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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
病の神のパレード編
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血と死の最奥へ

「信じられんな・・・夢でも見ているかのようだ」


既に地平線へと陽は落ち、完全な闇に包まれている海岸でシースは感嘆の声を漏らす。


「これがザダ様の神秘術と、教団の知の結集です、僕達は如何なる脅威と退治しても、決して1人ではありません」


港で合流した3人はイグニス達が開いた(門)を通り、ナタリアがアジトにしている小島に到着した所だった。


「しかし妙だな、誰もいないぞ」


シースの耳には上機嫌で教団自慢をするジェイクの声以外何も入らず、周囲を見回しても無人の島と見紛うばかりに人気がない。


「はい、獲物を上げた日にしては静か過ぎます」


「ワタクシも、それらしい物は特に・・・」


ジェイクとメリッサも耳をそば立てるが、聞こえてくるのは寄せては返すさざ波と、木々を揺らす潮風ばかり。


海賊たちが住処としているにしては、不自然に静まり返っている。


「ここに必ずいるはずです、もう少し進みましょう」


ジェイクの言葉に2人は頷く。


教団の情報以外手がかりが無い以上、今は進むほかない。


3人は警戒しながら海岸線に沿ってしばらく進むと、やがて島の内部へ海水が流れ込む道を発見した。


船一隻程度なら通る事ができそうな海路を覗きこむと、そこにはドーム状の湾が広がっている。


「ジェイクさん、あの船は・・・」


「はい、情報通り・・・あれがナタリアの船ですね」


外からの死角となる場所には、海賊船が1隻浮かび、そこから隠れ家であろう洞窟へと繋がる桟橋が伸びていた。


「やれやれ・・・悪党には過ぎた根城だ、今度はバカンスで来たいモンだな」


シースはため息をつく。


かつて海底火山の隆起で発生した小さな島とカルデラ湖、その2つが形成する天然の隠れ家は、視点を変えれば誰の邪魔も入らないプライベートビーチに利用できるとも考えられる。


無論、やっかいな住人がいなければ、の話だが。


「僕が先に行って様子を見て・・・」


「待て、誰かいる」


偵察に向かおうとしたジェイクを引き止めたシースは、船の陰から足だけを覗かせて横たわっている人影を指した。


「・・・動きませんね」


「寝ているのか?」


船から漏れる灯りが横たわる人間を照らしているが、その者はピクリとも動く気配がない。


いつ動き出すとも知れないが、ここで足を止めるわけにはいかないとジェイクは両手に(門)を開く。


「行きましょう、まず僕が橋に上がります、2人はその後で・・・」


シースとメリッサはそれに無言で同意する。


陸ならばともかく海上においてジェイクより優れた人間は他にいない。


ジェイクはまず2人を泡で包むとゆっくり手を引きながら海中へ潜った。


夜の海はすこぶる視界が悪く、ザダの加護を持たない2人はこれが水中を進んでいるのか、奈落の闇を落ちているのか区別がつかないほどだった。


そして桟橋へとたどり着いたジェイクはその先端から顔を覗かせて周囲を警戒する。


「・・・」


船の中も、外も物音はしない。


たしかに灯りは付いているのだが、まるで生命の気配を感じさせない不気味さな静けさはまるで幽霊船を思わせた。


しかし、これは千載一遇のチャンスと、ジェイクは慎重に桟橋を登り、横になっている者に近付いた。


「うっ!」


体を一瞬だけ震わせたジェイクは口を押さえ、声を押し殺そうと努める。


何があったのかと水中から顔を覗かせる2人を手招きで呼び寄せると、ジェイクは倒れた者を背中で隠したまま口を開いた。


「落ち着いて聞いてください・・・彼はもう死んでいます」


「っ!?」


シースとメリッサは思わず息を飲む。


敵地に乗り込んだ矢先に敵の死体。


この地で何か大きなトラブルが発生している事を予感させた。


「何故死体があるのかしら?」


声を限界まで小さく絞り、メリッサが尋ねる。


ジェイクが脳を振り絞って想定される事を列挙しようとする横で、シースは死体の脇へと進み、膝を折る。


「少し待ってくれ、傷口を見てみる・・・やれやれ、酷くやられたな、あんた」


そう呟いてシースは男の開かれた両目を優しく閉ざし、検死を始めた。


血の出ている箇所から全身に至るまで、男の服を脱がせてまで調べる念の入りようだ。


死体に慣れているシースは顔色一つ変えずに作業を続けるが、ジェイクとメリッサは流石に耐えられず目を反らしていた。


男が最後の瞬間を迎えたその表情は、とても素人に直視できた物では無い。


「こいつの死因は後頭部を鈍器で殴られた事によるものだが・・・それにしては抵抗した様子が無い、不意を突かれたか?」


脱がせた衣類を戻しながらシースは結果を報告する。


敵と出会って倒されたのであれば、頭部などの急所を守ろうとして必ず腕にその跡ができるが、男の両腕は無傷だった。


つまり気付かれずに背後に忍び寄ることのできる者や、身内からのだまし討ちであると推理できる。


「う~ん、海中から来た僕達はともかく、外から船が来たら見つかるはず・・・外部犯の可能性は少ないかと」


「では内部の者か・・・いや、まだ決めつけるには早い、慎重に進むぞ」


現段階では全てが推測に過ぎない。


思い込みは判断を誤らせるとシースは犯人像の特定を止めた。


それこそジェイクが海から来たように、見張りの目や耳を欺く方法などいくらでもある


「はい、ワタクシ達で確かめましょう、ここで何が起きているのか・・・」


3人は桟橋の先にある洞窟へと目を向ける。


そこは何の変哲もない岩の入口であるが、まるで開かれた怪物の口であるかのように、底知れぬ闇を抱えていた。


「ここからはあたしが先頭だ、いつ海賊や襲撃者が出るか解らん」


ジェイクとメリッサはそれに賛同するが、襲撃者は簡単に背後を取る能力を持つ可能性がある。


何処が最も安全であるかなど、順列を決める事はできない。


「中は・・・灯りがありますね」


「有難いな、あたし等にとっても、他の奴にとっても・・・」


揺らめく松明が洞窟の湿った壁と3人を照らし、反響する靴音と息遣いだけが響く空間は自分の心臓の鼓動すら聞こえそうだった。


内部はさほど入り組んでいる様子も無く、所々で造られている小部屋は居住空間の様となっており、床には隙間なく汚れた布団と空の酒瓶が散乱していた。


不衛生な上に生活臭も酷く、思わず眉を顰めたくなるような場所だ。


「ここも何人かやられてますね」


やがて辿り着いた広い空間は食堂らしき場所で、粗末な食器や冷めた豆のスープ、そして血だまりの中で息絶えている海賊たちが仲良く地面に転がっていた。


その凄惨な現場にメリッサの意識が一瞬遠のくが、何とか踏み止まり気付けの猿酒を喉に流し込んだ。


「メリッサさん、ここは僕とシースさんが調べますので、その間外を見てもらって良いですか?」


「も、申し訳ありません・・・」


ジェイクに退避するよう促されたメリッサは、青い顔をしながら部屋から出てゆく。


「謝るな、こういうのは適材適所さ・・・しかし、こいつは酷い、酷すぎる」


シースはうんざりした様子で袖をまくり死体を調べ始めると、ジェイクは込み上げてくる来る吐き気を何とか抑えようと口元をローブの袖で押さえ、自分も調査に参加しようとしていた。


「ふむ・・・妙だ、骨が粉々に砕かれている」


2人目の検死でシースがぽつりと呟いた。


「え? それが何か・・・侵入者に鈍器で殴られたのでは?」


ジェイクの素人意見に、シースは首を横に振る。


「普通に殴られた程度でこうはならない、余程滅多打ちにすれば別だが・・・他の可能性を考えた方が自然だ」


他の可能性。


シースの言葉でようやくジェイクも事態を把握できたようだった。


つまり、人間ではない何か、もしくは・・・。


「おそらく、神の力を借りた者だな、例えばジェイク、君のような」


何者かが海賊達を殺して奥へと進んでいる、それも自分と同じ神官が。


その事実に戦慄が走った。


「おまけに血がまだ新しい、やられてからそれほど時間が経っていない、つまり・・・」


「襲撃者がまだいる可能性が高い・・・ですね」


その言葉は3人の体から死体への嫌悪を払拭するほどに緊迫した空気を周りに伝播させた。


今この瞬間にも、物陰から犯人に狙われているかもしれないのだ。


「進もう・・・決して気を抜くなよ、こいつらの仲間入りはしたくない」


そうして一行が食堂を後にすると、またもや通路は無音に包まれる。


進めども進めども、何かが聞こえてくる様子は無い。


まるで3人以外の生物が世界から消滅したかのような静けさだった。


「不思議です・・・」


最初に沈黙を破ったのはメリッサだった。


「何がだ?」


「本当に侵入者がいるのかしら、何も音がしませんわ」


その違和感はジェイクとシースも感じていた。


ここがアジトである事は疑いようも無く、死体はまだ血も乾かぬほどに新しい。


しかし、洞窟全体は魔に魅入られているかのように死の残り香ばかりが漂い、生者の気配がしてこないのだ。


「たしかに不自然だ・・・奥で生き残りとまだやりあってもおかしくは無いのだが・・・ん?」


先頭を進んでいたシースが顔をしかめて足を止める。


何が彼女の目に映ったのか、それはすぐに想像がついた。


立ち尽くすシースの奥から、食堂とは比べ物にならないほどに濃い鉄の臭いがしたからだ。


「信じられん・・・ここは地獄か?」


そこには数え切れないほどの無残な死体が転がっていた。


加えて全員が頭部、もしくは全身から血を流し、苦痛に身をよじった状態で絶命しており、ジェイクはあまりの現実感の無さに港でのマグロの競り市を思い浮かべた。


釣り上げられ値を付けられ、後は解体を待つばかりのマグロ達を見たような既視感。


眼の前に横たわるのは間違いなく自分と同じ人間であるというのに、その事実すら遠のくほどに凄惨な現場だった。


「この方達は悪人です、でもこんな最後・・・うぅ・・・」


メリッサはハンカチで口元を押さえながらうつむく。


おびただしい血の匂いを何とか誤魔化そうとかなりの深酒をしているようで、隙間から漏れる吐息が酒気を帯びていた。


「あぁ、あたしも生きながら地獄に来れるとは知らなかったよ」


流石のシースも衝撃を受けたようで、奥に進む足取りは重い。


この死体全てを調べる事は時間の無駄と考え、何事も無くその部屋を抜けようとしたその時、3人の背後で音がした。


「う・・・あ・・・」


3人がほぼ同時に振り返ると部屋の隅に倒れていた男がまぶたを震わせ、かすれた声を出す。


この部屋にいる全員の命が奪われたと思われたが、まだ生き残りがいたのだ。


「おい、しっかりしろ、すぐに治してやるからな」


シースはすぐさまその男のもとへ駆け寄ると、懐から応急手当の道具を取り出し、治療を試みる。


「助けて・・・誰か・・・」


「喋るな、傷に響く」


そう忠告するシースも頭の中では解っているのだ。


掴んでいる手は驚くほど冷たく、脈は今にも途切れそうなほどに弱い。


もう手遅れだ、と。


「あいつだ・・・あいつが来た」


「後で聞く、今は静かにするんだ!」


それでもシースは手を止める事は無かった。


例え救える確率が皆無であっても、最後まで患者と共に戦う。


それが(助けて)と言われたマメールとその子供達、神官達、信者達全員が持つ覚悟だった。


「死神が・・・あの、静寂の死神が・・・」


「何? あっ! おい!・・・クソッ!」


男が事切れると、シースは血だまりと化している床を叩いた。


自分の無力さ、不甲斐なさに。


「静寂の死神・・・」


「解るかジェイク? 知ってる範囲でいい、教えてくれ」


軽く膝を払って立ち上がるシースの下半身は血に濡れており、赤のコートも相まって全身が真っ赤に染まっていた。


声のトーンは低く、まるで昼寝から起きたばかりのような抑揚の無さだが、この状態の彼女をジェイクは知っている。


ジョンドゥに斬りかかる直前の姿と同じだ。


「有名な暗殺者です、ターゲットは毎回頭部、時には全身の骨を砕かれて発見されますが・・・犯行現場を押さえた人はいません、何しろ聞き込みをしても周囲の人間は決まって(犯行現場から、何も物音はしなかった)と証言するからです」


静かに闘志を燃やすシースに、ジェイクは自分が知る全てを話した。


全てと言っても資料で目を引いたほんの一部分だけだが、それはもしもの時に生死を分けるかもしれない重要な情報だ。


共有するに越した事は無い。


「そいつがここに・・・何故だ?」


「死神は大都市での仕事を主としているので・・・おそらく何か殺し以外の理由があってここに来たのでしょう、それ以上の事は・・・すみません」


ジェイクは頭の中から何とか情報を引き出そうとしていたが、それ以上は出てこなかった。


世界に殺し屋は無数にいるが、その中で長く続けている者ほど証拠を残さず、得られる情報は少ない。


現状、死神の身長体重や性別など、本人の詳細なデータは教団すら手に入れていない。


「ありがとうジェイク、あんたがいてくれて助かったよ、殺しを生業にするような奴に、手加減しなくて済むからな」


シースは感謝の言葉と共に微笑み、更に奥へと歩き出す。


倒れていた海賊の数からして、この場所が最後の防衛線であるとジェイクは考えていた。


つまりこの洞窟の最深部が近いという事。


駒鳥の血を奪ったナタリアか、ここを襲撃してる静寂の死神と雌雄を決する時は近い。

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