鈍っていない。


ジェイクはまたもや振り出しに戻って来たのだ。


神々の命運を決める場所へと。


「いいえ、迷いは晴れました、覚悟はできています」


脇目もふらず逃げ出した先ほどの姿とはまるで別人。


晴れ晴れとした表情で語るジェイクに、メダリオンは異様な物を感じ取って足を止める。


「俺を倒す方法でも見つけたか?」


何か勝機を掴んだものかとメダリオンは警戒するが、その問いにジェイクは首を横に降って否定した。


「まさか、僕に貴方を倒す術なんてありまえせんよ」


メダリオンの胸中に、激しい疑念の渦が起こる。


そんな見え透いた言葉が信じられる状況ではない。


「・・・何を企んでいる?」


仮に万策尽きたならば、ここで大人しくしていても、待っているのは確実な死。


逃げれば少なくとも自分1人は助かる。


それすらも放棄するほど、ジェイクは追い詰められているようには見えなかった。


「打つ手なし、成す術無し、それが僕の答えです」


メダリオンは室内を見回す。


この部屋はジェイクが来る前に名も知らぬ神と彼が戦った部屋。


その残滓から何かを見つけたのかと考えを巡らせるが、考えれば考えるほど深みにはまって行く感覚に、まるで追い詰められているのは自分では無いかと錯覚するほどに、ジェイクの言動は裏が読めなかった。


「無い無いづくしにしては、随分と余裕に見えるが?」


「死への恐怖が無い、という意味なら・・・僕は確かに余裕ですね」


ジェイクが最初に口にした(覚悟)


それは死ぬ覚悟の事。


最後まで神に背かないという、神を滅ぼすために戦う自分へのアンチテーゼであると受け取ったメダリオンはゆっくりと歩を進める。


「お前の言葉を全て信じるつもりは無いが・・・良いだろう、何か言い残す事はあるか?」


手を伸ばせば届く距離まで接近したメダリオンは固く拳を握りしめ、ジェイクを見下ろした。


どのみち彼を殺さないという選択肢は無い。


ジェイクが生きている限り、最後の3柱から力を奪う事はできず、計画が前に進まない。


遅かれ早かれメダリオンはジェイクを殺さなくてはならない運命にあるのだ。


「そうですね・・・できれば死後神のご尊顔を拝謁したいので、顔は止めて頂けますか?」


最後の遺言まで、ジェイクは自分を曲げる事は無かった。


しかし、どんな小細工を弄していようが正面からまとめて踏みつぶす。


その覚悟をメダリオンは決めた。


「最後まで解せん男め・・・良いぞ、その望み叶えよう・・・だがな!」


木彫りの羊を砕いた彼にとって特に鍛えていないジェイクの肉体など何の問題にもならない。


メダリオンが放った正拳はまるでゼリーのようにジェイクの腹部を貫き、内臓を潰した。


「それは苦痛を長引かせるという事だ、頭を砕かれればすぐ楽になれる物を・・・」


体をくの字に曲げ、苦痛に耐えるジェイクに向かってメダリオンは言葉をかける。


恐れていた小細工が無かった事に拍子抜けはしたが、例えどんな事があろうと彼はジェイクを殺しただろう。


それこそ、腕一本を犠牲にしたとしても。


「あ・・・く・・・この程度・・・がぁ!」


メダリオンがジェイクの腹から腕を引き抜くと、そこから夥しい量の血液が溢れだした。


このまま放っておけば、ジェイクは数分で死に至る。


それを確信すると、メダリオンは拳の血を拭った。


「そうか、では良く苦しんでから死ぬと良い」


血だまりの中に倒れるジェイクを見下ろしながらメダリオンは去ろうとするが、彼はこれから死ぬ行くはずのジェイクが不敵な笑みを浮かべている事に気付いた。


「何がおかしい?」


自分の勝利を確信していたメダリオンはその笑みの正体を知りたくなり尋ねるが、ジェイクはそれに答える事なく、無言のままメダリオンを見上げていた。


激しい失血で目を開けるのも辛いはずであるというのに、ジェイクは死の淵で笑い続ける。


その行為が、メダリオンの注意を引き付けた。


「さっきから何を企んで・・・」


不穏な物を感じ取ったメダリオンは最後の止めを刺そうとするが、その前に彼の世界が揺れ動く。


そして、気が付いた時には彼もまたジェイクと同じ血だまりの中にいた。


眼の前にはジェイクの顔。


しかしそれは不自然だった、何故なら彼は倒れていない。


直立したまま視線のみがジェイクと同じ高さにあるのだ。


「な、何がおこ、うごっ!」


その直後、メダリオンの腹部に激痛が走る。


視線を移すと、彼は自分が血だまりの中ではなく、血だまりにできた光の輪にはまりこんでいる事に気付く。


そして、その輪の中で揺れる水面の中を何かが蠢き光を反射していた。


「会いたかったぜ~テメェが反乱軍の頭か?」


それは歓喜と怒気の入り混じった声でメダリオンへと呼びかけてくる。


その声の主が自分の内臓を抉ったのだと理解した時、彼はようやく自分がジェイクの罠に掛かったのだと理解した。


ジェイクは最初から死ぬつもりだった。


しかし、あえて致命傷を受ける事で床に血を広げ、そこに(門)を構築した。


これでメダリオンの計画は水泡に帰す。


反乱軍は壊滅し、閉じ込められた神は解放される。


ジェイクの払った代償はあまりにも大きいが、これは紛れもなく彼の勝利だった。


「嘘、だ・・・俺が、民を・・・救う・・・」


メダリオンは全力で(門)から抜け出そうともがくが、抵抗しようにも腹に大穴が開いている上に足を無数の手に捕まれている。


加えて彼の神としての力は神殿の制御にその全力が注がれている。


万に1つにも、彼が死の宿命から逃れる事は叶わないだろう。


「寝ぼけた事抜かしやがって、テメェ1人救えねぇ奴が誰を救うってんだ!」


ドツバはメダリオンの腹の中でその中身を握りしめると、全力で腕を引き抜く。


内臓器官を力技で引っ張り出されたメダリオンは声にならない悲鳴を上げ、その血が海中を赤く染めてゆく。


どうやら彼の方が、ジェイクより一足早く最後の時を迎えることになりそうだ。


「良~く苦しんでから死ね、クソヤロウ」


メダリオンは何かを訴えようと口を開くが、その前に彼は(門)の中に引きずり込まれ、言葉にならない水泡だけが水面に浮かんだ。


「ジェイク殿~」


イグニスが徐々に小さくなってゆく(門)へと手を伸ばすが、それをすかさずドツバの腕が掴んだ。


「馬鹿野郎、(門)から手を出すな! 手が無くなっちまうぞ!」


ドツバは昂る感情のままにイグニスへと怒鳴る。


彼もジェイクを救いたい気持ちは同じだった。


しかし(門)の向こうは死の世界、手を突っ込んだ所で何も得られない事は解り切っている。


「しかし、しかしジェイク殿が!」


イグニスは例え手を失ってもジェイクを救う覚悟の様だが、無駄な怪我人を増やすまいとドツバはイグニスを部屋の隅まで引っ張ってゆく。


「俺達にできるのはここまでだ、後は現地の治安維持局があいつを救助する」


ドツバは既にツェリへと話を通していた。


神殿が正常に戻り次第中へ突撃する手はずとなっており、治安維持局は全員が神殿の前に待機してその時を今か今かと待ちわびていた。


「ど、どのくらいかかるのでありますか?」


その問いに、ドツバは歯を食いしばって沈黙した。


メダリオンは死んだ、神殿は間もなくその呪縛から開放される。


しかし、助けが間に合う保証など何処にも無い。


「う・・・うおぉぉぉジェイク殿~しっかりするであります、今ツェリ殿が向かっているでありますぞおぉぉぉぉ!」


イグニスはドツバの鱗に向かって叫んだ。


ジェイクが生きる事を諦めないように。


それが彼に残された最後の抵抗だった。


「おぉい! 聞こえたかジェイク! 首謀者はくたばった、すぐに助けが来る、それまで耐えろ!」


ドツバもイグニスに続いて大声を出した。


どう見積もってもその効力は限りなく低い。


しかし、その結果喉が潰れようがジェイクが生きて帰ってくるならば、今の彼にとっては安いものだった。


「しっかりしろジェイク! こないだの借りまだ返して無いんだぜ!」


「まだ逝くな~畜生~!」


情報部は修羅場と化し、激しい声援の渦を作った。


生きろ。


行きて故郷に戻ってこい。


そこで再開の時を待つ。


皆が口々に、喉が枯れるほどに彼の命を奮い立たせようと叫んだ。


ジェイクは床に倒れたまま、首飾りから届く割れんばかりの声に耳を傾ける。


目はもう開けられない、呼吸もままならない。


体からどんどん熱が奪われ、手足はピクリとも動かない。


最後に残されたのは聴力のみ。


その最後に残された身体機能が、仲間達の声を耳から脳へ、魂へ届けた。


「・・・ぁ・・・」


鼻筋から唇へと落ちてゆく何かが、自分の涙であるとジェイクは察知する。


それは痛みから来る物でも、まして後悔から来る物でも無かった。


自分を必要としてくれる相手がいる、自分の居場所が確かにある。


それが、この瀬戸際になって、途方もなく嬉しかった。

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