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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
ナハトの争乱編
92/100

首謀者

「ここが・・・塔の最上階・・・」


羊に導かれるまま階段を上ると、そこは神殿の最深部にして神の住まう場所。


そこに漂う空気1つ取っても、下とは比較にならない神々しさ、全身に纏わりつくかのような冷たい凛々しさ。


まるで異世界にでも来たかのような感覚に、ジェイクの肌が泡立つ。


「この羊はたぶん・・・首謀者の居場所を知っているはず」


ジェイクの歩幅に合わせてゆったりと歩く羊は迷いなく神殿の廊下を進むと、やがて大きな扉の前で足を止めた。


重厚な木製の扉に女神エメラルダのシンボルが飾られているだけのシンプルな物だが、取っ手は誰かが強引にこじ開けたらしく、滅茶苦茶に破壊されている。


この時点で、女神が無事であるという淡い期待は潰えた。


「入れ」


そして、突然扉の奥から聞こえた声に、ジェイクの緊張はピークに達する。


低い男の声、間違いなく女神では無い。


その事実に、ジェイクの全身が凍り付いたように強張る。


「どうした、遠慮をするな、俺を屠りに来たのだろう?」


中々入ってこないジェイクに業を煮やしたのか、さらに声をかけてくるその声は余裕すら感じさせた。


自分が追い詰められたなどとは毛ほども思っていないその態度に、ジェイクは底知れぬ物を感じたが、彼にはもう退路は無い。


今戻ってもツェリ達は神殿に入る事はできないばかりか、シースとマハラティーが交戦中であれば、今度こそ足手まといになる。


彼は深呼吸を一度だけすると、意を決して扉に手をかける。


「ようこそ、俺の名はメダリオン・・・狭い部屋だが、くつろいでくれ」


あっさりと開かれた扉の向こうでは、全身鎧に身を包んだ人間が部屋の奥で座っていたが、その鎧はよほど激しい戦闘を繰り広げたのかあちこちが凹み、ひしゃげ、変形していた。


ジェイクは他に待ち伏せがいないかと注意深く辺りを見回すが、それらしき人影は無い。


それ所か、この部屋には粗末な机と椅子、そして寝台以外は何も置かれていない簡素な部屋だった。


豪華な調度品やシャンデリアの有る外とはまるで違う、そういった物とは無縁の無欲な者が部屋の本来の主人である事が解った。


「そう警戒するな、俺はお前を尊敬しているのだ、名前くらい聞かせてくれても良いだろ?」


メダリオンと名乗った男はまるで友人でも歓迎するかのように手を広げて敵意が無い事をアピールするが、そんなはずはない。


この男こそが反乱軍の首謀者、ナハトを荒らしている張本人なのだから。


「ジェイク・・・」


そんな状況にも関わらず、ジェイクはメダリオンとの対話に応じた。


今の彼には戦う術がない。


神秘術で目の前の敵を倒す事ができない以上、まずが会話で情報を引き出す事から始めようとするジェイク。


彼はそうして、今万で秘宝に繋がる手がかりを見つけてきた。


「ジェイク・・・そうか、それが俺の計画を滅茶苦茶にしてくれた者の名か」


メダリオンはそのままジェイクとの会話を続けるが、ジェイクは首を横に振る。


彼は偶然居合わせたマハラティーの力で中に入ったに過ぎず、この戦争で何か大きな事を成し遂げた自覚は無かった。


「あの流れ込んだ海水はザダ様のお力です、僕は何も・・・」


「海水? そんな物は計画に何ら影響は無い」


ジェイクは自分の予想が外れた事に若干驚いた。


反乱軍を再起不能にまで追い詰めたのはあの海水とツェリ率いる治安維持局だと思っていたが、どうやらメダリオンにとって反乱軍の存在は、今となっては二の次であるようだ。


「この塔に取り込まれた神は、やがて外部の信者との繋がりが薄れ、例外なく衰弱する・・・そこから力を吸い上げれば、俺の計画は完了する・・・はずだった」


そこで初めてメダリオンは視線に敵意を滲ませた。


彼が反乱を起こした真の目的とはナハトの政治体制を変える事では無く、神の力を手に入れる事にあったと自ら告白した。


そしてジェイクはメダリオンがその両手に光る何かを握っている事に気付き、話を聞くふりをしてそれを注意深く観察する。


「しかし現実はどうだ・・・同胞は殺され、難攻不落の神殿に侵入する輩まで現れ、そればかりか集めた神と繋がりを持ち、奴らに力を与えている」


メダリオンの握っているそれはいびつな形をした宝石と、1週間前にキンデル総合病院から持ち去られた駒鳥の血が入っていた空の容器だった。


その瞬間、ジェイクは計画の全容を理解した。


反乱軍がこの神殿を包囲したのは国の象徴であるこの場所を占拠するためではない、エメラルダから神の力を奪うためだったのだ。


そして、神となったメダリオンはその力で世界中のあらゆる時間から神をこの地に集め、更に力を奪う。


それこそが彼の真の目的。


世界から全ての神を消滅させるために彼は決起したのだ。


「お前1人の存在が、俺の計画の全てを台無しにしている、他の有象無象は関係ない、お前が! お前こそが最大の障害だ!」


本来であればとっくの昔にメダリオンは神殿内部にいる神から力を吸い上げ、次の段階へと踏み込んでいるはずだった。


しかし、その計画もジェイクが神殿に入って来た事で歯車が狂いだす。


親しい間柄である3柱の神がジェイクの所へ次々と現れたが、それは偶然ではない。


神は最も必要とされた時に目覚めると言うアコの言葉通り、彼等はジェイクの願いによって現れ、その願いを叶えた。


それは無意識の内に互いを神と信者の間柄へと変え、3柱はジェイクの信仰心を糧にして今もこの神殿内で力を保つ事となった。


メダリオンの言葉通り、ジェイクの存在は反乱軍にとって多大な不利益をもたらす害悪なのだ。


「俺は神に仇成す者達の意思を体現する神殺しの神、今は小神からだが・・・いずれは全ての神を無に還す、その邪魔は許さん!」


そして、メダリオンは高らかに宣言した。


神を滅ぼすため、その身を神に変えた大いなる矛盾をその身に抱えながらも、彼は歩みを止めるつもりは無いようだ。


「そこまでの事をして・・・一体何を?」


ジェイクには解らなかった。


何が彼を突き動かしているのか。


神を打ち倒す行為は手段であって目的では無いならば、その先に何かを求めているはずなのだ。


「全ての民が、大いなる安寧と、流した汗に相応しい対価を得られる世界、ただそれだけだ」


ジェイクは何も言わなかった。


この国の惨状と、反乱軍の戦う理由を知ればそれほど難しい推理では無い。


しかし、貧困や格差から逃れるためにこれほど大掛かりな事を成し遂げた人間は、彼の知る限り歴史上にすら存在しなかった。


「意外か?」


「いえ・・・それだけこの国は病んでいた、という事でしょう」


ジェイクは道中ベンとスレッシュから聞いていた内容を思い出しながら、初めて反乱軍に同情した。


これほどの反発を起こしたのだ。


筆舌しくせぬほどの苦労と抑圧があったのは想像に難くない。


「では、大人しくこの神殿から退場してはくれないか?」


ジェイクの言葉は自分達を肯定していると認識したメダリオンは穏やかな口調に戻り、扉を指す。


見逃す代わりにこれ以上邪魔をしてくれるな、という彼なりの意思表示だった。


「お断りします」


しかし、ジェイクは扉に背を向けたまま、メダリオンの提案を拒否した。


その瞬間、部屋の空気が一気に張り詰めるが、ジェイクは怯むことなくメダリオンから視線を外さない。


「結局あなたのしている事は、多くの為に少数を犠牲にする従来のやり方と何ら変わりません」


最初にジェイクが思い起こしたのはメリッサの顔だった。


彼女は反乱軍が戦争を起こさなければ今も生まれ故郷で平和な性格を送っていたはずだった。


いかにメダリオンが正義を主張した所で、その陰で苦しむ人がいる。


それを許容する事はできない。


「僕も全ての苦労が結果に結びつけばどれだけ救われるかと考えた事はあります・・・でも、実際は不可能、世界は理不尽、それが真実なんですよ」


次に目に浮かんだのは、旅の途中で出会った友人達だった。


彼等は決して順風満帆とは行かず、むしろ大きなトラブルを抱えたまま日々を過ごしていた。


しかし、それで誰かを責める訳でもなく、ジェイクとメリッサの手を借りて問題と向き合う事で解決した。


他人を蹴落とす以外の方法でも、望んだ未来を手に入れる事はできる。


それは仲間達によって証明されているのだ。


「だからこそ人は手を取り合い、このどうしようもなく残酷な世界で生きてゆくんです・・・それが僕達のやり方です」


最後にジェイクは、自分の育ての親である教団の仲間達を思った。


個々の力はそれほどでもないが、団結して弱さを補う事でとてつもない力を生む事を、教団は体現している。


ジェイクは常にその一部として、同じようにありたいと願ってきた。


「このままでは永久に世界は変わらない、終わりの無い無間地獄のままだ」


ジェイクの主張は、メダリオンには届かなかった。


2人の見ている世界は同じように見えて、実は全く異なる姿でその網膜に移っているのだろう。


どれほど期待を裏切られ続ければ世界が地獄に変わると言うのか。


その訴えに、ジェイクの胸が締め付けられるように痛んだ。


「僕はまだ、貴方ほど世界に絶望してはいません、あの人達を裏切って導かれる天国なんて、こちらから願い下げです・・・喜んで地獄に落ちますよ」


ジェイクもまた、メダリオンの意見を真っ向から否定する。


そうしなければ、自分の背中を押してくれた全ての人々の期待を裏切ることになる。


マハラティー、シース、ドーベルマンの3柱を見捨てる事になる。


それだけ、たとえ命が奪われようともできない相談だった。


「どうやら・・・俺達は巡り合わせが悪かったようだ」


ジェイクの言葉でようやくメダリオンは決心がついたのか、手にしていた秘宝を机に置く。


互いに守りたい物のためにここまでやって来た、意見と立場は違えども、目指す場所は同じ。


しかし、2人はこの瞬間、永久に決別した。


「俺の計画を邪魔してもくれたツケを・・・今ここで払ってもらうぞ」


ゆらりと、まるで燃え立つ炎のようにメダリオンは腰を上げると、ジェイクはその視線にかつてないほどの殺気を感じた。


思念公園のジョンドゥは嫉妬と悪意の塊だったが、メダリオンは純粋な殺意そのもの。


そこに他の感情が入り込む隙間は無い。


「そちらこそ、貴方が踏み台にしようとした全ての命に、償いをするべきです」


ジェイクは交渉が決裂した割には落ち着いていたが、次に向かうべき道を見失っていた。


戦う術がない以上、退くことも進むこともできない。


その事実が彼の思考を鈍らせ、足の動きを止めていた。


「償うとも・・・全てを終わらせてからな」


そしてメダリオンはジェイクへと突進する。


全身鎧を着ているとは思えない俊敏な動きは、彼が優れた戦士である証拠。


このまま10秒も経過すれば、彼は殺されるだろう。


「ぐっ・・・こいつ!」


しかし、メダリオンの手がジェイクに届くと思われた寸前で、彼の突進を止める者がいた。


それまでジェイクの隣で大人しくしていた羊が、突然その角を向けて突進したのだ。


メダリオンはそれを受け止め押し合いになるが、荒っぽく蹄で床を叩く羊の体重はゆうに150キロを超える。


楽な相手では無かった。


「邪魔を・・・するな!」


メダリオンは体勢を整えると左手で角を押さえ、右手を相手の頭部に振り下ろす。


その拳は重厚な斧のように羊の角と頭蓋を砕き、地面に叩き伏せた。


「・・・あ・・・」


逃げなければ。


そう直観したジェイクの足は本能的にメダリオンと逆の方向に動く。


とにかく、ここで自分が倒れては全てが崩壊する。


生きる事そのものが、ジェイクにできる唯一の抵抗だった。


「逃がさんぞ・・・何!?」


ようやく障害を排除したと思ったメダリオンであったが、彼の前に再び羊が立ちふさがった。


砕かれた頭部の断面からは木くずがボロボロと零れ出しているいるが、依然として闘志をむき出しにして威嚇を始める。


「ちぃ・・・まだ息があったか・・・」


メダリオンはその時、ジェイクが何を守ろうとしているのか、何が彼を支えているのか思い知った。


この羊は明らかに神の被造物、そして力を奪えなかった神の数は3柱。


ジェイクがこの場から逃げおおせたのは偶然ではない、仮に羊がいなかったとしても、別の何かが邪魔に入って来たはず。


そう考えるとメダリオンは自然と笑みが漏れた。


「ジェイク・・・お前は何という奴だ」


メダリオンは羊と2度目の力比べをしながら、敵であるはずのジェイクを羨ましく感じた。

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