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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
病の神のパレード編
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神の蔵

「ドツバ殿、どうされるおつもりでありますか?」


「・・・」


イグニスは神殿内部を無言のまま進んでいくドツバの背中を追っていた。


この先に待つ施設は1つしかない。


幹部の1人、トライントンを長とする秘宝管理局、別名(神の蔵)だ。


「自分は以前、患者を見た事がありますが・・・あれが、恐ろしい病であります」


「・・・」


イグニスは天然痘に感染した患者の姿を思い出して身震いした。


伝染力と致死率が非常に高く、仮に生き延びてもその痕が体に残り続け、完治後も患者を苦しめ続ける悪夢のような病だ。


人間でない血族達が発症する事は無いが、バッカニアには普通の人間も数多く生活している。


流行すれば確実に死者を出し、都市に未曽有の大打撃を与えるだろう。


「一刻も早くジェイク殿に秘宝を届けないと・・・」


「黙れ! 俺だってそんな事解ってんだよ!」


ついに我慢の限界に達したドツバはイグニスの胸倉を掴んで怒鳴りつける。


「今世間で流行してるのは百も承知だ、感染が拡大したら人が大勢死ぬ、ああ! そりゃあ嫌ってほどな!」


彼は怒りと悔しさに震えていた。


管理局を目の前にしながらも、未だに踏ん切りのつかない自分自身に。


「神の蔵に収められた秘宝は全てザダ様の物・・・自分もそれは良く存じております」


「そうだ、しかもあの絵の具が駒鳥の血だっていう確証は無ぇ、ジェイクが似てると思っただけだ、そんな理由で外に持ち出せると思うか?」


どう考えても許可が下りるとは思えない状況だ、加えて説得をする時間すら惜しいほどにジェイクは追い詰められているように聞こえた。


つまり彼は、ジェイクを見捨てて天然痘の大流行に眼を瞑るか、管理局から秘宝を強引に持ち出すかの選択を迫られている。


「あ・・・う・・・」


言葉を失っているイグニスが苦しそうに呻くと、ドツバはようやく冷静さを取り戻して手を離す。


「とにかく、あれが今どんな状態が確認するぞ」


そう告げるドツバの視線の先には、岩盤を削り出して作られた重厚な扉が待っていた。


「持ち出しが可能であれば・・・」


「トライントンに許可を取る」


「もし、無理な場合は・・・」


「・・・そん時はそん時だ、お前はここにいろ」


ドツバは扉に手を掛け力を込めると、扉は床と擦れ合う音を立てながらゆっくりと開くと、中では神の蔵に配属された血族達が熱心に秘宝の秘密を解明しようと苦心していた。


「あれ、ドツバ様だ」


「珍しいな、ここに来るなんて」


予期せぬ来訪者に血族達は視線を注ぎ、雑談に華を咲かせる。


その中をドツバはむずかゆいような、後ろめたいような心持ちで進んでいくと、施設の最奥の机に1人の血族の姿を発見した。


「むぐぐ・・・」


その者は真っ赤な体に膨張した両目を持つ奇妙な血族、秘宝管理局の長トライントンその人だった。


「よう、調子はどうだ?」


ドツバは平静を装い、何か悩みに頭を抱えているトライントンに声をかける。


その声は、注意深く聞けば少し震えている事が解るだろう、何しろ机の上にはお目当ての秘宝、芸術の神が残した赤の画材が鎮座していたからである。


「くきー! 全然だめよ! どれだけあちしを困らせれば気が済むのよこの秘宝は!・・・ってドツバしゃん、どしたのこんな所に・・・まさか、また新しい秘宝が入ってきた!?」


癇癪を起したかと思えば、ドツバの姿を見るなり次の秘宝を期待して満面の笑みを浮かべるトライントン。


彼女は言動に少々幼さがあるが、それを補って余りあるほどの才覚で教団に貢献を続けてきた功労者である。


「いや、まだだ、後もう少しなんだが・・・少し問題があってな」


ドツバは何から話したものかと頭を捻りながら話をはぐらかした。


彼はどうにかトライントンを言いくるめてこの秘宝を持ち出さなくてはならない、それも一刻を争う状況で。


「トラブル・・・ははーん、それであちしの頭脳を借りたいと・・・」


「お、おぅ、そうだ・・・頭脳とか、何だ・・・色々借りたいんだ」


トライントンはドツバが秘宝探索に行き詰まり、自分に相談を持ち掛けてきたのだと解釈したようで、ドツバもそれを好都合とばかりに話を合わせた。


「良いわよ、ささっ! 何でも言って御覧なさい、あちしがドーンと解決してあげるわ!」


ドツバの心の内を知らないトライントンは頼られたと勘違いして胸を張る。


彼女は仲間の為に、ひいては教団のために力を惜しまない覚悟であるようだが、これからドツバが行う事は、その覚悟に泥を塗る行為と言えよう。


「そうか、そりゃ良かった、助かるよ・・・」


ドツバは良心の呵責を感じながらも、満面の作り笑いで机の上に手を伸ばし・・・。


「じゃあ、借りてくな」


秘宝を握りしめ、小脇に抱えた。


「お待ち! それは今あちしが研究中の秘宝よ、何処に持ってくつもりなの!?」


勿論それを見逃すはずも無く、トライントンは机を飛び越えるように泳ぎ、ドツバの二の腕を掴んだ。


「何処って・・・地上だ、詳しくは後で話す」


通話から時間がかなり経過しており、ドツバは焦り始めていた。


ジェイクは今すぐ必要だと言っていたが、その今すぐがいつまで許容できるものか解らない。


少なくとも、悠長に説得をしている時間が惜しいのは確かだ。


「何ですって!? 神殿の中ならまだしも外にザダ様の秘宝を持ち出すなんて、ドツバしゃん、気でも狂ったの?」


「なぁ頼む、部下の命が掛かってるんだ」


周りで仕事をしていた血族達も異変を察知して集まって入るが、幹部2人が秘宝を抱えて押し合いをしているとあっては、流石に手が出せずにオロオロとしていた。


「命って・・・その秘宝はまだ調査中よ、そんな力あちしだって知らないわ!」


神の秘宝が持つ力は強大であり、使い道を誤れば大惨事を引き起こす。


そのため研究をするトライントンはとにかく直観や、感覚的に物事を判断することを嫌っていた。


駒鳥の血と、芸術の神の秘宝が似ている、という理由では持ち出せないとドツバは良く知っている。


「悪いな、後で返すからよぉ・・・な?」


「絶対ダメよ、許しませしぇん! こんなことがバレたら幹部失格だわ、降格とか除名じゃあ済まないわよ、破門させられるわ!」


(破門)


その言葉に、ドツバの体がピタリと止まる。


除名であれば教団員の死角をはく奪されるだけで済むが、波紋は教団の敷地を踏む事すら許されず、関係者からも村八分にされる最も重い罰だ。


そうなれば、バッカニアに住む事すら困難となり、街を去るしか道はなくなる。


「そのまま秘宝を持ち帰ってごらんなさい・・・間違いなく教団を追放されるわ、良いの!?」


「ふぅ~む・・・」


トライントンが更に畳みかけ、ドツバは何もない宙を見つめてひとしきり唸ると、やがてゆっくりと口を開き・・・。


「そうか、解った」


とだけ呟く。


その短い言葉に、トライントンとその部下たちは安堵のため息をついた。


流石のドツバも自分の犯している愚行を理解してくれた、これでこの騒動は終わる。


誰もがそう考えた。


「解ったみたいね、じゃあそれを早く・・・」


トライントンはドツバの気が変わる前に秘宝を回収しようと手を伸ばす。


しかし、それが大きな間違いだった。


「上等だコラァー!」


眼の前の男は教団きっての無法者ドツバ、破門をちらつかされた程度で怯む男ではない。


ドツバはトライントンの手をすんでの所で止めると、力任せに彼女を振り回した。


同じ幹部とはいえ、2人の体格差は歴然であり、イワシがシャチに挑むような物だ。


「ああー! 誰か、誰でもいいからこのお馬鹿を止めてー!」


嵐に巻き込まれたような力に、トライントンの両手はとうとうドツバの腕から外れ、水中をクルクルと回転した。


「ドツバ様、どうかお戻りください!」


「このような暴挙は許されません!」


トライントンの悲鳴混じりの命令により、部下たちはドツバを止めようとするが、彼の手にはまだ未解明の秘宝が握られている。


そのため下手に暴力で止めるわけにもいかず、苦肉の策で全員がドツバの腕や胴体、足にしがみついた。


「はっはっは! 別に様なんて付けなくて良いぞ、俺はもう破門されるからな」


しかし、巨大なクジラの如くドツバは四肢を拘束しようとする血族達を無視して引きずると、ついに扉まで到達してしまった。


「イグニス!」


扉を開くと、そこには直立不動のままドツバを待ち続けたイグニスの姿があった。


「持ってけ、情報部行きだ!」


ドツバが秘宝を放り投げると、それは水中をゆっくり弧を描いて進み、神妙な顔を浮かべるイグニスはそれをがっちりと掴んだ。


「了解致しました! このイグニスが全責任を持って運搬致します!」


イグニスは軽く敬礼すると、くるりと背を向け全速力で廊下を泳ぎ出した。


情報部からジェイクの下へ届くのも、もはや時間の問題だろう。


「あぁ~もう知らない、このハゲフグ! 全部ドツバしゃんが悪いんだからね、エグペル司教から何を言われても、助け船出してあげないっ!」


遅れてやってきたトライントンは完全にお冠の様子で、ドツバの背中を何度も叩き、激しく罵倒した。


彼女からしてみれば身内に裏切られただけでなく、管理局の長としての責任問題に発展する恐れもある超ド級の背信行為だ。


「俺だってな・・・こんな馬鹿な事したくねぇよ」


「じゃあ何でやったの!理解不能だわ!」


大仕事をやりおえたドツバの言い訳じみたぼやきが、トライントンの怒りを逆なでする。


「なんで・・・って言われてもなぁ」


そしてドツバは、トライントンの問いに対する答えを見出そうと押し黙った。


世界を救うなどとは毛頭考えていない、ジェイクに頼み込まれた事もあるが、それだけではこんな大それた事は出来ない。


もっと単純で根本にあるものが彼を突き動かしていたのだ。


「部下が命かけて任務についてんのに・・・上司の俺が首の1つや2つ張れないなら、俺の器があいつ以下って事になっちまうだろ?」


それはプライド。


たとえ取るに足らないちっぽけなプライドと言われようと、それを捨てる事は彼にとって大海でコンパスを失うに等しい。


荒れ狂う世界情勢を渡る為には、自分の中に曲げられない何かを持つ必要がある。


少なくとも、彼はそう考えていた。


「くぅ~なんて非論理的な考え方、有り得ない!」


同じ神から生まれた2人であるとはいえ、それぞれに個性がある。


この衝突もそれは単に互いが水と油であったというだけで、彼女は彼女なりに譲れない物を持っているのだ。


「お前にゃ解らんだろうな・・・おい、ジェイク!」


「はい・・・」


ドツバがジェイクの名を呼ぶと、通信の向こうからは蚊の鳴くような返事が返ってくる。


ついさっきまで、ジェイクは判決を待つ容疑者のような心持ちで待っていたのだ。


その時間がものの10分程の長さであったが、彼にとっては永遠にも思える長さであったことだろう。


「情報部に(門)開けろ、瓶ごと持ち出してやったぞ!」


いつも耳にしているはずのドツバの声も、この時ばかりは天からの授かり物のように聞こえた。


「ありがとう・・・ございます」


願いは聞き届けられた。


救いの手が差し伸べられたのだと心身共に生気が蘇るジェイク。


彼は残された力を振り絞り(門)を開くと、そこからは目を奪われるような光を放つ秘宝と、騒がしい情報部の声が洞窟へと運ばれてきた。


「ジェイク殿~! 無事のご帰還をお祈り申し上げます!」


「死ぬなよジェイク!」


「俺達がついてるぜ!」


光の輪を挟んだ向こうからは、仲間達が口々にジェイクを勇気づけようとエールを送る。


それは今の彼にとって、神の秘宝にも匹敵する贈り物だった。


「皆さん・・・僕、必ず生きてバッカニアに戻ります」


溢れる感謝の気持ちを全て伝えようにも、今はとにかく時間が惜しい。


ジェイクは自分が元気な姿で故郷に帰る事が最大の返礼であると考え、短く別れを告げて(門)を閉じた。

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