予想外の再開
「ジェイクか、こちらは粗方片付いたぞ、任務ご苦労」
激流の終着点でジェイクを待っていたのは、全身に返り血を浴び、教団のローブを真っ赤に染めたツェリとその部下達だった。
「・・・これを、全部治安維持局が?」
ジェイクの周りに浮かぶ無数の肉片、骨、そして装具。
不幸にも水中にいる血族と対峙してしまった被害者達の成れの果てが、海水を赤々と濁らせていた。
「無論だ、この聖戦において我等の勝利は約束されている、この結末も知れていた」
おびただしい戦死者に囲まれながらも、ツェリは涼しい顔で答える。
神の名の下に戦う彼にとっては、この惨たらしい死者ですら戦果の1つなのだろう。
水を得た魚とは良く言った物だ。
「これでナハトの内乱も終わり・・・ですかね?」
ジェイクは敵兵達を哀れに思いながら、もう敵の増援が来ない事を祈った。
これ以上反乱軍が抵抗しても、かつて人だった残骸が増えるだけだ。
「うむ、敵の命運はもはや風前の灯、引導を渡してやるとしよう」
ジェイクとツェリの意見が一致したかはともかく、目的を同じくする2人は神殿を見上げると、ツェリは右手を空に突き上げた。
「神の使徒等よ、前進するぞ! 神殿の一階を制圧する、救護班は戦闘可能な指揮官を探せ!」
「おぉ!」
ツェリの号令を聞いた血族達は完全に戦意を喪失している反乱軍への威嚇を止め、一部の救護班を除き彼の下へ集結した。
海水の勢いは未だ衰える事は無いが、神殿は高い塔になっておりその全てを水に沈める事は望めそうも無い。
一階を制圧するまでが教団のできる最後の援護、後は現地の軍に任せる判断なのだ。
それはつまり、反乱の首謀者を捕らえると言う最も美味しい所を譲ると言う事であり、それが誰による所かも、ナハトの未来を左右する重大な選択である。
もっとも、その者に莫大な恩を売りつける行為でもあるのだが。
「ジェイクも来ると良い、ザダ様のご意思が、この地に平定をもたらす瞬間を共にするのも一興ではないか?」
ツェリの提案に、ジェイクは大きく頷く。
ここまで来るのに色々あったが、これでようやく戦争が終わり、彼は通常の任務に戻る。
メリッサとの再会は叶わなかったが、彼女を元の生活へ戻すための力になれた実感はある。
その最後を、信頼する仲間と飾ると言うのは彼も望む所だった。
「はい、お供させて頂きます」
快諾するジェイクを見てツェリは満足そうに笑うと、水の流れに従い神殿へと歩を進める。
神殿は高さこそあるがそれほど幅はなく、仮に敵が籠城したとしてまともに抵抗する人数が残っているとは考えづらい。
最後まで残っているとしたら、反乱軍の首謀者とその側近ぐらいなものだろう。
どんな風貌をしているかジェイクは想像しながら入口に辿り着くと、そこには予想外の人物が待っていた。
「おろ、ジェイクはん・・・何処行きはるの?」
そこにはヤマト国の社で眠っているはずのマハラティーの姿が有り、ジェイクを発見すると小さく手を振り微笑んだ。
「あれ・・・比丘尼様がどうしてここに?」
敵が待ち構えているものかと想定していたジェイクは毒気を抜かれた様子で質問する。
別れの後にアコの言う(本当に必要とされる時)が来た可能性もあるが、彼女がこの神殿にいる理由までは全く心当たりが無い。
「どしたも何も、ウチかて急にここへお呼ばれされて・・・訳が解らんわぁ」
眉尻を下げるマハラティー。
彼女自身もこの場所にいる理由は解らないらしいく、困っている様子が伝わって来た。
「知り合いか?」
ツェリが少しばかり疑いの眼差しをマハラティーへと向けながらジェイクへ問いかけた。
彼にとっては見知らぬ相手である上に敵の本陣を平気でうろついている謎の女性。
おまけに武装もせず上から下まで尼僧の出で立ち。
怪しむなと言う方が無理な注文だ。
「はい、ヤマトでの調査に協力頂いた現地人で・・・今は白の社を管理する神の1柱です」
ジェイクがツェリに対して簡単な紹介をすると、マハラティーは軽く会釈をする。
その仕草に敵意は無い。
まるで散歩先の公園で偶然出会ったかのように隙だらけに見えた。
「そうか、敵では無さそうだが・・・ここは戦地だ、安全な場所まで部下と一緒に退避すると良い」
ようやく警戒を解いたツェリであったが、彼はまだマハラティーを完全に信用したわけでは無い。
悩んで時間を無駄にするくらいならば、監視下に置いて余計な事をさせなければ良いと考えたようだ。
「あきまへんえ、お魚はん」
ジェイクの横をすり抜け中へ入ろうとしたツェリの行く先に、マハラティーが立ちふさがる。
そこには戦意こそ無いが、断固たる意思を感じさせた。
「・・・理由を聞きたい」
そのか細い手を払いのけて中に入る事は簡単だったが、ジェイクの知り合いという事もあり話だけでも聞こうとツェリは立ち止まる。
もしかしたら、何か役立つ情報を持っているかもしれない。
彼は任務成功のためならば、あらゆる手段をつくす覚悟だった。
「ここはあの世とこの世の境界線、行きはよいよい帰りは怖い、例えば・・・そこのお水、よぅご覧になって」
マハラティーの口にした不吉な単語が緩みかけたジェイク達の空気を再び戦争の渦中へと引きずり込む。
反乱軍は壊滅状態にある、教団はその首に刃を突きつけた、いわば王手に近い。
しかし、王を取るまで勝敗は決していない。
これから彼等は、それを痛感することになる。
「この海水が・・・あれ?」
マハラティーが指す先には勢い良く流れ続ける海水があったが、そこにジェイク達は大きな違和感を感じた。
「どうなっている、神殿へ水が入らないぞ」
ジェイクとツェリが立っている所は腰まで浸かるほど水がある。
しかし、距離にして僅か数メートルほどの神殿内部は全く濡れていない。
水は神殿に入り込んだ時点で、突然煙のように消えてゆくのだ。
「虎は死んでも皮残すなんて言いはるけど、海水はお塩しか残さへんな」
そしてマハラティーは神殿へとくるりと背を向け神殿に入ると、そこに積もっている粒をつまみ上げた。
一見砂のように見えるそれは、紛れも無く塩である。
その事実を突きつけられたジェイクとツェリは愕然とした。
この神殿は何かがおかしい。
「馬鹿な! そんな早さで海水が塩になるはずが・・・待て、つまりこの先は・・・」
頭を抱えるツェリであったが、海水が塩になる条件は限られている。
それにこの状況を当てはめてゆくと、答えは自然と導き出されるのだ。
「時間の流れが狂っている・・・という事ですか?」
かなり曖昧な推理ではあったが、ジェイクの問いかけにマハラティーは笑顔で肯定した。
「ふふ、ジェイクはんはえらい賢いなぁ、ウチ助かるわぁ」
のほほんとしているマハラティーは全く気にしていないようだが、ジェイクとツェリはこの異常事態に顔を見合わせる。
「これは・・・一筋縄でいきそうもないな」
ツェリは額に手を当て、目の前の現実を憂いた。神であるマハラティーは老いる事は無いが、生身であるジェイク達がこの神殿に足を踏み入れれば待っているのは確実な死。
反乱軍の首謀者がこの中で何をしているかは解らないが、中に入らなければ確認のしようがない。
2人は後一歩という所で、想定外の障害に阻まれる事となった。
「何とか中に入る方法はありませんか?」
思わず口をついて出た言葉にジェイクは自分の浅はかさを恥じた。
マハラティーは自分の意思でここに来たのではない、突然連れてこられたのだ。
普通に考えれば、そんな都合の良い物を用意しているはずがない。
「おろ? そらあるよ・・・はい」
ジェイクが自分の頭を殴ろうとした拳が宙で止まると、その隣でツェリが目を丸くしていた。
まさか本当に出てくるとは思わなかったのだろう。
「これは、糸ですか?」
マハラティーが差し出したそれを良く観察しようと、外と神殿の境界線ギリギリまで進むが、ジェイクの目には何の変哲も無い糸にしか見えない。
目を凝らすジェイクの横で、ツェリも一緒に首を傾げている。
しかし、ワカサのおしら様はマハラティーに不老長寿を与えた神。
彼女がアコからその力を引き継いでいるとすれば、同じことができる可能性は十分にある。
「うん、ウチのお蚕はんが紡いだ糸、丈夫で長持ちやさかい・・・はい、手ぇ出して」
言われるままにジェイクは右手を差し出すと、マハラティーの白く細い指が彼の手首に糸を縛りつける。
そして、こんな状況にも関わらず、絶世の美女であるマハラティーに触れられドキドキしている自分が嫌になるジェイクであった。
「良し、これでなんの心配もあらへんよ、安気にやりなはれ」
マハラティーが糸から手を離すと、糸はジェイクの皮膚に溶けるように消えた。
「ありがとう・・・ございます・・・」
少しだけ照れながらジェイクはマハラティーに頭を下げた。
出会った時から彼女は魔性と呼ぶにふさわしい美貌の持ち主だったが、今は更に神々しさも加わり、完全に人を超越した存在となっていた。
男にとってはこの上なく危険な存在だ。
「すまないが戦うのは我等も同じだ、我等の分も欲しい」
その言葉にマハラティーはツェリとその背後にいる血族達を交互に確認すると、やがて顔を曇らせた。
「そない言われても・・・これは一見さんにはあげられへんよ、堪忍どす」
マハラティーは困ったように眉尻を下げて、ツェリの要求を拒否した。
一見さん、とは彼女なりの表現ではあるが、要するに2人は初対面である。
不老長寿は本来八百日行を満行した者にのみ与えられる特別な加護。
いかにジェイクの知人とはいえ、おいそれと渡せる物ではなく、そもそも彼女は神として覚醒したばかりでツェリとその部下達全員を守るほどの力は無い。
どのみち彼の願いは叶わないのだ。
「そうか・・・いや、失敬、神に対して礼を欠いた要求であったな、非礼を詫びよう」
それを聞いたツェリは素直に引き下がり、自分の非を認めた。
ザダが初めての参拝者と教団幹部を同列に並べないように、ジェイクとツェリの間にはマハラティーとの信頼関係に大きな差がある。
それを無視して同じ待遇を所望するなど、神の秩序を守る者として許されないと悟ったのだろう。
「これより先は任せたぞ、ジェイク・・・我等は周囲を調査して、別の方法を模索する」
ツェリはローブに刺繍されている教団のシンボルに手を当て、ジェイクの無事を神に祈った。
バッカニアの秩序と神の教えを守る為、常に最前線で戦ってきた男が、孤立無援の地へ向かう若者を、ただ見送るしかできない無力さ。
顔に出してはいないが、それは筆舌しがたい口惜しさだろう。
「了解しました・・・ツェリさん達の任務、僕が全力で引き継ぎます」
ジェイクはそんなツェリの苦痛を少しでも和らげようと、全力で恐怖と不安を振り払い、不敵な笑みすら浮かべて見せた。
その気持ちが届いたのか、ツェリもジェイクに微笑を返してその場を後にした。
彼はまだ諦めていない、自分の任務の為、ジェイクの為、神殿に入る方法をあらゆる手段で探すだろう。
ジェイクもまた神の意思を成すため、神殿への第一歩をゆっくりと踏み出した。




