開幕
「誰だ、今の声は?」
シースはちぎれた片腕を押さえ、息も絶え絶えのようだが何とか会話はできるようだが、その目は死人同然だった。
「僕の仲間です・・・血を届けてもらいました」
「ははは・・・面白い冗談だな」
秘宝を奪われ、標的には逃げられ、奪還はもはや叶わない。
すでに人生の幕を引く覚悟を決め、全てを諦めていた。
「それは、これを見てから判断してください」
しかし、差し出された秘宝をその瞳が捉えた瞬間、彼女は大きく目を見開いて息を飲んだ。
「ば、馬鹿な!? これは・・・」
世界がひっくり返ったような衝撃に、シースは言葉を失う。
それはまさしく、母が持っていた駒鳥の血と同じ色、光、存在感を放つ秘宝だった。
「まだ、儀式は間に合いますか?」
「あぁ、これさえ揃えば・・・まだ間に合うぞ、手伝ってくれ!」
シースは残された右腕で懐から駒鳥の心臓を取り出すと、ジェイクは瓶の栓を抜く。
秘宝を握るシースの右手は指が数本欠けていた、もし芸術の神の画材が駒鳥の血の代替えとならなければ、次の手を打つ時間は残されていないだろう。
「この心臓にかけてくれ、ほんの一滴でいい」
ジェイクは無言で頷き、手の震えを必死に抑えながらシースの手の上で輝く心臓へと血を垂らした。
その直後、目を開けていられないほどの強い光が心臓から発せられ、ジェイクは反射的に目を閉じる。
「この光、前にアコさんの所で・・・」
ジェイクの脳裏に、以前比丘尼が繭に包まれた時の記憶が呼び起こされた。
その時は淡い緑だったが、今は色に押し潰されそうなほどの濃い赤に全身が包まれている。
「ふぅ・・・生き返った気分だ」
光が納まりジェイクが目を開くと、そこには清々しい顔で秘宝を握りしめるシースの姿があった。
欠損したはずの体もすっかり元に戻っている。
神の力の流出が止まった、つまり儀式が完了したという事なのだろう。
その事を理解したジェイクの体は激しい疲労と達成感に満たされ、半ば倒れるように地面へと腰を下ろした。
「う・・・ん・・・」
その背後でメリッサがようやく目を覚まし状態を起こすと、周囲を寝ぼけ眼で見回した。
「あら、ワタクシ・・・死神は? 駒鳥の血は!?」
「心配かけたな、ジェイクが代わりを調達してくれて・・・何とかなった」
意識を失う直前の事を思い出して取り乱すメリッサに、シースは落ち着いた口調で語るが、その心境は穏やかではなかった。
自分の力量不足で死神から血を取り戻すことができず、ジェイクとザダの教団の手を借りて命を繋いだ、そこに責任を感じずにはいられなかった。
「それは、ワタクシ達が回収した神の画材・・・」
メリッサは久しぶりに見た芸術の神の秘宝に驚きを隠せずにいる。
まさかこんな所で役に立つとは夢にも思っていなかったようだ。
「何? これは画材なのか、それにメリッサも関わっていたとは・・・ふむ」
シースは何かを考えるような仕草を取ったかと思うと、何故か洞窟の床に星座をした。
「どうやら、あたしは2人に途方も無い狩りができた様だ、この恩は一生かけても必ず返す」
そして三つ指を突くと、2人に向かって深々と頭を下げた。
「そんな、よしてください、一生だなんて・・・」
「目的を同じくするワタクシ達が、協力するのは当然ですわ、ですからもう・・・」
突然かしこまった態度をとるシースに、ジェイクとメリッサは気恥ずかしさを覚えた様で、すぐさま止めさせようとした。
「ふふ、やっぱり良い奴だなあんた等・・・あたしとしてもまずは恩返しがしたいんだが・・・迎えが来てるみたいだ」
その言葉にジェイクとめりっさは部屋の入口に目を向けると、そこにはマメールと多数の神官達が集合していた。
全員が華やかな衣装を身に着け、手には大小様々な楽器を握る、これからパレードを執り行うために相応しい恰好と言えるだろう。
「シースや・・・ついにやり遂げたね、あたしゃ嬉しいよ」
マメールが車椅子に揺られながらシースへ近寄り、正座したままのシースを立たせようと手を伸ばす。
しかし、シースはそれを悲し気な目で見つめるだけだった。
「違うんだ、あたし一人ではとても無理だった・・・結局誰かに頼らないとあたしは・・・」
シースはマメールの子として、また1人の侍として、自分の生き方に誇りを持っていた。
しかし、これから神官達を引き連れ世界中から天然痘を駆逐する(神)に値するかと問われたら、そうでは無かった。
彼女はこの試練の中で、パレードの主として振る舞う事への自信を喪失してしまった。
「そんなモンだよ、神様なんて」
叱責を覚悟していたシースに、マメールは予想外の言葉をかける。
「神様はね、無から1を生み出せるそりゃ~すごい力の持ち主さ・・・だがね、1を100にするのは結局誰かの力が必要なんだよ・・・あたしもそう、誰だってそうさね」
神であろうと無かろうと、1人で成す事など知れている。
大義を成すのであれば、それ相応の協力者が必要となり、それに頼るのは何ら恥ではない。
そうしてマメールは病院と街を大きくしてきた、シースもそれを知っている。
ただ、その事に気付かなかっただけだ。
「それで良いのさ、神様なんてね」
マメールは我が子の瞳を真っすぐ見つめ、その不安を取り除こうとしていた。
(神)など所詮は肩書に過ぎない、その肩書が何かを成すことはない。
重要な事はシースが誰からも頼られる存在であること、そして頼る事の出来る仲間がいること、そうマメールは伝えたいのだ。
「母さん・・・」
シースはその訴えに辺りを見回す。
自分に注がれている視線、その先には尊敬する母が、苦楽を分かち合った神官達が、ともに死線を越えたジェイクとメリッサがいた。
その光景が、彼女の心に火を灯す。
「うん・・・わかった、やってみるよ、あたし」
シースはマメールの手を取り立ち上がる。
彼女は他でもない、自らの意思と力で神の務めを全うすることを決意したのだ。
その顔は一片の迷いも感じられず、実に晴れやかだった。
「さぁ、急いだ急いだ、音楽隊が首を長くしてあんたを待ってるよ」
マメールが合図をすると、洞窟の通路に待機していた神官達が両脇へと退き、シースが外へ向かうための通り道を造った。
「ここでお別れだ、ジェイク、メリッサ・・・本当に感謝している」
「あたしからも礼を言わせておくれ、娘がほんに世話になった」
シースとマメールが並んで2人向き合うと、親子は恭しく頭を下げた。
神としてではなく、この大地に生きる一個人として。
「パレードがつつがなく終わる事をお祈り申し上げます・・・それと、今度会った時はお説教ですからね」
ジェイクはシースの無謀な行いを忘れていなかったらしく、祝辞に付け加える形で釘を刺すと、これは彼女も苦笑いを浮かべた。
「あはは・・・悪い悪い・・あたしの性分でな、やっぱり救える命は救いたいんだ、悪人でも、生かしてちゃんと償わせたい」
ばつが悪そうに喋るシースは、後ろめたいというよりも、むしろ寂しそうに映った。
出会ってまだ一日も経過していないはずなのに、お互いにすっかり気心のしれた仲となった。
その別れが、辛くないはずも無い。
「ワタクシが後程サダミツさんの墓前にて報告致します、今日のシースさんの武勇伝を」
メリッサは思念公園の出来事を思い出していた。
約束した相手は偽物だが、棺で眠るサダミツは本物だ。
そうであれば花を供え、シースの活躍を語るには十分すぎる理由になるだろう。
「ありがとうメリッサ、あいつに宜しく言っておいてくれ・・・じゃあ2人とも、また会おうな!」
シースは2人と固く握手を結ぶと、そのまま迷いなく外を目指した。
生と死、出会いと別れ。
それはどちらかが欠ければ成り立たない、コインの裏表のようなもの。
屍からは新たな生命が芽吹き、誰かの別れは新たな出会いに繋がる。
その循環を彼女は知っている、だからもう振り返る事は無い。
師匠の死が、自分を高みへと押し上げる糧になったように、2人との別れという悲しみも、いつの日か再開した時の大きな喜びに変わると、彼女は確信しているのだから。




